626 ギルドマスターはお裁縫をします
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縫い針なんて細かい武器、避けるのは厄介よね。
厄介というか、細かすぎるし数も多いし、そもそも避けられない。
おかげでわたしは顔を刺され、カニやんに謝られた。
別にカニやんが謝ることじゃないんだけどね。
しかも自分に刺さっている針より先にわたしの顔から針を抜いてくれるし。
さすがイケメン
男前すぎて困ります。
でも大丈夫、わたしはクロウ一筋です。
浮気とか無理だし。
ヤリカタガワカリマセン
そんな恋愛の高等技術……いや、応用編かしら?
まぁ出来るわけないわよね。
出来たらとっくに喪女の卒業証書授与されてるわ。
つまり女御はとっくに証書を受け取っているわけで……そもそも喪女ではないと思うけど。
もうね、大暴走よ。
どのくらい暴走しているかといえば、勝手に部屋に入ったわたしたちも悪いけれど、帝以外の男の人を連れ込んだことがばれるのを恐れ、証拠ならぬ証人を抹殺すべく大立ち回りを始める始末。
その手始めに几帳を蹴倒しました。
それはもう勇ましく蹴倒してきたわ。
口に含んだ針を撃つという、避けがたい攻撃を躱すべく几帳の陰に身を潜ませようとしたわたしたち。
けれど逃すまいと、女御は几帳を蹴倒して登場。
いや、再登場の間違い?
だってとっくに登場してるもの。
しかもその手には小学生の頃に見た覚えのある竹のものさしが握られている。
用具室に、随分と年季の入った竹のものさしが何本も、なぜか傘立てに差されていたことを覚えてるわ。
近接武器
そう、あれが女御の主力武器。
針は補助武器と考えれば、威力がさほど高くないのも納得出来る。
数は撃ってくるけどね。
装填時間の短さも、まぁ許せる範囲内……かな?
ちなみにものさしと定規は違うものらしい。
カニやん情報によると、定規は線を引くための道具で目盛りがなくても定規というらしい。
三角定規には目盛りのあるものも多いけれど、ないものもあるわよね。
やっぱり小学生の頃、算数の授業で先生が使っていた巨大三角定規には目盛りがなかったように思う。
でも定規
デザインなどで使われる雲形定規にも目盛りはない。
そしてものさしは長さを測るための道具だから必ず目盛りがあり、その目盛りも必ず一番端から付いているという。
お裁縫で使われる物は布などの長さを測るために用いられるから、女御が手にしているのは竹のものさしで間違いないと思う。
チャコペンで線を引く時にも使うけれど、あれだって長さを測るしね。
蹴倒した几帳を踏みつけて立つ女御は、その勢いに驚くわたしたちに向かって容赦なく竹のものさしを振り上げてくる。
狙われたのは運悪くカニやん。
どうもさっきからついていないわね、カニやんってば。
もちろんムーさんの剣がすかさずあいだに差し込まれる。
直後、いつも聞いている剣戟とは違う音がする。
なんだろう?
割れ鍋ならぬ割れ鉄とでもいうのだろうか。
出来のよくない鉄?
混じり物の多い鉄?
そういった鉄を鳴らした時の濁った音が響く。
いや、響かない。
そこも中途半端にぶつ切り。
通常の剣戟がキーンと鳴るなら、今の音はギン……いや、ギッと鳴る感じ。
女御の武器が竹だからね。
でもそれは質感の話であって、竹で出来ていようと武器は武器。
決して剣で斬れることはない。
そしてNPCの武器は損耗しない。
プレイヤーが所持する武器の場合、素材によって攻撃値や耐久値が変わるけれど、どうやらNPCの武器はあくまで見た目だけみたいだし。
たかが竹、されど竹
決して侮ることは出来ない。
こうなると問題は武器の性能より使い手の技術。
勇ましく几帳を蹴倒した勢いそのままに、竹のものさしでカニやんを打ち付けようとした女御は、阻むムーさんの剣と打ち合わせた……と思ったら即座にものさしを引き、即座に打ち返す。
「はえっ!!」
剣で受け損ねたムーさんは横っ腹を打たれ、剣を持たないもう一方の手でカニやんを後ろに押しやりつつも一緒に後退しようとする。
そこをまた含み針で狙ってくる。
女御の持つ竹のものさしは片手剣より短い。
針はその分を補うための補助武器だと思う。
ただこのゲームの設定として、同じ威力の攻撃でも首より上に食らうと、首より下に食らった時よりダメージが大きくなる。
その原則に従うムーさんは、顔面に吹き付けられる針を避けるため剣を持った手で庇おうとし、後退する速度より速く踏み込んできた女御に、再び脇腹を打たれる。
「ぐっ!」
ムーさんの後ろにはカニやんがいるからね。
もちろんいつものように超高性能危機管理センサーは稼働中。
カニやんを庇いつつ、可能な限りダメージを低く抑えるために。
「スパーク」
詠唱さえ出来ればいつでも攻撃することが可能な魔法使い。
でも動きながらというのは、対象との距離感がとりづらく結構難しい。
しかもカニやんはわたしと同じ、とっさの事態に弱いから。
女御の几帳を蹴倒す勢いにすっかり呑まれてしまい、ムーさんに庇われるままに後退していたもののようやく援護を思い出す。
女御が 【スパーク】 で吹っ飛ばされて距離が保たれるのを待って、ムーさんは手の甲に刺さった針を無造作に抜き捨てる。
「ちょい遅いわ、カニ」
「悪い」
