60 ギルドマスターは生産相談をします
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わたしはこれでスザクの話は終わりだと思ったんだけど……うん、スザクの話は終わったわね。
でも春雪さんの話は終わりじゃなかったの。
話を切り出してきたのはカニやんだったけど。
「今後の 【復活の灰】 の扱いだな」
「そうねぇ……春雪さんは店を構えているの?」
そういえば 【シシリーの花園】 や 【暴虐の徒】 に目を付けられたっていってたけど、どういうこと?
「店を構えるのは面倒だったんで、無人バザーでポーションを売っていたんです。
時々 【復活の灰】 も出していて、それに 【暴虐の徒】 のメンバーが気がついちゃって、ギルドには入らなくてもいいけど 【復活の灰】 を占有的に 【暴虐の徒】 に譲れって言われて」
……えっと…… 「売れ」 じゃなくて 「譲れ」 なの?
それ、なんかおかしくない?
ただ言葉を使い間違えただけってわけじゃなさそうな……ちょっと悪意にも似たようなものを感じるのよね。
しかも生産職を自分のギルドに招くことなく、その生産技術だけを提供しろっていうのは虫がよすぎない?
確かに 【暴虐の徒】 は剣士だけで構成されたギルドとはきいたけれど、生産職の恩恵を望むのなら、生産職を抱えるリスクも負うべきだと思う。
生産職はステータスの都合上、ほとんど火力を持たないからレベルを上げるのも苦労する。
レベルが上がらなければステータスポイントも増えなくて、ステータスが上がらなければ生産出来るアイテムも限られる。
スキルを使うことによって得られる経験値だけじゃ、それこそレベルを一つ上げるだけでも数ヶ月かかるわよ。
そもそも必要な素材を集めることだって出来ないでしょうに。
それらをわかっていて美味しいところだけを享受しようだなんて、生産職プレイヤーを舐めてない?
感じ悪ぅ~い
そりゃ生産職だって火力を諦めてのことだから、そのへんにもどかしさはあるんだろうけれど、あくまで立場は対等でしょう。
「グレイさん、気にくわないって顔だな。
生産職を下に見るプレイヤーって結構多いんだけど」
言っておきますが 【素敵なお茶会】 はそんな考え方は認めません!
「今更小学生みたいなこと言わないでくれる?
ねぇトール君」
カニやんに同意を求められたトール君は、困ったように曖昧な笑みを浮かべるだけ。
これは生産職に対してどうこうではなくて、カニやんが求めた同意に対して、ね。
そもそも、わたしはこのゲームにおいて調合士の存在には疑問を持っている。
職として選ぶプレイヤーに対してではなくて、職として用意した運営に。
だってNPCの薬屋があって売っているアイテムも同じ。
だったらプレイヤーが調合する必要はないんじゃない?
そりゃNPC薬屋は価格が高めに設定されているけれど、同じ物をわざわざプレイヤーが作る必要がある?
同じ生産職でも鍛冶士の場合、NPC武器屋は既製品の一辺倒販売。
でも鍛冶職プレイヤーは、様々な素材を使ってオリジナル装備を作ることが出来るから重宝されている。
もっともそのオリジナル装備だってプレイヤーのステータスに依存した出来だから、よりいい装備を望むなら、ステータスの高い、つまりレベルの高い鍛冶士ほど人気がある。
うちのりりか様は、正直まだまだ。
本人もそれがわかっていての焦りだったんだろうけれど、やっぱりぼったくりは無し。
今後とも絶対に認めないし、次はペナルティーくらいは覚悟してね。
レベル上げなんて可愛いものじゃ済ませないから。
「ちなみに 【シシリーの花園】 には、うっかりキョンが喋っちゃったらしいんだ」
それはそれはご愁傷様。
春雪さんと恭平さんの友情に他人のわたしはなにも言えないし、言うべきでもないけれど 【シシリーの花園】 の対応は気になるところ。
【暴虐の徒】 とは違って魔法使いを揃えたギルドってことだから、やっぱり勧誘ではなかったってこと?
「全然。
しかも譲れじゃなくて、渡せっていわれちゃったよ」
ありえなぁ~い!!
なに、それ?
一撃で溶かしてやりたい心境だわ。
それこそシシリーさんが取得出来なかったスキル 【灰燼】 をお目に掛けてあげたいくらいの腹立たしさ。
春雪さんはたぶんわたしにそんなものを求めたりはしないんだろうけれど、勝手に報復したくなるくらい不愉快な話。
こういうのを傲岸不遜っていうのよね……たぶん……。
シシリーさんっていう人は、自分以外のプレイヤーを全員NPCとでも思っているわけ?
ほんと、どういう性格をしていたらそんな態度が取れるの?
そんなことが言えるの?
わたしには絶対無理
それこそ傲岸不遜と牽引力を勘違いでもしてるのかしらね。
いずれにしても関わりたくないタイプだけれど、でもたぶん 【焔蛇のスキル】 を取得したってことだから、次のイベントあたりで会うことにはなりそう。
会いたくなぁ~い
「シシリーは魔法使いだし、クロウさんに張り付いてたら大丈夫なんじゃない?」
「わたしがクロウに張り付くの?」
そりゃクロウなら、遠くに姿が見えただけで瞬時に斬りかかるでしょうけど、どうしてわたしがクロウに張り付くのよ?
思わず不満そうに返したら、カニやんは数秒考えてから答えた。
「……どっちでもよくね?」
よくない!
