520 ギルドマスターは忘却します
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
予想通りでした
あ、何が予想通りかと言えば、シシリーさんが運営に質問状……いや、意見書かしら?
今回のイベントで、彼女が得るはずだったと考えているポイントについて。
【浸食】 の呪いで落ちることを嫌ったプレイヤーたちの多くが、わたしに溶かされただけでなく、実際はクロウや脳筋コンビにも斬られていたんだけれど、それを悪質な自死として計上不可とするか、本来受け取るはずだった 【浸食】 の術者……つまりシシリーさんのポイントとして計上すべきと運営に意見したらしい。
まぁあの強気な性格だからね。
意見なんてずいぶん善意的なとらえ方で、実際は抗議にも似た強気な文章だったに違いない! ……という主張は恭平さんで、それを聞いたアキヒトさんは大笑い。
でも否定はしていなかった。
つまりアキヒトさんも、言葉ではあえて言わないけれど肯定ってことなんだと思う。
この二人は、元々彼女が主催するギルド 【シシリーの花園】 のメンバーで、恭平さんに至っては副主催者まで務めていたほど。
その手腕はさすがで、【素敵なお茶会】 に移籍後は、新たに四人目の副主催者としてギルド倉庫の管理人を務めてもらっている。
先日もこっそり超高価稀少アイテム 【スザクの羽根】 を入れたら、すぐにバレて怒られました。
どうしてもダメ?
「あんな物騒な物を入れたがる気持ちが理解出来ない」
なるべくこう……可愛く見えるようにお願いしてみたんだけれど、返事は極めて事務的でした。
しかも 【スザクの羽根】 のどこが物騒な物なの?
あれ、わたしのインベントリに一杯あるんだけど?
わたしが自分のインベントリに入れっぱなしにしている分には大丈夫なわけ?
「グレイさんとクロウさんのインベントリは魔窟」
…………意味不明です
なにかこう、運営に知られたらヤバそうな物でも入っていそうな響きの言葉で例えられたけれど、全然違うから。
装備以外はほとんどMPポーションだから。
【スザクの羽根】 はその次くらいだから。
しかもクロウのインベントリまで巻き添え。
まぁどうせクロウはなにも言わないしね。
そのクロウの膝の上に座る羽目になったのは、いつもわたしがすわっている席をタマちゃんに乗っ取られたから。
彼女は今もわたしがすわろうとした椅子の上で、綺麗な香箱座りを決めてくつろいでいる。
仕方がないからルゥと一緒にクロウの膝で大人しく……いや、大人しくというより全身硬直中で微動だに出来ません。
しかもチョコレートを渡す時より心臓がバクバクで、口を開くと余計なことを言いそうなので固く噤んでおります。
それこそ悲鳴とか漏れそうでヤバいから。
冷汗が止まらないのはもうどうしようもなくて、汗臭くなってるんじゃないかとそっちも気が気じゃない。
でもそんなわたしを無視して、運営の審議が終わるのを待っていた 【素敵なお茶会】 のメンバーは、恭平さんが切り出したのを切っ掛けに、シシリーさんや運営の審議結果をあれこれと推測し始める。
ちなみにシシリーさんが運営に意見書を出したであろうことは、つい先程、ギルドルームの壁面にある大型スクリーンや、各ユーザーにインフォメーションが出たから。
information
イベント中、複数の参加ユーザー様より不正行為があったとのご報告がありました。
それらに関しての確認に時間がかかっており、審議が長引いております。
今しばらくお待ちください。 【the edge of twilight online】 運営
この報告の一つは、間違いなくカニやんが送ったもの。
言うまでもなく、妹のミッキーさんが所属するギルド 【3年B組ドンパチ戦線】 の不適切行為を告発する内容で。
これに関しては運営もちょっと悪質……いや、かなり悪質と見做したらしい。
イベントの参加有無にかかわらず、【3年B組ドンパチ戦線】 に所属するプレイヤー全員を一週間のアカウント停止処分にし、後日対象SSを全て強制的に削除した。
元々 【3年B組ドンパチ戦線】 はリア友限定の身内ギルドで、カニやんの話では、全国各地で開かれるイベントで知り合ったという同好の士の集まり。
つまり全員が腐女子、あるいは腐兄で、現実世界では全国各地に散っている。
その距離感をなくし、いつでも気軽に会える場が仮想現実だった。
だからアカウントを凍結されると気軽には会えなくなるわけなんだけれど、それはそれですることが一杯だとか。
直接会って話すという感覚こそ無いけれど、さすがにいちゲーム会社の運営が個人のSNSにまでは干渉出来ないからね。
そこは他の方法で連絡を取りながら、志同じく、一つの目標に向かって頑張っているらしい。
なにを……?
