614 ギルドマスターはサラッサラのツヤッツヤの茶髪です
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挟撃に遭う廊下の先にある紫宸殿。
そこでは平安貴族が集まってなにやら悪巧みの真っ最中……ではないけれど、そう思いたくなるのはわたしだけではないはず。
しかも武官である随身までしっかり従えての参加よ。
みんないい歳した大人なんだから一人で来なさいよ、一人で!
だからこんなに人数が増えてしまって、【ゴショ】 が重火力ダンジョンなんて言われるんじゃない。
それこそ一人で来られない臆病者ならいいけれど、本来なら模造刀を帯びているはずなのにバッチリ抜けるし、がっつり抜刀して斬り掛かってくるし。
護衛の必要がある?
むしろ迎え撃つわたしやカニやんが欲しいくらいよ。
だってどんだけ非力だと思ってるのよ?
伊達や酔狂じゃ済まない柔らかさなんだから。
「俺はね。
あんたは違うでしょ」
まさかここで同士に裏切られるとは思いませんでした。
ここでわたしを振り切るとは思いませんでした。
「振り切るもなにも、あんたと俺じゃレベルだって違うでしょ?
VITも底上げしてるでしょ?
魔法使いのくせにさ。
起動…………」
「起動……」
それは不可抗力です。
クロウに引きずり回されているあいだに……ほら、初期の頃は色々とね。
ほんと、その節はお世話になりました。
お陰様で剣士が必要な常時発動スキルなんかを一緒に取得しただけよ。
もちろん一緒に引きずり回されたクロエもね。
カニやんだって欲しいなら、柴さんなりムーさんなりに引きずり回してもらったらいいじゃない。
だってこの二人、カニやんなら喜んで引きずり回してくれるわよ。
「それについては残念なお知らせがございまーす」
次々にあぐらから立ち上がり抜刀。
こちらに向かって斬り掛かってくる平安貴族やらその随身やらを、クロウやムーさんと一緒に斬り落とす柴さんが口を開く……と思ったらもちろん続くのはムーさん。
「もう取得してっから無理」
「もう一度やるとか、面倒臭ぇから無理」
それこそこれから取得する学生組にでも付き合ってもらえとカニやんを突き放す。
まぁこの二人は口ではそんなことを言っていても、実際にカニやんが取得すると言い出せば付き合うんだろうけど。
「起動……」
「いやいやいや、俺らどんなお人好し?」
「時間は有限なんだよ。
無駄遣いしたかねぇわ」
またまたぁ~
照れ隠しにそんな冷たいことを言っても無駄だから。
わたしは知ってるんだから、二人がどんだけカニやんを好きか。
そのカニやんが欲しいといえば絶対に付き合うって知ってるんだからね。
「最近女王の妄想が俺らを奴隷にする」
「よりによってカニの奴隷とか、ちょいふざけすぎ」
「大丈夫、俺はお前らに友情は期待してない」
「カニやカニで冷たすぎ」
「お前も俺らのこと、なんやと思とんねん」
大丈夫、わたしもカニやんも二人の火力だけは絶対に信用してるから。
だからこのあとに来る左右大臣をお願いするわね。
今も出番を待つ左右の大臣は素知らぬ顔をして、奥にある降ろされた御簾の両側に我知らぬ顔で鎮座している。
いや、これはひょっとしてひょっとするんだけど、あれは我知らずではなく、平安貴族やその随身たちが侵入者を片付けると信じて疑わない証として不動なのかもしれない。
この世をば我が世とぞ思うふ望月の欠けたることもなしと思へば
この傲岸不遜な望月の歌を歌った藤原道長の子孫、あるいは先祖という設定かもしれないからね。