すっごくよくないから。
とりあえず春雪さんは 【素敵なお茶会】 のメンバーになったから、これで他のギルドから声を掛けられることはなくなる。
とりあえずそれはよしとしましょう。
で、最初の問題に戻る。
「どうせグレイさんはハルの自由にしていいっていうんだろうけれど、俺としては少しぐらいギルドに恩恵が欲しいね」
「ちょっとカニやん」
今の話を聞いてそれを言えるなんて、どういう神経をしてるのよ。
春雪さんも気分がよくないんじゃないかと思ったんだけれど、案外そうでもない感じ。
これはどういうことなのかと思ったら、あらかじめ二人のあいだでは少し話していたんだって。
なによ、それ?
「アールグレイさんは人がいいから、たぶん俺の自由にしていいって言ってくれると思うけど、カニやんはサブマスだから、ちょっとはギルドのことも考えるよね。
最終的には主催者に従うってことになってるけど」
それ、カニやんがいつもいってるやつ。
メンバーは主催者に従う……って。
そんな妄信的になられても、正直、困っちゃうのよね。
わたしは優柔不断で決められないから。
しかもこの問題は春雪さんだけでなくギルドメンバーにも関係のあることなんだけど、色々とわからないこともあって判断しかねる。
頭を抱え込んで悩んだわたしは、結局決めかね、縋る思いでクロウを見る。
「……なにかいい案、ない?」
「何がわからない」
「んー……ポーション類と 【復活の灰】 は扱いを分けるべきなんだろうけれど……ポーション類はこれまでどおり無人バザーで販売オッケー。
春雪さんの活動資金だしね。
購入希望のメンバーは、直接メッセージでやりとりして買えばいい。
場所代が掛からない分、そのほうが春雪さんも儲かるだろうし」
でも春雪さんは 「その分は安くする」 って笑うの。
ポーションなんてそんなに高価なものじゃないんだから、ちょっとでも高く売らないと儲からないわよ。
「グレイさんってば、どんだけ生産職を吝嗇だと思ってるわけ?
それはイベントとかで……前の化け猫とかね、ああいうのでガッツり稼がせてもらってるからご心配なく」
春雪さんは笑うんだけど、それ、わたしには笑えない記憶だわ。
化け猫屋敷って……あの期間限定ダンジョンは、わたしにとっては消去してしまいたいほど情けない記憶でしかない。
黒歴史
うん、二度と思い出したくないわ!
そのへんをよぉ~く知っているカニやんとトール君は、苦笑いを浮かべるだけであえて発言せず。
わたしもたぶん変な顔をしていたんだと思うけれど、あえてそれには気付かない振りをして話を無理矢理進める。
「わたし個人としては 【復活の灰】 もバザー販売でいいと思うんだけど、カニやんのいうとおり、幾つかイベント用にギルドで購入するべき?
そもそも 【復活の灰】 をバザー販売するのは普通じゃないの?」
「普通かどうかは俺もわからないが、一定数をギルドメンバーに販売してもらえると助かる。
だが春雪の生産量と販売価格の相場がわからない。
そこはギルドではなく、春雪のほうから指定して欲しい」
わたしは 【復活の灰】 の扱いそのものに戸惑っていたんだけど、クロウはちゃんと具体的な考えを持っていて……それはいいんだけど、この感じ、なんだか知っているような気がするんだけど……なんだろう?
「どうした」
「……クロウ……わたしの知ってる人に似てる気がする」
あくまでも気がするだけなんだけど、今の今まで気づかなかったのが不思議なくらい似てる。
よりによって会社の上司に……あ、リアルを思い出すだけで変な汗が出てきた……。
それも凄く嫌な元上司じゃなくて、凄く怖い現上司に……。
でもね、クロウはわたしなんかより一枚も二枚も上手。
見事なまでにサラリとかわしてくれる。
「そうか」
これで終わり。
さすが!
「生産量は、素材の確保と俺のログイン時間にもよるからなんともいえないかな。
相場もわからないけど、メンバーに販売する分は、これまで俺がバザーに出していた価格より少し安めにってことでどう?」
「買い占めは無しだな」
春雪さんは 【復活の灰】 はそんなに安いものじゃないって笑うけれど、うちの連中はランカー揃いだけあって、しかも暇があればだいたいシャチ銀やシャチ金あたりに潜っていて、通貨はそれなりに持ってるのよ。
だからカニやんの不安も、なきにしもあらず。
JBさんがちょっと羨ましそうな顔をしたんだけど、大丈夫、あなたも今日からメンバーだから。
この話が終わったら、早速みんなで潜りに行きましょう。
周回を始めたらなかなか終わらないから、覚悟してね。
もちろん歓迎の意味を込めてみんなに集合を掛けるから、当然春雪さんも行くわよね。
ふふふ……まとめてシャチに食わせてあげる……
メモ:【鷹の目】
ラッキーセブンが 【素敵なお茶会】 を退会した後に設立したギルドで、ギルドナンバー 「4」 を持つ三大ギルドの一つ。
設立時よりラッキーセブンが主催者を務める。
正式サービス開始直後、ゲーム内通貨を獲得するために課金アイテムを過剰供給した一部の課金プレイヤーたち。
だが相場を崩さないためにカルテルを結んでいたらしく、その縁で 【鷹の目】 が結成されたらしい。
廃課金の廃人プレイヤーという特殊条件のため、設立以来メンバーに変動はほとんどなく、20名近いメンバーのほとんどが銃士なのは偶然。
銃士ギルドではなく、剣士も魔法使いもいるが数が少なく目立たない。
現在 【素敵なお茶会】 に所属する豆の木は、【鷹の目】 設立当時の初期メンバーだった。