538 ギルドマスターはテスト勉強をします
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昨夜、美沙さんはログアウトしたあとにア子さんと共通の友だちと電話で話したらしい。
もちろん訊きたかったのは、ア子さんに対する 【素敵なお茶会】 の態度の理由というか、原因というか、そのようなものについて。
絶対にギルド加入は認めないなんて、そりゃ 「どんだけ嫌われてるのっ?!」 という話になるわよね。
当然流れとして、ア子さんのお友だちということで美沙さんまで同類に扱われる可能性もあって、そうなると美沙さん的には困るというか、嫌というか。
そのへんの愚痴も織り交ぜてお友だちと話してみると、ア子さんは美沙さんを利用しようとした可能性がある。
クラスの違うア子さんは、美沙さんがトール君や奏大君とどれほど仲がいいかを知らないけれど、同じクラスの美沙さんを使って近づけると思ったのかもしれない。
トール君も奏大君も、大きくて有名なギルドに所属しているからね。
その伝手を使えば優位にギルド加入出来ると思ったらしい……というのはよくわからないんだけれど、なに? その、エース待遇みたいなものを期待したということ?
いやいやいや!
だって 【素敵なお茶会】 にはクロウを筆頭に、ランカーが何人いると思ってるのよ?
実績も信頼も信用も有り余るメンバーが、何人いると思ってるのよ?
【アタッカーズ】 だって主催者のロクローさんを筆頭に、あなぐまさんだっているし、それまで一緒に楽しんできたメンバーを差し置いて、いくら実力があっても新人を特別待遇するなんて、他のメンバーが黙っていないと思う。
そもそも好待遇で勧誘なんて、それこそプロチームじゃないんだから。
プロチームを目指すガチ勢とか、廃ゲーマーならともかく……あ、ア子さんはプロを目指してるんだっけ。
【the edge of twilight online】 では聞かないけれど、普通はガチ勢同士でつるんでるものじゃないの?
そういうガチ勢揃いのゲームもあるって聞くし……と思ったら、ア子さんはとっくにそういうゲームはもちろん、志同じくするプレイヤーたちから敬遠されていると、あとでトール君が教えてくれた。
いや、まぁあのプレイスタイルというか、性格設定だと無理もないかな?
ただこの話については、聞いたところでわたしたちの態度が変わることはない。
昨日確認したように、ア子さんはア子さん、美沙さんは美沙さんと、個別対応だから。
美沙さんさえ、ア子さんと一緒でなくてもいいのなら全然OKです。
もちろん二週間のお試し期間など、加入条件はあるけどね。
むしろそれ込みで美沙さんがOKなら、それこそ今日からお試し期間に入りたいくらいだから。
「そのことなんですが……」
わたしがログインする前にカニやんと話していた美沙さん。
その話の中で、すでに加入条件であるお試し期間などの説明は受けていたらしい。
そこで気がついたある事実……というか、現実というか……。
「あの、定期考査一週間前なんです」
トール君ばりに言い辛そうに切り出された内容は、学生あるあるの定期考査。
しかも三学期ということは、学年末考査で進級が掛かっている……ということは遊んでる時じゃないわよねぇ~。
うんうん、勉強して頂戴。
それこそ教科書を持ち込めるのなら、うちの国家資格取得者あたりにお勉強を教えてもらうのもありだと思うけれど、残念ながら出来ないから。
でもわからないところを訊くのはありだと思う。
『体育なら任せろ!』
『俺は保健!』
『あ、俺もそっちがいい!』
『早い者勝ちじゃ!』
さすがにぶれないコンビね。
今日はア子さんがいないから安全と思ったのか、他のメンバーたちと遊んでいる脳筋コンビの声がインカムから割り込んでくる。
いや、まぁ学年末考査ということは保健体育も筆記試験があるんだろうけれど、どうしてそっちなのよ、この脳筋は!
数学とかさ、物理とかさ、そういういかにも頭脳派らしいところをたまには見せてよ。
『そんなもん、とっくの昔に忘れたわ』
『俺らが高校卒業して、何年経っとると思とんねん』
うん、ごめんなさい。
高校を卒業して6年のわたしですら、もう物理も数学もわかりません。
30オーバーの二人は10年以上。
でも趣味とお仕事柄、保健体育は現役なのね。
とりあえず、美沙さんに聞かれなかったのはよかった。
二人がお医者様だって説明しないと、絶対に誤解されて気持ち悪がられるからね。
女子高生の取り扱いはデリケートなんだからね。
「あんたに比べれば全然バリケードだから」
「【素敵なお茶会】 の割れ物注意はグレイさんだよね」
わたしってそんなに脆い? ……と訊いているのに、また無視されました。
でも、そっか、定期考査か。
そうだよね、三月といえば考査だ。
マコト君、トール君、ジャック君、キンキーには、メンバーリストのメモ欄に予定を書き込んでおいてもらうとして、じゃあ美沙さんは、とりあえず加入だけしておいて、考査終了後からお試し期間にする?
