605 ギルドマスターは逃げも隠れもします
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「二階って上がれるんですか?」
三つある 【ステータスを振ろう】 の一つ、INTをクリアするためにわたしたちが訪れた 【魔術師の館】 こと 【占いの館】。
その古屋の玄関ホールに足を踏み入れると、二階に続く階段を見て美沙さんが興味を示した。
「上がれるけど……」
「上は……!」
INTクエストのクリアが先だと思ったわたしの言葉半ば、強い口調で割り込んでくる恭平さん。
珍しい……と思ったら、ちゃんと訳があった。
それこそその表情が強ばるほどの訳がね。
「この上もギルドルームになってるんだけど、そこに……」
【素敵なお茶会】 のギルドルームは宿屋を模した建物の二階に、宿の一室という形である。
そしてこの 【占いの館】 の二階にも、客室という形でギルドルームがあるという。
それを見たいという美沙さんを止める恭平さん。
ギルドルームを購入するには 【ギルドルーム購入券】 という課金アイテムが必要で、【ギルドルーム購入券】 は誰でも購入出来る。
でも実際にギルドルームを購入出来るのはギルドの主催者だけという落とし穴があり、副主催者の恭平さん自身はギルドルームを購入することは出来ない。
でも美沙さんは、どうやら二階に恭平さんがなにかを隠していると思ったらしい。
それこそ彼女の目に、表情を強ばらせて美沙さんを止める恭平さんが、ベッドの下に隠した見られたくない物を親に見つけられた男子高校生のように映ったのか。
絶対に無い
だって恭平さんよ?
脳筋コンビやカニやんならともかく、恭平さんに限ってそれはないと思う。
あー……アキヒトさんやJBでも可能性はありそうだけど、少なくとも恭平さんはないと思う。
「なんで俺がありやねん」
それこそあの二人と一緒にするなと言わんばかりのカニやんだけど、わたしにいわせれば一緒だから。
二人というのが、脳筋コンビのことだとしても、アキヒトさんとJBのことだったとしてもね。
「そんなもん隠しとったら、とっくにあの腐に見つかっとるわ」
もちろん腐というのは腐女子の略で、妹の海希さんのこと。
そうか、妹さんがいると親よりも先に発見されてしまうというか、興味本位に捜索されてしまうのね。
言ったあともカニやんは 「あいつ、勝手に人の部屋漁りやがって……」 とぼやいていたから、実際に捜索の実績があるらしい。
そっかぁ……
わたしは妹の立場だけど、兄の部屋には今でも自由に入れる。
実家にある兄たちの部屋はもちろん、それぞれ一人住まいしている部屋にもね。
でもベッドの下をのぞいてみるという冒険はまだしたことがない。
これは経験してみるべき?
「やめておけ。
ろくなことにならないから」
恭平さんがそういった相手はもちろん美沙さんで、彼女はわたしとカニやんの隙をついて階段を上ろうとし、恭平さんに腕を掴まれていた。
美沙さんも手すりとか握って抵抗してはいるものの、ここは仮想現実。
データが全ての仮想現実において、美沙さんが恭平さんにかなうはずがない。
だから本当は引きずり下ろすことも出来たけれど、さすがにそれはしないのが恭平さん。
美沙さんが諦めて自分から、上った数段を降りるのを待っている。
でも二階に上がらせるわけにはいかないから腕は放さないけどね。
「ちょっとだけ、ね?
ちょっと見たらすぐ降りるからー」
「ダメだ。
たぶんこの時間はいる」
「いる?
