478 ギルドマスターはチョコレートを買えました
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と、とりあえず潰されずに済みました。
済みましたが、髪とかボサボサになりました。
引っ張られたりとかはなかったんだけど、散々もみくちゃにされて、今までのわたしの人生で158㎝という身長を一番恨んだ瞬間だったかもしれない。
そのぐらいもみくちゃにされ、圧で押し潰された。
でもその甲斐あって……とは言わないか。
ま、まぁとにかく目的のチョコレートはなんとか買えました。
包装の種類は白い包装紙にピンクのリボンが掛かっている物の他に、緑色の包装紙に赤いリボンというクリスマスカラーに、赤い包装紙にピンクのリボンといういかにもヴァレンタインらしい物の三種類。
ただ、購入するまで気づかなかったんだけど、受け取ったチョコはインベントリから除外され枠も一つしか使用されないけれど、これから贈るために購入したチョコについては除外品ではなく枠も通常通り上限付き。
つまり一度に購入出来る数が限られていた。
面倒くさ!
インベントリの空きは個人で違うけれど、レベル上げに集中しようと思ったらどうしてもポーションが必要になるからそれほど余裕がない。
特にわたしたち魔法使いは。
HPと違い、MPはほぼポーションで回復するしかないからね。
だとするとこれはやっぱりお返しが欲しい人は早めに贈らないと、みんながレベリングに集中しだしたら、インベントリに余裕がなくなるから返ってこない可能性が高くなる。
まぁこのゲームは剣士の人口が一番多いけど。
「いや、そういう趣旨のイベントじゃないから」
カニやんの言いたいこともわかるけれど、でも結局はそういうことだと思う。
それに一方的に送りつけるとしても、さっさと送ってしまった方がインベントリを空けられるし……ということにして、早速渡します!
頑張れ、わたし!!
…………いや、待って。
待って、わたし。
だってここで渡すの?
ここ、普通にNPC薬局の中で、三人の他にも全然知らないプレイヤーとかいるのに、ここで渡すの?
え? だってそれは違うんじゃない?
じゃ、じゃあどこで渡す?
……………………考えてなかった
もうね、穴があったら入りたい。
いっそ地球の裏側まで貫通する穴を掘って、一瞬で向こう側に抜けてそのまま宇宙の果てまで飛んでいきたい。
ボイジャー1号を追って、果てしない宇宙の旅に出たくなってきた。
「なに言ってるんだか」
そう言ってカニやんが、手櫛で直した頭の上にチョコを乗せると、柴さん、ムーさんがその上にチョコを乗せてくる。
「詩人ぶって現実逃避か?」
「逃げたってどこまでも追って来るぞ、旦那は」
うん、知ってる。
ストーカーだもん。
「んじゃ、諦めな」
諦めるって何を?
あ、逃走?
「大丈夫だって。
旦那がこだわってるのはあくまでも現実なんだし」
「仮想現実の中までうるさく言わんだろう」
というか、さっきからクロウ自身は全然なにも言ってないんだけどね。
うん、よし!
腹を括ります!!
…………と決心したはずなのに、自分のインベントリから買ったばかりのチョコを取り出すところで体が固まってしまった。
が、頑張って渡そうとするんだけど……とりあえずお店を出ます。
うん、そうしよう。
カニやんたちには 「どこまで逃げるつもり?」 とか 「いつまでも逃げられると思ってるのか?」 なんてニヤニヤ笑われたけれど、さすがにお店の中はちょっと。
いいわよ、別にカニやんたちはついて来なくても。
むしろついて来ないで! ……といったのに、少し離れているとはいえついてくるのはなぜ?
クロウの手を引っ張ってお店を出たら、そのうしろからちゃっかり三人ともついてきている。
それこそ 「モブだと思え」 といわれても無理に決まってるじゃない。
もう!!
