557 ギルドマスターは鹿の耳掃除をします
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
誤解のないようにいっておくと、別に恭平さんは犬が嫌いなわけでも怖いわけでもない。
カニやんのように現実世界で犬を飼っているわけでもないけれど、かつてのわたしのように泣……ゲフゲフ……なんでもありません。
とにかく、ただただルゥが苦手なの。
ま、まぁね、ほら、ルゥったら色々とやらかしちゃってるから。
うん、主に被害者は飼い主だけど。
飼い主が受けた数々の被害に比べれば、周囲に掛けたご迷惑なんて微々たるものだと思う。
思うけれど、一応飼育責任者としてお詫び申し上げます。
ごめんなさい
そして反省の意味を込め、言われるままにルゥを格納した。
しかもルゥったら最凶……じゃなくて、最強NPC 【幻獣】 のくせに油断しまくりで、あっさりサックリ格納されちゃうし。
でもすぐに忘れちゃうから、きっと何回も同じ手に引っ掛かると思う。
ほんと、残念過ぎるから。
まぁ覚えてたらきっと、またギルドルームの隅っことかでいじけるのよね。
それはそれで可愛いから別にいいけど。
八つ当たりでいきなり誰かをバックリとかしないなら、可愛すぎるその姿を見たい……と思うのはわたしだけかもしれないけど。
そんなわけで、恭平さんのご要望に添うかたちでルゥを格納。
ホッとする恭平さんとわたしのあいだを、のうのうと横切ってゆく牡鹿。
何気なくその立派な角に刺さっていた札をとってみれば、書かれていたのは 【運営の小林】。
ネタが尽きたの?
さすがに 【運営の小林】 はないと思う。
いくらネタが尽きても、自社の社員をスケープゴートにするのはどうかと思う。
安直というか、なんというか。
せっかく 【第六天魔王ノブナガ】 とか 【富士・樹海】 とかで残念感を誤魔化せていたのに、迫力が無くなったというか、威厳が失われたというか……うーん、語彙力が……。
ちなみにこの話を聞いていたマメが 【運営の小林】 と専用スレッドに書き込むと、すぐさまユーザーが食いついてきたらしい。
おおむね好意的というか、馬鹿ウケというか。
まぁそんな感じで、かなりの速さでレスが付いているらしい。
よかったわね、小林さん。
実はひっそりと、プレイヤーには人気があるのかも!
「あ、ハズレ?」
うん、ハズレ
「さすがに女王の凶運も続かんか」
失礼ね!!
なに、その凶運って!
ちょっと、どういう意味よっ?
ムーさんったら、自分たちがなかなか当りを引けないからって……そういえばいま何時?
わたし、ちょっとお父さんと約束があるんだけど。
「お父さん、ウザくないですか?」
うんうん、美沙さんくらいのお年頃だとお父さんはウザいのよね。
わかる、わかる……と理解ある大人を演じてみたら、カニやんに意外そうな顔をされる。
なに?
「いや、グレイさんにも反抗期があったのかと思って」
反抗期? ……あ、もちろん意味はわかるわよ、意味はね。
でも別にお父さんウザいとか、そんなことは思わなかったかな?
中学高校時代なんて10年くらい前の話なのに、毎日が忙しくて怒濤のように過ぎた感じがする。
「で、あんまり覚えてない?」
うん、覚えてないかも。
「まぁ楽しい時間ってあっというまに過ぎるよな。
今日は親父さんを足と財布にして買い物?」
それこそ 「なに買うの?」 とか、また人聞きの悪いことを言い出すんだから。
でも楽しい時間はあっという間に過ぎるというのは納得です。
お父さん、待ってるかも。
あ!!
えっと、買い物じゃないから。
今日は買い物じゃなくて、一緒にお雛様を片付ける約束なの。
「ああ、五段飾りね。
もう出しっぱでよくね?」
ちょっとカニやん、なんて恐ろしいことをいうのよ!
完全に他人事だと思ってるでしょ。
そりゃ男の人はいいわよ。
五月人形なんていつ片付けても、それこそしまい忘れても結婚出来ないとかいわれないし。
どうして女の子だけ?
不公平だわ!
「まぁいいじゃん、あんなの迷信だし。
いっそ出しっ放しにしちゃいなよ」
ちょっとカニやん、どうあってもわたしにお雛様を片付けさせないつもり?
わたしに嫁き遅れろと? ……いや、ま、例のあれでもうお嫁には行けないんだけど。
誰かさんと誰かさんのせいであんなモノを見る羽目になって、もうお嫁には行けなくなったけど。
ショックで意識が飛びそうになったおかげか、今となってはあの時見た造形は思い出せないんだけど……そもそもよく覚えてないのかもしれない。
バッチリ見たけど
うん、見たはずだけど、記憶にモヤというか自主規制がかかっていてよく思い出せないというか、思い出したくないというか。
でもお嫁には行けません。
でも雛人形は早く片付けたいの!
