606 ギルドマスターは魔術師を呼び出します
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「わたしっ、こういうシチュ初めてで、すっごいドキドキしました!」
仮想現実における力関係は数値が全てだから、職種にかかわらず歴然としたレベル差に美沙さんが恭平さんにかなうはずもなく。
とっさのこととはいえ、美沙さんの口を押さえ付けて抱えるように階段下に飛び込んできた恭平さん。
それこそ話し声でも聞かれたら大変だからね。
シシリーさんは美沙さんのことを知らないとはいえ、人の声だけして姿が見えなければ不審に思うじゃない。
探されでもしたらすぐに見つかる場所だし、わたしたちと一緒にいれば 【素敵なお茶会】 のメンバーであることは説明するまでもない。
そうして最悪な初対面を果たすことになる。
同じ仮想現実で遊んでいる以上、そのうちどこかで会うのはわかっている。
もちろんそれはわかっているけれど、可能ならば会わないに越したことはない相手。
だって厄介と不快以外になにがあるのよ?
だったら可能な限り避けるに限る。
学生組は春休みだけど、それだってずっと続くわけではなく、普段は遊べる時間にも限りが有る。
その限りある時間は出来るだけ有効に、楽しく過ごしたいからね。
今も、お昼までにINTクエストを済ませておきたかったし。
そしてそのために少々強硬な手段に出た恭平さん。
いや、まぁ手段は間違えてなかったと思う。
間違えていなかったんだけど、冒頭の美沙さんの言葉につながった。
うん、まぁね、現実世界でこういうシチュエーションはまずないと思う。
絶対に無いとはいえないけれど、そうそうあることじゃないのは確か。
その状況を体験して興奮気味の美沙さんに、ようやくのことで状況を理解した恭平さんはばつが悪そうに、【占いの館】 の玄関扉が閉まるのを待って両手を挙げる。
お手上げというより、観念した犯人みたいにね。
「ごめん、つい……」
「え? なんで謝るんですか?」
戦闘のあるゲームだと珍しくもないし、これまでにも何度かこういうことはあったはず。
でもまさかそういう反応をされるとは思っていなくて、恭平さんは困惑を隠せないらしい。
とりあえず階段下から出ようと恭平さんが美沙さんの足を促すと、それにわたしとカニやんが続く。
現実世界と違い、忘れ物を取りに戻ってくるなんてことは滅多にない仮想現実。
当分シシリーさんたちが戻ってくることはないだろうとはいえ、どこまでもポジティブシンキングの美沙さんが、トール君がいないのをいいことに大暴走を始める。
「ひょっとしてですが、篠崎と組んだらこういうシチュもアリですか?」
その楽しげというか、意気込む様子にわたしは呆気にとられ、代わりにちょっと冷静に戻った恭平さんが 「恋に恋する年頃だから」 と。
もちろん美沙さんは全く気にしないけどね。
どこまでもポジティブで鋼のメンタルを持っているらしい。
ちなみにアリかどうかといわれれば 「わかりません」。
だって美沙さんが想う相手はあのトール君だから。
「あー……そうですね……」
わたしたち以上にトール君の性格を知っている美沙さんは、わたしの言葉に、上がりっぱなしだったテンションを少し下げる。
これはあとで恭平さんとカニやんが、美沙さんのいない時にこっそりと話していたことだけど、この時の恭平さんが気まずそうな顔をしていたのは、以前に話していた 「吊り橋効果」 を思い出したというか、心配したから。
さっきも言ったけど、戦闘のある仮想現実なら、ある程度プレイヤー同士での接触がある。
そのたびにドキドキで勘違いするととんでもないことになる。
特に美沙さんは、恭平さんのいうところの 「恋に恋するお年頃」 だし、仮想現実初心者でもある。
しかもトール君というリア友の存在もあり、現実世界と仮想現実の境界が曖昧になりかねない。
まぁそのへんの危惧もあって、あの気まずそうな顔は 「失敗した……」 みたいな心境の表われだったらしい。
ほんとカニやんにしろ恭平さんにしろ、気苦労が絶えないわね。
まぁいいわ、ちょっと美沙さんも落ち着いてきたことだし本題に入りましょう。
「そういえば、訊きたかったんですけど」
「なに?」
「ここ、占いの館なんですよね?」
「そうよ」
「じゃあどうして魔術師の館って呼ばれてるんですか?」
「ああ、それは魔術師がいるからよ」
早速その魔術師の許にご案内……ということでわたしたちは、話しながら玄関ホールから奥へと続く廊下を進む。
この建物はTの字をしていて、例えるなら玄関ホールがあるのは縦棒の下の部分。
わたしたちはその縦棒を上に向かって歩き、ほどなく突き当たると廊下は左右に別れる。
この左右に分かれた廊下に小部屋が並んでいて、扉ではなく、カーテンで仕切られた向こう側に占い師を模したNPCが並んでいる。