「先に渡しておく」
クロウ越しにカニやんたちと言い合っていたら不意にクロウの声がして、また頭の上にチョコを乗せられた。
これはわたしが背の低さを気にしてるってわかっていてやってるのよね?
仕返しにとクロウの頭の上に乗せようと思っても、手が届かないという罰ゲームが待っている。
もういい、普通に渡す。
渡します!!
わたしがクロウに渡すために選んだのは、赤い包装紙にピンクのリボンが掛かるチョコ。
それを手に持って…………うん、渡そうと思うんだけど、けど、差し出した手が、手が、手、手が、が……ふる、震える!
うそ、何これっ?
手が、震えが止まらない。
もうね、アルコール中毒とか危ない薬の禁断症状どころか、ギャグ漫画並みに手が震えて止まらない。
文字通り手ががくがくブルブルしてて、自分でもおかしな病気じゃないかって思うくらい震える。
ひぃーっ!!!!
「これは、受け取ればいいのか?」
お願いクロウ、そんな困った顔をして三人に相談しないで。
三人も、そんな憐れむような顔をしてクロウやわたしを見ないで。
「さすがにちょっと可哀相だな」
「情けがあるならさっさと受け取ってやれや」
「晒しもんにしてんじゃねぇよ」
「そういうつもりはないが……」
じゃあどういうつもりよっ?
お願いだから早く受け取って。
手、手の、ふる、震えが、がぁ……
「ありがとう」
ようやくのことで受け取ってもらえたと思ったら、今度は体が震えだした。
渡し終えたのになぜっ?
しかも頑張ったご褒美なのか、クロウに頭ポンポンされて一瞬で頭に血が昇った。
死ぬ
こんなの、絶対死ぬ。
これを現実でもやるとなれば、もう即死案件よ。
色んな意味で恥ずかしすぎる。
女の子たちって、こんなに決死の覚悟でヴァレンタインに挑んでるの?
わたしの中ではヴァレンタインって、もっと華やかでみんな楽しんでいるイメージだったんだけど、実際は結構なハードモードというか、デスゲームというか。
「ある意味公開処刑」
「断罪イベント」
「天国と地獄」
そ、そうね。
人知れずこっそりとヴァレンタインにチョコレートを渡して告白しても、意外にすぐクラス中の噂になっていたりしたわ。
うん、そういう噂はよく聞いた。
で、噂が立った時点で公開処刑同然よね。
そしてたいていが上手くいかなくて、結果は断罪イベントになるっていう。
上手くいけばカップルになれると考えると天国と地獄もあながちハズレじゃない。
さすが、それなりに人生を詰んできただけのことはある三人です。
「詰んで?」
あ、間違えた。
積んで、です。
はい、人生経験豊かな先輩方といいたかったんです。
もちろんこんな嘘はバレバレだけど、でも意識がずれたところでちょっとわたしも落ち着いてきた。
落ち着いてきたところで何も解決はしないんだけどね。
でも落ち着かないと解決方法も浮かばないというか、落ち着いても浮かばないというか。
どうする?
ここはやっぱり練習あるのみ?
ちょっとノリがスポ根になってきたけど、たまにはいいわよね。
だってこのままじゃ現実での本番に失敗することが目に見えてるじゃない。
だからみんな、協力して!
「そんな死にそうな顔しなくても……」
なんだかんだ言ってカニやんは協力してくれるわよね?
あ、返事はいらない。
ここは強引に協力してもらいます……ということでチョコレートを差し出してみる。
うん、ここまでは問題なし。
さっきみたいに手が震えることもなく、全然普通に渡せてるというか、差し出せている。
それこそさっきのあれはなんだったのかと思うくらい緊張もせず、いつもの感じで渡せている。
普通にね
でもカニやんに 「俺の顔見てくれる?」 と、なんだか普段は聞かないような優しい声で言われて顔を上げたら、たら……ちょ、ちょっと待って。
待って待って待って!
