487 ギルドマスターは来客に失礼をします
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
「都実課長代理、受付に○×社の辻井さんがいらっしゃっているそうです」
もうすぐアイテムを使った人気投票の投票期間が終わり、もう一つのイベントまであと少し……に迫っても、平日のお昼間はお仕事です。
普通にお仕事をしています。
わたしも、クロウこと都実課長代理も会社員です。
だから朝から会社に出勤し、自分の席でお仕事をしていた。
作業の合間に内線電話の呼び出し音が鳴ったのは、もうすぐお昼休みという時間。
都実課長代理に来客があるという連絡だった。
来客の予定は聞いていなかったけれど、課長代理の予定を全て把握しているわけではないから特に気にもしなかったんだけど、課長代理のほうが微妙な反応を見せる。
なにかしら?
わたしは受話器を手に持ったままぼんやりと課長代理を見るんだけど、なかなか返事がない。
これじゃあご自分で受付に行くのか、代わりに行ったほうがいいのかわからなくて困る。
「あの、課長代理?」
「……ああ、用件を訊いてくれ」
「はい?」
なんだか意外な対応のような気がした。
でもそう言われれば言われるままにするしかないわけで、受付嬢の可愛い声を聞く。
『書類のお届けだそうです』
言われたままを課長代理に伝えると、いま、手が離せないから代わりに受け取ってきて欲しいとのこと。
あのですね、わたしも大絶賛忙しいのですが……
行きます
この時課長代理がご自分で受け取りに行かなかったのには理由があったんだけど……そ、確かに忙しいのは忙しいんだけど、有り体に言えばこの辻井さんという人と会いたくなかったらしい。
そんな事情を知らないわたしは急いで切りのいいところまで入力を終え、保存して席を立ってみれば受付で待っていたのは女性だった。
「お待たせしました。
都実はいま手が離せないので、代わりにわたしが……」
「あー……事務の人?
そっかぁ、事務の人じゃちょっとねぇ」
年齢はわたしより少し上くらい。
たぶん国分先輩と似たような感じだと思う。
特に背も高くなければ低くもないいわゆる中肉中背で、グレイっぽいパンツスーツを着ていた。
黒い鞄を肩から提げていかにもキャリアウーマンぽく決めている感じだけど、長く伸ばした髪を下ろしたままで、何か気になるのか、ずっと手で触っている。
しかも印象第一の営業にしては化粧が濃く、シャドーにはラメが入っていてキラッキラ。
口紅の色も濃いローズピンクで、やっぱりラメ入りのグロスでツヤッツヤのテリッテリ。
たぶん辻井さん本人としてはビジネスコーデで決めているつもりなんだろうけれど、顔だけが残念な仕上がりになっている。
もちろん似合う人は似合うんだけど、どうも辻井さんはちょっと違うみたい。
こう……違和感のようなものが……
そんなことは口どころか顔にも出さないけれど、愛想笑いを浮かべて対応し続けるには限界がある。
だから課長代理に直接手渡したいと言われてすぐ、それこそ限界まで粘る必要なんてないもの。
すぐに課長代理に丸投げすることを決め、受付で内線を借りて課長代理に繋いでもらったら不機嫌そうな声で 『仕方がない』 といわれた。
あとで怒られそうな気もしつつ、受付で 【来客入社証】 を借りて辻井さんを案内するんだけど、エレベーターに乗り込んだ早々に話し掛けられる。
「あなた、事務よね?」
「そうですが?」
「わたし、吉井の営業アシスタントをしている辻井といいます」
「安積です」
挨拶を返しつつ差し出される名刺を受け取ってみれば……これって、お手製?
会社で支給されるようなありふれた白い名刺ではなく、裏も表も全面がピンクを基調とした花柄で、少し小さめの華奢な活字が横書きで印刷されている。
紙を横置きにしているのは珍しくないけれど、ピンクの花柄って、ビジネス用の名刺としてはどうなんだろう?
