503 ギルドマスターはイベントを間違えます
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「起動……業火」
今回の公式イベントは、ヴァレンタインのチョコレートを使った人気投票とバトルロワイヤルという名の個人戦の二部構成。
その第二部に当たる個人戦が始まり、わたしたち参加プレイヤーはイベントエリアに転送されたんだけれど、蓋を開けてみれば舞台は安全地帯である 【ナゴヤドーム】 を模したレプリカ。
転送直後、あまりにも見慣れた風景が目に飛び込んできて転送ミスを疑ったけれど、ギルドルームが使用不可だったり、NPCがアイテムを販売しなかったり、聖女がいつもとは違うセリフを吐いたりと通常エリアとはだいぶん状態が違う上、イベント開始早々に落とされたプレイヤーが、半透明の死亡状態でその場に留まることなく転送されていったというから、まず間違いない。
イベントエリア
中央広場を囲む高い建物に張り込んだ銃士一行に気づかず、広場を横切ろうとうっかり踏み込んだプレイヤーがその集中砲火を浴びた。
偶然近くにいて落ちるところを目撃したトール君の話では、HPを流出させながらそのプレイヤーのアバター自体が電子分解するように消失したっていうから、間違いなくここはイベントエリアで、分解したプレイヤーのアバターが再構築されるのは転送先の一般エリアということになる。
「起動……百花繚乱」
わたし自身も中央広場近くに転送されていて、建物の向こう側あたりからかなりの銃声が聞こえてくる。
もちろん広場には近づかないように歩いているんだけれど、他のプレイヤーの遭遇が多いような気がする。
イベント開始直後はプレイヤーの数も多く、当然遭遇率も高い。
もちろんわかってはいることだけれど、それでも多いように感じるのはなぜ?
「起動……スパイラルウィンド」
しかも感じる違和感は他にもあるんだけれど、そっちはまだ全然はっきりしない。
とりあえず次々と射程に入ってくるプレイヤーを落とすのに忙しい。
「起動……モルゲンステイン」
『グレイさん、うるさい』
よりによって攻撃型魔法使いにうるさいとか……クロエってば今日も我が儘。
魔法使いが詠唱せずにどうやって生き残れっていうのよ、もう!
「起動……ウォータースライサー」
『MP無制限だからって、大技ガンガンかましてるね、グレイさん』
の~りんには呆れられたけれど、仕方ないじゃない。
元々わたしの所持するスキルは大半が範囲魔法で、なぜか複数人で向かってくるんだもの。
幸いにして手持ちスキルの種類があるおかげで、再起動準備を考えてローテーションを組み、使い回す。
もちろん 【灰燼】 を使う予定はないし、【避雷針】 なんて一撃の威力は抜群だけれど再起動準備に時間が掛かるスキルは、いざという時のためにとっておく。
イベント中のMP消費は無制限だけれど、スキルの再起動準備はそのままだからね。
「起動……業火」
「クソ!
開始早々灰色の魔女と当たるとか、ついてねぇ!」
偶然目が合った見知らぬ剣士が、苦情というか文句というか……うん、これは不満ね!
そう、不満を残して一般エリアへと転送されてゆく。
でもこれはそういうイベントなんだから、そんな不満を漏らされてもねぇ。
そもそも中距離攻撃型の魔法使いを相手に、自分の間合いにとらえる前から堂々と姿をさらすっていうのはどうなの?
それこそランカーみたいに一瞬で自身の間合いに捉えることが出来るならともかく、そうでないのならギリギリまで身を潜めるなどして不意を衝かないと。
魔法使いは接近戦が出来ないんだから、簡単に近寄らせるわけがないじゃない。
先手必勝
剣士の間合いに入るより先に、自分の間合いに捉えた瞬間に仕掛けるのが魔法使いの常識です。
基礎知識です。
そんなにレベルも低そうには見えなかったけれど、まだ開始直後で浮き足立っている感じなのかしら?
だったら今のうちにポイントを稼いでおきたい……と欲をかいたら、カモがネギを背負って……ゲフゲフ……なんでもありません、今のはなしで。
通りかかった角で、少し広めの横道から急にトール君が飛び出してきた……と思ったら、追ってくる剣士たちの数が結構いる。
直前に聞こえたかなりの銃声。
被弾したのかと思ったけれど、ぶつかりそうになった瞬間に見たトール君のアバターからはHPの流出はなかった……と思う。
銃声の大きさ? いや、量? 発砲数っていうの?