どうしてここでいつも以上のイケメンになるわけ?
普通にしていても十分すぎるほどイケメンなんだから、いつも通りでいて。
お願いだから、そのイケメン十割増し(平常比)はやめて。
なに、その優しい顔。
キリッとしたイケメンじゃなくて、優しすぎるくらい優しい顔で笑いかけないで。
ほら、また手が震えてきた!!
蟹江優歌
それがカニやんの本名なんだけど、全然名前負けしてない。
優しいという字をご両親が使いたかった理由がわかるくらい、優しい笑みを見せられました。
即死案件です。
「俺だって本気出せばこれぐらい出来ます」
わかりました
わかったから、それを見せるのはわたしじゃなくて彼女さんにお願いします。
今はいなくても、彼女さんを作る時にその本気は使ってください。
その声もね。
だからわたしに見せないでってば!
「女王は本当に可愛いな」
「可愛すぎて扱いに困る」
続くムーさんにはキリッとしたイケメンを見せられ、柴さんには甘いイケメンを見せられ、わたしの手は震えが止まらない。
しかも二人までとっておきのイケボで囁くとか、やめてよ。
どんな拷問?
とりあえずクロウ、カニやん、ムーさん、柴さんと連続で四人に渡し、天国なのか地獄なのかわからない状態で心臓もバクバク。
男の人にチョコレートを手渡しするだけでも十分すぎるほど恥ずかしいのに、手が震えるとか、しかもそれが普通の震えじゃなくて、コントでもしてるんじゃないかってくらいの震えが止まらなくて、情けなさ過ぎて泣けてくる。
予定では副主催者を先に手渡しするはずだったんだけど、恭平さんはアイテムを使ってダンジョン攻略中。
アイテムの効果が切れるまで邪魔するわけにもいかなくて、クロエは今日もお休み。
それについても恭平さんが
『クロエはポスト送付でも気にしないだろ?
仕事、忙しそうだし』
とドライなことを言っていた。
でもさすがに渡し忘れたら文句を言われそうだから、覚えているうちにポストに送っておく。
「あれ? 【素敵なお茶会】 の人たち」
丁度クロエに送付し終え、ウィンドウを閉じようとしたところに声を掛けてきたのは 【特許庁】 のバロームさん。
なぜ魔法使いの彼女が、そのローブの下にビキニアーマーなんて装備しているのかはわかったんだけど、きっと今日もローブの下はビキニアーマーだと思う。
どうやらNPC薬局に向かう途中だったらしい彼女。
ノーキーさんの票を集めるためチョコレートを買い込みに来たと思われる彼女は、見つけたわたしたちの声を掛けると、「ちょっと待っててください!」 と言い残して急いで店内へ。
そしてすぐに戻ってくると、案の定、わたしたちにもチョコレートを手渡す。
もちろんお礼はノーキーさんに贈るようにと添えて。
布教活動
彼女的に、ノーキーさんが女性からチョコレートをもらうのはどうなのかと思って訊いてみたら、どうやら今の彼女にはアイテムが票に見えているらしい。
んー……投票用紙的な感じかしら?
この形状はどう見てもそうは見えないんだけれど、彼女にはそう見えているというか、そういう感覚でとらえているというか。
別にいい
ノーキーさんへのチョコレートはともかく、丁度いいからここでバロームさんにも手渡しの練習台になってもらいましょう。
もちろん内緒でね。
さっきカニやんに 「顔を見て渡さないと」 と注意されたから、特に注意してバロームさんの顔を見て手渡したんだけど……あら、全然平気。
ん? これはひょっとして、四人で練習して克服出来た?
わたし、もう大丈夫? ……と思って内心でガッツポーズをしたんだけど
「いや、女子は無計上」
「女同士の友チョコはあかんやろ」
「グレイさんの場合、男に渡さないと」
そんなぁ~
本気の出し方も、出すところも間違ってるよね(汗