603 ギルドマスターはハローワークの窓口になります
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幽霊屋敷
いえ、そこまでじゃないけれど、ちょっと近い感じがする。
それが通称 【魔術師の館】 こと 【占いの館】。
場所は 【ナゴヤドーム】 の地下……といっても地下闘技場とは全然違う場所にあって、あそこほど人の出入りもない。
たぶん
地下闘技場に出入りするプレイヤーのほとんどは剣士で、占いの館に出入りするプレイヤーのほとんどが魔法使いということを考えても、断然地下闘技場利用者のほうがそもそもの数が多いし。
剣士 > 魔法使い > 銃士 みたいな勢力図というか、人口図だから。
ちなみに魔法使いは攻撃型、回復系を含めての数で、店を持ったり持たなかったりする生産職は不明。
それほど多くないのは確かだけど、ひょっとしたら銃士より多いかもしれないし、あるいは銃士より少ないかもしれない。
生産職だけを対象にした公式イベントがあるわけじゃないから表に出てくることはほとんどないし、サブアバターとして生産職をしているユーザーもいると聞く。
そうなると正確な数を掴むのは運営でも難しいかもしれない。
いや、サブアバターについてはどの職種もだけど。
ほかに大盾使いや短剣使いなど稀少職種もいるけれど、戦闘シーンにおいて場を動かす主な職種は剣士、魔法使い、銃士の三職種。
わたしがよくいう戦闘三職種がこれ。
ただ、回復系魔法使いと戦闘型魔法使いを魔法使いにまとめるなら、大盾使いと短剣使いも剣士に含まれるかもしれない。
含めないとしたら、回復系魔法使いも、大盾使いや短剣使い並みの稀少職種となる。
その稀少職種が 【素敵なお茶会】 には、生産職のハルさんとりりか様を含めて六人もいる。
今までそんなことを考えたことはなかったけれど、占いの館に向かう道中、この仮想現実における職種の話を美沙さんとしていて、改めてカニやんや恭平さんに 「珍しい」 といわれた。
そもそも短剣使いなんて仮想現実にほんの数人しかいないらしく、それこそ生産職より少ないとか。
そのおかげか短剣使い同士でのコミュニティーのようなものが出来ていて、ベリンダもそこでほかの短剣使いたちと交流を持っているらしい。
でもだからといって、セブン君のように同好の士で新たなギルドを作るつもりはないらしい。
それぞれが今のギルドで楽しくやっているみたいだから。
うん、楽しく遊べることが一番よね。
「そういえば美沙ちゃん、職種は決めた?」
わたしたちの前を歩いていたルゥにちょっかいを出しつつ美沙さんに話し掛けたカニやんは、この直後、油断をしてルゥにバックリ。
豪快に上がる悲鳴をよそに、わたしと恭平さんは美沙さんの返事に耳を傾ける。
実は恭平さんも、さっきからずっと落ち着きがないように見えていた。
てっきりカニやんがいつルゥにバックリやられるかとハラハラしていたのかと思ったら、その理由はこの少し後で判明。
つまりカニやんとルゥの関係には全く興味が無かった。
そりゃそうか
ルゥにちょっかいを出せばバックリやられるのはわかってることだし、これまでに何度もお馬鹿な犠牲者を見てきてるから今さらよね。
どこか落ち着かない様子はそのままに、悲鳴を上げているカニやんに代わり、返事に迷う様子を見せる美沙さんにフォローを入れてくれる。
「急いで決める必要はないよ。
ただこのクエストは参考にしたほうがいいって話だから」
「訊いてもいいですか?」
わたしと恭平さんは、返事をする代わりにほぼ同時に視線を美沙さんに向け、表情で 「なに?」 と問い掛ける。
「そのぉ……やっぱり剣士がいいですか?」
どういう意味?
ちょっと質問の仕方が曖昧というか、端的すぎて意味がわかりません。
もう少し何か話してくれないかな?
それこそ迷っているのなら、なにを……あるいはどこを迷っているのかとか。
それともどの職種とどの職種で迷っているのか、とか。
「いや、そのぉ……剣士がいいかなぁ……と思ってるんですけどぉ……」
うん、いいんじゃない?
確か美沙さんは仮想現実をするのは初めてといっていたから、一番育成しやすい剣士がいいかもしれない。
ギルドも脳筋が一番多いし、何でも相談出来るし色々教えてもらえるし。
プレイ的には一番爽快感もあるし、楽しめるわよ。
だから反対はしない……けど、なぜか恭平さんは浮かないというか、なにか言いたげな顔をしている。
それどころか当の美沙さんも、なにか言いたげというか、煮え切らないというか。
どうかした?