「それはいいけど……」
「次のイベントギリだね」
カニやんの声に被せ、最後まで言ってしまうクロエ。
あ、そうか。
このあいだの定期メンテナンスで告知が出たんだっけ。
三月はひな祭りとホワイトデー、二つのイベントがあるのかと思ったけれど、ひな祭りイベントが後ろ倒しで開催。
今回の告知はそのお知らせだったんだけれど、そうするとホワイトデーまで一週間しかなく、日程的にホワイトデーイベントはないんじゃないかというのが大方の見方。
まぁどちらにせよ、時期的に参加出来ない学生プレイヤーが一定数いるのは仕方がない。
ひな祭りといえば雛人形……となると、悪夢の 【ゴショ】 かしら?
実装されているダンジョンの中で、ダントツで人気の無いID 【ゴショ】。
あそこかなぁ……
まぁ次のイベントについては内容が公式発表されるのを待つとして、まずは美沙さんのこと。
可愛い女の子が入るかどうかの瀬戸際です。
ここからが勝負です! ……と気負ったのはわたしだけでした。
「それでいいなら入ります」
実にあっさりと決まりました。
彼女はまだエピソードクエストを始めていないためギルドの入り方もわからないけれど、そこはうちの優秀な副主催者がレクチャー。
偶然彼女の一番近くにいた恭平さんが、開いた彼女のウィンドウを覗き込むように操作を教えてあげる。
やったー!
「久しぶりに女の子ゲットよ!!」
ちょっと嬉しくて、うっかり立ち上がって万歳をしたら足下が全然見えていなくて、散歩をしていたはずのルゥがいつの間にか戻ってきていたっていうね。
そしてわたしの足下で可愛らしくおすわりを決めていたっていうね。
思い切り蹴り飛ばしたところでわたしのSTRじゃ 【幻獣】 のルゥに敵うはずもなく、見事なまでにわたしが蹴躓きました。
しかもルゥったら、蹴られたことになんて微塵も気づかず毛繕いを始めるって……いつものことながら残念すぎる。
わたしはわたしで反射神経がまだ起きておらず、顔面から地面に突っ込むところをクロウに助けてもらうという残念さ。
ある意味いい主従関係よね。
どちらが主人かはわからないけれど。
「塚原、入ったんですか?」
「まだ仮加入だけどね。
まずかった?」
お昼近くになってログインしてきたトール君は、カニやんの問い掛けに 「いえ、そうじゃないですけど……」 とちょっとはっきりしない返事。
ただ美沙さんはまだ仮加入だから、もしトール君がどうしても嫌だったら本加入を見送ることも考えます。
そこの優先順位を間違えるつもりはないから。
もちろん美沙さんには、本人が希望するなら、知り合いのギルドを幾つか紹介することも考えます。
「すいません、俺らのせいで……」
やっぱり何か煮え切らない態度のトール君。
「なにかあった?」
「その……ギルドルームのことなんですけど……」
わたしの問い掛けにトール君が話し出したのは、こちらも昨夜のこと。
ログアウトしてからのことね。
やっぱりトール君も奏大君に電話をして訊いたらしい、誰かにギルドルームのことを話さなかったかと。
奏大君が知っていたのは偶然だったらしいんだけれど……というのも 【アタッカーズ】 の一部で情報が回覧されていたみたい。
だからそれは、トール君はもちろん 【素敵なお茶会】 の関与するところではないんだけれど、奏大君は、【the edge of twilight online】 をしていないから関係ないだろうと思って芳人君に教えてしまったらしい。
どうして芳人君がプレイしていないゲームのことを知りたがったのか?