お父さんを待たせてるし。
「嫁に行く宛てあんだし、いいんじゃね?」
どうあってもカニやんは、わたしをログアウトさせたくないのね! ……と詰め寄ったら、いつものようににひっと笑われる。
ここで否定しないのがカニやんよね。
そもそもわたしに嫁に行く宛てなんて、それこそ彼氏すら……あ……ヤバい、とんでもない失言をするところだった。
ちゃ、ちゃんとね、自力で思い出したわよ。
思い出したけどちょっと遅かったというか、途中まで出てしまったというか。
なにを言おうとしたかわかるところまで口にしてしまって、気づかれたというか、なんというか。
そ、その……冷汗が吹き出した。
そういえば、さ、三月に入ってちょっと暖かくなってきたし……あ、もうダメだ。
自分でもなにを言っているかわからなくなってきた。
とりあえず吹き出した冷汗が止まりません。
だって振り返るのが怖くて振り返られない。
でも見なくてもわかるの。
この感じは絶対背後にクロウがいる。
「……よくおわかりで」
ここでまたにひっと笑うカニやん。
その視線がわたしから、背後にいると思われるクロウに移動する。
するとその視線を受けるように、わたしの頭上からクロウのよく響く声が聞こえてくる。
「酷いな。
俺はなにもしていないのに、もう振られるのか?」
「いえ、あの、ですね、そういうことではなくて、ですね、はい」
ついうっかりというか、売り言葉に買い言葉的な?
そんな感じに流れで出てしまったというか、長年の習慣で口が勝手に動くというか……ダメだ、やっぱりなにを言ってるのかわからなくなってくる。
ひょっとしてわたし、ここで振られるの?
縋る思いでカニやんに助けを求めたら、またにひっと笑われる。
そのにひっと笑いって便利ね!
恨めしい!!
「俺に当たらないでって」
やっぱりその視線が、わたしからクロウに動くのを待ってクロウが口を開く。
「最後の彼女になってくれるんじゃなかったのか?」
それ、前にも言われたけど意味がわからない。
クロウの最後の彼女と言うことは……んー……やっぱりわからないんだけど、どういう意味?
丁度ハズレくじを丸めてポイ捨てにする美沙さんと目が合うと、彼女はまずいところを見られたとばかりにばつの悪い苦笑いを浮かべる。
「へへへ……内緒で」
まぁここは仮想現実だしね、見逃すわ。
「最後の彼女って、そのまんまの意味じゃないんですか?」
「そのままの意味?」
「え? だから彼氏さん、ギルマスを最後の彼女にするんでしょ?」
「そう言われてるんだけど、意味が……」
「だからギルマスが最後の彼女なんだってば」
言いたいことがわたしに通じない美沙さんは、もどかしそうに少しずつ早口に、そして声が大きくなってゆく。
「だーかーらー! 最後の彼女なんだってば。
いいですか? 彼女の次は何?」
「彼女の次? ……え?」
ごめんなさい
美沙さんには申し訳ないんだけど、本当に全然わからない。
わたし自身ね、自分がこんなにも頭が悪いとは思わなかった。
もう少し理解力とか読解力とか持っているつもりだったのに、全くないみたい。
しかも意味がわからないだけでなく、この状況でどうしたらいいかもわからない。
「ちょ、塚原。
そんな、クイズみたいなこと言ってグレイさん困らせるなよ」
「篠崎は黙ってて。
どうせ篠崎もわかってないんでしょ」
美沙さんの指摘は見事なくらい図星で、言葉をぐっと飲み込んだトール君は一目でわかるくらい狼狽えている。
「いや、だってそれは……」
「わかってないなら黙ってて」
「……はい」
素直すぎて可愛い。
美沙さんはトール君のこういうところが、その、す……なのかしら?
確かにアイドル系の可愛い顔もしているけれど、性格も素直で可愛いもの。
誰かさんと違ってわかりやすくていいわ。
「俺か?」
「え?」
ここで……ここで 「さぁ?」 とか大人の女を演じられれば!
そんな演技で焦らすっていうの?
そういう駆け引きみたいなのが出来る大人の女になりたいのに、気がついた時にはとっくに 「え?」 とか言って顔が強ばっているし。
もう少し早く気が……ついても出来ないか。
うん、無理
泣けるくらい情けないけど、無理だと思います。
カニやんにも 「キャラじゃないでしょ」 といわれてしまったし。
「わかりにくくて悪かったな。
これでも努力はしてるんだが」
「そうなの?」
思わず疑うような目を向けてしまったら、苦笑いを返される。
でもそういう困った顔も結構す……です。
「俺がお前を振ることはない」
「そのまま奥さんにしてくれる?」
「そのつもりだ、安心しろ」
………………ん? んん?
え? 待って、待って待って待って。
いま何か、凄く重要なことを言われたような気がするんだけど、なんて言ったの?
も、もう一回言ってもらってもいい? ……とお願いしたら、華麗な無視を決めてくれるのはクロウの照れ隠し? ……ということはないか。
「一つだけ、出来るようになって欲しい」
うん、全然照れてないどころか超マイペースで我が儘を言い出した。
この我が儘大魔王!
ちょっとはわたしの話も聞いてよ!!
クロウのリクエストとはっ?!
身長190㎝越えの大男ですが、実は都実もちょっと可愛いところがございまして。
でも甘さを控えるため、次話ではサラッと本題に戻りたいと思います(たぶん・汗