この部屋のボスだからそれほど大物ではないけれど、あの御簾の向こう側の御座にこの宮殿の主人は居ない。
だからこの部屋の中でだけは一番偉い……といえば道長に比べれば全然ちっぽけな世界だけど、この騒音も気にならないところに大物感がある……というのは違うような気もする。
無関心とか、そういう庶民的な言葉が似合いそうな不動っぷり。
人形だから
血の通った人間らしさがないというか、そもそも感情のない人形だし。
耳だって形はあるけれど穴は開いてないし、ただ聞こえていないだけかもしれない。
alert 平安貴族サダイジン / 種族・妖魔
alert 平安貴族ウダイジン / 種族・妖魔
このあいだカニやんや脳筋コンビのクエストでも 【ゴショ】 には来たけれど、相変わらず 【幻獣】 でもないくせに結構な硬さなんだから。
カニやんが最後の随身を落とすと、表示されるアラートに合わせて一体ずつ立ち上がる両大臣。
しかも笏なんて軟弱で全然間合いの狭い武器を使っているくせに高火力で、人形という武器を存分に使って攻めてくる。
この左右大臣に限らずだけど、【ゴショ】 の人形たちは腕が伸びる。
質量的にはどうなの? ……という疑問はあるけれど、ここは仮想現実だからね。
それこそ空想科学が実現する世界。
もちろんあまりにも突飛な空想科学を実現させてしまうと客も白けるけど、人形の髪や腕が伸びるのは日本人にとってはありふれたホラー。
肩や首は一回転するし、血の通わない体だけにバラバラにされても元に戻る。
でも仮想現実とはいえ、日本人にとってはありふれた人形ホラーとはいえ、やっぱり目の前で起こると身の毛がよだつほど恐怖する。
だって、わかっていても怖いものは怖いんだから仕方ないじゃない。
わたしもいい気はしないし、時々心臓が止まるんじゃないかというくらいビビらされるけれど、恐がりのアキヒトさんは 「絶対に 【ゴショ】 は行かない!」 と宣言している。
もちろんエピソードクエストにスキップなんて機能はない。
こればかりは課金をしても出来ないから、このままでは 【ゴショ】 攻略クエストからアキヒトさんは進められなくなる。
本人がそれでいいのなら……とも思うけれど、聞けばまだまだ 【ゴショ】 攻略クエストには遠いところにいるというから、近づいてから恭平さんと相談しましょう。
まぁ恭平さんにはいい迷惑だろうけど。
難なくというには少し火力負けしているわたしたちは、うっかりムーさんが首を落とされそうになりながらも左右の大臣を落として紫宸殿をクリア。
ここからは右に出るしか通路がなく、外に面している通路では弓使いに狙われながらも昭陽舎を目指す。
弓使いは庭から……つまり通路の外から中距離攻撃で狙ってくる。
これは速さで射程を振り切る方法もあるけれど、通路を歩いてくる平安貴族や随身は振り切れず。
もちろん総合的な数の優位をとられているから躱せるものは躱す。
遭遇する全てを倒してなんていられないからね。
御簾を上げて駆け込んだ昭陽舎では、いつものように華麗なる十二単をまとった女房が二人、碁盤を挟んで向かい合ってすわり碁を打っていた。
いつもこのシーンを見て思うの。
もちろんゲーム上の演出だということはわかっているけれど、この勝負ってどうなってるんだろうってね。
「どうって?」
「勝負がつくこともあるのかなと思って」
「たぶんプレイヤーが来るまでずっと対局してると思う」
それはつまり勝負はつかないってこと?
「勝負がついてももう一局打つだけじゃね?
