55 ギルドマスターは自分を忘れます
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ここ数日、みんながギルドルームに寄りつかないのはの~りんがいるから。
第二回イベントでココちゃんがギルドを脱退してしまってから、ほぼ毎日、ギルドルームの隅で壁に向かってすわり、ずーっとうつむいてるの。
もうあれ、なんのプレイよ?
カニやんにきいたら、フレンドも解除されちゃって、今はココちゃんの様子は全くわからないんだって。
たぶんの~りんもココちゃんとフレンドを結んでいたと思うんだけど、そっちも解除されちゃってるんじゃないかな。
どのみち 「放っておけ」 ってクロウに言われちゃって、絶賛放置プレイ中なんだけどね。
『気になるんだったら探しに行けばいいじゃない』
クロエは簡単に言うわよね。
そりゃここは非現実だけど、でもプレイしているのは生身の人間なんだから恋愛を楽しんだっていいじゃない。
『他の人に迷惑を掛けなきゃね』
ほんと、シビア。
そのシビアさでの~りんにアドバイスするのはやめてあげてね、なんだか可哀相な言葉で追い打ち掛けそうで怖いわ。
『だってフレンドじゃなくても、相手のプレイヤー名がわかってたらメッセージは送れるわけでしょ。
会いたいとか、話がしたいとか、送ればいいじゃん』
うん、いや、そうなんだけど、でもね! 言うのは簡単だけど、確かに正論なんだけど、それが難しいの!!
口で言うほど簡単じゃないのよ、実行するって!!!!
……って思ったら、今にも聞き逃しそうなほど小さぁ~な声で誰かが呟くの。
『そりゃグレイさんには無理だろうけどね』
『それ、した』
うーん、ギルドチャットだからどこかにいるギルドメンバーだってことはわかるんだけれど、今にも死にそうな声は本当に小さすぎて、クロエの声が邪魔になって辛うじてなにを言ったかはわかったんだけど、誰の声か判別出来なかったの。
えーっと、誰かしら?
この分じゃ訊いても答えてくれなさそうな感じ……っていうか、もう息絶えちゃったんじゃないかってくらいの声だったのよね。
どこかで死亡状態になってるだけならいいんだけど、救出に行ったほうがいいのかしら?
あれこれ考えて悩んでいたら珍しくクロウが教えてくれた。
「の~りんの声だな」
…………あー…………つまり会話の流れを考えると、メッセージはすでに送ったってことね。
うん、つまりの~りんに出来る手は、すでに打てるだけ打ってココちゃんにアプローチを試みた、と。
頑張ったのね。
でもその結果があの壁とのにらめっこってことは……あれ? でも振られてないのよね?
ん? んん? どういうこと?
『つまりさ、返事がないんだって』
『女の子って残酷だよね。
平気で無視出来るんだから』
カニやんの声にクロエが被せてくる。
ここでの~りんが 『ココちゃんはそんな子じゃない!』 とか言い返すかと思ったんだけど、そんな気力もないみたい。
静かなもんね。
でも、そんなの~りんの気持ちもわかる。
すっごくわかる!
だって下手に返事をせっついて余計に嫌われたくないじゃない。
返事は欲しいけど、でも嫌われたくなくて身動きがとれなくなっちゃう気持ち、すっごくよくわかる。
それにココちゃんもそんな子じゃないとわたしは思う……うん、思いたい。
ここ最近ちょっと変わったかな? ……とは思ったけど、人の心を弄んで楽しむような子じゃないと思うの。
それに返事がないっていうのは別の意味で気になる。
アカウントを消してないだけで、すでにログインしてないんじゃないか……つまりメッセージは読んでいない。
読んでいないメッセージに返事が来るはずはない……ってね。
どっちにしてもの~りんには辛いか。
『ほんと、グレイさんって人がいいよね』
クロエってば言いたい放題言ってくれちゃって。
「だって、の~りんの気持ちだってわかるじゃない」
『グレイさんはココちゃん側でしょ。
男の気を持たせるだけ持たせて弄ぶ小悪魔』
どこをどう見たら、わたしがそんな器用な人間になるわけ?
『いやぁグレイさんは天然だから、弄ぶどころか気づきもしないんじゃないの?』
カニやんは、どこまでもわたしをニブニブ扱いしたいわけね。
『実際鈍いでしょ。
そんだけ露骨に好意を向けられてるのに気がつかないなんて、俺は男の側に同情するね』
…………これは………… 年齢 = 彼氏いない歴 のわたしをからかってるのよね?
カニやんが知ってるとは思わないけど、絶対誰にも教えないけど、逆にそんな人がいるなら教えてよ!
わたしだって喪女を卒業したいんだから!!
こんなわたしの心の叫びが聞こえたわけじゃないんだろうけれど、珍しくクロウが庇ってくれた。
「いい加減にしてやれ。
湯気を噴いて怒ってるぞ」
『クロウさんもお疲れ様。
ところで新しく来てる加入申請』
あ、そうか。
クロエには言ったんだけど、カニやんはついさっきログインしたばかりだからきいてなかったのね。
わたしとクロウはナゴヤドームの中央広場にいるんだけど、昨日ギルドに届いたジャック・バウアーっていうプレイヤーからのギルド加入申請を受けて、ま、その面接の待ち合わせって感じ?
職は剣士ってことだけど、どんな人かしら?
