645 ギルドマスターは腹の中を晒します
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シャチも狙ってルゥを食べたわけじゃない。
後ろに湧いた別のシャチに、たまたま空いていた前面に押し出されただけ。
その時偶然大きな口をパックリと開いていただけ。
そこにたまたまルゥが着地しようとしただけ。
偶然?
本当に偶然なの?
偶然の反対は必然とか言わない?
三つも偶然が重なれば、それはもう必然じゃない?
そうして昼日中、眩しいほどの陽光に照らし出された黄金の巨大シャチはルゥの小さな体を丸呑みにした。
「ぎゃうん!!」
直後、少しくぐもったルゥの悲鳴がシャチの口の中から聞こえてくる。
このあと、いくら呼んでもルゥは応えてくれなかった。
代わりに出たインフォメーションが……
information チビフェンリル・ルゥが撃破されました。
死亡制裁により1時間の休眠となります。
ルゥが落とされた……嘘。
嘘、嘘、嘘!
だってたった今、元気に巨大金シャチを短い足で蹴り落としたのよ。
それを自慢するように 「きゅ!」 と可愛らしくひと鳴きして……。
そのルゥが、同じ 【幻獣】 である巨大金シャチに、ひと呑みにされて落ちた。
許さない!!
「グレイ!!」
「起動……かい……っ?!」
ルゥを丸呑みにした巨大金シャチを睨みつけ、わたしが唱える怨嗟の呪文。
それは取得してから唱えるのは三度目になる、このゲーム最凶のぶっ壊れスキル 【灰燼】。
わたしの足下に、通常の術よりも大きな、それこそ巨大な魔法陣が一瞬で展開された……と思ったら、さらに大きく広がってゆく。
しかも詠唱が終わっていないのに上がった焔が、魔法陣の広がりを追いかけるように勢いを増し、全てを焼き尽くすべく広がる……のを、寸前に気がついたクロウによって阻まれる。
さすがはお仕事の出来る上司様。
わたしの様子に一瞬早く気がつき、詠唱を始めるより早く動くなんてさすがすぎる。
わたしだったらまず気がつかないし、気がついても体の反応が追いつかない。
でもお仕事の出来る上司様は、気がついた瞬間、頭で考えるより早く体が反応。
次の瞬間に始まった詠唱、そして上がる焔の中に飛び込んでくると、いきなりわたしの口を手で押さえ付ける。
おかげで声にならない変な音を出してわたしの詠唱は中断。
間髪を置かずわたしの腕を掴み、杖先で魔法陣を粉砕すべく突かせる。
そうして最凶のぶっ壊れスキル 【灰燼】 三度目の発動は不発に終わったはずだったのに、魔法陣が、砕けたガラスのように破片を撒き散らしながら消滅する中、なぜかその全身が半透明に変わるクロウ。
嘘……
だって 【灰燼】 は不発に終わったはずなのに。
詠唱途中であったにもかかわらず、【灰燼】 の焔に触れたらアウトなのっ?
どこまでぶっ壊れたスキルなのよ?!
それとも、わたしから死角になるところからシャチに……という都合のいいことは起こらない。
頭ではわかっているけれど、そう思いたかった。
「グレイ、詠唱を」
その場にへたり込んでしまうわたしに呼びかけるクロウは、手早くウィンドウを開き……おそらくインベントリにある死亡状態の回復アイテム、【復活の灰】 を使用しようとしているのだと思う。
ごめんなさい!
「起動……リカーム」
「グレイ!」
クロウには怒られたけれど、死亡状態からの回復術 【リカーム】 を使ってクロウを回復。
でも高位スキルだけあってMPの消費が半端ない。
クロウも、経験値こそすでにカンストしているから関係ないけれど、死亡制裁によりHPは減少したまま。
【灰燼】 の、不発ながらも上がった焔により、わたしを中心に一定距離のシャチは、サイズを問わず金魚を巻き添えに全て落ちた。
ルゥをひと呑みにした巨大金シャチもね。
でもスペースがあれば、次々に増殖する巨大シャチたちがそこに押し出され、ほどなく埋めてしまう。
それはあっと言う間のことで、わたしはMPを、クロウはHPを回復している余裕はない。
しかもわたしったらへたり込んだまま、お仕事もせずに泣いてるし……。
『えっと? 今の、なにっ?!』
『旦那、どうしたっ?』
『いま不吉な言葉が聞こえたんだけどっ?』
忙しい詠唱の合間にカニやんが呼びかけてくれる。
続くムーさんの声に、恭平さんが焦り気味の声を語尾に被せてくる。
「悪い、誰か近くにいたら手助けを頼みたい。
チビ助が落とされてグレイが……」
『えっ? ワンコがっ?!』
『それで 【灰燼】 を使おうとしたってか?』
『気持ちはわかるけど、さすがに今回はあかんで』
『イベント的に出番じゃないし』
『でもルゥ君が……』
ありがとうトール君、庇おうとしてくれて。
でもいいの、わかってるから。
このイベントで 【灰燼】 を使うのはダメだってわたしもわかっているから。
わかっていても使おうとした気持ちは、みんな理解してくれていると思うから大丈夫。
大丈夫だけど……
涙が止まらない
クロウも、攻撃を続けるように言ったのは一回きり。
そのあとは、座りこんだままのわたしを庇って一人で戦っている。
でも相手は巨大シャチ。
それがこんなにも次々に襲って来るのでは、さすがのクロウも15分はもたない。
状況を冷静に判断して出すSOSに、柴さんが応えてくれる。
『ワンコがおかしな声出すから、向かってて良かったわ」
最初インカムから聞こえていた声が、途中からエリアチャットに変わった……と思ったら、電子分解から消滅する巨大シャチの向こうに見慣れた筋肉が姿を見せる。
