469 ギルドマスターは追加に翻弄されます
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トール君をパーティリーダーに、始めたID 【ナゴヤジョー・金】 攻略のメンバーはわたしとクロウ、それにカニやんとパパしゃん。
もちろんカニやんはタマちゃんを格納済みです。
ルゥみたいに誰彼かまわずバックリするわけじゃないけれど、タマちゃんは 【妖獣】 で、データに支配されるNPCである以上 【幻獣】 には勝てない。
一対一で対戦するわけじゃないから死亡確定じゃないけれど、タマちゃんはルゥみたいに巨大化出来ないからね。
それに一回死亡状態になると、一時間で復活するルゥとは違って三時間だっけ?
五時間?
ちょっと忘れちゃったけれど時間が掛かってしまい、今日中にはもう会えなくなっちゃうのよね。
それはわたしも淋しいから格納に賛成です。
「あんたの場合、ワンコだけ仕舞うのが癪なんだろ」
わたしはそんなに心の狭い女じゃありません! ……たぶんね。
それにわたしが 「タマちゃんは仕舞ったほうがいいんじゃない?」 って声を掛ける前に仕舞っちゃってたくせに、なに言ってるのよ。
「当たり前だろ。
タマに何かあったらどうしてくれる」
『奴隷の分際で強気だな』
別パーティで銀に潜っている柴さんが割り込んできた。
「俺は獣の奴隷で、てめぇの奴隷になったつもりはない!」
……奴隷であることは否定しないのね。
しかも主人を選ぶ権利のある奴隷って、どんな強気? ……と呆れていたら、クロウが声を掛けてくる。
「グレイ」
ほわっ?!
わたしがなにに驚いたかと言えば、湧くはずのない位置に巨大銀シャチが沸いたこと。
すぐ横に出現されて焦った。
思わず変な格好で飛び退いちゃって、トール君に笑われちゃったわよ。
まぁトール君も、次々に湧いてくる巨大なシャチたちを相手によそ見をしている余裕なんてなくて、手を止めたその一瞬に、大きな口を開けたシャチが眼前に迫ってくるのを、横からパパしゃんに突き飛ばされるような形で回避。
代わりにパパしゃんの剣がシャチをぶった斬る。
さすが!
「起動……焔獄」
とりあえずわたしも巨大銀シャチを燃やしておく。
焔の中でビッチビッチと跳ねながらHPを流出させていると、クロウの大剣・砂鉄が胴を断つ。
魚類って首の位置がわからないから、首を断って一撃で落とすのは難しいのよね。
この辺かな? ……という位置を断って、あとは判定待ちって感じ。
たいがいハズレってみんなが言うから、元々首という部位は存在しないのかもしれない。
そのくらい確率が低いんだって。
絶対じゃないけど
VITの都合で、NPCにしろ、プレイヤーにしろ、胴を断って一撃で落とすのは難しいけれど、今のはわたしの 【焔獄】 とクロウの斬撃の連続技だから。
「それでも二撃じゃ落ちないよ、普通は」
パパしゃんとトール君を援護するカニやんが、横から突っ込んでくる。
そりゃクロウだもの、豪腕任せの力業よ。
それより今のは何?
「何って?」
「ここ、湧き位置じゃないでしょ?
また知らないあいだに修正入ったの?」
「あ……それな」
『修正っていうか』
『追加みたいな?』
なによ、それ
わたしの勘違いって可能性もなきにしもあらずだったんだけど、脳筋コンビの説明によると、湧き位置のパターンが追加されたんじゃないかって。
もちろん今までの湧き位置パターンもあるけれど、新たに2パターンくらい追加されているかもしれないらしい。
確定じゃないのは、目下検証中だから。
これも公式サイトの掲示板では話題になっているらしい。
まだまだ 【暴虐の徒】 の件でも賑わっているけれど、同じくらい賑わっているのがシャチ金の湧き位置パターンの追加スレッド。
どんどんレスがついて、同じくらいスレッドが伸びているらしい。
いつの間に……
どうしてこのタイミングで運営がパターンを追加してきたのか?
