62 ギルドマスターは不穏な空気を感じます
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喪女の私がいうのもなんだけど、恋は振られてからが始まりって言葉もあるじゃない。
だからの~りんには挽回のチャンスもあると思う。
……結局わたしには頑張ってとしか言えないんだけど……はぁ~非力……というか無能。
これはあれね。
喪女の考え休むに似たり
自分で考えて落ち込むわ。
無意識のうちにうなだれていたんだけど、突然前を歩いていたクロウの背中に衝突する。
前を見ていなかったわたしも悪いんだけど、急に立ち止まるから何事かと思ってクロウの背中に手を伸ばしたら、クロウの向こうから声が掛けられる。
「こんにちは」
クロウの大きな背中が邪魔でわたしにはその人の姿が見えないんだけど、その状況を考えると、たぶん声を掛けてきた人にもわたしの姿は見えていないと思う。
つまり声を掛けられたのはクロウってことよね。
わたしの知らないクロウを見られるかなと思って……ちょっとした悪戯心みたいなもんだったんだけど、クロウの背中に張り付いて盗み聞きしちゃおっと。
…………いや、クロウにはバレてるから全然盗み聞きにならないか。
「【素敵なお茶会】 のクロウさんですよね」
クロウ越しだからちょっと声が聞こえにくいんだけど、男の人の声だ。
落ち着いた感じで、特に喧嘩腰ってわけでもない。
でもこの切り出しだから知り合いじゃないと思う。
「俺、 【暴虐の徒】 ってギルドで主催者をしているライカっていいます」
ライカさんだ。
ちょっと姿を見てみたかったんだけど、これはあれね、出るタイミングを逃した感じ。
たぶん、いま、わたしが出るのは気まずいと思う。
だって、すでに気まずさを感じてるもの。
くだらない悪戯心なんて起こさずに、最初の段間で顔を出しておけばよかった。
そんな後悔をしつつも、仕方がないからクロウの背中に張り付いたまま話を聞くことにする。
なんだかね、偶然会ってご挨拶って感じの話し方じゃないような気がするの。
だから気になったんだけど……
「前回のイベント第三位、おめでとうございます」
せっかく祝ってくれてるのに、クロウってば無言のまま。
どんな顔をしているのかのぞき込んで見たいところだけれど、ここは我慢我慢。
でも我慢してよかったと思う。
だって次にライカさんの口から出たのは……
「でもクロウさんほどの実力者なら一位になれましたよね、あの魔女を庇わなければ」
……言われなくてもわかっているわよ、そんなこと。
クロウが強いことは、初めて会うあんたなんかより、付き合いの長いわたしのほうがよく知ってるんだから。
しかもなに、その挑発的な物言いは。
クロウに喧嘩を売ってるの?
「あの距離にまで剣士に近寄られたら魔法使いに勝ち目はない。
クロウさんが庇わなければ一番最初に落ちていたし、さっさと落とすべきだった。
違いますか?」
なんだか本当に感じが悪い。
でも挑発的な言い方はしてるんだけれど、喧嘩腰っていうより、正論を説いてる感じ?
よくわからないんだけど、これ、なにが目的?
ライカさんとは初対面で性格もわからないから考えても仕方がないんだけれど……いや、わたしはまだ対面もしていないから、ライカさんがどんな顔をしているのかも知らない間柄だったか。
このあいだハルさんとJBさんが加入した時に 【暴虐の徒】 の話がちょっと出たけれど、ギルドの話だけで、主催者のライカさん個人についての情報は全く出なかったっけ。
だから今のわたしにわかるのは第二回イベントで、柴さん、ムーさんを抑えて9位入賞をした実力者ってことぐらい。
それ以外は全くわからない。
その実力者が、さらなる上位実力者のクロウを挑発してどうしようっていうの?
「俺がどう動くかは俺の勝手だ」
うん、クロウらしい返しね。
でもこの程度はライカさんも読んでたみたいな感じ。
……とういうか、この程度は気にしない性格なのかもね。
「仰りたいことはわかります、アールグレイさんは 【素敵なお茶会】 の主催者ですから。
実況には音声がないんでわからなかったんですが、アールグレイさんからああいう指示があったんですか?
