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63 ギルドマスターは緊迫した空気にボケます

pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!

『いやぁいきなり斬りかかるのはちょっとどうかな?』


 苦笑いって感じのカニやんの声がインカムから返ってくる。

 いいじゃない、どうせHPは減らないし、死亡回数(デス数)が増えるわけでもないし。

 他にも脳筋オッサンコンビの 「おっかねー」 とかいう声も聞こえてくる。

 この二人はどうせ斬らせてくれないくせに、わたしのどこがおっかないんだか。

 話していたのはもちろんついさっき、クロウが 【暴虐の徒】 の主催者(マスター)ライカさんに勧誘されたこと。

 手の届く距離にライカさんの剣があったから、つい手を伸ばしかけたってことは余計な話だったけど、でも、全然驚かないところをみるとカニやんは知っていたのかしら?


『あー……不破(ふわ)さんが勧誘されてるところを見ちゃったんでね』

「不破さん?

【特許庁】 の不破さん?」

『その不破さん』

『グレイさん、いつも不破さん見ると顔赤くするよね』


 またクロエってば余計なことを。

 別に不破さんのことが好きとか、そういうことじゃないんでご心配なく。

 確かに不破さんは綺麗な顔をしてるんだけど、わたしの好みはクロウだから。

 あの、不破さんの、ほぼ上半身裸みたいな格好が恥ずかしいのよ。

 出来たら上着とか着て欲しいけど相手が 【特許庁】 じゃね、たぶんお願いしても無理だと思う。


『俺さ、このあいだ不破さんを見て思ったんだけど、あの人、ホストっぽいよな』


 うん、わたしもそう思う。

 確かに顔つきとかお水系よね、中身は普通の人なんだけど。

 クロエもそう思ったみたい。


『でも今時のホストはもっとかちっとしてるでしょ。

 胸板で女を落とすとか、今時流行(はや)んないよ』


 なに? その 「胸板で女を落とす」 って、どんなスキルよ?

 新手のナンパ術?

 …………ヤバい、食いつきすぎるところだった。

 クロエを追究しかけたわたしは慌てて口を押さえ、深呼吸を一つ。

 気持ちを落ち着けて、話を改める。


「言いにくいかもしれないけど、柴さんとかムーさんのところにも来たの? ライカさん」

『来たな』

『断ったけど』


 二人とも全然いいにくそうじゃなくて、いともあっさりさっくり答えてくれた。

 よく一緒にいる二人のあいだでは情報共有が出来ていたらしくて、そこにはなにかしら会話を交わすことはなくて、その時のことを思い出すように口々に話している。

 ちょっとだけその話に耳を傾けていたんだけれど、結論としては、やっぱりライカさんは 「悪意のない天然で(たち)の悪い人」 だった。

 振り回されないように気をつけなくちゃね。

 特にわたしみたいな優柔不断はとことん振り回されそうな気がする。


「でも……イベント3位のクロウ、8位の不破さん、10位の柴さん、11位のムーさんが勧誘されたってことは、ノーキーさんやノギさんにも声を掛けてるのかしら?」


 もちろんノギさんは断るだろうけれど。

 それこそ主催者(マスター)にしてあげるっていわれてもあの人は受けない。

 そういう人だから。

 でもノーキーさんは……自分でギルドを持っているのに、いまさら主催者(マスター)にしてあげるっていわれても、そこに魅力は感じないわよね。

 さすがにいくらノーキーさんが脳筋でも、これまで一緒にやってきたメンバーを捨てるとか、そんな人非人じゃないわよね?


『いくらなんでもノーキーさんはないでしょ』

『ないない。

 それどころか、不破さんと話してるところにノーキーさんもいたんだけど、誘われないって怒ってたよ』


 うん、それがノーキーさんらしいわね。

 さすがに主催者(マスター)が権限を持ったまま抜けたら、ギルドが自動的に解散しちゃうもの。

 もちろんその時には蝶々夫人が 【特許庁】 を引き継ぐとは思うんだけど……引き継がないこともあるか。

 もともと蝶々夫人が 【特許庁】 に入ったのはノーキーさんに誘われたからだもんね、わたしの誘いを断って……。


『グレイさんってそこは思い出すのに、肝心なことは覚えてないんだね』


 クロエはなにが言いたいの?

 わたしが覚えていない肝心なことってなに?


