651 ギルドマスターは根に持つ女です
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ひょっとしたらルゥの目には、死亡状態にあるプレイヤーは本当に見えていなかったのかもしれない。
でも足下は確かにデコボコしているわけで、ルゥの目にそれは、地面がデコボコしている、あるいはなにか障害物がある。
そんな感じに見えていたのかもしれない。
それはそれは短い足で容赦なくガッシガッシ踏みつけて突き進んでいた。
わたしはそんなルゥの尻尾やフリフリのお尻、それに力強く足を蹴り上げた時にチラ見えする肉球をじっくりと堪能しつつ、そのあとを追って 【フチョウ】 へ。
近くで死亡状態に陥っていた学生組の回収へと向かった。
その道中、なぜかわたしの脳裏に浮かんでいた……というか、心の中で口ずさんでいた歌がある。
ほら、あの歌よ。
鯉のぼりの歌
あの歌の歌詞にあったと思う、鯉のぼりを屋根より高く上げるっていう感じの歌詞が。
なぜかルゥの尻尾フリフリを見ていたら、風に泳ぐ鯉のぼりを思い出したっていうか。
全然似ていないのに、なぜか思い出したのよね。
鯉じゃなくてシャチだけど、高く高く上げてたと思わない。
それこそあの高さだと、三階建ての屋根より高く。
『あー……積み上げてた、積み上げてた』
ゆりこさん到着まで、脳筋コンビのそばでタマちゃんと遊んで暇を潰しているカニやんが応えてくれる。
うん、あのデッカイ図体とどんどんどどんと積み上げて、それはそれは高くなってたと思わない。
『思う、思う。
ここの運営は巨獣大好きだからな』
『シャチは獣じゃねぇよ』
『魚類を知らねぇのか、てめぇは』
この少し後 『はぁい、いい子にしてた?』 というゆりこさんの声が聞こえてきたから、脳筋コンビも無事回収終了。
わたしもほどなくマコト君たち 【フチョウ】 近くで墜ちていた学生組を回収し、一緒に 【ナゴヤドーム】 を目指す。
そう、ここの運営が巨獣好き。
それはもう大大大好きで、獣以外に鳥や魚類までとその守備範囲も広い。
しかもお気に入りの巨鳥に至っては再利用率も高い。
さらにその守備範囲を広げるべく運営が動いたことをプレイヤーが知るのは次のイベントの時。
それまでのあいだなにをしていたのかといえば……何かしないとね、さすがに黄金週間が終わったあとの脱力感を乗り越えられません。
脱力というより虚無感?
こう……なにもかもが終わった感じ?
虚脱感
あの感じを乗り越えるために、もちろんお仕事も頑張りました。
まだ新入社員は研修中で、広瀬君が抜けたあとの営業社員の補充はもちろん、以前からお願いしていたはずの事務職の補充もされず、多忙な状態は継続中。
うん、まぁわたしはそれほど残業はしないけどね。
自分の仕事はコンスタントにこなします。
課長代理は少しばかりお忙しかったけれど……いや、まぁかなり忙しくてログイン出来ない日も多かったけれど、わたしはほぼ通常運転で。
当然のことだけどわたしが一人でログインすると、いつも誰かがお目付についてくる。
その主たるはカニやんだけど、カニやんも立派な会社員で都合がある。
残業とかね。
その時は事前に連絡がいっているのか、相談しているのか。
当たり前のように恭平さんや脳筋コンビがついてくる。
わたしにはルゥがいるから大丈夫と、何度も言っているのに誰も耳を貸してくれない。
本当に大丈夫なのにね……とルゥに声を掛けたら、足下を歩いていたルゥもわたしを見上げて 「きゅっ!」 と可愛い鳴き声を上げてくれる。
こんなに可愛い姿をしているけれど、凄く頼りになるのに。
「立派な会社員って……俺、社会人何年やってると思ってるんだよ」
それこそとっくの昔に立派な社会人です……とカニやんには突っ込まれたけれど。
でもね、それをいうならわたしだってとっくに成人した社会人です。
独立も考えているくらいなのに、どうして単独行動が許されないの?
