607 ギルドマスターは魔術師と戦います
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安全地帯である 【ナゴヤドーム】 の地下にある 【占いの館】 こと通称 【魔術師の館】。
なぜそんな通称がついたのかといえば、館の主人が魔術師だから。
でもその魔術師は現世に生きる人間ではなくて、遙か昔に生きた故人。
今は小さな闇の粒を寄せた不安定な依り代に魂だけが宿り、訪ねるプレイヤーを前に姿を現わす。
かつては当代一の魔術師、それこそ偉大なる魔術師と呼ばれていたこととか、どうしてそんな姿になってまでこの世に留まり続けるのか?
『旅人よ、何故我が館に踏み入った』
『風の噂に我を知ったか』
その理由を、訪れたプレイヤーにそう問い掛けながら魔術師自身が語り始める。
前半部分は自画自賛の大嵐。
幼稚園児の手柄自慢ならほほえましく聞けるけれど、いい歳したじいさまの、それも過去の栄光自慢なんて出涸らしよ。
味もなければ渋みもコクもありゃしない。
退屈と虚しさのオンパレード。
でもムービーなのでNPCは延々と勝手に喋り続け、ショートカットキーがないのでプレイヤーに拒否権は存在せず。
仕方なく最後まで聞かされる。
ただ一点、少しだけ気になるのが話のラスト。
どうして過去の栄光に生きる魔術師が、今もこの世を彷徨っているのか。
その理由が魔術師自身の口から語られるのだけど、どうやら記憶がはっきりしないらしい。
でも何者かによって呼び覚まされた、あるいは大きな力によってこの世に引き戻された。
そんな感じのことを曖昧に語って終わる。
ひょっとしてだけど、それって仮想現実のストーリーに関わること?
仮想現実は、ある日突然世界が……という設定。
つまりある日突然世界が……という事態を引き起こした事象と、魔術師をこの世に呼び寄せた大きな力。
この二つになにか関係があるのでは? ……というのはもちろんわたしの考えだけどね。
ある日突然起こった異常事態で怪物や魔物が出現するようになった世界。
その混沌の中、今の臨時政府の基礎を作り上げた人々によってこの 【ナゴヤドーム】 が安全地帯として確保され、生き残った人々が集まり始めた。
この 【占いの館】 がいつ作られた物かはわからない。
それこそ近隣に立つNPCに話を聞くと、【ナゴヤドーム】 がまだ安全地帯として確保される前からあったという証言もあれば、臨時政府が樹立されてからだという証言もある。
つまりはっきりしないんだけど、この古屋敷にかつての偉大なる魔術師の魂が降臨し、力を授けてくれるという噂があり……たぶん魔術師の言う 『風の噂に我を知ったか』 がこの噂のことだと思う。
その噂を頼りにこの館を訪ねることでINTクエストを受けることが出来る……というか、魔法を使うことが出来るようになる。
そういう台本というか、設定になっている。
わたしたちプレイヤーはこの世界の状況を調査し、人間世界の再生を目指している……という設定。
だから気になるといえば気になるけれど、まだ全エピソードは公開されていないからね。
それどころか新エリアの実装が先。
とりあえず今は新エピソードの公開を待っている状態ね。
そして長い長い魔術師の昔語りが終わり……始めに言ったと思うけど、INTクエストが一番長いの。
DEXクエストも確かに時間が掛かるけれど、個人の素質によって早く終わる人もいるから。
でもINTクエストは資質も素質もへったくれもない。
誰あろうとこの魔術師の、とっくに黄ばんでシミだらけになった栄光の歴史を聞かされる羽目になる。
ようやくのことで終わったと思えば、今度は言われるままに従って火炙りにされるという……
『力が欲しいか?
ならば与えよう』
そんなことを言ったくせに、言われるままに魔法陣の中央に立つと火炙りにされるのよ。
どんな魔女裁判よ?
問答無用よ。
だってプレイヤーに選択権はないんだもの。
「ちょっと待って!