『ま、頑張って思い出して』


 なによ、それ。

 言いたいことがあるならはっきり言ってよ、すっきりしないんだから。

 なにか知っているかと思ってクロウを見たんだけれど……


「だからお前の記憶は所々おかしい」


 それ、このあいだも言ってた。

 そんでもって結局教えてくれないのよね。

 優しいんだか厳しいんだかよくわからないクロウはこの際置いとくとして、話を戻しましょう。


『まだ次のイベントの告知(アナウンス)もないのに、結構みんな必死だよね』

「やっぱりそれが理由だと思う?」

『思うでしょ。

 もっとも、実際にギルド対抗戦になるかどうかはわからないけれど』

『ちょっと本題と外れるけど、【暴虐の徒】 だけじゃなくて 【シシリーの花園】 も結構必死みたいなんでグレイさん、用心しといてね。

 クロウさんと一緒の時はいいけど、出来たら一人にならないで』

『えー、なにそれ?

 ひょっとして 【シシリーの花園】 も引き抜きやってるの?

 カニやん、引き抜かれたわけ?』


 うそ、ほんとにっ?!


『引き抜きの話は来たけど、引き抜かれてたら今、この会話に俺はいないから』


 そ、そっか……そうよね。

 ギルドチャットはギルドメンバーしか参加出来ないもんね……って安心したんだけど、すぐにモヤモヤしてきた。

 だって 【シシリーの花園】 は魔法使いばかりを集めていて、ランカーのカニやんを引き抜こうとしたんでしょ?


「……わたし、相手にされてないんだ」


 ちょっとショックを受けて呟いたら、なぜかギルドチャットが急に静かになっちゃった。

 うん? どうしたのみんな、急に黙り込んじゃって。

 そんなことないとか、そういう同情すらないってどういう状況?

 結局たっぷり一分は沈黙があって、ようやくのことでカニやんの大きな溜息が聞こえてきた。


『……ここにもいたか、アホマスが』

「誰がアホよ!」

『それ、ノーキーさんと同じレベルだから』


 ひどい、あんな脳筋と一緒にしないでよ。


『まるで一緒なんだけど?

 あの人も自分は勧誘されないって嘆いてたっていうか、喚いて五月蠅(うるさ)かったんですけど?』

『普通に考えてさ、主催者(マスター)は勧誘出来ないでしょ。

 グレイさん、頭大丈夫?』


 …………たぶん大丈夫だと思う。

 うん、そうよね、さっきそういう話をカニやんがしていたわね。

 あのノーキーさんと同じことをしちゃったなんて、そっちで落ち込みそうになってきたわ。

 反省するわたしを無視して話すカニやんによれば、シシリーさんっていうのは結構自意識過剰? ……自信満々……いや、違うか。

 やっぱり傲岸不遜な人で、物凄い上から目線でカニやんに 【シシリーの花園】 に加入することを迫ってきたんだって。

 迫るっていうか、要求するっていうか……


『もうさ、あれは強要。

 脅迫にも近い感じだったな。

 ハルに聞いた話以上に性格が悪い』


 それはそれは……カニやんだから断れたんだろうけれど、わたしはちょっとヤバいかな。

 確かに 【素敵なお茶会】 で主催者(マスター)をしているわたしが 【シシリーの花園】 に勧誘されることはないんだろうけれど、道端で偶然ばったりっていうのもお断りしたい感じ。

 ギルドの加入方法は、未加入プレイヤーからの加入申請と、ギルド側からの加入勧誘の二通りがある。

 ただどちらの場合も対象プレイヤーがギルドに加入していると無効の機能だから、【素敵なお茶会】 に所属している状態のカニやんを、シシリーさんは勧誘出来ない。

 もちろんカニやんからも 【シシリーの花園】 に新規加入申請も出来ない。

 だからシシリーさんはカニやんにウィンドウを開くようにまで強要したらしいの。

 その場で 【素敵なお茶会】 を退会して、シシリーさんの見ている前で 【シシリーの花園】 に加入申請をしろって。

 でもそれって……


「その……通報レベルじゃない?」


 意外っていうか、ちょっと怖さを感じたわたしは言葉に詰まる。

 だって……以前に蝶々夫人もノーキーさんに似たようなことをさせていたけれど、でもあれは主催者(マスター)としての役目を果たせってことで、実際にノーキーさんは主催者(マスター)なわけで……でもカニやんに 【シシリーの花園】 に加入する意志があるなら自分で 【素敵なお茶会】 を退会するだろうから、それをしなかったってことは退会の意思がないわけで、退会の意志がないカニやんを退会させようとするのは……ダメよね?


