493 ギルドマスターは飲み会で遅刻します
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information ノギ からメッセージが届いています
この日、昼間に行なわれた定期メンテナンスでアイテムを贈りあう人気投票は終了。
結果はもう一つのヴァレンタインイベント開催と同時に発表される。
それと同時に各プレイヤーのイベント専用ポストやインベントリからアイテムも回収されるんだけど、元々手渡ししなければ誰から贈られたかはわからない仕組み。
数はわかるけどね。
だからノギさんからアイテムが届いていたかどうかはわからないけれど、夜になって、いつもと同じような時間にログインしてみると、そのノギさんからメッセージが届いていた。
開いてみたウィンドウにはポツリと一言。
『Good luck』
もっとこう色々と書いてあるのかと思ったら、ウィンドウの真ん中にたったこれだけ。
ノギさんらしいといえばノギさんらしい気もする。
そして爽やかなイケメン度が益々急上昇するっていうね。
どんだけ男前よ
ほんと、やってくれるわよね、ノギさんってば。
これを他の人がやるとただの気障なんだけど、ノギさんがやると似合っているというか、気障にならない不思議な現象が起こる。
「アールグレイ、ログインしました」
『こんー』
『グレイさん、こん』
『こんばんわ』
いつものようにログインの挨拶をすると、可愛いキツネさんたちがコンコンと挨拶を返してくれる。
もちろん中には野太いおっさん声も混じってるんだけど、久々に聞く声も混じっていた。
『グレイさん、久しぶり』
「久しぶりね、クロエ。
お仕事、忙しかったの?」
『仕事じゃなくて研修。
店が終わったあとでするから、帰りが遅くてログイン出来なかった』
うん、連絡はもらっていたけれど、余裕があればのぞくかも……とメッセージに書いてあったから来るかな? と思っていたんだけど、わたしが想像する以上に大変だったみたい。
お仕事が終わってから研修ってことは残業扱いよね。
『当然。
残業代出さないなら、とっくに今の店辞めてる』
うんうん、残業代の請求は労働者の権利です。
雇用者に支払いの義務があります。
そこはしっかり者のクロエらしい発言です。
『僕ら技術職だし。
技術の維持と向上に時間とお金掛けてるんだから。
技術取得だって、お金と時間かかってるしね』
そうなの?
『国家資格だから』
ん? ここにも国家資格所持者?
え? クロエもお医者さんなの?
ひょっとして女友達が多いっていうのは看護師さん?
『美容師だよ。
そのへんの脳筋と一緒にしないでくれる?』
『ちょっと待てや、そこの美少年』
『んだごぅらぁ~、喧嘩売ってるかー』
んーっと、何が嫌なのかちょっとわからないんだけど、ご指名を受けた二人もうるさいです。
もちろんお医者様も凄いけど、美容師だって凄いわよね。
確か資格のない人が他人の髪を切ったら、下手をすると傷害罪になるんだっけ。
『そうだね。
僕らも、資格があればやたら滅多に切り刻んでもいいわけじゃないけど』
なんて恐ろしいことを、楽しそうに笑いながら言うのよっ?
そりゃ資格があっても、当事者の許可がないと傷害が成立するのかもしれない。
クロエには 『詳しく聞く?』 と訊かれたけれど、時間がもったいないので遠慮します。
だって今さら聞いても仕方がないじゃない、美容師になりたいわけじゃないし。
トール君たち学生組なら、将来の進路を決める参考になるでしょうけれど、わたしはとっくに成人し、事務として働く社会人です。
でもクロエに女友達が多い理由はわかったような気がする。
『同僚の半分くらいが女の人だから。
うちの店は男女OKだけど、やっぱり女性客のほうが多いかな?
僕が担当するお客さんは半々くらいだけど』
クロエが女の子にもてるのはわかるけれど、男性客が半分くらいいるっていうのはちょっとビックリかも。
でもこの時期、たぶん一杯チョコレートももらってるんでしょうね……と思ったら、クロエが勤めるお店は、それがどんな物であったとしてもお客様からもらってはいけないんだって。
今の時期は、わざわざ店内の壁にチョコレートは受け取れないって張り紙までしてあるって。
結構厳格なお店なのね。
『トラブルの元だから。
印象悪くなるし、うちの店だけじゃなくて全店で禁止。
社長が決めたらしいよ』
でも従業員同士ではOKだから、すでに幾つかもらっているらしい。
さすが美少年。
『そういうグレイさんは……そういえばクロウさん、まだ来てないんだっけ?』
「うん、今日は飲み会」
昨日延期になった営業会議の打ち上げというか、憂さ晴らしというか。
今回は他の課も参加するらしいから、課長代理としては顔だけを出すってわけにもいかないらしい。
それで今日のログインは難しいかも……ってことなんだけれど、そういう時はかならずといっていいほどカニやんが、ギルドルームでわたしのログインを待ち構えているのはなぜ?
「別に俺でなくてもいいけど……希望があれば言ってくれれば」
『次は俺が行こうか?』
『俺でもいいぞ』
そのムッキムキの筋肉に挟まれて歩くのはちょっと。
なのでカニやんでいいです……と言ったらいつものようににひっと笑われる。
「そりゃどうも」
とりあえずギルドルームを出て、みんながいる 【ナゴヤジョー】 に向かって歩いていたんだけれど、前を歩いていたルゥが叩き潰そうとしたGをタマちゃんに横取りされ、なぜかわたしに泣きついてくる。
安全地帯である 【ナゴヤドーム】 から 【ナゴヤジョー】 までの道のりが、一番Gの出現率が高いところなんだけれど、いつもながらうっかりしていました。
でもねぇルゥ、【幻獣】 のほうが 【妖獣】 のタマちゃんよりずっと強いんだけど、どうして横取りされるのかしら?