そこんとこはいわゆる無限ループだろうし」
「NPCはプログラムの輪からは抜けられねぇよ」
「抜けたら抜けたで怖いって」
「いや、それ不具合だし」
カニやんがわたしと話すことが許せないのか、いつものように割り込んできた脳筋コンビはカニやんの不具合突っ込みに 「あー」 とほぼ同時に声を上げる。
カニやんはカニやんで 「怖いっちゃ怖いけどな、不具合も」 といってにひっと笑う。
そのイケメンに浴びせられるのはもちろん碁石。
「いっ……て……」
「曲者じゃ!」
「誰ぞ! 誰ぞおらぬか!」
碁盤を蹴倒すように立ち上がった女房二人は、そんな叫び声を上げながら容赦ない力でわたしたちに碁石を投げつけてくる。
しかもそれぞれが手にした碁笥には碁石が無尽蔵に入っていて……そこはほら、ここは仮想現実だから。
入っている……という仮定で無尽蔵に出てくる。
まぁコンピュータ自体がほぼ仮定で動いているようなものだしね。
「起動……」
カニやんだけでなく一緒にいた脳筋コンビも当然碁石の餌食に。
投擲武器による強打に、全身から湯気のようにHPを流出させる。
でも顔面に食らったのはカニやんだけで、おかげで詠唱が遅れるっていうね。
しかも二人と比べて被ダメが全然違うという魔法使いの悲しい性が露呈。
まぁそこはいつものことだから突っ込みも今さら。
痛いと文句をいいながらも、やや乱暴にカニやんを押しのけるように前に出て壁になるところが男前です。
幸いにしてわたしはクロウが庇ってくれて……いつもながら申し訳ございません、上司様。
でも細かすぎる碁石はさすがのクロウでも全ては払いきれず、わずかながらもダメージを計上。
ほとんど気にするまでもないダメージの回復は常時発動スキル 【守護者の祈り】 に任せて攻撃に移る。
「業火」
「起動…………」
【業火】 の焔に包まれ金縛りのように身動きを止める女房二体を、その焔の中に飛び込むように脳筋コンビがすかさず首を刎ねる。
続くカニやんの 【氷雪乱舞】 が、すでに落とされた女房のSOSを受けて次々に現われる新たな女房たちに向けられる。
しかも新手の女房たちもどこか別の場所で碁を打って遊んでいたのか、揃いも揃って無尽蔵に碁石を秘めた碁笥を手に手に持ってご登場……というか、碁石を投げつけながら現われるという乱暴さ。
もうこうなると数の優位はNPC側にある。
乱戦必死だから、前衛の脳筋コンビやクロウには突っ込みすぎないように……なんて注意が必要な三人じゃない。
今さら
しかもあえて女房たちの中に突っ込んでいかなくても女房たちのほうから向かってくる。
それなら下手に突っ込んで単体で取り囲まれる危険を冒す必要はない。
後衛の支援を受けられる距離で剣士三人で連携をとる。
ここでも大量湧きが起こるけれど無限湧きではない。
毎日水を入れた角盥などを運んで鍛えている女房たちの豪腕に屈することなく、その最後の一体を落としたところでまたしてもアラートが出る。
alert 女御ナシツボ / 種族・妖魔
アラートが出るのとほぼ同時に御簾がシュッと音を立てて巻き上がり……自動でね。
全自動よ、ここの御簾の巻き上げ。
しかも一瞬で巻き上げるという高性能……という話は置いといて、これまでの経緯をずっと御簾の向こう側に佇んで見ていたと思われる梨壺の女御が姿を現わす。
当然のことながらこの昭陽舎の主人にしてわたしたちが倒した女房たちの女主人である女御は、一際煌びやかな十二単に身を包み、わたしが憧れて止まない長い黒髪に冠飾りを付け、陶磁のように滑らかでありながらも不自然なまでに無表情な顔でわたしたちを見る。
本当に綺麗な黒髪で欲しくなる。
だってサラッサラでツヤッツヤの黒髪よ。
そりゃサラッサラのツヤッツヤまでは手に入れられるけれど、どうやってもわたしの髪は生まれながらの茶髪だから。
羨ましい
『あの時代の女の人って、カツラ付けてる人いなかったっけ?』
不意にインカムから恭平さんの声が割り込んでくる。
そんな大昔にカツラなんてあったの?
声だけで姿の見えない恭平さんの代わりにカニやんを見たら、笑いながら恭平さんの話を補足してくれる。
「カツラっていうか、付け毛?
エクステの元祖みたいな感じ?」
『それそれ。
どさくさ紛れに引っ張ってみたら?
取れるかもよ』
追い剥ぎ?
え? エクステの追い剥ぎ?
まさかそんなことをわたしにしろと?
あんな大昔にそんなものがあったこともビックリだけど、恭平さんのその発想も正直をいってビックリよ。
それこそカニやんが提案するならわかるけど……
挑戦してもいい?
まさかまさかのエクステ(付け毛 = カモジというらしいです)争奪戦勃発?
グレイは憧れの黒髪を手に入れることが出来るのかっ?!