なにがですか?」
「シシリー」
……………………やっぱり
この 【占いの館】 の二階に、ギルド 【シシリーの花園】 のギルドルームがあるのね。
だってほら、シシリーさんは形から入る人だから。
ギルドルームを作るとなれば絶対にここでしょう。
演出過剰な運営と張り合うほど自己演出過剰な人でもあるし。
別名 【魔術師の館】 の住人の振りなのね。
つまり、いつもならカニやんと一緒に来るのは柴さんだと思っていたのに、珍しく恭平さんだったのはそういうわけね。
表情が浮かなかったのも……
「シシリーって誰ですか?」
納得出来たのはわたしだけでした。
まぁ一緒に来ると決まった時点でカニやんは聞いて知っていたのかもしれない。
特にシシリーさんの名前が出て来ても驚く様子はなかったし。
だったらわたしにも話しておいてくれたらよかったのに、どうして仲間はずれなのよ……じゃなくて、美沙さんのことね。
そうそう、美沙さんはシシリーさんのことはまだ知らなかったわね。
えーっとぉ……
「百聞は一見にしかずだけど、君子危うきに近寄らずって知ってる?」
つまり何?
百聞は一見にしかず = 色々口で説明するより実際に見たほうが早い
君子危うきに近寄らず = お利口さんは危ない物には近づかないことを知っている
この二つを並べるというのはどうなの?
だって説明するより実際に見たほうが早いと言いつつ、それは危険物だから近づいてはいけませんと牽制してるのよね?
しかもこれを恭平さんではなくカニやんが言うということは、やっぱり最初から知ってたのね。
わたしだけのけ者にしてーっ!! ……と怒るのはあとにして、美沙さんのことです。
カニやんの謎かけに首を傾げる美沙さんは、答えを求めてわたしを見る。
そうくるかー
「シシリーさんというのは、魔法使いだけのギルド 【シシリーの花園】 の主催者をしている女の人で、まぁ色々あって、わたしと 【素敵なお茶会】 を目の敵にしていてね」
「つまり仲が悪いんですか?」
「凄く悪いです」
ここで恭平さんやアキヒトさんのことはもちろん、クロウのことまで説明するのは正直面倒臭い。
だって長いじゃない。
凄く長いじゃない。
しかもみんなはすっかり忘れていると思うけど、未だにクロウからは、毎日HPポーションが届いているからね。
あれ、まだ続いているからね。
さすがに今日はまだログインしていないから送られてきていないけど……
どんな罰ゲーム?
ほんっとうに誰か、一日でも早くクロウの記録を抜いて!
わたしのインベントリが、さして用のないHPポーションで埋め尽くされるから。
日々、インベントリが圧迫されていってるから。
「つまりそのシシリーさんとは会いたくないんですね」
とりあえず美沙さんにも理由は伝わった。
よし、じゃあすぐにこの場から撤退……というわけにはいかないから、奥に進みましょう。
もし本当にシシリーさんがギルドルームにいたら、いつ出てくるともしれない。
それこそチラとでも顔を見たらどんな因縁を付けてくるともしれないしね。
会わないことはもちろん、ニアミスだって御免よ……と思ったのに、美沙さんのポジティブシンキングに慌てさせられることに。
「でもそれ、わたしは大丈夫ですから!」
「ちょっと美沙さん?」
「は?」
「待って美沙ちゃん!」
呆気にとられるわたしとカニやん。
でも美沙さんは、慌てる恭平さんの声にも耳を貸さずそのまま階段を上ろうとする。
いやいやいや、全然大丈夫じゃないから!