まぁそんな感じの大きさから、被弾していれば落ちていてもおかしくはないと思う。
でもわたしにぶつかってよろけたトール君は結構派手に転がるけれど、アバターに電子分解の兆候は見られない。
とりあえず道に転がったトール君と、追ってくるプレイヤーたちのあいだに割って入り、詠唱する。
トール君、うしろから斬ったら怒るからね!
「起動……グラヴィティ」
からの
「起動……サラマンダー」
インカムの向こうからカニやんが 『ここぞとばかりに燃費の悪いスキルを……』 と呆れているんだけれど、いまはかまっている余裕がない。
ちょっと人数が多いのよ。
MP消費無制限の今は燃費なんて気にしない。
使用スキルの選択は威力重視で確実に落とす。
でも人数がいるとそれなりに動けるプレイヤーもいて、何人かは避けてくる。
固まっていると範囲魔法で一気に狙えるけれど、ばらけられると厄介なのよ。
しかも剣士って基本的に動ける人たちだから。
いくらわたしが重火力と持て囃されていても、数人の剣士から一気に斬り掛かられると絶対に捌けません。
落ちます
さすがにちょっとヤバいかなと思い、詠唱を続けながらもインベントリを開いて屍鬼と換装。
素早く長い刀身を鞘から抜き取る。
「グレイさん、すいません!」
トール君が、屍鬼を構えるわたしのうしろから声を掛けてくる。
いいの、これはこういうゲームだから。
トール君が謝る必要はない。
でも、いまうしろから斬ったらさすがに怒るからね!
「いくらなんでも、それはちょっと……グレイさん斬ったら、次は俺の番ですから」
そうね。
今の状況でわたしが落ちれば、最初の狙い通りこのプレイヤーたちはトール君を落とすでしょうね。
転けた拍子に手放した剣を取り戻したトール君は、ゆっくりと立ち上がりながら剣を構える。
『え? グレイさん、ヤバい?』
『マジか?』
『女王、もう落ちる気か?』
『トール君って、とんだ疫病神だよね』
またクロエったら、本当にトール君には厳しいんだから。
確かに数の優位は向こうにあるけれど、でもあれって烏合の衆よね?
たぶん早い者勝ちだから連携は取れないはず。
そのへんに狙い所があると思うんだけれど、とりあえずトール君はわたしが仕掛けたらダッシュで離脱してね。
「え?」
え? ……って、ちゃんと平静に戻ったんじゃないの?
わたしを斬ったら、次は自分が落とされるってちゃんと理解してたから大丈夫だと思ったんだけれど、まだ心臓バクバクしてるとか?
『グレイさんじゃあるまいし』
『グレイ、どこだ?』
あ、クロウ、ごめん。
やっぱり屍鬼、借りるから。
『どこだ?』
どこって、これ、個人戦よ。
言うわけないでしょ、よりによって近づかれたら一番厄介な相手に。
『相変わらずひでぇ嫁』
『旦那もいい加減慣れてるだろ』
『現在進行形でトール君を逃がそうとしてる人が、これ個人戦とか言う?』
だって本当に個人戦じゃない。
さすがにクロウに来られたら一撃で落とされるもの。
せめてもう少し、せめてここにいる剣士たちの分だけでもポイントを稼がせて欲しい。
『強欲』
『その状況でなに言ってんの?』
『グレイ』
色々と言いたい放題のみんなに交じって、ちょっとクロウの声が怒ってきたような気がするから諦めて場所を言うと、「反対側か」 という呟きが聞こえた。
えーっと、まかり間違っても近道をしようとして中央広場を抜けるのは止めてよ。
いくらクロウのVITでも、たぶん保たないから。
即死はなくても、どれほども保たないと思う。
とりあえずクロウが来る前に始めるわ。
いいわねトール君、ダッシュで離脱よ。
「え、でも……」
「起動……モルゲンステイン」
なにか言い掛けるトール君の言葉を遮り、わたしは詠唱を始める。
この瞬間、対峙する剣士たちのほとんどが 「え?」 という表情を浮かべた。
ひょっとしてですが、屍鬼を構えたから接近戦に切り替えるとでも思ったのでしょうか、この人たちは。
なに言ってるんでしょうね、この人たちは。
わたしは魔法使いなんだから、攻撃手段は魔法スキルに決まってるじゃない。
「起動……スパイラルウィンド」
もちろん接近されれば、とりあえず最初の一撃は屍鬼で凌ぎます。
そのために刀剣が必要なだけで、そのあとの反撃だって当然魔法スキルに決まってるじゃない。
わたしは魔法使いなんだから。
剣士相手じゃSTRで負けが確定してるのに、誰が好き好んで接近戦を挑むのよ?