このジャック・バウアーって確か、何年も前に流行ったドラマの登場人物よね。
それをキャラ名に選んでるってことは、子どもではないと思うんだけど……
「うん、それでいま待ち合わせ中」
『そっか。
じゃあそっちは任せる。
俺、ちょっとハルに呼ばれてるから行ってくる。
間に合えば合流するけど、どこで待ち合わせ?』
「中央広場」
『ああ、いつもの場所ね』
ハルさんっていうのはたぶんカニやんのフレンドなんだろうけれど、名前の感じは女の人かなぁ~って思わせるんだけど、どうだろう?
そんなことを考えてちょっとニヤニヤしちゃったら、見覚えのある顔がこっちに向かって手を振ってくる。
確か第二回イベントで会ったJBとかいう剣士。
そういえば、また会いましょうって挨拶して溶かしたんだっけ。
フリーだったら勧誘しても面白そうなんだけど、ちょっと今は時間がないのよね。
「どもども、アールグレイさん」
「先日はどうも」
「いやいや、あれから結局優勝しちゃうとか、さすがっすね」
「どういたしまして」
なんだか人懐っこい人ね。
話しやすいし。
「てっきりカニやんが来ると思ってたから油断した。
まさか美人主催者自らお出ましになるとは」
「カニやんの知り合い?」
「あれ? きいてない?
フレなんだけど」
フレっていうのはフレンドの省略ね。
そうなんだ、初耳。
でも、だから間に合えば合流するっていってたんだ。
……ん? いやいやいや、わたしが待ち合わせしているのはジャック・バウアーさんじゃなかったっけ?
この人、確かJBさんよね?
「ごめん、なんかハルさんって人に呼び出されて行っちゃったの」
「ゆっきー?
なんの用だろ?」
うん? ハルさんとゆっきーさんというのは同一人物?
この話の流れだとそうなるんだけど、そんでもってカニやんを呼び出したハルさんって人もJBさんの知り合いってことよね?
やっぱり顔が広いわね、カニやんって。
「お、カニやんとゆっきーじゃん」
JBさんに言われてみれば、カニやんがちょっと綺麗な女の人と歩いているの。
物静かな感じの人。
あら、やっぱりハルさんって女の人じゃない!
え? なになに? ちょっとカニやん、これ、期待していいのーっ?
「……グレイさん、なに考えてるか丸バレの顔してるよ」
なんだかうんざりした顔のカニやんと、その隣では少し困ったような顔のハルさん。
あらやだ、わたしったら……そんなに顔に出てた?
なるべく平静を装ったつもりだったのに。
「それのどこが平静なのか俺にはわからない」
でもわたしの考えていたことはわかったのよね。
結構な嫌味とともに、サクッと真実を告げてきた。
「言っとくけど、これ、男だから」
「うっそー!」
いつも持っている大きな杖でハルさんを指し示したカニやんの告げる真実に、信じたくないわたしは、思わずハルさんの胸に両手を当ててしまった。
…………うん、ぺったんこね。
ほんと、ごめん
だって、こんなに綺麗な人なのに男なの?
セブン君以来の詐欺……ううん、セブン君以上の詐欺だわ、この人。
セブン君は中性的だけど、このハルさんって人は女の人に見えるんだもの。
ハルさんの胸に手を当てたまま呆然とするわたしの周りで、カニやんはわたしの行動に頭を抱えちゃって、JBさんはその場にへたり込んで大笑い。
当のハルさんはどうしていいかわからず苦笑いを浮かべるだけで、クロウだけがいつもどおりっていうね。
「だって……うち、女の子少ないんだもん!
メンバー一九人もいるのに、女の子五人しかいないのよ、五人しか。
少なすぎるじゃない」
だから女の子が欲しかったのに……って一応行動の言い訳をしたんだけど……一応ね、わたしだって自分の行動がまずかったのはわかってるのよ。
端から見たら変態行為だってわかってるの。
わかってるんだけど……ちらりとハルさんを見たら、にっこりと笑って返された。
やっぱり綺麗な人。
「よかったなハル、グレイさんのお眼鏡にかなって。
この人の美人の基準、この人の顔だから」
「うわー、それってレベル高すぎじゃない?」
「だろ。
で、お前、美人認定」
「それは光栄だね」
よくよく考えてみればわたしの態度って凄くハルさんに失礼だったんだけど、全然怒らないハルさんの声はやっぱり男の人だった。
ちょっとかすれた感じの綺麗な声だけど、わたしの好みはやっぱりクロウかな。
うん、全然どうでもいいんだけどね。
ついでにカニやんってば、もっとどうでもいいことを言い出したの。
「ちなみにこの人は数が数えられない」
「?」
「【素敵なお茶会】 の女の子は六人です」
「だって、ココちゃん辞めちゃったじゃない」
だから五人なのに、カニやんは六人だっていうんだけど……わたしがココちゃんの名前を出した時、ほんの一瞬、本当にほんの一瞬だけれどハルさんがちょっと微妙な顔をしたの。
なんだったのかしら?
まぁ今は関係ない……ってことでいいのよね?
ハルさんはほんとに一瞬微妙な顔をしただけで、すぐに柔らかな笑みを浮かべてなにも言わない。
それどころか、自分がココちゃんの名前に反応したことにすら気づいていない感じ。
つまり今は気付かない振りをしたほうがいいってことかな?
「じゃあさ、その五人、言ってみてよ」
「ゆりりんでしょ、ベリンダ、マメ、りりか様とラウラの五人」
「ほら、数えられない」
ん? んん? 六人目って誰?
あぁぁぁぁぁー!! 主人公(語り手)がボケまくって話が進まないー!!
第三回イベントが待ってるんだよー!
そのための下準備があるんだよー!
第四回の下準備もあるんだよー!
進めさせてくれー!!