497 ギルドマスターは反省文を書かされます
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
今話は切りのいいところまで……ということでちょっと長めになってしまいましたが、サラッと読めると思います。
どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。
誰か止めて!!
もちろん自分で止めに行ければいいんだけれど、止めに行くべきなんだろうけれど、ちょっとビックリしちゃって、呆気にとられたというか、茫然自失?
うん、いや、まぁ自失まではしてないけれど、呆気にとられて立ち上がるのも、声を上げるのも忘れ、突然現われた有坂さんが、都実課長代理の机に置かれていたチョコレートを、次々とゴミ袋に投げ込むのを見ていた。
しかもそれはわたしだけでなく、すでに出勤していた営業部一同、揃いも揃って呆然と見ていたっていうね。
水嶋さんまでが……
世界はとてつもなく広くて、それこそ色んな人がいるけれど……そう考えれば有坂さんの個性なんて全然可愛いものなのかもしれない。
この行動だって、まだ許容範囲内と言えなくもないかもしれない。
個人的には許容出来ないけど。
「……なにをしてるんだ」
そんな中で口を開いたのは、都実課長代理本人。
たぶん取り立てて大きな声を出したりはしていないと思うけれど、部署内が静まりかえっているため、課長代理のいい声がいつもより大きく聞こえる。
でも有坂さんはそんな状況に臆することなく平然と答える。
「なにって、片付けてるんです。
だって都実さん、いらないでしょ?」
単純明快
いやいやいや、明快ではあるけれど単純ではないわよね。
有坂さんはいともあっさりと返していたけれど、だってそのチョコレートを受け取ったのは都実課長代理で、要るも要らないも課長代理が決めるはず。
それを有坂さんが、まるで課長代理の話なんて聞かなくてもわかっているとばかりに、チョコレートの箱を鷲掴みにして、少し乱暴に次々とゴミ袋の中に放り込んでいく。
すぐ隣の席にいる国分先輩が、ひっそりと椅子を移動させてすぐそばまで来ると、こっそりとわたしの耳元で囁く。
「まるで嫉妬だね」
え? わたしがっ?
「いや、安積じゃなくて、あの子ね。
総務の子じゃなかったっけ?」
「はい、有坂さんです」
「あとで仙川ちゃんに話を聞いてみるとして、課長代理はあれ、どうするつもりだろ?」
「さぁ……」
わたしと国分先輩がこっそりと話しているあいだにも、有坂さんは全てのチョコレートを片付けるという名目でゴミ袋に放り込んだと思ったら床に置き、その口をきつく縛る。
ビニール袋だし、破けば口を開かなくても中身を取り出せるけれど、あんな乱雑に扱って……なんて奴!
「なんて奴だよ」
心の声が漏れたかと焦るようなタイミングで、国分先輩と背中合わせに座る会川さんの呟きが聞こえてくる。
もちろんわたしたちに話し掛けたのではなく、隣の席にすわる同じ営業さんとヒソヒソ話している。
それぞれがなにを話しているかまではわからないまでも、部署内のあちらこちらでヒソヒソと囁かれている声に課長代理も気づいていて、小さく息を一つ、吐いてから有坂さんに話し掛ける。
「それを置いて、自分の部署に戻りなさい。
そろそろ始業時間だ」
思わずみんなの視線が時計に向く。
腕時計や携帯電話、部署内の壁に掛けられている時計の他に、すでに起動しているPCの時計など、向いた先はそれぞれだったけれど、一斉に目や顔が動いて時間を確認する。
わたしたち内勤の事務はともかく、打ち合わせが入っている営業さんたちは、そろそろ出掛ける支度をしないと遅れてしまうかもしれない。
でもこの状況で出掛けるのも勇気が要るというか、後ろ髪を引かれるというか。
きっと気になって打ち合わせどころじゃないと思う。
まさか動画を撮って生配信なんてわけにもいかないし。
音声だけの実況中継なんてしたら、気もそぞろで打ち合わせどころじゃないでしょうね。
実際、このあとの有坂さんは益々威力を増す超大型台風となる。
「安心してください、これはわたしが責任を持って捨てておきますから」
「なにを言ってるんだ」
「置いたもん勝ちみたいに我先に……こういうのを浅ましいっていうんですよね。
ひとの彼氏に手ぇ出すなっての」
えっと……いつの間に都実課長代理が有坂さんの彼氏になったのでしょうか?
実はわたしが知らなかっただけで、あの階段での出来事以後に二人のあいだでなにかあったとか?
それこそあの派手派手な勝負パ○ツに課長代理がノックアウトされ、付き合うことになったとか?
