642 ギルドマスターは王様ゲームをします
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「あの、課長代理、その、ですね、本日はどんなミスでしょうか?」
頭の中で考えをまとめて、なるべくダメージの少ない言葉を選んでから……と思ったのに、気がついたら考えていたことがそのまま口から出ていた。
それを聞いた課長代理は、ほんの一瞬呆気にとられるような表情をしたけれど、すぐに笑う。
「どんなミス?
どんなミスにしようか?」
捏造は止めてください。
とりあえず、そんなことを言いながらも手招きしてくるのでもうちょっと近づいてみます。
えーっと、上司と部下の距離としましては1メートルくらいでしょうか?
仮想現実ならともかく、会社ではこれが限度です。
出来たらもうちょっと下がりたい。
いや、まぁその、一応ね、その色々とあったというかなかったというか、その、はい、ちょこっと、ね。
でもやっぱり恥ずかしいのでこの距離が限界です。
それに、その……この距離でですね、課長代理の格好いいお姿を眺めていたいというか、眺めていたいというか、眺めていたいというか……眺めていたいです。
羨ましい身長といい、どんなポーズでもとれる長い足といい、この距離で眺めていたいほど格好いい。
2㎝くれないかなぁ……
あ、ついうっかり本音が。
羨ましいのも事実だけど、見ていたいくらい格好いいのも事実です。
でもそれを許してくれない課長代理は、いきなりわたしの腕を掴んで引き寄せる。
う……っかりでした、背が高いと腕も長いんですね。
まさかこの距離で腕が届くとは思いませんでした。
だってわたしじゃ、どんなに身を乗り出しても届かないし。
……じゃなくて、結果としてわたしの腕の長さでも届く距離となりました。
伸ばさなくても届きます。
うぇ~ん
もっと見ていたかったのに。
だってほら、お仕事中はご自分の席にすわっていて、長時間見ていられるのはほとんどこのすわっている姿。
立っているお姿を見られるのは……あ、遠目にね。
すぐ近くだと、残業のない日は一緒に帰っているから間近で見ることは出来る。
出来るけどそれじゃ距離が近すぎるのよ。
ほぼほぼ課長代理の顔しか見えないし。
しかも高いところにあるから見上げるのがしん……ゲフゲフ……なんでもありません。
やっぱり2㎝分けてください……というわたしの本音は明後日に置いておくとして、こう……引きで全身を見る機会があまりない。
主に外出で席を立たれた時とか、外出先から戻られた時とか、本当に数秒。
しかもそういう時に限ってわたしが忙しく、じっくり見ていられない。
席を立って出入り口まで、あるいは出入り口から着席までのほんの数秒。
その貴重な全身を引きで見る折角の機会が……。
課長代理の意地悪!!
「あ、あの、課長代理?」
「うん? どんなミスがいい?」
笑いながら言っているから冗談なのはわかるけれど、捏造しないでください。
つまりわたしのミスじゃないんですね。
わかりましたから手を放していただけますか?
「訊きたいことがあったんだろう?」
ん? その口ぶりですと、わたしのほうに訊きたいことがあるように聞こえるのですが、そうなのでしょうか?
まるで心当たりがないわたしは首を傾げてしまう。
これだけで課長代理には十分すぎるほどの返事になった。
「教えて欲しい?」
少し悪い顔……でも格好いいから困る!
どうしてこの人は、どんな顔をしても、どんなポーズをしても格好いいのよっ?
存在自体がイケメン過ぎて、どうしたらいいのかわかりません。
とりあえず課長代理の顔が近すぎるので、両手で顔を覆って隠しておきます。
いえ、帰り道でしょっちゅう見ているのですが、心の準備が出来ていなかったので顔が熱い。
いつもはね、一緒に帰れるってわかったらトイレに寄って、心を落ち着けてから一緒に会社を出ます。
それでもきっと顔は……というか耳まで真っ赤になっていると思う。
それが今日はいきなりのことで、全く心の準備が!
誰か助けてっ!!
自分からノコノコ呼ばれるままにお仕置き部屋に来ておいて、助けてとは都合のいいことを言っているのは自覚があります。
でも誰か助けて下さい、やっぱり課長代理は手を放してくれません。
一所懸命腕を引こうとしているのですが、ビクともしないというか、笑う余裕さえある課長代理。
本当に現実でも鉄筋。
わたしのほうは渾身の力で腕がプルプルしてます。
プルプル…………諦めます……。
ちょ、ちょっとね、息が上がりました。
疲れた
「一年前の賞品」
「あっ!!」
ああっ!!
本当にすっかり綺麗に忘れておりました!
もうね、綺麗さっぱり忘れていたわ。
それこそ聖水で洗い清めて純真無垢……ではなくて、記憶喪失のように綺麗さっぱり白紙状態となっておりました。
思い出しました
はい、たった今思い出したというか、思い出さされたというか。
一年前の金魚掬いイベントの賞品ですね。
なぜかメンバーがこぞって、ギルド内優勝者のわたしに話してくれないっていうね。
そもそも主催者が賞品を知らないっていうのもおかしな話だけど、まぁそこは色々とね。
マメのおかげでわたしは意識を吹っ飛ばしてしまったから。
そのあいだに決めてしまうなんて、みんな確信犯なんだから。
クロウもね
共犯よ! ……と責めるのはもう遅い。
だって一年も経ってるんだもの。
だからせめて教えてください。
出来ましたら迅速かつ、ストレートにお願いします。
回りくどいのは止めてくださいとお願いしているのに……
「藍月は王様ゲームを知ってるか?」
「知ってます……けど?」
いくらわたしでもそれぐらいは知っています。
課長代理はわたしのことをどんなバカというか、世間知らずだと思っているのでしょうか?
