647 ギルドマスターは時間を管理します
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告&いいね、ありがとうございます!!
「そろそろ時間だな」
わざとそのいい声をわたしの耳元で囁くクロウの陰謀により、わたしの腰が抜けました……というのは置いといて……うん、そのへんに放りだしておいて下さい。
そのうちにきっと収集業者が粗大ゴミ……いや、燃えないゴミかしら?
ちょっと分別が難しいけれど、きっと業者さんもプロだから上手く分別して回収してくれると思う。
葬ってください
出来たら埋め立てるのではなく、跡形もなく焼却していただきたいのがわたしの本音ですが、有害ガスなどが出たら困るのでプロの分別にお任せしようと思います。
そもそもちゃんと集積所に置かないと回収してくれないという現実も、この際放置することにしました。
とりあえず腰が抜けていることを隠してクロウにしがみつき、確かめてみる。
「なんの時間?」
顎下から見上げたクロウの顔は、少しくらいおっさんに見えるかと思ったのですが、全然おっさんじゃなかった。
髭の剃り残しの一本くらい……と思ったのは、アバターであることをすぐに思い出したので探すのを止めたけど。
クロウは、わたしの頭上で開いていたウィンドウを閉じてから答えてくれる。
「そろそろチビ助が起きる」
ん? ルゥ?
……えっ? あ! ルゥの復活の時間?!
もうそんな時間なんだ!!
で、では早速……と言いたいところだけれど、もし……もし怒っていたらどうしよう。
だってほら、そこはルゥだから。
今回はわたしの無茶振りが原因ではなくて、どこからどう見ても偶然の重なりによるルゥの不運。
それをわたしのせいにされるのも理不尽だけれど、ルゥにそんな理屈は通じない。
どこまで行ってもルゥはルゥだから。
いや、まぁその、怒っているのなら必死に宥めるわ。
とにかく機嫌を直してくれるまでモフりまくる。
それこそ筋肉痛になってでもモフります。
もちろん大泣きしていてもね。
うっとりするぐらい可愛い泣き顔を堪能しながら、もっふりも堪能するわ。
問題なのはそこじゃない。
うん、そこじゃないの。
わたしがなにを恐れているかといえば、もし怒ったルゥに嫌われてしまったら……。
だって、そこはもうルゥだから理不尽の固まりよ。
どうしてそうなるのかわからないくらい行動が読めない。
なにしろ残念過ぎるAIを搭載しているから、その思考回路はプレイヤーにとって理不尽が多いというか、意味不明すぎるというか。
だからわたしは、ルゥとわたしを繋ぐ 【契約の証】 である右手首の赤い腕輪とにらめっこ。
この腕輪に呼びかければ……死亡制裁の時間を経過していればルゥは出てくるはず。
きっといつものように、なにもない中空に転送される。
で、でも……
もし……もしも、よ、出て来たルゥがわたしに見向きもせず、そのままギルドルームを出て行ったりしたら?
そのまま戻ってこなかったら?
探せばいい?
でも、もし小林さんのところに戻ってしまったら二度と会えなくなるのでは……。
あ、ダメだ、考えただけで涙が出てきた。
「出してやらないのか?」
そんなわたしの内心に気づかないクロウは、なぜかルゥを出してやれと急かしてくる。
そりゃわたしだって出してあげたいわよ。
少しでも早くモフりたいわよ。
でも……
そもそもクロウはどうしてルゥの復活の時間がわかったの? ……と思ったら、【灰燼】 を使おうとしたわたしを止めた直後、落ちたクロウ。
てっきりあの時ウィンドウを開いていたのは、【復活の灰】 を使って死亡状態からの回復をしようとしていた……と思ったのはわたしの早とちり。
死亡状態にあると装備の変更などは出来ないけれど、タイマー機能くらいは使えるだろうと思って、おおよその時間がわかるように1時間をセットしていたっていうね。
……は?
普通は死亡状態の回復が先でしょ?
なにしてんのっ? ……と思わず襟首を掴んだら
「死亡状態ならシャチを気にしなくて済むからな」
合理的な理由ですこと。
本当に合理的すぎて、思わずその顎に頭突きを食らわせてしまいました。
これは不条理です。
そりゃ死亡状態なら攻撃を受けることはないけど、まさかそこで1時間後がわかるようにタイマーをセットするなんて、普通は考えないでしょ。
でもクロウは、全然痛くもないくせに顎なんてさすって。
「出してやらないのか?
待っているだろう」
「……待ってると思う?」
「あれはお前が大好きだからな。
出してやれ」
「う……ん……」
よし、もしルゥが家出するようならとことんお尻を追いかけるわ。
そんでもって隙あらばもっふり捕獲するわ。
ルゥの足の速さに追いつけるか、ちょっと自信はないけど……
『ケツ……ケツか。
よし、俺も追いかけるわ』
インカム切るのを忘れてたー!!
おかげで変態……じゃなくて下僕が寄ってきてしまった。
『獣のケツ追いかけ回す痴女に言われたくねぇよ』
ちょっと待ってカニやん。
その痴女というのは、ひょっとしてわたしの事かしら?
『他にいるかよ、そんな特殊性癖の喪女が』
喪女で痴女って、わたしは一体何重苦なの?
もういいわ。
インカムで色々言われるならともかく、ギルドルームまで押しかけられたら困るからさっさとルゥを呼んでみます。
よ……よし……呼びます……呼ぶわ……よ、よし、呼び……
『さっさと呼べや』
『カニが向かっとんで』
待って待って待って、カニやんがギルドルームに来ようとしているということは、柴さんたちも来るんじゃないのっ?
だからカニやんの状況がわかるんじゃないの?