しかも会社の電話番号の他にもう一つ携帯電話番号が印刷されているんだけど、わざわざ括弧書きで (個人) と但し書きしているってことは、社用携帯電話の番号じゃないってことよね。
そもそもこの名刺自体、会社から支給されているものじゃないと思う。
これはひょっとして、ダメなやつでは……
でも辻井さんが続けて話すには、現在うちの社を担当している吉井さんはあと数年で定年を迎え、後任には辻井さんが就く予定ということで無下な態度も取れなくて、結局愛想笑いを浮かべたまま彼女の一方的な質問に答えさせられる羽目になった。
「都実さんって、結婚してないって聞いてるけど」
「そうですね、わたしもそう聞いています」
「彼女もいないんでしょ」
「そのようですね」
「でも事務じゃ、相手にしてもらえないでしょ?」
「仰る意味がわかりません」
「え? やだ、ごめん。
気を悪くさせるつもりはなかったんだけど、ごめんねぇ」
……これはなんの質問?
探りを入れているようで牽制されているようで、さらにはマウンティングもされているような気がする。
「わたしね、吉井の定年までまだ時間はあるんだけど、やっぱり準備は早いほうがいいと思って頑張ってるんだ。
それに吉井って、あんまり頭よくないんだよね。
営業にも向いてないっていうか。
普段から都実さんの提案に間抜けな返事ばっかりしちゃって、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい。
だったら定年なんて待ってないで、さっさと交代しちゃったほうが会社のためにもなるじゃない。
なのに上司が首を縦に振らないのよね。
だったらわからせるしかないじゃない。
都実さんともっと親しくなって、それこそ都実さんのほうから担当を代えて欲しいって会社に言ってもらおうと思って。
そうしたら会社も断れないだろうし。
そのためにも、都実さんにはもっとわたしのことを知って欲しいんだよね。
わたしも都実さんの個人的なこととか、もっと知りたいし」
それで近くに来たついでに寄りましたって……書類を届けに来たんじゃないの?
ただ都実課長代理とお話ししたくて来ただけってこと?
都実課長代理もそうだけど、わたしだって暇じゃないのよ。
今日は午後から営業会議があって、その資料用のデータ整理に忙しいの。
昨日の終業間際になって、部長が余計なことを言い出したから一部資料が変更になったのよ。
おかげで昨日は残業。
今日もルーティンワークを後回しにして、全身全霊を傾けて入力作業をしている真っ最中なの。
幸いにしてわたしたち事務は会議に出席しないから、そのあいだに本来の業務を片付ける予定です。
もちろんそんなこと社外の人には関係ないけど、関係ないからって邪魔していい理由にはならないんだからね。
なんなの、この人?
絶対にアウトな人よねっ?
そのアウトな人と狭いエレベータ内に二人きりとか、これはどんな拷問よ。
さっき受付で限界まで愛想笑いを使わなくてよかったと、この時は心底自分の判断を褒めた。
褒めちぎったわよ
だってこんな話、取引先の前で言っちゃダメなやつでしょ?
いくらわたしが直接関わらない事務でも、わたしの口から課長代理の耳に入ったらどうするつもり?
課長代理の口から吉井さんの耳に入ったら、まずい立場に立たされるのは辻井さんなんだけど?
この人、そのへんをわかっていてこんなにぺらぺら喋ってるわけ?
しかもここ、その取引先の社内よ。
わたしが喋らなくても、どこで誰が聞いているともしれないのによくもまぁぺらぺらと。
おまけになんなの、この自分語り。
さっきも言ったけれど、今のわたしの興味は資料作り一筋。
脇見もよそ見もしません。
辻井さんの話なんてどうでもいいんです。
しかもこの人、さりげなく課長代理を狙ってますアピールしてない?
面倒臭い人
残りわずかな愛想笑いを続けるわたしに、辻井さんは不意にわたしの手を握ってきたと思ったら 「それでね!」 と意気込んでくる。
「アタカさんも協力してくれない?」
…………えっと、アタカさんって誰?
わたしは安積です。
それともわたしってそんなに発音が悪いのかしら?
今までにそんな指摘を受けたことなんて一度もないけど、実は発音が悪いの?