「美沙ちゃん、その人に察しては通じないから。
ただの喪女じゃなくて、激ニブ喪女だから……ぁああああ!
これ外してぇ~~~~!!」
恭平さんに代わって美沙さんに説明するカニやんは、なにをどうしてそうなったのか?
ルゥに肩口をバックリと食われてがっつりホールドされた状態で、短い手足にボカスカと殴られていた。
それこそルゥったら鼻に皺を寄せて、カニやんに食いついたまま低くグルルルル……と唸っているから激おこね。
プレイヤーが相手だから多少の手加減はされているとはいえ、残念なルゥのAIでは、魔法使いが相手の時はさらなる加減が必要ということがわからない……けど、いつも食べられてるくせに珍しい。
可愛いルゥの肉球で一杯スタンプを押されて、モフの下僕としてそこは喜ぶところではないの?
だっていつもは痛がりつつも喜んでるわよね?
「俺はどんな……ぁああああ!」
どんな変態?
そりゃもちろんド変態よ。
なにを今さらなことを言ってるのかしら?
とりあえず話が進まないから助けてあげる。
「ルゥ、おいで」
「きゅ!」
打てば鳴る……ではないけれど、呼べば来るのがルゥ。
最後に一際強烈なキックをカニやんにお見舞いしたルゥは、一目散にわたしの許に戻ってくる。
そしてもっふりと抱き上げたところ、久々に出た。
information 新たなスキルを所得しました
嫌な予感を覚えつつウィンドウをポチってみたら、ルゥが取得した新たなスキルは 【激おこ】 だって。
そのままじゃない。
そしていつもながら意味不明なスキルなんだから。
いや、まぁ 【激おこ】 って、一体カニやんはなにをしたの?
わたしがちょっと目を離した隙に好き勝手するからじゃない。
もう!
しかもそんなことをわたしがぼやいていたら、カニやんは 「俺がそんな悪さするわけないだろっ?!」 とか慌てて言い訳するし。
残念なAIを相手に、その言い訳が通ると思ってることがそもそも甘いのよね、下僕のくせに。
とりあえずルゥは機嫌良くしがみついてきたから、このまま抱っこしていくわ。
それよりなんの話だっけ?
「どこまで戻せばいい?
美沙ちゃんの質問?
それともそのあとのカニやんの突っ込み?」
状況に流されず淡々としている恭平さんの話に、わたしは美沙さんを見ながら答える。
なぜか目が合うと、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くして目をそらしたのよね。
これはなにかあると思うでしょう、さすがのわたしでも。
「その流れを説明して、そこから話しましょう」
「Ok。
つまり美沙ちゃんは剣士にするか悩んでるわけで、カニやんははっきり言わないとグレイさんには通じないよっていっただけ」
「ん~……ちょっと待ってね。
つまりつまり剣士を第一候補に考えているけれど、なにか理由があって悩んでるってこと?」
そしてその悩みの部分をはっきりいわないと、激ニブ喪女のわたしにはわかりませんというのがカニやんの突っ込み?
迫力の出ない垂れ目でカニやんを睨むと、にひっと笑って返される。
カニやんへのお仕置きはあとでするとして、まずは美沙さんの話ね。
「ひょっとしてだけど、美沙さんが悩んでるのはトール君のこと?」
でもね、もしそうだとしたら同じ剣士になることになんら問題はない。
だから悩んでいる理由にはならないから余計にわからない。
それで改めて訊いてみた。
「まぁその……こんなこと言ったらアレなんですけどぉ……」
「美沙ちゃんは、トール君と一緒に遊びたいというか、一緒にいたくて仮想現実を始めたんだろ?」
言い淀む彼女に代わりカニやんが横から先回りをする。
すると美沙さんはますます顔を赤くし、でも表情は申し訳ないというか、浮かない様子。
「うん? 別にいいんじゃない?