そうなると、もう躊躇していられない。
よし!
「……ルゥ、出ておいで」
ちょっと声が震えた。
でも反応した腕輪からはいつも……とは違っていた。
いつもわたしの呼び掛けに応じたルゥが転送されるあたりの中空……ううん、いつもより少し高い位置に現われたのはルゥではなく大きなシャボン玉。
一抱えはありそうなシャボン玉がポンッと現われたと思ったら、その中で体を丸めたルゥが、短い尻尾に顔を隠すように眠っている。
これはひょっとして、腕輪の中ではいつもこんな感じで眠っているのかしら?
もちろんルゥはデータよ。
この仮想現実全てがデータで構築されていて、わたしやクロウのアバターですらデータで構築されている。
だから設定といったほうが正確かもしれない。
こんな感じで眠っているという設定なのかもしれない。
ゆっくりと下りてくるシャボン玉を両手で受け止めると、シャボン玉は割れず、ルゥもまだ眠ったまま。
その姿があまりにも可愛らしくて、わたしはさっきまでの不安を綺麗さっぱり忘れて見入ってしまう。
近くでよく見たくて顔をくっつけてもシャボン玉は割れず、ルゥも目を覚まさない。
ずっと見ていたかったけれど、インカムの向こうから不穏な気配ならぬ、不穏な会話が近づいてくる。
『お前、今まででそんなに速く走ったことあるかっ?』
『どんな変態やねん』
『うるせぇ!
見たいもんは見たいんじゃっ!』
これはマズい。
もっとずっと見ていたかったけれど、少しシャボン玉から顔を離してそっとルゥに呼びかけてみる。
「起きて、ルゥ」
わたしの声に反応したのかルゥの大きな耳が、安眠を守るべくぺたんと閉じられていた大きな耳が、ぴくっと反応。
もう一度そっと呼びかけてみると両耳がすくっと立ち上がり、まるでレーダーのように周囲の様子を探り出す。
「起きてってば」
早く起きないとカニやんが来ちゃうわよ……と囁くと、ルゥは 「きゅ?」 と小さく寝ぼけたような鳴き声を上げるとともに、眠そうな目をゆっくりと開く。
でも再び閉じてしまいそうになる……というところでわたしと目が合うと、数秒後、一瞬にして大きな赤い眼を見開いて全身で驚きを表わしてくれる。
「きゅっ?!」
うっかり寝過ごした的な?
見られちゃいけない寝姿をわたしに見られたのが恥ずかしかった……ということはないか。
でもまさか、外に呼び出されていることに気づいていなかったらしいルゥは慌てて飛び起きる。
そのもっふりとしたひどい癖毛がシャボン玉に触れると、一瞬で割れ、自由になったルゥがいつものように謎ポーズをとろうとするのをもっふりと抱きしめる。
「ごめんね、ルゥ。
びっくりちゃったよね」
抱きしめたルゥのひどい癖っ毛に頬ずりをして謝る。
でもルゥったら自分の身に起こったことをまるで覚えていないのか、「きゅ?」 と問い掛けるような鳴き声を上げながら不思議そうに首を傾げる。
えーっとルゥ? 本当に覚えてないの?
その、巨大金シャチにひと呑みにされたこと。
そのまま落とされてしまったのに、まるきり覚えてないとか?
「きゅ?」
わたしがなにを言っているのか、まるでわかりませんとばかりに首を傾げていたルゥだったけれど、結局いつものようにわたしの胸にしがみつき、ご機嫌に尻尾を振りながらもっふりとした頬毛をスリスリ。
これはひょっとして、ルゥってば美沙さん並みにポジティブシンキング?
それともわたしも呆れていいくらい物忘れがいい?
『どっちでもいいが……っあ!」
「間に合わんかったか!!」
ギリギリ柴さんの声はインカムから聞こえていたけれど、続くカニやんの声は、ギルドルームの扉を開けるタイミングでエリアチャットに変わる。
そして柴さんの末尾の 「あ!」 の意味が判明。
扉を開けた瞬間にルゥの状況を確認したカニやんが足を止めて戸口を塞いでしまったため、後ろから来ていた柴さんがその後頭部に衝突したのだ。
続いてムーさんが衝突し、柴さんをサンドイッチする形に……はならない。
なぜならカニやんが魔法使いだからよ。
二人の重火力剣士に衝突され、ギルドルームに押し込まれるというか押し倒されるというか。
不運な多重玉突き事故の先頭車両となったカニやんは、超重量級の剣士二人ならぬダンプ二台の下敷きにされてしまった。
「重っ! はよ退けや、おまえら!!」
「俺子亀ー」
「俺孫亀ー」
わけのわからないことを言って、カニやんの上から退くつもりのない脳筋二人。
亀になりきったつもりなのか、手足をバタバタさせて楽しそうに遊んでいる。
あ、ごめん、わかった。
カニやんは子亀と孫亀を乗せた親亀ということね、なるほど。
全然あんな可愛さはないけど。
しかも身長はともかく、体格は明らかに脳筋コンビのほうがいいから完全に押し潰されている状態。
親亀の凜々しさというか、存在感の欠片もないところが悲しい魔法使いよね。
「そこはあれだろ?」
「亀じゃなくてカニだしな」
あ、なるほど!
猿○合戦のカニは確か……うん、カニやん、ご愁傷様。
そっか、二人はダンプじゃなくて石臼だったのね。
「いいから退けや、おまえら!
ってかカニ潰すんは石臼ちゃうし!!」
あれ、そうだっけ?
ちょっとわかりにくい話となっておりますが、こんな脱線中もイベントは進行しております。
もちろん増し増しタイムがいつ発生するかわからない状態で・・・