これ、ヤバくないっ?!」
自身に迫る焔に、美沙さんは魔法陣の外に立つわたしたちを振り返る。
うん、慌てる気持ちはわかります。
当然のことながら、わたしもカニやんも恭平さんも経験してるからね。
このクエストは取捨選択出来ない。
エピソードを進めるため、絶対にクリアしなければならないクエストだから、ギルドメンバーは全員クリアしていると思う。
それこそトール君も。
あ、今トール君は関係ないか。
しかもここは安全地帯である 【ナゴヤドーム】 の中とはいえ隔離空間。
つまりダメージを受ける可能性がある。
もちろん美沙さんがそのことに気づいてわたしたちに助けを求めてきたというより、反射的に危険を感じたのだと思う。
うんうん、危機管理は大事よね。
実際、同じく 【ナゴヤドーム】 の地下にある闘技場では、対戦エリアに転送されるとHPを削られるから。
まぁ地下闘技場はシステムが切り離されているからちょっと違うといえば違うし、エピソードクエストで落とされるなんてこともあり得ないと思う。
あったとしても死亡回数に計上はしない、その程度の良心はあってもいいと思う。
ちなみにこのINTクエストで落ちることはない。
いや、だからわたしの死亡回数が0なわけで……
「ちょ、熱っ!」
魔法陣の中の美沙さんは、悲鳴ほどのものは上げないまでもあたふた。
装備についた焔を手で払おうと必死になるけれど、その努力も虚しく焔はあっという間に全身に広がる。
「えー! なに、これっ?!」
水とか消火器とか、慌てているわりには的を射た要求をしてくる美沙さんに、見ているカニやんや恭平さんは昔を懐かしむように 「俺もあんな感じだったなぁ」 とか、「やっぱ誰でも驚くよな、このクエスト」 とか呟きながら目を眇めて眺めている。
昔といってもどれほどの昔でもないし、そんな懐かしむようなことでもない。
そして助けようともしない。
うん、まぁそれはネタを知っているからだけど。
「大丈夫よ、すぐに済むから」
とりあえずわたしはそう言っておく。
まぁ実はこれ、魔術師の皮肉というか、運営の嫌味とでもいうべきか。
だからわたしも助けないんだけど、そもそも助けられる作りじゃないし。
この魔法陣が曲者で、美沙さんは外に出られないようになっているっていうね。
『熱かろう』
慌てふためくプレイヤーを前に、しわがれた声で静かに語る魔術師。
顔がないからどんな表情で喋っているのかわからず、声にもほとんど抑揚がなく感情が読み取れない。
『全てを焼き尽くす焔は、我が身をも焼き尽くす。
過ぎたる力は人知の及ぶものに非ず、己が身を滅ぼすであろう』
あとこの科白ね。
このゲーム最凶のぶっ壊れスキル 【灰燼】 を思わせる。
あと、あれだけ長々と語られた中になかった魔術師の末路とか……。
もちろん魔術師はこの言葉の意味を説明することはないし、ムービーである以上問い掛けても無駄。
でもおそらく、クエスト受諾者を包む焔が消えたところでムービーは終わると思う。
境がわからないようになっているのは、運営の技術力であり演出ね。
語り終えた魔術師が、不安定な人形を椅子から立たせる。
『どれ、少し手ほどきをしてやろう』
刀剣や銃とはちょっと感覚が違う魔法。
その実践をレクチャーしてくれる……といえば聞こえはいいけれど、心の準備もなくいきなり発動させてみろという話。
もちろん詠唱の意味や掛かる時間、再起動準備などについての説明がある。
このあたりは他の二つのクエストと同じ。
次にあと他の二つのクエストでは、計上されない練習が数回ある。
INTクエストでもここから練習が始まるけれど、わざわざ 【ナゴヤドーム】 の外に出る必要はないし、刀剣や銃だと心ゆくまで試着が出来るけれど、魔法は装備するものがないから何度も出来るわけではない。
杖はあるけれど、使い心地にはあまり関係がない。
それこそ装備していなくても魔法は発動出来るからね。
一通り説明が終わると、魔術師がゆっくりと立ち上がる。
その人影を不安定に揺らめかせながら。
そして自分に当ててみろといってくる。
ちなみにまだこの時点では、初期スキルである 【ファイアーボール】 を取得していない。
その証拠に、まだインフォメーションが出ていない。
取得はしていないけれど使えるっていうね。
矛盾
『遠慮はいらぬ、当ててみよ』
プレイヤーが戸惑っていると、魔術師はこの科白を繰り返してくる。
ご多分に漏れず美沙さんも戸惑うけれど、不安げな視線をわたしたちに向けてくるからにっこりと笑っておく。
あまり上手く笑えていないのは、ルゥがずっと頬に肉球スタンプを押し続けているから。
そろそろ顔に肉球の跡がつきそうなので止めさせようかと考えている。
「じゃ、じゃあ行きます。
ファイアーボール!」
うんうん、ガツンとぶつけてあげて……とわたしたち三人が見守る中、突然ピッチャー美沙さんは大きく振りかぶる。
えーっと、そのフォームはなに?