そこに考えが及べば違った結果もあったんだろうけれど、及ばなかったとしても誰も奏大君を責めることは出来ない。
【the edge of twilight online】 をプレイしているプレイヤーなら、【素敵なお茶会】 が情報を公開していない理由もそれなりに察することが出来るけれど、芳人君はしていないからね。
でもなんとなく美沙さんがそれを知りたがる理由を芳人君は察していたらしくて、でもトール君に訊くのは直接過ぎるからって奏大君に訊いたらしい。
奏大君が知らなければそこで終わっていたかもしれないけれど、残念なことに知っていた。
そして芳人君から教えてもらった美沙さんはア子さんの企みを知らなくて、なんでもないことのように 「そこを待ち合わせ場所にしよう!」 とア子さんに誘われ、結果として昨日の突撃につながった。
先に聞いた美沙さんの話とあとから来たトール君のこの話を合わせると、あの時の美沙さんの困惑ぶりがわかる気もする。
彼女が、ただただア子さんを止めようとするしか出来なかったのもね。
わたし個人の意見としては、美沙さんが 【素敵なお茶会】 に入ることで、トール君や美沙さんがア子さんと揉めて、喧嘩になるだけならともかく、虐めなんかにつながるような事態は絶対に避けたい。
わたしが気がかりに思うのはそれだけ。
その問題さえなければ、明日からは定期考査勉強に勤しんでください。
もちろん定期考査前の今日と明日は存分に遊んでね……といいたいところだけれど、そうもいかないのよね。
「揃いも揃ってぞろぞろと……きったねぇ金魚のフン引き摺ってきやがって」
約束の時間を2分ほど過ぎた頃、地下闘技場で待っていたわたしたちの前に現われたア子さん。
相変わらず口が悪いというか、ふてぶてしいというか。
そして目が痛くなる。
世間の冬コーデは紺黒茶が主流だから、目が慣れないためかしらね。
でもなんとなく違和感を覚えて彼女の顔を凝視したら睨まれた……んだけど、収穫はありました。
昨日は入っていなかったアイシャドウが入っている。
リップと合わせた黄色だけれど、こちらはそれほど違和感はない。
ないんだけれど気になることはある。
化粧は課金だからね。
課金……
見たところ昨日と装備に違いは無いけれど、転送直前に換装する可能性はある。
出来るからね。
実際に彼女は対戦登録を終えると、独りでいたいからと言ってわたしたちとは離れていった。
ノギさんのように団体行動が苦手でソリストをしているプレイヤーも多いけれど、彼女は、目的があってギルド加入を企んだ。
そもそもeスポーツのプロチームって団体戦じゃない。
団体行動が苦手なんて言えるはずもない。
もちろんメンバー的にアウェイ感満載だろうけれど、たぶん近くにいたくなかった理由は他にあるはず。
そう思ったのはわたしだけじゃなかったし。
「あれ、なに企んでると思う?」
「換装?」
「やっぱそれ?」
「俺も思った」
「あこちゃん、化粧が濃くなってる」
「課金してる?」
「やっぱ換装か」
「あのリップをチョイスするセンスが僕には理解不能」
「え? 口紅くらい好きな色付けりゃ良くないっすか?」
「JBは心が広いな」
「センスの問題だよ。
僕は嫌い」
「JBは何も考えていないだけー!」
「アキヒト、うるさい」
ア子さん曰く、「金魚のフンがゾロゾロ」……ならぬ口々に、言いたい放題。
化粧が変わったことに気がついたのが美沙さんだけというのはさすがだけれど……いや、ひょっとしたらクロエも気づいていたかもしれないけれど、気づいていたっぽいけれど、換装が大方の見方。
それこそ短剣使い本来の速さを発揮すべく、短剣を使ってくるかもしれない。
でも本来の速さを発揮……というには、ベリンダを見慣れているわたしたちの目に、彼女のAGIはちょっと低いようにも感じられた。
残念ながらステータスポイントは、課金で出来るのは振り直しだけで増やすことは出来ない。
一晩で、アイテムを使ったとしてもそこまでレベルを上げるのは難しいだろうし……となると、やっぱり換装かな。
場所が場所だけに、地下闘技場に来る時はいつも色々と付いてくるんだけれど、今日はいつも以上に多い。
そのメンバーからそれぞれアドバイスをもらったというか、発破を掛けられたというか。
賑やかな見送りを受けて対戦エリアに転送されるトール君。
その眼前に現われたア子さんは、案の定、換装していた。
うん、換装自体は想定内だったけれど、でもその換装は予想外かな。
まさかまさかの大剣装備。
そう来たかー
やっと地下闘技場に到着!
そしてア子は大剣に換装し、まずは対トール戦に挑みます。
大ブーイングの中で始まったこの対戦の結果は・・・たぶん次話(汗