「すまん、柴」
「いいってことよ」
気の好い筋肉はクロウと短く挨拶を交わし、手近にいたシャチを切り落としながらわたしを見る。
「泣いてる美人を守るってのもなかなかいい気分じゃねぇか。
役得だね」
『あとで旦那にぶっ殺されろ』
「羨むなよ。
日頃の行いだろ?」
『そっちは柴やんに任せた。
他は予定どおり動いてくれ』
じゃれる脳筋コンビをよそに、他のメンバーを気遣うカニやんに、恭平さんが、ハルさんを無事 【ナゴヤドーム】 に退避させたことを報せ、【中部・東海エリア】 にある エリアダンジョン 【蛇の道】 近くで動けなくなっているジャック君の支援に向かうことを告げる。
そのジャック君の話によると 【蛇の道】 内部は、このダンジョンで湧く固定NPCにシャチまでが湧きかなりのカオスになっているらしい。
この分では他のエリアダンジョンも結構なカオスになっていると思われる。
おそらく 【関東エリア】 にある 【東京砂漠】 の地下巨大迷宮は、【蛇の道】 以上のカオスになっているはず。
このイベント期間中の素材採取は諦めたほうがいいわね。
ジャック君のところにはの~りんも向かってくれていたらしいけれど、運悪く巨大シャチの湧き位置近くにはまってしまい身動きがとれなくなっている。
そっちにはJBが向かってくれると、本人から報告が入る。
まぁの~りんは、おそらくギルドで一番運の悪い人だから。
それでも火力的にはなんとかなる……と思う。
『ちょっと厳しいかも』
そんな声は聞こえていたけれど、わたしはそれどころじゃなかったから。
だってルゥがあんな声で鳴くなんて、今までになかったことだもの。
きっとビックリしたと思う。
シャチのお腹の中で怖い思いをしていなければいいけれど……と思ったら、トール君が申し訳なさそうに奇妙なことを言い出す。
『あの、ルゥ君ですけど……その、シャチのお腹を斬って救出とか……無理、でしょうか?』
もう無理
だってインフォメーションで落ちたことを知らされたもの。
しかもルゥを食べた憎きシャチは、不発に終わったはずの 【灰燼】 の影響ですでに落ちている。
もうどうしようもないの……とさめざめと泣くわたしをよそに、インカム内では爆笑が起こる。
『ちょ、篠崎、なに、それ?』
『いや、塚原は攻撃して。
折角スキル使うチャンスなんだから』
『うわー。
それ、どっかで聞いたことのある話だよね?』
『あれだろ、あれ。
ほら、ピノ○オ』
「確か鯨に食われるやつじゃなかったっけ?」
すぐ近くにいる柴さんまでが参加し始める。
うん、別にいいけどね。
クロウが参加しないのも別にいいけど、とりあえずHPの回復にポーション瓶を投げつけたらはずれた。
『タイ○キ君じゃなかったっけ?』
『あれは腹の餡子が重くて自滅だろ?』
「そうそう、自分で沈んでくやつな」
『それ、なんの話っすか?』
『話じゃなくて歌』
『誰か歌ってやれよ』
『この状況でその余裕があるならちょっと助けて……』
この弱気な発言は、もちろんの~りんです。
どうやらまだJBが到着しないみたい。
バッチリ会話には参加してるけど。
ちなみに恭平さんはジャック君と合流済み。
『あのタ○ヤキって、ラストどうなったっけ?』
『食われる』
『おっさんに食われるんじゃなかったっけ?』
『でもあれ、途中の歌詞にふやけるってなかったっけ?
しかも海だし』
『意外に甘い餡子と塩分は合う』
どんどんピ○キオから脱線していくわね。
ちなみにわたしもタイ○キ君とやらのネタがわかりません。
誰か歌ってくれないかな? ……と思ったけれど、著作権の都合とかで歌えないらしい。
なによ、それ?
あ、もちろん著作権の意味はわかってます。
わかってるけれど、それをここで出す意味が不明なのよ。
ちなみに、珍しくの~りんがあとで話してくれたところによると……カニやんじゃないのよ、珍しく。
確かにタイ○キ君は餡子が重いと嘆くらしいけれど、海の広さに興奮して泳げるらしい。
でもタ○ヤキのくせに釣り針の先の餌につられておっさんに釣り上げられ、あっけなくthe endって……なんなの、その歌?
ごめんなさい、想像力が足りないわたしには全く意味がわかりません。
ちなみにインカムの向こうでの話は……すぐそばで柴さんも参加しているけれど、話の展開自体はインカムの中で行なわれている。
しかもその話題は、なぜか赤○巾に移り変わってゆく。
赤○巾ならわかるわ。
お婆さんの家までお遣いを頼まれた赤○巾を、先回りしたオオカミがお婆さんに化けて、お婆さんに続いて赤○巾もバックリするのよね?
途中で色々と失敗したくせに、最後の最後で大成功! ……と思ったら猟師にバレて、成功に酔いしれてうっかり昼寝をしているところでお腹を切られてしまう。
そうしてお婆さんと赤○巾は無事救出されて、代わりにお腹に石を詰められたオオカミは、お腹が重くて……タイ○キの歌と似てるわね、このあたりは。
でも確かオオカミは水を飲もうとして、お腹の重さでバランスを崩して井戸に落ちてしまうのではなかったかしら?
ん? オオカミ?
待ってーっ!!
狼のお腹を割いてなにを救出するのよ?!
わたしのもっふり腹毛を斬るなんて、絶対に許しませんっ!!
シャチの腹からルゥを救出できれば良かったのですが、そもそもグレイが食ったシャチを落としてしまいましたからね(汗
いよいよルゥの復活からイベントはラストへ。
今回は運営も大人しく終わらせる???