シシリーさんは理不尽の固まりで、ひとの話に耳を貸さない人だから。
確かに美沙さんはシシリーさんと直接因縁を結んではいないというか、当時のメンバーではないけれど、そんな理屈が通じる相手じゃないから。
それに二階に上がったところで見る物はない。
先にも説明したけれど、ギルドルームを購入出来るのは主催者だけ。
今の 【素敵なお茶会】 のギルドルームは、休憩室とハルさんの作業部屋を増設しているけれど、元のギルドルームのサイズは購入前に見学出来る。
でもそれもあくまで主催者だけ。
副主催者ですら内見に参加出来ず、ここの二階も、【素敵なお茶会】 のギルドルームがある宿屋の二階と同じく、ただ廊下に、等間隔で扉が並んでいるだけ。
その廊下が昼時間でも薄暗く、やたら足音が響くぐらいしか違いはないと思う。
だから二階に上がっても見る物はない……と話していたら、奥の方から聞こえていた声とは別に、なんとなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
しかもその声は、聞き間違いでなければ階上から。
高い足音とともに近づいてくる。
タイミングが悪い
焦りながらもルゥを抱えたまま突っ立っているわたしを、カニやんが突き飛ばすように一緒に階段の下へ。
恭平さんと美沙さんはといえば、STR差を考えれば恭平さんが美沙さんを手すりから引き剥がすなんて易いこと。
それこそ静かにするようにといわんばかりに、片手で美沙さんの口を押さえた恭平さんは、ちょっと乱暴に美沙さんをもう一方の手で抱えて階段下に駆け込んでくる。
その少し後、階段を降りてきたシシリーさんたちは……【シシリーの花園】 のメンバーを、わたしはシシリーさんの他はココちゃんしか知らない。
でも耳を澄まして聞いてみると、その中にココちゃんの声はない。
ココちゃん以外の数人のメンバーを率いて階段を降りてきたシシリーさんは、幸いにして少し前、階下で響いていた慌ただしい足音に気づかなかったらしい。
狭い
それにしても狭い。
とにかく狭い。
しかもこ……こう密着されると……その……離れたい。
でも身動き出来ないくらいがっつりホールドされてます。
もちろんわかってる。
下手に動くと、一番外側にいる恭平さんと美沙さんが階段下から外に出てしまうって。
わかってるんだけど……近すぎます。
あいだにルゥがいるとはいえ、カニやんも気まずそうに、首を、これ以上は曲がりませんというくらいにねじ曲げてそっぽを向いている気まずさ。
いや、まぁ恭平さんのほうもちょっとね。
美沙さんの顔は真っ赤だけど、恭平さん自身はシシリーさんのほうに意識がいっていてまだ気がついていない。
わたしも、いつルゥが文句を言うんじゃないかと気が気じゃなくて、でもカニやんが近すぎて、もう一杯一杯。
だからついにルゥが、可愛い声で嬉しそうに 「きゅ~♪」 と鳴き声を上げた時は気絶するかと思った。
当然美沙さんをのぞいた全員が……あ、ルゥものぞいてください。
超ご機嫌
わたしとカニやんと恭平さんは瞬時にびくっと体を強ばらせたけれど、話に夢中になっていたのか、丁度戸口……つまりエリアの境界にいたためか、シシリーさんたち 【シシリーの花園】 ご一行様はわたしたちに気づかず行ってしまった。
セーフ!!
直後、わたしたち三人がその場にへたれたことはいうまでもないと思う。
もう結構 【占いの館】 には来ていなかったけど、こんなスリルはこりごりです。
たぶんわたし自身はもう用がないと恭平さんは考えていたんだろうけれど、やっぱり事前に教えておいて欲しかった。
色んな意味で心臓に悪くて、顔が熱い……というか、耳まで熱い。
ご機嫌なルゥがようやくわたしの様子に気づき、でも心配しないところがさすが残念なAI搭載。
かまって欲しげに、肉球でプニプニと頬を押し始めた。
待って待って、変顔になるから……
「大丈夫、変顔になっても美人だから」
大きく溜息を吐いたと思ったら、カニやんてばこれだもの。
恨めしげに上目遣いに睨んだらいつものようににひっと笑われた。
でもその顔がちょーっとだけ赤かったのは見逃してあげません。
もちろんわたしのほうがもっと赤いし、美沙さんもね。
「わたしっ、こういうシチュ初めてで、すっごいドキドキしました!」
そしてどこまでもポジティブね。
恭平が同行した理由はこういうことで。
次話から本編に戻り、INTクエストです。
そもそも 【占いの館】 なのに、なぜ 【魔術師の館】 と呼ばれるのでしょう?
【追記:2022/01/26】
いないはずのクロウがいるっ?! ・・・ということで訂正しました(大汗