そこんところはなぜか教えてもらえませんでした。
しかも 【3年B組ドンパチ戦線】 については結構序盤でやらかしてくれてるし、こちらは結構早い段階で確認が取れたんじゃないかな?
問題は、やっぱり終盤の集団自け……フゲフ……なんだか物騒な物言いをしそうになってしまった。
個人的な見解を述べさせてもらうとしたら、不正行為とは言えないと思う。
だって、ポイントをもらうことの対価は渡していないもの。
なんらかの対価をもって取引を成立させていたら不正行為になると思うけれど……そもそも今回のイベントは取得ポイントを競うものだからね。
でも感染者たちは得る物がなかった。
せいぜい 「シシリーさんのポイントにはなりたくない」 という自己主張を押し通しただけというか、矜持が保たれただけというか。
しかも事前に打ち合わせていたわけでもなく、それこそ 【シシリーの花園】 のメンバー以外にシシリーさんが 【浸食】 を取得していたことを知っていたプレイヤーはほとんどいなかったと思う。
だって知っていればみんな、もう少し用心していたでしょうし。
彼女の攻撃的な性格は、第二回バトルロワイヤルでわたしが 【灰燼】 を使用したことを責める先陣だったことで、わりと多くのプレイヤーに認識されてもいる。
それこそ彼女が 【浸食】 を所持していることを知っていれば、その姿を見るだけでたいがいのプレイヤーは距離を取り、接近戦を避けていたはずだし。
ただそういう意味では、運営も 【灰燼】 に続き 【浸食】 に対してもどれほど用心していたかわからない。
元々所持するプレイヤーが少なすぎるからね。
だからこその脅威ではあるけれど、【灰燼】 と同じく過去に使用された回数が少なく、その時も感染者や術者の策で感染拡大にはならなかった。
だからあのスキルが個人戦で使用された場合も、あまり脅威にならないと考えていたのかもしれない。
しかも術者が落ちても感染は広がり続け、ポイントが入り続けるという事態も。
でもどう考えてもバトルロワイヤルでそれはおかしくない?
だって本人が落ちているのよ。
落ちたら終わりだからこその生存競争なのに、落ちても自動的にポイントが入ってくるから問題なしって……なにか違うように思うのはわたしの気のせい?
わたしも 【浸食】 を所持しているけれど、他のイベントはともかく、バトルロワイヤルで使うのは危険だし、せめてイベント時のみの特殊ルールで、術者が落ちた時点で感染拡大、及び被毒によるHP減少が止まるような仕様に変えるとか。
そういう工夫が欲しい。
使う気はないけど
そもそも 【灰燼】 にしろ 【浸食】 にしろ、狙って取得したスキルじゃないしね。
【灰燼】 なんて、そんなスキルがあることすら知らなかったし。
「一時的な仕様変更か。
ありかも」
「まぁ 【浸食】 と 【灰燼】 は違うからな」
「あの、どっちが強いんでしょうか?」
「どっちって……そりゃ 【灰燼】 でしょう。
一度発動させたら、術者以外全部灰にしちゃうからスキル名が 【灰燼】 なわけだし」
一応 【灰燼】 にも、エリアの境界は越えないといったいくつかの弱点はあるけれど、それはわたしとクロウだけの秘密です。
クロウはわたしのインベントリやステータスを勝手に見ちゃうからね、だから知ってるんだけど。
「もし……あ、別にケチをつけるわけじゃないけど、ちょっと疑問に思ったから訊いてみたいんだけど、もし発動中にグレイさんが落とされた場合でも、【灰燼】 はそのまま発動を続けるのかな?」
さすがの~りん、興味の持ちどころがトール君とは違います。
しかもこの質問には、カニやんも恭平さんもちょっと困った感じで考え込む。
でも疑問に思った理由はわからないでもない。
だってもし答えが 「yes」 であれば、結局 【浸食】 と同じだからね。
術者が落ちたあともポイントが入り続ける
となると同じく仕様変更が必要になる。
これの正解を訊くべく、なぜかカニやんが 「クロエ、どうなんだ?」 と呼びかける。
結果待ちの時間も遊びたいといって、ぽぽと一緒にギルドルームを出て行ったクロエ。