「どうしてって……」
『わかってないところか一番の問題なんだけど?』
【富士・樹海】 にいるクロエが、わたしたちの話を聞いてインカムの向こうから口を挟んでくる。
珍しくクロエの居場所が判明している理由は自己申告があったから。
実は次のイベントまでの幕間に、わたしにはしなければならないことがあった。
前々回の 【ゴショ】 攻略時に使った解毒ポーション。
あの在庫の返却……といってもわたしに調合は出来ないからその素材集め。
調合自体はギルド唯一の調合士であるハルさん任せになる。
海の向こうより来たりし者
あの時はエピソードクエストをそこまで進めているメンバー以外には関係がなく、他のメンバーは通常運転……と思ったけれど、わたしたち 【ゴショ】 攻略組が、運営と女御たちに弄ばれているあいだに他のメンバーが協力して必要な素材を採取してくれていた。
そのおかげでギルド倉庫の在庫は戻せたけれど、この先も必要な状況はどんどん増えてくるような気がする。
少なくともエピソードクエストを進めれば、他のメンバーも必ず 【海の向こうより来たりし者】 に行き着くわけで、【ゴショ】 に潜る以上は必ず解毒ポーションが必要になる。
クエストはもちろんだけど、それ以外の状況でも必要なアイテムは自力調達が基本。
でも思わぬ事態もあるし、イベントで急遽必要なこともあると思う。
それこそイベントは、蓋を開けてみなければなにが出てくるかわからないからね。
そういう事態に備えるべく、最低でもギルドメンバー分……それこそイベントなどに参加する機会の少ない生産職のハルさんやりりか様はもちろん、最近はギルドルームにこもってばかりのマメも含めたメンバー全員分を用意しておくべきではないかと考え、副主催者四人に相談。
特にギルド倉庫の番人である恭平さんには、インベントリの枠に限りが有るからね。
そのへんも含めて相談した結果、メンバー数×2くらいの数を在庫に持つことが決まった。
合わせてハルさんからHPとMP、それぞれのポーション素材の採取依頼も。
こちらの手数料は現品支給という形で交渉が成立し、レベル上げやスキル取得、エピソードクエストの進行などそれぞれに目標もあるから、手の空いている時にということで、【素敵なお茶会】 は次のイベントまでのあいだを素材採取に勤しんでいた。
わたしやクロウのようにレベルカンストしているのならともかく、他のメンバーにはすることがあるから二人……あ、もちろんルゥも一緒にね。
一ヶ月
全然時間はあるし、二人と一匹でぼちぼち集めれば……と思っていたのに、【素敵なお茶会】 はこういうこともイベント気分なのよね。
自分のアバター育成そっちのけで採取に取りかかるから、次のイベントまでに余裕で必要数を集めることが出来た。
しかもクロウに残業が多いから、いない日はわたしとルゥの二人で集めるつもりだったのに、保護者気取りの付き添いが必ず付いてくるし。
「え? だっていつも言ってるじゃん、楽しければいいって」
いつものようににひっと笑うカニやん。
「本人が楽しくて、他の人に迷惑を掛けないなら好きに遊んでいいって。
だからみんな好きにしてるんじゃん」
採取をみんなが協力してくれたことはそれでいい。
実際に三つあるエリアのあちらこちらに散ったメンバーは、採取状況などのやり取りでインカムは大いに賑わっていたし、みんな楽しそうだったし。
だからそれはいいの、それはね。
でもどうしていつもいつもわたしに誰かがくっついてくるのよ?
ルゥもいるし、大丈夫だったのに……
ね!
わたしが声を掛けると、いつものようにギルドルームをフンフンフンフン……していたルゥは足を止めて振り返り、「きゅ♪」 と可愛らしい声で応えてくれる。
そしてすぐに戻ってくるとわたしの足下に可愛らしくおすわりをし、キラキラした大きなお目々でわたしを見上げてくる。
その頭を撫でてあげると 「きゅ~」 と嬉しそうに鳴くから、両手に抱えてもっふりと持ち上げ、膝に乗せてあげる。
うんうん、今日も可愛いわね。
もちろん毎日可愛いわよ。
「きゅ♪」
そうして待ちに待った次のイベントが開催されたのは六月に入ってから。
そろそろ梅雨入りかしら? とフライングを考えていたら、梅雨入りより先にイベントの告知が来ました。
六月は祝日がないからどうなるのかしら? ……と思っていたら、イベント開催を週末に限定して二週間四回の開催。
開催日は午前0時から午後23時59分59秒まで。
でもこれって、土曜日だとそのまま継続でしょ?