だとしたらずいぶん酷いですよね」
そんな指示は出しません。
なにこの人、失礼すぎる。
思わずクロウの背中に爪を立てちゃったじゃない! ……やばい、怒られる……。
「指示などない」
「ではサブマスとしての使命感ですか?
ギルドの体裁上、主催者を先に落とすわけにはいかない。
特に 【素敵なお茶会】 は有名ですし、主催者のアールグレイさんはとびきりの美人ですからね。
プレイヤーにも支持者が多い。
あの場面であなたがアールグレイさんに攻撃を仕掛ければ、【素敵なお茶会】 の評判に傷が付きますよね」
……んー……これはあれね、カニやんとかクロエが必死にわたしに説明していたこと。
あの二人から聞くより、こうやって部外者からきくほうが結構説得力があるかも。
少なくともわたしには堪えるかも……。
ギルド内では個人戦ってことで納得ずくの参加だったのに、やっぱり外からはそういう風に見られるのかぁ~。
でもライカさんが言いたいことはそういうことじゃないわよね。
この話に堪えるのはわたしだけで、クロウはなんとも思わないんだから。
実際不動で……うしろからだと、いつも以上にわからなくて困るわ、ほんとに。
でも部外者が相手だからか、いつも以上には喋ってる。
しかもいつも以上に言葉がきつくない?
「新参ギルドの主催者がよその心配か?
それともうちの主催者が弱いとでも?
グレイがあの場面で一番先に落ちる?
落ちるわけがないだろう、あいつが。
三人まとめて落とされなかったのは、俺たちが情けを掛けられたからだ。
お前ごときでは近寄れもしないだろうな」
…………なんか、クロウにずいぶんな言い方をされたような気がする。
わたしはそんなつもりじゃなかったのに……。
落ち込むっていうか……こう……なんて言えばいいんだろう?
言葉で表現するのが凄く辛い……凄く辛い……。
「気を悪くしたならすいません。
俺、そういうつもりじゃないんで」
「ではどういうつもりだ?」
「だから、その強い魔女と対等な立場で戦ってみたいと思いませんか?
主催者とかサブマスとか、同じギルドとか、そういうしがらみから一切解放された状態で対等になってみたいと思いませんか?」
ライカさんがなにを言いたいのか、これからなにを言おうとしているのか、いくら鈍いわたしでもわかる。
でもそのライカさんの言葉にクロウがどう答えるかはわからない。
だからこの先を聞きたくなかったのに、クロウってば……
「なにが言いたい?」
「【素敵なお茶会】 を退会して 僕らと一緒に 【暴虐の徒】 で戦いませんか?
あなたが来てくれるなら俺は主催者を下ります。
あなたを主催者として 【暴虐の徒】 にお迎えしますよ。
どうです? 悪い条件ではないでしょう」
……やっぱりそうよね。
クロウほどのランカーならどのギルドだって欲しいわよね。
それこそ加入してくれるなら主催者…………あら? 何か思い出した。
たしか 【素敵なお茶会】 を作る時に……
「断る。
いまさら面倒を背負うなんざごめんだ」
「ですが……」
「だから俺たちはグレイに押しつけたんだ。
今更そんな面倒なものに興味はない。
他のギルドにも興味はない」
言い切ってくれたクロウなんだけど、いきなり背中に手を回してきてシャツを握りしめていたわたしの手を掴む。
そのままライカさんの前に引きずり出されちゃって……よりによってこんなタイミングでわたしがここにいたことをバラさないでよ!
予想外の力で引っ張られちゃったわたしは足がもつれて転けそうになったんだけど、そこはクロウのナイスな運動神経で助けてもらえたんだけど、そのまま腕にしがみついたまま顔を上げられない。
ほんと、なんでこんなタイミングなのよ! ……って思ったら、クロウにも言い分があったっていうね。
「爪を立てるな、お前は猫か」
「あ……ごめん、痛かった?」
ついついクロウのシャツを強く握りすぎていたみたい。
で、痛かったみたい。
うん、ごめん、つい……わざとじゃないのよ、ほんとに。
だってフリーのプレイヤーならともかく、まさかギルドに所属しているプレイヤーを勧誘してくるなんて思わないじゃない。
しかもその場に居合わせちゃって、気まずくて出るに出られなかっただけ。
…………今も凄く気まずくて顔すら上げられないんだけどね。
でもその元凶であるライカさんは、さっきまで自分がなにを話していたかなんてすっかり忘れちゃったみたい。
しかもわたしが話を全部きいていたってことも気にならないとか、どういう神経をしているの?