わたしとしては未だもって赤以外の勝負パ○ツは受け入れがたく、紫なんて以ての外。
今日の有坂さんのパ○ツの色はもちろん、自分のパ○ツの色も覚えていないわたしが言うのもなんですが……あ、思い出した。
お気に入りの……ゲフゲフ……なんでもありません。
今のはなかったことで
でも有坂さんの 「ひとの彼氏」 発言はなかったことにはならなくて、どんどん話が進むというか、勝手に話し続けるというか。
「ちょっとイケメンと見ると目の色変えて、キモい。
ね、都実さんもそう思いますよね?」
「なにを言ってるのかさっぱりわからないんだが」
都実課長代理は現実でも表情の変化に乏しくて、感情はもちろん、なにを考えているのかもよくわからないんだけれど……だからむっつりスケベなんていわれるのかしら?
でも今は、これまた珍しいくらいわかりやすく困惑していた。
うん、普通に困惑するわよね、この状況は。
わたしもさっぱりわからないもの。
「キモいのはお前だろ?」
またしても国分先輩がわたしの耳元で囁く。
するとすぐうしろからも会川さんの声が聞こえる。
「目の色変えてるのもお前だろ?」
つまりお二人は、有坂さん自身が、自分で言っている 「ちょっとイケメンと見ると目の色変えて、キモい」 人だと言いたいわけね。
わたしも同意見です。
ということは、都実課長代理と有坂さんは、付き合ってはいないということでいいのかしら?
「あの人の趣味はあんなのじゃない」
それこそ課長代理の趣味をよく理解しているといわんばかりの会川さんに、他の営業さんたちまでが激しく頷くのはなぜ?
例えば昨日の、反省会という名の飲み会で何か話したとか?
「話すか、ボケ」
ヤバい
心の声がダダ漏れになっていたらしく、会川さんにダメ出しどころかボケ呼ばわりされてしまった。
「ボケはないと思います」
「大ボケだろうが」
「どこがですか???」
会川さんがなにを言っているのか本当にわからないのですが、課長代理も有坂さんの言うことがわからず困惑を深めている様子。
「なにって、イケメンに群がる浅ましい女の心理?
人の彼氏に手ぇ出そうとする泥棒猫の心理とか?」
「まったくわからない」
「都実さんは男の人だから、わからなくても無理ありませんけどねぇ」
そういって持っていたゴミ袋を乱暴に入り口の方に放り投げると、その手で課長代理の袖にすがりつく。
「でもぉ、モテる彼氏を持った彼女の気持ちは理解してください!」
「他人の彼女に興味はない」
うん、人の彼女に興味を持つのはヤバいと思います。
思うんですが、そもそも誰が誰の彼女なのでしょうか?
もうそこがわからなくなってきたので、とりあえず国分先輩と会川さんに訊いてみる。
「安積はそういうところな」
「大洗じゃあるまいし、あの人にそんな悪趣味はない」
大洗さんって、確かシステム管理部の人よね。
そういえば会川さんたちと同期の人だっけ。
わたしもたまにPCトラブルでお世話になるけれど、システム管理部って、連絡したその時々で担当する人が違うからあまりよく知らない。
わたしと同期の若竹さんという凄く可愛い女の子がいて、偶然かどうかはわからないけれど、結構彼女が担当してくれることが多いしね。
「だからこれ、受け取ってください」
有坂さんのいう 「だから」 がどこから続く 「だから」 なのかといえば、課長代理の返事に対する返事とでもいうべきか。
まだ彼女じゃないけれどチョコレートを渡して彼女になりますというか、渡したら彼女になりますというか……ニュアンスが微妙すぎて上手く説明出来ないんだけれど、つまり課長代理の彼女気取りはフライングで、でもカップルになることは間違いなく決まっているから問題ないってこと?
しかもその根拠がさらによくわからないっていうね。
「都実さん、いま気になる相手がいるんでしょ?
それってわたしのことですよね」
………………
うん、前にそんなことを言っていたのは知っている。
ついこの間も、取引先の……辻井さんだったかしら?
そんな名前の押しかけ事務員さんともそんなことを話していたから覚えているけれど、あの時は、そういって都実課長代理の方がチョコレートの受け取りを拒否したというか、断ったのよね。
今日はそのことを理由に、有坂さんが課長代理にチョコレートの受け取りを迫っている。
これはひょっとして、課長代理の匂わせ発言が招いた自業自得ってやつ?