つまり土曜日の午前0時から日曜日の23時59分59秒まで、これを二週にわたって行なう。
そういうことよね。
このイベント開催の通知をわたしが受け取ったのはお仕事の最中。
いつものように週半ばに行なわれる定期メンテナンス終了をお知らせる通知に、六月のイベント開催の告知が付いていた。
まぁいつものことながら詳細は公式サイトにて。
自分で読んでねと言われるので……
読みません
だってお仕事中だし。
忙しい時期だし。
お仕事に集中したいし。
下手にミスしようものなら、またお仕置き部屋に呼び出され……ることはないか。
普通に課長代理の席に呼ばれて注意されるだけです。
でもそれだけだからといって、平気でミスが出来るほどわたしの神経は図太くありません。
むしろ小心者。
それこそ小さなミスにだってビクビクしてるくらいだし。
見直しは必須です
まぁそんなわけで、受け取った通知の確認だけをしてお仕事に集中していました。
そしてそのまま公式サイトを読まずにログイン。
説明を頼もうとしたクロウは残業のため、どうせ誰かついてくるんだからと、はじめからお守り役に読んでもらうことにした。
脳筋コンビだとちょっとあれだけど、カニやんか恭平さんなら大丈夫だからね。
『なんで俺らはアカンねん』
『なんでアカンねん』
別にダメなわけじゃない。
ダメなわけじゃないけれど、二人はすぐにわたしをからかってウソを教えるからです。
だから警戒してます。
最近はちょっと学習したんだから。
「どうせ学習するならもっと違うこと学習しろよ」
今日も男前はギルドルームの床に座りこみ、猫じゃらしを使ってタマちゃんとイチャイチャ中。
しかも可愛い姿を一瞬でも見逃したくないのはわたしと同じで、文句を言いながらも顔はこちらを見ない。
見なくてもいいけど、今度のイベントのことを教えてくれる?
「そこも学習しないのか」
そんな文句を言いながらも教えてくれるんだけどね。
そこは文句なしのイケメンだから。
【紫陽花の迷宮】
それが今度のイベントの題名。
夏イベントにはちょっと早いとは思っていたけれど、なるほど、紫陽花ね。
これから始まる雨の季節にピッタリね。
カニやんがしてくれた要約によると、開催日時については前述の通り。
指定のアイテムを入手して紫陽花迷路に入り、その迷路をクリアする。
単純明快といえば単純明快だけれど、もちろん普通に迷路をクリアするわけではない。
そもそも普通に迷路を歩かせてくれるはずがない。
ゴールを探すのはもちろんだけれど、道中で遭遇するNPCを倒しながら進むというもの。
どんなNPCが登場するかはもちろん迷路に入ってのお楽しみ。
お楽しみ?
むしろドキドキハラハラかもしれない。
ちょっとは楽しみもあるけれど、ここの運営はあれだからね。
楽しみよりも恐怖感というか、警戒心の方が強いかもしれない。
この警戒心が、たぶんイベントを生き残るための必須条件だと思う。
「いや、違うから」
『違ってないかも……』
即座に否定してくるカニやんに対し、みんなと一緒に 【ナゴヤジョー】 に潜っているトール君が、いつものように遠慮がちに援護してくれる。
うん、違ってないわよね。
でもそんなトール君の援護を、例によって脳筋コンビがカニやんの援護をして無駄にしてくれる。
『それも必要かもしれんが、そもそも火力が違うだろ』
『あれだよあれ。
女王は、力こそ全て! みたいな』
『それそれ』
なによ、それ?
まるでわたしが恐怖政治でも敷いているみたいじゃない。
こんなにも蔑ろにされている主催者も珍しいんじゃないかってくらい蔑ろにされているのに、そんなことが出来るわけがないでしょ!
確かに初期のころ、【素敵なお茶会】 はミスをすると強制退会させられるなんて噂も立ったけれど、あれだってそもそもの原因は柴さんたちじゃない。
ヘンなことを大声で叫ぶから。
『お前、なんか言ったんか?』
『なんか言ったっけな?』
しらばっくれる柴さんも柴さんだけど、他人事のように言っているムーさんも同罪だから。
二人で言ってくれたから。
それで不思議の国のアリスに登場する、気に入らないとすぐに首を斬ってしまうハートの女王になぞらえて、みんながわたしのことを女王と呼ぶようになったんでしょ!
忘れてないから!!
前のイベントの後始末が長引いてしまいましたが、ようやく6月のイベント 【紫陽花の迷宮】 開始です。
デンデンがムシムシします ←また言ってるw
とりあえず迷路入場用のアイテム入手から・・・