57 ギルドマスターは少しだけスザクを語ります
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資料整理の 「おまけ」 もご一緒にお楽しみ下さい。
全てを灰に帰す 【the edge of twilight online】 最凶スキル 【灰燼】。
カニやんがスザクのスキル 【灰燼】 に触れないように、わたしもあまり 【灰燼】 には触れたくない。
実際にこのスキルを使うことは滅多にないし、使うこと自体に勇気がいる。
あまりにも残酷すぎるこのスキルは発動に多大な勇気が必要で、優柔不断なわたしにその決断をする勇気はなくて滅多に発動することはない。
だから見たことのある人は本当に限られていて、灰色の魔女は 【the edge of twilight online】 の都市伝説になりつつある。
でもイベントで目立つたびに思い起こさせる人がいるから……会うと絶対にノギさんがそう呼ぶのよね……だからなかなかならないのよね、都市伝説に。
ほんと、しつこいんだから
たぶん 【素敵なお茶会】 でも 【灰燼】 を見たことがあるのはクロウとクロエだけだと思う。
でもそのおかげで二人は酷い目に遭ったんだけどね。
「たぶん、シシリーさんが本当に欲しかったのは 【灰燼】 だったんだと思う」
話を続ける春雪さん。
その話しぶりだとシシリーさんは 【灰燼】 を取得出来なかったのね。
「方法が方法だから、時間が掛かりすぎたんだ」
なるほど。
修正されてエリアダンジョンからインスタンスダンジョンに変わったスザクの棲み処、富士火口は今も時間制限がある。
元は富士山麓にあるエリアダンジョン樹海と一続きになっていて、合計二時間での攻略が条件だった。
二時間っていえばそれなりに長いけれど、迷路になった樹海は抜けるだけでも時間が掛かる。
もちろん樹海にも敵は出現するんだけど、火口に着いてもスザクには前説がいる。
それがわたしが愛用している三つのスキルの元の持ち主 【幻獣】 焔蛇。
敵を倒しながら迷路になった樹海を抜け、焔蛇を倒し、かつスザクを倒すところまでを二時間でこなさなければならないこのエリアダンジョンは今も最大の難関で、単身でのクリアはわたし一人だけ。
パーティーでのクリアも数えるほどしかいない。
「あの、クロウさんもクリアしたことがないんですか?」
遠慮がちではあるけれど、結構ずばずばと訊いてくるわね、トール君ってば。
カニやんばかりか、ギルドに入ったばかりの春雪さんやJBまでもが気まずさを覚える中、クロウ自身が答える。
「俺には出来ないと思う」
これは決してクロウが弱いからってわけじゃなくて、スザクが、そもそも剣士向きの敵じゃないってこと。
トール君にも予想がついていると思うけれど、スザクの原型は朱雀。
つまり鳥なのよ。
遠隔攻撃をほとんど持たない剣士には、もっとも不向きな飛行する敵なのよね。
もちろん全く攻撃方法がないわけじゃないけれど、主力である物理攻撃が使えないんじゃ、馬鹿みたいなスザクの火力にあっという間に溶かされてしまう。
おまけに 【幻獣】 のスザクはHPも馬鹿みたいに高い。
さらには時間制限までがあるとなると、ね。
「つまり、詠唱を始めたグレイさんにはクロウさんでも近づけないってこと」
「あ、それ、わかります」
カニやんの簡潔な説明にトール君はいともあっさりと納得したんだけど、わたしは納得出来ません。
よりによってスザクの例えにわたしを使わないでくれる?
わたし、空飛んだりしないし。
「だってグレイさんはスザクを倒せるわけだし、スザクと並ぶ火力ってことでしょう。
全然間違ってないと思うけど?」
「つまりグレイさんが最強火力っていわれるのは、そのスザクを倒せるからなんですね」
「そういうこと」
「あながち間違いではないだろう」
クロウにまで言われたらわたしにはなにも言えないじゃない。
もう! 知らない!
普段はほとんど喋らないくせに、わたしが望まない時にばっかり喋るんだから。
しかも言わなくていいことばっかり言う。
「そう怒るな」
わたしをなだめるように大きな手で頭を撫でてくれるクロウは、大きく脱線した話をゆっくりとした言葉で戻す。
「それで、そのシシリーは何をしたんだ?」
「攻略の方法が問題だったみたいですね」
クロウの視線と言葉を受け、春雪さんが話を続ける。
「エリアダンジョンなので誰でも入れる。
でも焔蛇なり、スザクなりと交戦しなければ攻略者にはならない。
その場にいただけじゃ攻略者にはならないエリアダンジョンの法則を悪用したんです」
シシリーというのは女性プレイヤーらしいんだけれど、魔法使いばかりを集めてギルド 【シシリーの花園】 を結成したのは第一回イベント終了後。
つまりかなり新しいギルドで、自身を入れた今のメンバーは六名くらい。
ただ問題のスザク攻略に挑戦した時は一〇名くらいのメンバーがいたらしいの。
それがなぜ減ったのか?