『通報レベルだろうな』

「通報したのか」


 さすがにクロウも気になったみたい。

 サラリと通報レベルだと認めるカニやんに尋ねたら 『した』 と返事があった。

 クロエには難癖魔(クレーマー)とかいわれているわたしだけれど、さすがにこういう通報には慎重になる。

 ならざるを得ないけれど、でも、このケースは明らかに通報レベルよね。


『シシリーさんって凄い焦ってるね。

 そんなにメンバー、集まらないんだ』


 茶化すようなクロエに、JBが、恐る恐る会話に割り込んできた。


『例のスザクの件で不人気な上に、なんか最近、【素敵なお茶会】 に関する悪い噂を流したのが 【シシリーの花園】 じゃないかって噂があって、余計に分が悪いみたいっすよ』


 ん? なに、それ?

 【素敵なお茶会】 に関する悪い噂ってどういうこと?

 さすがに聞き逃せなくて追求しようとしたら、横手からカニやんが 『JB、このアホ!』 て怒鳴り声を上げた。

 なんだか酷く焦っているような感じだけれど、どういうことよ、カニやん。


『……カニやん、僕らに内緒で何かした?』

『した……っていうか実際にしたのは俺じゃないけど』


 JBやカニやんの話によれば、ココちゃんを強制退会にしたっていう噂はとんだ濡れ衣だけれど、【シシリーの花園】 はその可哀相なココちゃんを拾ってあげたお優しいギルドって言い出したらしいの。

 スザクの件でメンバー六人が退会し、そのうち四人が引退してしまったっていう不名誉な話を打ち消すために。

 その理由というか原因が、スザクがインスタンスダンジョンに変更されたっていう運営の告知(アナウンス)並みに有名……というかセットで喧伝されちゃったから、そう簡単には新規メンバーが集まらないのも道理よね。

 その状況での苦肉の策ってことみたいだけれど……なによ、それ?

 しかも小さな無名ギルドを使うより、うちみたいに名の知れたギルドの噂でみんなの食いつきのよさを狙ったってことよね?

 そのほうが効果が絶大だし、シシリーさんは少しでも早く自分の悪評を打ち消したくてそんな大胆な手法に出たみたいなんだけれど……これって、ココちゃん、大丈夫なの?

 ココちゃんがどこまでこの話を知っているのか、にわかに心配になってきた。


『大手ギルドの看板を利用しようって魂胆が丸見えだよね。

 僕らもいい迷惑だよ』

「クロエも知ってたの?」

『噂はね。

 でも事実が違うっていう、噂の上書きが故意にされたってことは知らなかったけど』


 カニやんの協力者は 【特許庁】 の蝶々夫人と不破さん、【鷹の目】 のセブン君っていうんだけど、まぁ 【特許庁】 は勧誘されなかったノーキーさんが面白くないから進んで協力してくれた可能性は多いにあるんだけれど、でも 【鷹の目】 は?

 勧誘される対象がいないわよね?


『そっちは蝶々夫人と不破さんに任せたから俺も知らない』


 カニやんのこの言葉が本当かどうかはわからない。

 わからないけれど、でも疑ってもきりがないし、たぶんカニやんが正直に答えてくれないのはわたしのせいよね。

 だったらこれ以上は追求しないほうがいいと思う。

 でもね、さすがに鈍いわたしでもわかることがあるのよ。

 これってつまり、どこのギルドも結構必死になってるってことよね。

 第三回公式イベントはまだ告知(アナウンス)すらされていないけれど、盛り上がりに華を添える程度に荒れるなら歓迎。

 でもこの状態は大荒れの予感がしない?

 たぶん危惧したのはわたしだけじゃないと思ったんだけど……うん? ひょっとしてその中には運営も入っていたってことなのかしら?

 だって(はず)してくれたのよ。

 本当に、見事なまでにこの緊迫したゲーム内の空気を、清々しいほど一変させてくれたのよ、第三回公式イベントの告知(アナウンス)で!


 金魚すくい


 ……なに、それ?


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