野球? 野球をするの?
いや、もちろんソフトボールでもいいけど、その……ボールつながり?
ひょっとして 【ファイアーボール】 だから?
大きく足まで上げてぎこちなくピッチングフォームを決めた美沙さんは、椅子から立ち上がって待っている魔術師に向かって、掌に溜めた 【ファイアーボール】 をボールのように投げつける。
もちろんそんな見え見えのフォームじゃ、易々と躱されるけどね。
躱すの
なにが厄介かといえば、魔術師が躱すのよ。
STRやDEXでも標的のNPCが動くから同じといえば同じだけど、魔術は実体を持っていない。
その体はフワフワと漂う闇の粒の集合体。
ピッチャー振りかぶって投げた! ……と思ったら 【ファイアーボール】 が届く前に霧散。
次の瞬間には美沙さんの背後に闇が集まって人の形になる。
『どこを狙っておる?』
ちょっと笑いを含んだしわがれ声で挑発してくる魔術師。
もちろんこれには意味がある。
いや、まぁ美沙さんのフォームにも驚いたけど……まさか本当に投げるとは思わないじゃない。
しかもピッチャーになりきって。
でもそれじゃあ駄目なのよ。
だって魔法使いの利点は三つあって、一つは範囲攻撃があること。
一つは詠唱さえ出来れば攻撃出来ること。
そして最後の一つは全方位攻撃であること。
でもピッチャーのようにいちいち投げていては体の向き自体を変えなければならず、全方位攻撃の意味がないというか、全方位攻撃にならない。
もちろん投げようと思えば真後ろにだって投げられるけど、人間の体の構造上、色々と無理があるからね。
ちなみにこのことも事前にレクチャーされている。
でも最初はどうしても感覚を掴むのが大変というか、難しいというか。
わたしが比較的簡単に感覚を掴めたのは、思うように体が動かなかったから。
実際に体を動かすより早く全方位攻撃の感覚が掴めたから、結局体は動かないままっていうね。
うぅぅぅ……
でも美沙さんは体を動かせるため、どうしても動いて対処しようとしてしまう。
わたしとは逆のタイプね。
ただ動くといっても、魔術師の瞬間移動に近い速さには追いつけない。
だから当たらない。
クエスト対象プレイヤーは、一度魔法陣に入ってしまったら魔術師に三回 【ファイアーボール】 を当てなければ魔法陣から出ることが出来ず、強制的にスポ根モードに突入。
なかなか当たらないことに、ムキになる美沙さんは次第に 「おりゃ!」 とか 「これでどうだ!」 とか 「クソがー!」 とか……まぁ今はトール君がいないからいいけど。
どんどん言葉が荒れてくる。
「そこは心配ないだろ。
トール君、普段の美沙ちゃんを学校で見てるんだから」
それこそこんな姿を普通に見ているだろうとカニやんは笑う。
なるほど、そう言われればそうかもしれない。
information 新しいスキルを取得しました
ようやくのことで魔術師に三回 【ファイアーボール】 を当てると、お馴染みのインフォメーションが出て来る。
skill ファイアーボール を取得しました
これでやっとINTクエストの導入が終了するっていうね。
そう、やっと導入が終了。
INTクエストの本番はここからです。
かなり前に書いておりますが、グレイとカニやんはとっさの事態に体が動かないから魔法使いになりました。
それがこの導入では功を奏したというか、なんというか(笑
そろそろ美沙の初期クエストも終わり、新たなイベントへ・・・。
その前にクロウを登場させておきたいと思います。