そんな怖いことはしません。
「起動……業火。
起動……焔獄」
散開して仕掛けてくるなら、こちらも臨機応変に単体スキルを織り交ぜて対応するまでのこと。
おかげで使用スキルの数は増えるけれど数の優位が向こう側にあることに変わりなく、一人くらいは間隙を縫ってくる。
基本的に剣士は動けるからね。
もちろんその程度は想定内だし、すでに屍鬼は用意済み……と身構えたら、迫る剣士の前面に割って入るトール君。
ちょっとトール君、ダッシュはどうしたの?
どうしてまだここにいるのよっ?
離脱って言ったわよね、わたし!
「聞こえませんでした」
『言うねぇ、トール君』
『お、なかなか』
剣戟を響かせて剣を剣で受けたトール君は、ギリギリと耳障りな音を立てて斬り結びながらも、ちょっとだけわたしを振り返って苦笑いを浮かべる。
それをみんなが褒めるんだけれど、クロエだけは 『満点の解答じゃないけど』 とどこまでも厳しい。
高校生を相手に加減というものを知らないのかしら……とぼやいたら 『知らない』 と返された。
うん、どこまで行ってもクロエはクロエね。
この我が儘美少年!
「スパーク」
とりあえず威力を落としたスパークでトール君を援護する。
相手を思いっ切り弾き飛ばすのではなく、剣を押し戻すのをちょっとお手伝いしただけ。
まだ他にも数人残っているから、その剣士一人にかまってはいられない。
だからその剣士はトール君に任せてわたしは残るプレイヤーの対処にまわるんだけれど、斬り結んだ状態からトール君には押し返せなかったということは、おそらく相手の剣士とはSTR、あるいはVITに差がある。
これだけ魔法を乱発しているにもかかわらず、間隙を縫ってわたしに接近してきたことといい、たぶんトール君よりレベルもステータスも上の相手。
ヤバいと思う
でもトール君がそれを望んだのだから、わたしはわたしの役目を果たすしかない。
さっきも言ったけれど、他にもまだ残っているからね。
これを対処してからでないと、トール君の手伝いをするまでもなくわたしも落ちてしまうから。
でも対処が終わった……つまり残りのプレイヤーを落としたところでトール君を振り返ってみれば、対峙する剣士の背後にはなぜかアキヒトさんが立っていて、たぶん何かの魔法スキルを食らったんだと思う。
わたしが見た時にはすでに視覚効果は消えていたからわからないんだけれど、剣を構えた状態のまま全身からHPを流出させており、ほどなくアバターが電子分解をはじめて一般エリアへと転送されていった。
「クロウさん、間に合ったよ。
二人とも無事」
『すまん、助かった』
わたしがクロウに言われて明かした位置情報は当然他のメンバーにも聞こえていたけれど、そこでわたしが仕掛けたため、そのあとの会話をわたしとトール君に聞く余裕はなかった。
クロウが来る前にって焦っちゃったからね。
だから知らなかったんだけれど、アキヒトさんが自分の方が近いからと救援を名乗り出てくれたらしい。
「といっても俺が助けたのはトール君だけど。
グレイさんは予想通りピンピンしてる」
『そうか』
予想通りって、どういう意味?
なにかこう、引っ掛かる言い方よね。
そもそもこれ、個人戦なのになにかおかしなことになってない?
アキヒトさんが来ることをわたしもトール君も知らなかったんだから、みんなまとめて溶かしちゃえばよかったのに。
「俺、どんな極悪非道?」
『あんたが原因でしょうが。
なに言ってるんだよ、この喪は』
ん? んん?
このあとこのイベントは思わぬ方向へ・・・(たぶん