「ひょっとして、アールグレイさんですか?
初めまして 【暴虐の徒】 の主催者をしているライカです!」
調子がいいっていうかなんていうか、すっごく明るい調子で挨拶してくるの。
さすがにシカトってわけにもいかなくて、わたしもちょっとだけライカさんのほうを見る。
「【素敵なお茶会】 のアールグレイです」
なんかもう、お父さんに甘える子どもみたいになっちゃってるんだけど。
人見知りの子どもがはにかみながらのご挨拶みたいになっちゃってるんだけど、でも全然ライカさんは気にしないの。
ここまで気にしない人だと、わたしのほうが自意識過剰じゃないかって思えちゃうんだけど、でも、たぶんわたしはまともな神経の持ち主だと思う。
これがまともな人の反応だと思う。
この気まずさを全く感じないとか、ほんと、どういう神経してるのよ?
「いらっしゃるって気づかなくてすいません。
いつも一緒にいるっていう噂は聞いてたんですけど、見たらクロウさんが一人だったから、これはチャンスだと思って勧誘しちゃいました。
でもアールグレイさんって、思っていた以上に小柄なんですね。
あの場面ではクロウさんとかノギさんとか、ノーキーさんもそうですけど、みんな背が高いから、それで小さく見えたんだと思ってたんですけど、本当に小さいですね。
しかも画面で見るよりやっぱり生で見たほうが美人だ」
……なんなの、こいつ?
さっきから人のことをチビチビって五月蠅いんだけどっ?
人が気にしていることを、初対面の相手に連呼されるほど癪に障るもんはないって、改めて思ったわ。
こいつ、絶対に殺す!!!!
「……お前は怒ってるのか?
泣きたいのか?」
わたしはライカさんへの殺意に腸がグツリグツリと煮えくりかえっていたんだけど、腹を立てれば立てるほど涙が出てきちゃって、クロウは背中をさすってくれながら少し困った感じ。
持て余し気味に大きく溜息とか吐くの、やめてよ、傷つくから。
でも当のライカさんは全く気づかないとか……
「火焔系魔法のトップランカーなのに、この白い髪っていいです……あ、すいません」
お調子者のライカさんは何気なくわたしの長い髪に手を伸ばしてきた。
あまりの馴れ馴れしさに、思わずその手を払っちゃったわよ。
もうこれ以上の気まずさはないだろうから、いいわよね。
頑張って睨みつけたけれど……垂れ目って損。
ベリンダみたいな目力が欲しい!
「なんでそんなに小さいのに、あんなに火力あるんですか?
しかも詠唱時間、馬鹿みたいに短いし。
しかもしかも、魔法使いなのに剣であのノーキーさんの首を落としちゃうとか、凄いですね!」
…………たぶん、言っていることに嘘はないんだと思う。
嘘っていうか、ヨイショ的な意味はないんだと思うの。
ライカさんは本当にそう思ってくれてるんだと思うの。
でもさ! しつこいよ、小さい小さいって!!
ほんと、しつこい!
褒めてくれるなら褒めるだけにして!
いちいち小さい小さい、五月蠅いから!
言わなくていいから!
嗚呼! しかもちゃんと立ち上がってみたらライカさんもデカいじゃない。
なに、これ?
軽く一七〇㎝以上はあるわよね。
ひょっとして一八〇㎝近くある?
中世の騎士を思わせる重鎧っていうのかしら?
見るからに重装備のライカさんは、真っ白なマントの下に片手剣を忍ばせている。
刀身の長さ、一撃の重さはあるけれど、剣自体の重さもあるから大剣を使う剣士はそう多くない。
だからスタンダードな装備ではあるんだけれど、手を伸ばせば届く距離にその柄があって、ライカさんに殺意を抱いたわたしがその柄に手を伸ばしかけたら……うん、クロウにバレた。
もう、なんで邪魔するのよ!
「お前は……」
油断も隙もないとでもいわんばかりで結局邪魔をされたんだけど、ライカさん自身は全く気づいていないの。
気づかないまま延々とわたしを賞賛しているのか、貶しているのか、判断に困ることを言い続けている。
この人ってアレよね、悪気がないのが一番質が悪いってやつ。