多少は末っ子長女で甘やかされている自覚はあります。
でも喪女ではあるけれど、決して箱入り娘の世間知らずではございません。
それなりに、そこそこは世間を知っております。
でもですね、切り出しが唐突すぎまして意味がわかりません。
それで語尾上がりになったわけですが……
ひょっとして?
「結局なににするか決められなくて、優勝者に王様になってもらうことに決まったんだ」
なるほど
但し装備などの強奪はなし。
ステータスなどの育成アドバイスを求めるのはありだけれど、直接ステータスなどを見せろというのはなし。
せいぜい一緒にダンジョンを潜ってもらうとか、クエストに付き合ってもらうとか。
あと素材を希望数採取してきてもらうのはOK。
他には……無人バザーでの捜索協力の依頼もOKらしい。
ほら、あそこは一軒一軒見て回らないとダメだから探すのが大変で、人海戦術が有効だから。
それでも結構な時間がかかるから、協力を求められるとそれなりの罰ゲームになる。
でも断れないのがこのゲームのルール。
まぁそういう権利が一年前の、あの金魚イベントのギルド内優勝賞品だったらしい。
ん?
それはつまり、わたしにその権利があるということ?
そういうことよね?
「どうする?」
「どうすると言われましても……」
初めて聞いた話で、すぐにはなにも決められません。
そういえば、どうしてそれを伝える役がクロウ……じゃなくて課長代理なのかがわからないのだけど、と……とりあえず部署に戻る?
もう就業時間は終わり、これから帰るというところでのお呼び出し。
帰る支度をすべく、鞄に携帯電話などを放り込んでいるところに、丁度その携帯電話が振動した。
もう少しタイミングが遅ければ鞄の中にあって気づかず、おトイレにでも行っていたかも知れない。
でも今日は課長代理も残業がなく一緒に帰る予定だったから、気づかなくても問題はなかったはず。
そもそもわざわざお仕置き部屋に呼び出す必要があったわけ。
だって用件はこの話でしょ?
これだったら全然帰り道で話せることじゃない。
まぁ今 「なにがいい?」 と訊かれても答えられないけれど、歩きながらでも考えられるわけだし、とりあえずお仕事も終わったから帰りましょうか? ……と課長代理を促そうとしたら、軽い衝撃とともに眼前が真っ暗になった。
そしてそのままガッツリホールド。
ひぃぃぃぃ~
「か、か、かちょだ、い……り……その、ですね、いきなりはちょっと、心の準備が……」
「次からは予告してからにする」
少しくぐもった課長代理の声が、耳のすぐそばから聞こえてくる。
ちょっと腰が抜けそうになって課長代理にしがみついたら……ら? ……えっと課長代理、その、ですね……気のせいでなければ、臭い、嗅いでません?
「いい匂いだな」
やーめーてーっ!!
まだそんなに暑くないから汗はかいていないけれど、一日お仕事をして、その……まだ加齢臭は大丈夫だと思うけど、そ、そんな風に嗅がれると、緊張というか、自分の臭いが気になるから止めてください。
でも油断すると腰が抜けそうで、しがみつく手を離せないから離れられない。
とりあえず課長代理の変態行為を止めなければ、わたしの心臓が持ちません。
心臓が止まるのが早いか、呼吸が止まるのが早いか、それとも腰が抜けるのが早いか。
いずれにせよ、ヤバイ。
「あ、の……課長、代理?」
「……自分の臭いが気になるな」
それはつまり、課長代理は加齢臭が気になるお年頃ということでしょうか?
まだ30歳前だし大丈夫だと思うけれど、そんなに気になると仰るのでしたら、僭越ながらわたくしが確かめさせ……ゲフゲフ……わ、わたし、なに言ってるの?
なにしてるのっ?!
課長代理の変態がうつったのか、ちょっとだけ嗅いじゃった。
その、本当にちょっとだけよ。
でも臭いとかで咽せたわけじゃないから。
違うからっ!!
ちょっとだけだったし、全然臭くなかったし。
むしろもうちょっと嗅ぎた……ゲフゲフ……なんでもありません。
だってその、ちょっといい匂いがした気がする。
ついついその、もうちょっと嗅ぎた……ゲフゲフ……ヤバ!
課長代理の変態がうつった。
マジでうつった。
だって課長代理の臭いをもうちょっと嗅ぎたいとか思ってしまったもの。
わたしの人生最大の危機です。
今までにも何度か人生最大の危機はあったけれど、その中でもトップクラスに入るレベルの危機です。
ヤバすぎます、わたし。
どうしよう……
し、しかもなんか課長代理の顔が……く、首の後ろ?
えっと、耳の後ろ?
そのあたりにあって、息がかかるのがわかる。
こっ……これは……ちょっと、しがみつく手の力まで抜けて……抜け……。
しっかりしてよ、わたしの握力。
ここでへたるわけにはいかないんだから。
「いつ見てもいいうなじだな」
…………へ?
あの、いいうなじとはどんなうなじでしょうか?
合わせ鏡でもしなければ自分のうなじを見ることは出来ないし、そもそも自分のうなじになんて興味がありません。
とりあえずですね、耳元で囁くのは止めてください。
そのいい声で囁かれると、腰が……握力が……
ヘタレた
奇数日更新と自己申告(?)しておきながら間が空いてしまいました、申し訳ございません。
とりあえず現実パートは藍月がヘタレ手終了しまして、次話では本編に戻る予定です。
ちなみに優勝賞品についても本編で回収予定です。
追記:
【活動報告】 にて 【3月の反省】 を更新しました。
よろしければそちらもご覧下さい。 2022/04/02 藤瀬京祥