これもレスにあったらしいんだけれど、理由として考えられるのは次のイベントが対人戦、つまりバトルロワイヤルだからじゃないか? ……そう多くのプレイヤーが予測している。
確かに可能性は考えられる。
個人戦の勝率は、それこそ運も含めた色々な要素の複合体だけれど、レベルもその一つ。
今回も参加条件は、参加登録の時点でレベル20以上であることだから、当然参加したいレベル20以下のプレイヤーは頑張ってレベルを上げようとするでしょうけれど、残念なことにレベル制限に阻まれてシャチ金には入れない。
レベル30以上
このタイミングで運営が、シャチ金のNPC湧き位置パターンを増やしてきた狙いは、レベル30以上の中堅から高レベルプレイヤー。
死亡制裁による経験値減少で、レベル上げの邪魔をしようって魂胆ね。
バトルロワイヤル戦だと、上位入賞クラスは絶対にこのレベルだもん。
相変わらず色々と考えるわね、ここの運営も。
わたしやクロウみたいにレベルカンストしてしまうと関係ないけれど……嗚呼、柴さん、ムーさんごめん!
『なにが?』
『急にデカい声出すなよ。
驚くだろうが』
経験値が欲しいイベント前に、面倒な巨大地下迷宮に行ってもらったじゃない。
しかも柴さんだっけ?
落とし穴に落ちて一回死んだって、死亡制裁で経験値が……
ごめん
『ああ、それ』
『別にいいんじゃね?』
「落とし穴に落ちたら必ず死ぬわけじゃないんだ。
死んだ柴やん鈍くせーって話じゃね?
起動…………」
カニやんったら冷静というか、インカムの向こうで脳筋コンビが 『ひでー』 とか 『冷てー』 とか文句を言い並べても、無視して詠唱してるし。
自分から行ったと思われるアキヒトさんはともかく、恭平さんもごめん。
『大丈夫、俺は死んでないから』
『死んだ俺はどんな間抜けっ?』
『でも俺は助かったよ。
みんな、いつもありがとう』
ギルドルーム隣にある作業部屋からハルさんが割り込んで、柴さんも少し照れ気味の声で 『おう』 と応えてそれ以上の文句は言えなくなった。
ハルさん、ありがとう。
『元を言えば、このタイミングで在庫のことを頼んだ俺が悪いわけですし。
ほんと、うっかりしてました』
だからわたしが気にする必要はないって……みんな、本当にどんなイケメンよ。
ハルさんは美人だけど。
そんなハルさんには悪いけれど、毒素の追加採取はイベント終了後でいいかしら?
『もちろんですよ』
ハルさんがこのタイミングで解毒ポーションを作ろうと思った理由はわかる。
だってバトルロワイヤルは、MPは無制限ルール。
でもHPは回復不可だから調合士の出番がないのよね。
だから手空きのこの期間に……と思ったんじゃないかな。
気持ちはわかるんだけど、今回ばっかりはイベントが終わるまで待っ……あ、わたしが行けばいいのか。
カンストしちゃって死亡制裁はないわけだし。
ちょーっとあそこに出てくる爬虫類とか昆虫とか、苦手なんだけど……などと話しているあいだに辿り着いたボス部屋。
よし、巨大金シャチを殴りましょう!
「いつ見ても眩しいぜ。
起動……」
「そうね。
起動……」
わたしとカニやんが先制し、後方から魔法攻撃を仕掛けて巨大金シャチの動きを止める。
といっても凍らされているあいだはともかく、焔の中ではビッチビチ跳ねてるんだけどね。
でもダメージを受けているあいだは、あの巨大な口から大砲を吐くことが出来ない。
【ナゴヤジョー】 は全ダンジョンPKが出来ない仕様だから、二人の攻撃型魔法使いが魔法攻撃でNPCの動きを止めているあいだに剣士が切り刻む。
相手が魚だけに捌く感じ?
刺身
うん、食べられないけどね。
巨体過ぎて、ちょっと大味のような気がする。
脂ものっていなさそうだし、そもそも今日は食欲がないのよね。
だから余計に美味しくなさそう見えるのかもしれない。
まだちょっと気分が悪い……というのは内緒です。
もっとも高STRの高VITを誇る 【幻獣】 だけあって、ダメージ時間が短いのが難点。
スキルダメージを振り切る感じで体を目一杯跳ねさせて、油断していたトール君にバシコーンと食らわせようとしたところをパパしゃんが割って入る。
剣士は剣士でもパパしゃんは、ステータス配分をVITに傾けている盾剣士。
【幻獣】 の強烈な一撃が直撃しても、大量のHPを流出させながらももちこたえている。
さすが!