もちろん原因は問題のスザク攻略。
元はエリアダンジョンだった富士火口には誰でも入れるんだけれど、ひと続きになっている迷宮の樹海を抜けることがまず難しい。
パーティーシステムは有効なんだけれど、樹海に入った瞬間にメンバー全員がバラバラにされちゃうの。
結局パーティーとしては全く機能しない状態にされちゃって、火口で再結集するまでに時間が掛かりすぎる。
これも合わせて制限時間が二時間。
メンバーの中で火力の弱い人や、迷路に弱い人がどうしても足を引っ張ってしまうのよ。
一つだけ先に言わせてもらうけれど、わたし、樹海で迷わないから。
クロウやクロエよりも先に火口に着けるから。
「らしいね、クロエにきいたけど。
グレイさん天然だから、一回樹海に入ったら出てこないかと思ってた」
なんて失礼なことを言うのよ、カニやんてば!
どうせ樹海でバラバラにされるんならってことで、わたしたちはパーティーを解散して樹海に入り、火口で待ち合わせたんだけど二人が遅いのよ。
あんまりにも遅いから、ギルドチャットでちょっと焔蛇と遊んでくるって二人に言って、そのままクリアしちゃった。
もちろんあとでクロウにすんごく怒られたけどね。
クリア出来たからいいじゃないって口を尖らせたら、例の如く拳骨を落とされた。
痛かった……
「シシリーさんはギルド全員を引き連れて樹海に入ったんだけど、パーティーは組まず。
まぁ人数が五人以上ではあったんだけれど、たぶん、単独クリアにしたかったんだと思う」
焔蛇やスザクと戦火を交えずとも、パーティーを組んでいれば、そもそも単独クリアとしてはカウントされない。
だから戦っていないパーティーメンバーにも経験値がお裾分けされる。
でもたぶん、シシリーさんは経験値が問題だったんじゃないと思う。
あくまでも焔蛇、スザクの単独攻略が目的。
そんなわたしの推測を裏付けるように、春雪さんの話は続く。
「シシリーさんは全員のインベントリ一杯にHPとMPポーションを持たせて……」
「つまり、ギルドメンバーたちに回復役をさせた?」
カニやんの合いの手に、春雪さんは大きくゆっくりと頷く。
「あくまで交戦は自分だけ。
これがインスタンスダンジョンなら、そもそもパーティーを組んでいなければ他のメンバーは入れないし、パーティーを組んでいれば、戦火を交えずとも単独攻略とはみなされない。
でもその時はエリアダンジョンだったから、その場にいることは出来たんだ。
でも焔蛇やスザクに攻撃せず、攻撃されなければいないのと同じ扱いになるから、攻略出来れば単独って扱いになる」
なるほど、考えたわね。
でも変な話よね、それ。
だってその方法なら、別に他の人を回復役にする必要もないし、わざわざ連れて行く必要もないじゃない。
「わたしもほぼその方法だったし」
もちろんクロウやクロエに回復役を任せたりしないし、ポーションも自分のインベントリ一杯に入れていきました。
実際、あの時はまだクロウとクロエは樹海内にいて、火口にはわたししかいなかったんだけどね。
だから今のインスタンスダンジョンに変わっても問題ないし、むしろ巻き込み被害者が出なくなって、対スザク戦で遠慮なく 【灰燼】 を使えるようになって都合がいい。
「インベントリ一杯にポーションを入れるって……あの、他の物はどうしたんですか?」
インベントリは無限じゃないんだけど……うん、結構それってどうでもいいことなんだけど、まぁトール君も使うこともあるかもしれないから教えておこうかしら。
「クロウにね、全部送るの。
送ったものは一度クロウのポストに入って、それをわたしに送り返してもらうと、今度はわたしのポストに入るでしょ?