聞いた話では、NPCはコンテンツを提供しているそれぞれの占い師を原型にしてアバターが作られているらしい。
雰囲気作りとしても衣装はともかく、占い師側も売り込む機会だし。
顔出しNGならNGで、他の占い師との差別化を図れる演出はちゃんとしていると思う。
もちろん並んでいる部屋の全てが占い部屋ではない。
ある部屋は使われておらず、置かれたままの調度は埃を被り、天井近くには無数の蜘蛛の巣が張られている。
またある部屋では怪しげな薬瓶や物が飾られる中、室内だというのに焚いた火に大鍋が掛けられ、フードを目深に被ったいかにも胡散臭げな老婆が怪しげな物を作っていたり。
ほら、そこは演出過剰な運営だからね。
胡散臭さが鼻につくくらい過剰に演出されている。
占いコンテンツそのものはそこそこ人気があるらしく、いくつかの部屋には客が入っていた。
聞こえてくる楽しげな話し声に、美沙さんも小部屋をのぞきたがったけれどまずはクエストね。
それに無料占いは中途半端にしか占い結果を知ることが出来ず、その全容を知るには課金がほぼ前提。
でも高校生の彼女にあまり課金をさせるわけにもいかないから、さりげなく話を逸らしてこの館の主人である魔術師の許へと促す。
占いとか、下手にはまると沼だからね。
底なし沼よ
「魔術師ってどんな人ですか?」
薄暗い廊下には、人気のある小部屋前にはアンティークなデザインの椅子が並べられ、順番を待つプレイヤーの姿もある。
そっかぁ……ここに来れば女性プレイヤーを見つけられるんだ。
もっと早く知っていれば、ここで勧誘をしたのに。
そんなことを思いながら歩いていると、そわそわした様子の美沙さんが尋ねてくる。
当然のことだけど魔術師は人形をしたNPC。
武器屋や雑貨屋の店主みたいにね。
やはりそれらしく見せるための衣装を着て、それらしい雰囲気の部屋にいる。
んー厳密にはちょっと違うんだけど、あれを他にどう説明したらいいかわからない。
だから今はそう説明しておく。
その部屋は、さっきの丁字路を左に進んだ突き当たりにある。
天井ギリギリまで高さのある大扉は、なにかを誇張するような装飾もない。
それこそ自分の家にあっても不思議に思わないくらい極々ありふれた扉だけど、なぜかレバー型のドアノブが重いという変な演出がされている。
マジ意味不
謎しかない演出によって重いドアノブを、一番STRがある恭平さんが開いてくれる。
室内は異次元空間……ではないけれど、外観からはあり得ない広さの薄暗い部屋となっている。
まぁこの辺は仮想空間あるあるで。
扉を開いた恭平さんが先頭に立って室内に踏み込むと、床には大きな魔法陣が描かれ、その魔法陣を挟んだ向こう側に、随分と背もたれの高い椅子が置かれていた。
ひっそりとしたその部屋に、わたしたち以外に人がいる様子はない。
ここに魔術師がいると聞いていた美沙さんは、最初、部屋の様子を興味津々に見ていたけれど、ほどなく魔術師の不在に困惑し始める。
「ギルマス、あのぉ……?」
戸惑いがちにわたしを振り返る美沙さん。
その問い掛け半ば、どこからともなく声が響いてくる。
『力を求めしか?』
低くしわがれた老人、あるいは老婆を思わせる声。
でもその声の主の姿はどこにもなく、声がどこから聞こえてくるのかもわからない。
「え? なに、これっ?」
「魔術師だ」
少し怯える様子を見せる美沙さんに恭平さんが答える。
前を歩いていた恭平さんは美沙さんを振り返り、少し離れたところにひっそりと置いてある椅子を指さす。
この薄暗さに、美沙さんはそこに椅子が置いてあることにも気づいていなかったらしい。
「なんで椅子?」
椅子があることはわかったもののなぜそこにあるのかわからず、やはりまだ戸惑いは消えない。
『力を求めしか?』
再び掛けられる問いがさらに美沙さんを戸惑わせる。
それこそ 「返事しないと駄目ですか?」 と恭平さんに尋ねるけれど、恭平さんは閉じた自分の唇に一本指を立て、もう一方の手で改めて椅子を指し示す。
「えっと、椅子を見てればいいんですか?」
黙ったままの恭平さんは大きく頷いてみせる……けれど、ここで喋ってはいけないわけじゃない。
美沙さんだけでなく、恭平さんもね。
もちろんわたしもカニやんも。
正直、恭平さんが何を考えて沈黙を守っているのか、わたしにもわからない。
とりあえず合わせて黙ってるけど。
ほら、空気を読むって大事じゃない。
だからね、恭平さんに合わせて黙っている。
『力を求めしか?』
今までと変わらないように思える三度目の問い掛け。
でも実際はすでに状況は変化している。
周囲が薄闇で気づきにくいけれど、実はわたしたちがこの部屋に足を踏み入れてほどなく、黒い粒のような物が周囲を漂い始めていた。
それが三度目の呼び掛けの頃にはかなり増えていて、ようやくのことで美沙さんも気づく。
「なに、これ?