自由行動にしたからどこに行ってもいいんだけれど、だからどこにいるのかわからないクロエの声がインカムを通して返ってくる。
そもそもどうしてカニやんがクロエに尋ねたのかといえば、ここにいるメンバーの中で 【灰燼】 の犠牲になったことがあるのは、クロエとクロウだけだから。
『それ、質問が成立しないよ。
目の付け所は面白いけれど、【浸食】 と違って 【灰燼】 は不可避。
発動させたらグレイさん以外をみんな燃やしちゃうし、あの焔は触れた時点でアウト。
ダメージによる硬直で落ちるまでもう動けない。
それにあれってさ、魔法陣の完全展開じゃなくて、展開しながら発動し始めちゃうからタイミングが読めないし、グレイさんが起点だから、焔に触れずにグレイさんは斬れないよ。
たぶんグレイさんに触れてもアウトだと思う』
さすがクロエ。
わたしが過去に 【灰燼】 を発動させたのは二回だけ。
そのうちの一回で自身も溶かされているけれど、たったそれだけの経験で見事な解析です。
ちなみにわたし自身が被害を受けることはないので、焔に触れただけでもう動けなくなるというのは初めて知りました。
だって経験出来ないんだもの。
わかるわけないじゃない。
「こえっ!」
「さすが女王、触れただけでアウトかよ」
「首切りに火炙りって、マジどんな魔女だよ」
脳筋コンビもちょっとあれだけれど、カニやんは根本を間違えています。
人類の歴史において、魔女裁判で火炙りにされたのが魔女で、魔女が一般人を火炙りにしたわけではありません。
逆よ、逆!
酷い誤解だわ、自分だって魔男のくせに。
「それやめて。
それこそ酷い誤解を生むから。
それこそ俺、無実で血祭りに上げられそうだから。
そもそも魔女って、男も魔女だから」
「あら、そうなの?」
それは初耳です。
「そうなんです」
「聞いたことがある、そういう話。
サバトに集まる魔女に性別はないみたいな感じの話」
「今もヨーロッパなんかに魔女を名乗る連中はいるけれど、男もいるんだよ」
相変わらず変わった知識が豊富ね、カニやんは。
でも、じゃあカニやんもの~りんもアキヒトさんも、魔女ってことね。
ふふふ
「あ……」
「そうなっちゃうね、あはは……」
「魔女か魔男か、他に選択肢はないのかよっ?
究極過ぎ!」
三番目のアキヒトさんには、恭平さんがいつものように 「ねぇよ」 と冷ややかに止めを刺して黙らせる。
そして丁度ここで時間切れ。
長い審議を終えた運営がイベントの結果発表を始める。
【素敵なお茶会】 のメンバーは、ほとんどがギルドルームの大型モニターでその様子を見ることにしたけれど、いつもの熊の着ぐるみが、大勢のプレイヤーが集まる 【ナゴヤドーム】 の中央広場に登場。
毎度毎度大変ね、あの中の人も。
感謝というか、労いというか……まぁそんな感じのつもりでチョコレートを贈っておいたけれど、ちゃんと受け取ってくれたかしら?
『いつも 【the edge of twilight online】 をご利用いただき、誠にありがとうございます』
いつものテンプレから始まる挨拶に続き、熊の着ぐるみが始めたのは、チョコレートを使った人気投票の結果発表。
今回のイベントは、人気投票と個人戦の二段構成だったからね。
紛糾が予想される個人戦の結果発表を後回しにして、無難なお遊び要素の強い人気投票の順位から発表が始まる。
16位以下は、公式サイトで発表するといういつもながらの雑な扱いで、華々しく発表されるのは15位以上だけ……と前置きをして、いよいよ発表が始まった。
『まず15位ですが、実は同票が二名おられました。
ですから同票14位の扱いとし、15位は欠番となります。
その14位のお二人ですが、ギルド 【素敵なお茶会】 所属のアキヒトさんとジャック・バウアーさんです』
………………えっと、誰のこと?
あ、もちろんアキヒトさんはわかるんだけれど、もう一人は誰?
ジャック・バウアー……ってそんな人、うちのギルドにいたっけ?
ギルマスにあるまじきボケを・・・(汗
そしていよいよ今イベントは終了しまして、次の話に入る前に 【番外】 を一つ入れようと思います。
あ、その前に月曜日でしたっけ・・・