「起動……焔獄」
「ヒール!」
わたしも回復係に回ろうかと思ったんだけれど、いつもカニやんにわたしのほうが詠唱が早いって言われている。
だったら攻撃を仕掛けて金シャチの動きを止めた方がいいと思って。
それから回復をしても遅くはないかと思ったんだけれど、そんなわたしの判断を見越したカニやんが先に回復係に回っていた。
「トール、下がれ!」
「は、はい」
ノックバックで壁際まで吹っ飛ばされたパパしゃんを気にするトール君だけど、そこは位置が悪い。
ビッチビッチ跳ねる金シャチに、一番バシコーンとやられやすい位置なのよ。
もっと下がるか、クロウと同じく正面に近い角度から斬り込まないともう一撃来るわよ。
「グレイさん、剣士じゃないですよね?」
トール君には苦笑いされちゃったけれど、クロウの動きを見ていればなんとなくわかるわよ。
なんだったらトール君も、今回はクロウとパパしゃんに任せてここから見てる?
まぁ見えていても、わたしやカニやんには二人と同じようには動けないから無理だけど。
「いえ、さすがにそれは……」
「俺も同類かい」
同類です
トール君はムキになるとちょっと周りが見えなくなるところがあるから、何回か先輩剣士の動きを見学するのもいいと思う。
わたしたちが一人も欠けることなくシャチ金をクリアし、出発ロビーに転送されてくると、待ち構えていた脳筋コンビがこんなことを言い出した。
「メンバー入れ替えね?」
「トールや、俺たちと潜ろうぜ」
「はい!」
トール君は素直に了承するんだけど、二人がトール君に指示をして外したメンバーはわたしとクロウだけでなく、カニやんやパパしゃんも。
パパしゃんはログアウトする時間だったから仕方がないんだけど……そうでなければ外す必要はなかったんだけど、どうやらわたしとカニやんは外したかったらしい。
カニやん大好きの二人がどうして? ……と思ったら、JBや恭平さんを誘い始める。
ちょっと待って
まさかと思うけれど、剣士だけでシャチ金に潜ろうとしてる?
そりゃ脳筋コンビは平気だろうけれど、JBや恭平さんも平気だろうけれど、トール君にはちょっと厳しくない?
しかもわたしの突っ込みに笑ってるってことは、わかっていてやってるのよね?
JBは気づいていないみたいだけれど、やれやれと手振りだけで示している恭平さんもわかってるわよね。
「俺でも結構厳しいけど、まぁ柴さんたちがなんとかしてくれるだろ?」
人任せな無責任な言葉なんだけど、なんだかんだ言っても結局恭平さんも協力してくれる人だし、責任感も人一倍強いしね。
それに脳筋コンビだって、考えなしに誘っているわけじゃなさそうだし、ここはお任せするわ。
わたしもカニやんも剣士じゃないから、今さらトール君に教えられることはほとんどないし。
じゃあわたしは脳筋コンビが抜けた銀パーティに入るわ……と思ったら誰もパーティに入れてくれないのはどんなイジメ?
本当はジャック君が誘ってくれようとしていたんだけれど、クロウが無言で、それこそ首を振るだけでやめさせるって、どんな影のボス?
いや、クロウが 【素敵なお茶会】 の影のボスなのは知ってたけれど……。
「グレイ、今日はもう休め」
大丈夫だって言ってるでしょ!
もう! この過保護!!
「グレイ」
わかったわよ
せめてギルドルームに戻る前にルゥを出して、お散歩しながら帰るわ。
ルゥの短い尻尾ブンブンとお尻フリフリで慰めてもらいます……ということでルゥを格納していた腕輪から 「きゅ♪」 と呼び出したんだけど、ギルドルームまで送ってくれるというクロウ。
どこまで過保護なの?
いくらわたしでもギルドルームにくらい一人でも帰れるわよ。
送ってくれなくていいから、まだログアウトしないなら銀パーティに入って頂戴! ……といってもきいてくれない。
この我が儘大魔王!!
イベント対策のレベル上げをひっそりと邪魔してくる運営ですが、まだまだ彼らはやってくれます。
もっといい仕事をしてくれます(大嘘
そして次話は現実世界へ・・・