とりあえずムーさんとの距離が取れたから 【スパーク】 は用を成したものの、女御が吹っ飛ばされた位置には複数の女房がいて、その背を支えるように転倒を避ける。
確か十二単って重いのよね。
あれを着て動き回っているのも凄いけれど、あれを着た女御を支えるのもきっと凄いと思う。
けれど女御はそんな女房たちの忠誠を労うことなく、即座に体勢を立て直す……ところに柴さんが斬り掛かる。
まぁ待たないわよね、そんな義理はないもの。
女御だってこちらの態勢が整うのを待たずに打ち込んできたじゃない。
おあいこよ
細く長い丈のものさしは軽く、ヒュッと風を切って振られる。
不自然な体勢ながらも柴さんの剣を受けた女御は、即座に含み針で応戦。
剣を切り替えそうとした柴さんの動きがほんの一瞬、不自然に止まる。
柴さん自身も違和感を覚えたらしい。
けれどそれはほんの一瞬のことで、STR任せに振り切れる。
「柴?」
周囲を警戒しつつも声を掛けるクロウに、柴さんはよくわからないといった表情を見せる。
「一瞬何かに引っ張られた気がした」
そのために動きが止まってしまった……と話す。
そしてその一瞬の遅れが原因で、柴さんは腹に竹のものさしによる突きを受けて 「う”」 と奇妙な声を上げた。
竹のものさしは刀剣類ではなく打撃武器。
だから刺されることはないけれど、あれはあれで結構な痛さだと思う。
HPの流出も結構ある。
「スパーク」
「グレイ?」
「起動……業火」
対女御戦の支援をカニやんに任せ、眉根を寄せるように尋ねてくるクロウも無視。
わたしは柴さんの動きを止めた妨害策を排除すべく、いつの間にかわたしたちを囲んでいる女房たちをまとめて焼き払う。
でも女房の数は多い。
範囲から漏れた女房の攻撃に遭ったらしいクロウが、不自然に動きを止めた……と思ったら、首のあたりを掻きむしる。
さすが、首を狙ってきたのね。
「……糸か」
大正解!
女房たちは糸を放ってくる。
それは釣り糸のように無色透明で、視覚に捉えられるのは本当に希。
灯りの角度で、本当にたまにキラリと光るだけだからね。
しかもこの糸は釣り糸のように丈夫ではなく、プレイヤーのSTRで引き千切ることが出来る。
基本的にNPCの武器に損耗はなく、その素材によること無く破壊は出来ない。
だからおそらくこの糸は切れるという前提だと思う。
そういう武器
もちろんSTRにもよるところは大きいと思う。
おそらく魔法使いのSTRでは、クロウや柴さんのように一瞬で引き千切ることは出来ない。
そうして千切れるまでの数秒のあいだに女御に打ち据えられる……たぶんね。
女御自身が含み針という補助武器を持っているだけでなく、この宮は女房たちも女御の補佐をすべく仕掛けてくるのが特徴的。
まさに数の優位を活かした巧妙な団体戦。
主従関係の一体化
固い絆で結ばれているのよ、女御と女房は。
まぁ女房のほうは、失業したくないという思いのほうが強いと思うけどね。
でもその結果、火力ゴリ押しダンジョン 【ゴショ】 の中でもゴリゴリの団体戦を仕掛けてくる。
面倒臭い!!
火力こそ低いくせに、低いなりの戦い方でじわじわと削ってくるこの戦法は精神的な負担が大きい。
他の宮の女房と違い、隠れてはいないから隠密ではないけれど、結構気配を殺していていつの間にかそこにいた……という感じで糸を放ってくる。
そうして攻撃しようとした瞬間、ほんの一瞬とはいえ動きを止められ攻撃のタイミングを外される。
そこをすかさず打ち据えてくる女御。
本当に見事なチームワークを見せつけてくる。
その打開策として、まずはとにかく数の多い女房を焼き払う。
いくら糸を放たれても、何本の糸に絡め取られても詠唱は出来るからね。
ただこの糸、弱いくせに面倒なのよ。
放たれるのは必ず一本ずつ……と思われる。
見えないから確証はないけれど、たぶん間違いない。
でも一本、また一本と同じ箇所にどんどん絡んできて、さすがに本数が増えると塵も積もれば山となる、よ。
束になると強度が増し、そのうちに引きちぎれなくなるという厄介者。
しかも見えないからいつの間にか絡んでおり、いつの間にか本数が増えている。
だから少しでも体を動かし、気づかないうちに絡んでいる糸も千切っておいたほうがいい……と思っているあいだにも糸が絡んでいたらしく、わたしは足を引っ張られて思い切り転倒しました。
「うぎゃっ?!」
い、いやだ、変な声出しちゃった。
お恥ずかしい……。
このまま床に突っ伏していたい気分です。
「気持ちはわかるけど立てや」
わかるなら放っておいて欲しい。
「じっとしてると首もってかれるぞ」
あ! そうだった。
カニやんの忠告に羞恥心をかなぐり捨てた瞬間、首に違和感を覚える。
不幸中の幸いにして、足に絡みついていたほうの糸は転けた瞬間に引きちぎれたらしい。
だからこの違和感は転倒後、新たに絡みついた糸のはず。
抜け目がないわね。
慌てて上体を起こしたわたしは立ち上がるのももどかしく、両手を使って首を掻きむしり糸を引き千切る。
危なかった……
おわかりと思いますが、グレイは裁縫も出来ませんw
(サブタイトルの補足です)
そして本編 【海の向こうより来たりし者】 もいよいよ佳境?
でもその前に落とし穴をご用意してみました。
お楽しみにw