それはトール君と美沙さんの問題だから、別にわたしたちは……」
それこそどんな時でもなにがなんでも一緒にいたいというのは困るけれど、同じ剣士ならそれなりに一緒にいることは出来る。
個人戦はちょっと難しいかもしれないけれど……いや、ココちゃんとの~りんの時とは違うから、本人たちがよければ一緒にいられるかもしれない。
火力を持たない回復系魔法使いだったココちゃんとは違い、剣士ならそれなりに火力はあるしね。
落とされても、溶かされても、撃たれても泣かなければ、参加条件さえクリアすれば個人の自由が 【素敵なお茶会】 のやり方だもの。
もちろんトール君が嫌がらなければ……の話ではあるけどね。
でも戦略を利用して合理的に一緒に組むという方法もある。
わたしとしてはそっちに持っていきたいところだけど、この話をどう動かしたらそっちの方向に向けられるかしら?
「なんかその、近づきたいっていうか、その……無茶苦茶不純な動機で始めたから、言いづらいっていうか、その……」
話し出したら止まらなくなったのか、美沙さんはさらに顔を赤くして、とりとめの無い言い訳じみたことを早口にまくし立て始める。
やだ、美沙さんったら可愛い。
話を聞いていると、わたしまで恥ずかしくなってきた。
ヤバい、顔が熱くなってきた……。
「そういやトール君って、女子に無茶苦茶人気あるんだって?」
「そうなんです!
学年どころか先輩とか後輩からも人気あって、卒業式とか、生徒会に頼まれたっていってましたけど、あれ、絶対三年の先輩に頼まれたんですよ!
篠崎、押しに弱いっていうか、頼まれると断れない性格だから」
そうしてトール君は今年の卒業生代表に、普通は現役の生徒会長がするはずの在校生代表として花束贈呈をしたらしい。
その時卒業式の会場となった体育館内がカメラのフラッシュで、目を開いていられないくらい眩しくなったらしい。
こっそり忍ばせていた携帯電話で写真を撮るだけでなく、動画まで撮影する強者までいたというから、トール君がどんな人気者か想像に難くない。
もちろん先生たちは怒ったけれど、違反した生徒の数が多すぎて、結局処分はうやむやになってしまったという。
ただ美沙さんが補足するには、在校生として出席した二年生の多くは先輩たちに頼まれて撮影していたこともあり、卒業生の最後の思い出に見逃したのではないか……ということだった。
これを良しとするか悪しきとするかは人それぞれの判断だと思う。
とにかく、トール君はそこまでの人気者らしい。
実際、TVで歌って踊っているアイドルよりずっと可愛いもんね。
あら? そういえば……
「今日、トール君はまだね」
「ああ、はい、
今日はクラスの男子で、テストお疲れ様会とかでボーリング行ってます。
うちのクラスの男子、なんかよくやってるんですよ、そういうの」
夏にも、やっぱり一学期お疲れ様会というのがあって、クラスの男の子だけでプールに行って遊んできたらしい。
そういえばお正月も、初日の出を見に、自転車暴走をしたっていってたっけ。
さすがに大晦日から元旦にかけてだったから、参加人数は少なかったみたいだけど。
そうして今日は夕方までボーリング大会が催されているらしい。
男の子だけで
「それ、女の子は参加出来ないの?」
「出来ないっていうかぁ……誘ってきません。
クラスの女子がいる前で、普通に教室で打ち合わせとかしてるんですけど。
絶対に誘わないっていうか、前に参加したいっていった女子がいたんですけど、ダメって断られて」
女子会みたいなノリが男の子にもあるのかしら? ……とカニやんを見たら 「知らねぇよ」 と素っ気ない。
続いて恭平さんを見る。
「女の人も女子会とか嫌いな人もいるし、逆があってもいいと思うけど」
なるほど
確かに男の人だから……とか、女の人だから……という考え方は古いわよね。
うんうん、確かに恭平さんの言うとおり。
わたし個人としては、トール君にちゃんと同性の友だちもいると聞いて安心しました。
奏大君や芳人君のことは知ってるけど、特にクラスで浮いてるわけでもなく、そういうイベントのお誘いもちゃんとしてもらえてるみたいだし。
「あ、全然大丈夫です。
なんかうちのクラスの男子、ちょっとガキッぽいっていうか。
ノリが小学校とか中学校と変わらなくて」
ここで柴さんが 『男は幾つになっても少年の心を持ってるもんさ』 なんていったのは無視で。
高校生相手になにを言ってるんだか!
とにかく!
美沙さんが剣士を選ぶなら誰も止めないわよ。
でも、その、ね……ちょっと小耳に入れたいことがあるの。
聞いてくれない?
魔法使いなんてどう?
さてさてグレイの企みとは?
そして美沙はどう答えるのか?
恭平が落ち着かないのはどうして?
色々残して次話へ・・・