黒い……雪……?」
降る雪を拾うように、すぐそばを漂う闇に手を差し伸べる美沙さん。
でも雪とは違い、それは軽い綿帽子のような闇で掌に触れた瞬間跳ね上がる。
しかもすきま風にでも吹かれるように、少しずつ、少しずつ、ある場所に吹き溜まってゆく。
椅子
美沙さんが気がついた時には、すでに人の形のような物を形成しつつあった。
椅子に座る人の姿を思わせるように集まる闇。
さらに見る見る間に本当に人の姿に……フードを目深に被って顔を隠し、うつむき加減に座る人の姿となってゆく。
「ひぃ! なに、あれっ?」
「魔術師」
身を小さくして怯えた声を上げる美沙さんに、恭平さんが静かに答える。
あの闇の固まりこそがこの館の主人である魔術師だと。
すっかり人の姿となった魔術師は、やや肩幅が広く男の人を思わせる。
でもそれはあくまでシルエットから得られる感想でしかなく、実際の性別はわからない。
だって魔術師には顔がないから。
そう、顔がないの。
あの魔術師はあくまで闇のような黒い粒の集合体に過ぎず、それでもマントで全身を覆った老人を思わせる。
『旅人よ、何故我が館に踏み入った』
三度、どこからともなく問い掛けてきた声が、今度は明らかに魔術師から聞こえてくる。
でもあくまで魔術師は黒い粒の集合体に過ぎない。
強いて言えば、あの闇の集合体に宿った魔術師の魂が話しているといった感じかしら。
わずかにでも動けば外側部分の粒の幾つかが埃のように離れ、周囲にあった別の粒がまたくっつくように集まる。
そうしてユラユラと揺らめきながらもその形を維持している。
『風の噂に我を知ったか』
たぶんもう美沙さんも気づいていると思うけれど、これはクエストムービー。
この部屋は一つのIDのような隔離空間で、美沙さんのエピソードクエストに対応して自動的にムービーが始まった。
だから魔術師は、プレイヤーがなにを話そうと、逆になにも話さなくても勝手に喋り続ける。
ちなみにイベントムービーとは違い、このエピソードクエストムービーに選択肢はない。
だから魔術師は勝手に喋り続け、やがて……
『力が欲しいか?
ならば与えよう』
とINTクエストが本格的に始まる。
魔術師に言われるまま、美沙さんは部屋の中央に立つ。
丁度床に描かれた魔法陣の中央あたり。
すると椅子にすわったままの魔術師がなにやら呪文、あるいは念仏のようなものを唱え始める。
何回聞いてもこれ、なにを言ってるのかわからないのよね。
攻略wikiでも色々な意見が書き込まれているけれど未だ判然とせず、正解は不明。
そうこうしているうちに魔術師が左手を挙げると、魔法陣の中に描かれた六芒星の先端部分に六つの小さな火が灯る。
濃く深い焔は赤黒く、床からほんの数㎝上に浮いている……はずなのに、描かれた線に沿って広がり始める。
「ちょっと待って!
これ、ヤバくないっ?!」
自身に迫る焔に、美沙さんは魔法陣の外に立つわたしたちを振り返った。
605話でいないはずのクロウがいきなりいることになっていて、慌ててその部分を修正したら、書きかけていた606話を書き直す羽目に・・・(涙
(クロウがいるつもりで書いていたため)
結果、甘味がすっかり抜け、女子高生の甘酸っぱいレモン風味となりました(大汗
いかがでしょうか?