で、用が済むまでそのままポストに保留にしておくの。
そうしたらインベントリが空になって、最大活用出来るってわけ」
これをするために留意しておかなければならないことは、信用出来る相手を選ぶこと。
そうしないとアイテムが返ってこないっていう悲劇も起こりうるから。
「……気をつけます」
「前もっていってくれたらわたしやクロウも協力するから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
大丈夫なんだけど忠告しておかないとね、トール君だから。
うちのギルドにアイテムを持ち逃げするようなメンバーはいないんだけど……ちょっとココちゃんの件で人間不信が……どこかに不安があるのよね、どうしても拭えない不信感みたいなものが。
インベントリだけで足りなければ、アイテムを送り返してもらわずそのまま預かってもらって、代りにポーションを送ってもらう。
そうするとポストにもポーションを保留出来るんだけど……ただね、それじゃ間に合わないのよ。
ウィンドウを開いたままインベントリから取り出しながら戦うのはいいんだけど、さすがにポストから取り出してインベントリに移し、そこからさらに取り出すとなると時間が掛かりすぎる。
そんなことをしているうちにMPが枯渇してしまうし、スザクも焔蛇も合間に攻撃してくるからHPが削れちゃうのよ。
マジ死活問題レベル
でも、ポストを使うとかそういう問題じゃなくて、シシリーさんにはもっと根本的な問題があったんだと思う。
自分一人の回復じゃ間に合わない。
そしてそこまでやってもポーションの量が足りない。
この二つから推測出来ることは……
「ねぇシシリーさんってレベル幾つ?」
「今は40近いそうですけど、スザクに挑戦した時は30台前半くらいだったと思います」
うーん、そうね、焔蛇だけでもクリア出来ればかなりの経験値をもらえるもんね。
それも一人でクリアすれば、一気にレベル一つくらいは上がるはず。
でも、わたしもスザクをクリアしたのは30台後半よね。
なんだろう、シシリーさんのその余裕のなさは?
しかもきけば、結局シシリーさんは焔蛇は攻略出来たけれどスザクはダメだったんだって。
なんで?
「いや、グレイさんはその頃から火力化け物だったわけで、普通は出来ないから。
俺でもスザクどころか、焔蛇に溶かされるから」
そう? カニやんなら焔蛇くらいならなんとかなりそうだけど、挑戦してみない?
「まだやめておく。
全然火力足りてないし、詠唱が長すぎる」
そういうところ、結構カニやんは慎重よね。
火力は問題なさそうだけれど、このあいだ見た感じ、確かに詠唱時間はちょっと長めかな。
でもきっとシシリーさんはもっと火力がなくて、詠唱時間が長い。
だから、わたしは攻撃の合間に焔蛇やスザクから反撃されるんだけれど、たぶんシシリーさんは焔蛇やスザクからの攻撃の合間に反撃していたんだと思う。
つまり逆ね。
任意でHPとMPゲージを表示してメンバーにわかるようにして、絶対にMPを枯渇させないように、HPが0にならないように回復してもらう。
でもそれってずいぶん必死な攻略じゃない。
そこまでして単独攻略する必要があるの?
「結構勝ち気な性格らしいから、アールグレイさんに勝ちたいんじゃないかな?
実際焔蛇のスキルを取得して、ずいぶんメンバーに自慢してたらしいから」
わたし以外に焔蛇のスキルを使うプレイヤーがいる。
これは用心が必要だけれど、楽しみでもある。
範囲魔法においてスキルの影響範囲はある程度プレーヤーの任意だけれど、最大値はステータス依存。
同じスキルでも、被ダメもステータスに依存するから優劣が出る。
クロウにはノギさんとノーキーさんがいて、クロエにはセブン君がいたけれど、わたしには誰もいないのよね、同じ魔法使いで競える相手が。
ひょっとしたらシシリーさんがそれになってくれるかなって思ったんだけど……でもこのシシリーさんは凄く性格が悪いみたい。
この話にはまだ続きがあったの。
本当に春雪さん詳しいわね。
ひょっとして 【シシリーの花園】 に所属していたの?
かなり内部事情に詳しいからひょっとしたらって思ったんだけど、答えは意外なものだった。
「まさか。
【シシリーの花園】 は魔法使いだけって説明したじゃないですか。
俺、生産職ですから」
…………そういえば春雪さんの職、きいてなかったような…………。
メモ:【素敵なお茶会】
ギルドナンバー 「1」 を持つ 【the edge of twilight online】 で一番古いギルド。
アールグレイ、クロウ、クロエ、ラッキーセブンの四名で設立された。
設立時よりアールグレイが主催者を務める。
現在はラッキーセブンが退会し、古参幹部としてクロウ、クロエ、カニやんの三名がサブマスター権限を持つ。
物語スタート時のメンバーは15名前後だったが、第二回イベント終了後には20名前後に。
主催者を筆頭に美形が揃っているため、顔に自信がないと加入出来ないという噂がある。
(脳筋オッサンコンビも見かけはいいが、口を開くとちょっとアレ……)
年少組と呼ばれる初心者や育成初期段階のプレイヤーを除き、イベント上位に入るトップランカー揃いの重火力ギルド。
尚イベントなどでヘマをするとクビ(=退会)になるという噂もある。