「それを安積がいうな」
「さすがに課長代理が可哀相になってくる」
なぜか先輩二人に突っ込まれた。
あとで仙川さんに聞いた話によると、なぜか有坂さんが課長代理の 「気になる女性がいる」 発言を耳にしたのがつい最近だという。
実際は一ヶ月以上も前のことなのに、都実課長代理を狙う女性社員としてはかなり鈍いというか、情報に疎いというか。
しかもなんの偶然か、それが例のパ○ツ全開の日以降だったみたいで、彼女は課長代理に自分のことを上手く印象づけられたと思ったらしい。
で、さっきの発言やこの行動の自信につながるということらしい。
………………
ごめんなさい、わたしには全然理解出来ません。
ちょっと頭を抱えたくなるわたしに、二人の先輩も同意してくれる。
「わたしも全然理解出来ない」
「同じ女のお前らに理解出来ないのに、男の俺に理解出来るか。
ってか、女の思い込みって怖ぇ」
「安心しなさい、男にもサイコ思考はいるから」
ああ、先輩の元か…………ゲフゲフ……なんでもありません。
危うく口が滑るところだった。
とりあえず都実課長代理の返事は、きっぱりはっきり 「違う」 なんだけどね。
もちろん有坂さんは納得しなかったんだけど、すぐにそんなことなど言っていられなくなる。
この時点では騒ぎというほどにはなっていなかったけれど、課長代理の出勤を待ってチョコレートを渡そうとしていた女性社員たちがこの一部始終を見ていて、すぐさま話が社内を駆け巡った……と思ったら、机にチョコレートを置いていた女性社員たちが有坂さんから自分のチョコレートを取り戻すべく三々五々に押しかけてきて、結局ちょっとした騒ぎになってしまったから。
しかもそれが人事の耳に入ってしまい、騒ぎを起こした女性社員たちは、有坂さんを含めてみんな人事部にお呼び出し。
なんのことはない。
人事部の女性社員がその中に入っていれば、そりゃ人事の耳に入るのも早いわよね。
事の発端は始業前とはいえ、結果的に就業時間に食い込んでしまったこともあって全員お説教の上、始末書の刑に処せられたらしい。
社内の風紀を乱す行いは自重するように……だそうです。
さすがに都実課長代理にお咎めはなかったんだけれど、人事部から佐久間課長が遊びに来ていたというか、様子を見に来ていたというか、事後報告に来ていたというか。
「大変ねぇ、社内一のモテイケメンも。
いい加減諦めて、彼女の一人も作ったらどうよ、都実君」
誰か紹介しようか? などと楽しそうに迫る佐久間課長は、実は水嶋さんと同期入社の既婚女性。
次期人事部長の噂もあるほどお仕事の出来る人で、その上美人。
わたしのちょっとした憧れの人でもある。
その佐久間課長のからかいに、都実課長代理は仕事の手を止めることもなければ見向きもせず、いつもの無表情に近いまま。
でも返事はするらしい。
「お手数をお掛けしました。
いま口説いている最中です」
「お? いい傾向じゃない。
どんな手応え?」
「近く、成果をご報告出来ると思います」
「それは楽しみ。
ああそっか、気になる女の子がいるんだっけ?」
ここで絶対に自分と勘違いしないのが佐久間課長。
なぜならば既婚者の彼女には二、三歳歳下の旦那様がいるから。
左手の薬指には結婚指輪が燦然と輝いている……ように、わたしには見える。
偶然二人の近くを通りかかった国分先輩が 「課長は、あと十年若ければ自分が~とか言わないんですね」 とからかうようなことを言えば、大口を開けて笑いだす始末。
「言わない、言わない。
十年前なんてとっくに旦那がいるもの」
水嶋さんの同期ということはアラフィフだから、十年前は30代後半で、すでに結婚していたらしい。
わたしと同じように脳内でサラッと計算した国分先輩が、さらには 「だったらあと二十年とか」 といえば、やっぱり課長は大口を開けて笑う。
「国分さん、二十年前って都実君、何歳よ?
無理無理ぃ~」
いま30歳前の都実課長代理は、二十年前といえば10歳そこそこ。
確かに難しいものがありますね。
しかものろける佐久間課長の話によれば、当時20代後半の課長は、すでに今の旦那様と出会っていたそうです。
だから絶対に他の男性は考えられないそうです。
ご馳走様
「とりあえず今回君はお咎めなしだけど、部長からの伝言は、そろそろ身を固める方向で考えなさい……という余計なお世話。
なるべく早く朗報を持ってきてくれると助かるわぁ~」
そんなことを言い残し、ヒールの踵を高らかに鳴らしながら自分の仕事へと戻っていった。
これでゴミ袋騒動は一応終結。
台風は去ったかのように見えますが、去ったあともにいろいろとあるのが台風です。
佐久間課長によってさりげなく藍月にも圧が掛かったはずなのですが、そこは気づかずスルースキルを発動。
でもあの方がへそを曲げてしまって・・・ゴニョゴニョ・・・(汗