しかも間違いに気づいていない辻井さんは、どんどん勝手に話を進めていくし。
「もし知ってたら都実さん個人の携帯電話番号とか、教えて欲しいの」
知ってるけど、個人情報なので教えません。
なんだったらメルアドもLI○Eも知ってるけど、課長代理の許可もなしに教えられません。
「あと住所とか、誕生日も知りたい。
一人暮らしかどうかも」
住所も誕生日も知ってるし、一人暮らしってことも知っています。
でも絶対に教えません。
「知らないなら聞き出してくれない?
事務でもそのくらいのことは出来るでしょ?」
さっきから事務事務ってディスるのはやめてくれない?
そもそもこの人、営業アシスタントって……会社によって職種の言い方は違うし、その職務内容も違うけど、営業アシスタントって事務よね。
営業事務の言い換えよね。
うちの事務は完全に内勤だけど、会社によってはアシスタントも営業に同行することもあるのかもしれない。
でも事務よね
「あなたも事務職ですよね」
そう言いたくなるのを堪えるのに苦労した。
だって狭いエレベーターの中じゃ逃げ場もないし、この人グイグイ来るし。
しかも担当営業と取って代わろうっていう、下克上発言まで堂々としちゃうほどの自信家よ。
下手なことをいうと逆上しそうで怖い。
「どんなに訊いても教えてくれなくて困ってるの。
ね? 助けると思って聞き出してよ。
それとも事務の子じゃ、都実さんと雑談なんて無理?」
まだディスるんですね。
本当に 「あなたも事務ですよね」 って言ってやりたい。
「あの、辻井さん、落ち着いて下さい」
とりあえずそれで誤魔化して、エレベーターの扉が開くと同時に飛び出した。
ちょっとふてくれされた様子の辻井さんが、わざとらしいぐらいのんびりとエレベーターから下りてくるのを、扉が閉まらないようボタンを押して待ち、部署へと案内する。
「辻井さん」
「都実さん、こんにちは」
席を立って出迎える都実課長代理の姿を見た瞬間、エレベーターを降りる時から見せていた不機嫌を一瞬で吹っ飛ばした彼女は足取り軽く課長代理に近づくと、さっきよりも高いトーンで挨拶をしつつ軽く手を挙げる。
そしてその手で課長代理の袖に触れるというか、袖に手を掛けるというか。
さりげなく払われると、諦めるどころか……普通ならここで諦めるわよね。
でも辻井さんはここが会社で、しかも取引先の社内だってことをわかっているのかいないのか。
しかも周りには、わたしの他に国分先輩をはじめとする事務はもちろん、午前の用事を終えて早々と戻っている営業たちが数人。
そんな面々の目を気にすることもなく課長代理の腕にすがりつく。
「今日もイケメンですね!」
「……前にも言いましたが、こういうことはやめて下さい」
「照れ屋なんだから」
いやいやいや、それはセクハラだから。
紛れもないセクハラですよ、辻井さん!
しかも都実課長代理、今なんて言いました?
前にも言いました……って、前にもあったの?
二人は前からそういう関係なんですか? ……って訊きたいけど訊けないどころか、自分の席に戻るタイミングを逃してしまった。
それでもこのタイミングでそそくさと自分の席に戻っていればよかったのに、一瞬遅れてしまい、先に辻井さんが口を開く。
「あなた、まだそこにいたの?」
それこそもう用は済んだからさっさと消えろといわんばかり。
うん、まぁ消えろといわれれば消えるし、そう言われるほうがましだったかもしれない。
でも彼女は、よりによってわたしの、不可抗力によるちょっとしたミスを課長代理にチクった。
「聞いて、都実さん。
この人、事務のくせにお客様のわたしより先にエレベーターから降りたのよ!
ありえないくらい常識知らずなんだから」
総務の有坂に続き、第二の刺客登場!
(↑誤 正:来客)
ヴァレンタインの前だけに女同士の戦いが熱く続きます。
もちろんグレイ(藍月)の試練も続きますw