しかもそのくらいで泣かないの。
わたしとしてはルゥの可愛い肉球で、よりによってGを潰さずにすんだことは幸いなんだけど、ルゥはよっぽど悔しかったらしくきゅーきゅーと鳴きながら足にまとわりつくから、蹴躓く前にもっふりと抱き上げておく。
もう!
一方のカニやんは、ルゥからGを横取りし得意気なタマちゃんを抱え上げ……うん、ここまではいいんだけど、どうしてタマちゃんを抱っこしてわざわざ肉球の臭いを嗅ぐの?
それもたった今、Gを潰したばかりの肉球を。
「どうせ臭いなんてしないんだから、いいだろうが!」
そ、そりゃいいけど、いいけど……まぁそれがカニやんなりの、タマちゃんの称え方だと思っておく。
称えるっていうのもなにか違うと思うんだけど。
「俺のタマだ」
「だからその言い方をしないでってば!」
もう、カニやんったら!
その、なんていうのっ?
ちょっと誤解を招くというか、語弊があるというか。
『だから言ったんすよね。
タマは三毛猫の名前だって』
JBのそれも違うと思うけど。
っていうか、JBはまだそこにこだわってるのね。
どうあってもJBは、タマという名前は三毛猫にしか許したくないのね。
『そりゃそうっすよ』
『カニやんのペットだし、好きにすればいいだろ。
それよりパーティはどう組む?』
恭平さんに小突かれるか何かしたらしいJBの声が、脇から 『いて!』 と聞こえてくるけれど、誰もそこは気にせずパーティ編成の話になる。
『僕久々だし、グレイさんと組もうかな』
久々だからわたしと組みたいというクロエの言い分は理解出来ないけれど、そこは我が儘な美少年。
まぁせっかくのご指名なのでわたしはOKです。
『後衛二人だから、あと前衛三人?』
もう一人後衛が入ってもいいけど、カニやん来る?
「グレイさんのところに後衛三人入ったら、他が前衛パーティになるから」
あ、そうか。
じゃあカニやんは別のパーティで……ここまではいい。
前衛に脳筋コンビが立候補してくれたのもいいんだけど、インカムの向こうでなにか不穏な空気が流れているような……どうかした?
『昨日グレイさんのパーティ、シャチ金潜っていた時に悲鳴が聞こえたような……』
どうやら五人目に恭平さんが推薦されたみたいなんだけど、その恭平さんが渋る理由が昨日の騒ぎというか、地獄というか。
うん、あれね。
ルゥが巨大シャチをバックリと咥えてびったんびったんと振り回し、飛んできた巨大シャチにわたしとカニやんが殺されそうになって、クロウが珍しく疲労困憊したあの騒ぎ。
でも怖い物知らずのNPCは疲れ知らずでもあり、あれだけシャチ金で大暴れしたあともルゥは元気モリモリで、ダンジョンを出たあとはいつものように楽しくフンフンフンフン……とわたしの周りを探索。
あんなに小っちゃくて可愛らしい牙で、あんな巨大なシャチをガッツリ噛み砕……きはしなかったけれど、ガッツリ咥えてブンブン振り回しちゃって、牙もそうだけど、顎も丈夫よね。
その顎も疲れ知らずらしく、フンフンと探索するルゥに気づかず蹴り飛ばしてしまった……と言ってもちょっと踵が当たった程度なんだけれど、ルゥは勝手にお邪魔認定していつものようにバックリ。
足を噛まれたというか、食われたプレイヤーの悲鳴が響き渡り、うっかりルゥから目を離していたわたしは慌てて回収に走りました。
で、今もルゥを散歩させているというか、外に出していることを、さっきのカニやんとわたしの会話から気づいた恭平さんは、昨日の惨事が繰り返されるんじゃないかと警戒してメンバー入りを渋っている……ということらしい。
大丈夫です、もう二度とルゥはシャチ金には連れて行かないから。
ちょうど今、ルゥを抱っこという名目で確保しているし、このまま格納しちゃうわ。
ルゥもなにかを察したらしく、さっきから下りたそうにそわそわしているし。
このまま下ろしたら、きっと格納されるのを嫌って逃げ回られると思うから。
『グレイさんには悪いけど、ワンコ連れじゃないなら』
全然悪くないわよ。
まぁ昨日の夜はメンバーが三人しかいなかったっていうのもあるけれど、あのクロウですら大変だったんだもの。
他のメンバーに嫌がられるのも理解出来ます。
わたし自身、まさかあんな乱暴な戦い方をするとは思わなかったし、慎重派の恭平さんが用心するのもわかるしね。
というわけでわたしとクロエ、それに脳筋コンビと恭平さんでパーティを組みシャチ金に潜ることになったんだけど、攻略で忙しい中、不意にクロエがとんでもないことを言い出した。
「そういえばグレイさん、練習の成果はあった?」
えーっと……唐突になに?
ちなみに返事は 「ありません」 だけど?
「さっきヴァレンタインの話が出た時に思い出したんだよ。
丁度クロウさんもいないし、いいじゃない」
え? 待って、クロウがいないほうが都合がいいって……どんな話をしようとしているのよ、クロエは。
「もちろんグレイさんの応援」
いよいよ金曜日を前に、クロウの不在を狙ったクロエはなにを企むのか?