457 ギルドマスターは実験体になります
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
今話はちょっと長めですが、切りのいいところまで進めるためです。
ご了承ください。
ちなみにサブタイトルは、まるでグレイが進んで実験体になっているように読めますが、実は違うことは本文にて。
そして後書きには、本当に久しぶりの休閑小話を置いておきます。
この小話の意味は次話にて・・・
以前、カニやんだったかしら?
わたしがクロウにタイミングを合わせて詠唱をしているっていうんだけど、やっぱり違うんじゃない?
今だって、カニやんの支援で詠唱タイミングが間に合ったって感じだし。
「起動……避雷針」
刹那、雷鳴とともに天高くから放たれる雷の矢が弓使いを脳天から撃ち抜く。
副作用とでもいうべき放電現象が起こり……これ、現実ならわたしたちも感電してるところよね。
幸いにしてここは仮想現実で、電流が地面を伝って広がることはない……んだけど、どうしてその放電現象の中に飛び込むわけ?
もちろん飛び込んだのはクロウとノーキーさん。
せっかく影響範囲の外にいて無事なのに、どうして自分から飛び込むわけ?
実はマゾ?
クロウは違うと思うけど……むしろサドだと思う。
でもノーキーさんは、可能性がなきにしもあらずって感じのマゾヒスト疑惑。
今までのあれやこれやを思い出すと、ね。
罠とわかっていて突っ込むような人だから。
誰でも引っ掛かるような罠でも、自分なら大丈夫だと思っているのか。
あるいは罠という認識もないのか。
どっちだろ?
【特許庁】 ではいつもクズといわれているけれど、馬鹿とはいわれてなかったと思……いや、言われてた、かな?
【特許庁】 というよりお兄さんがいっていたような気もするけれど、ノギ兄弟には関わらないことにしておく。
だって下手に関わると斬られそうだもの。
まぁノーキーさんのことなんてどうでもいいわ。
【特許庁】 もね。
単体魔法であるはずの 【避雷針】 に、なぜか当たり前のように付いてくる範囲魔法ばりの放電現象でダメージを受けながらもクロウとノーキーさんが、ほぼ同時に弓使いの首を断ち、このイベントもあとは剣士一体。
この勢いで落としましょう! ……なんて張り切ったら、雪に片膝をついて銃を構えていたクロエが毒を吐く。
「僕が殺すって言ったよね?」
「言ってたな」
サラリと流すように応えるカニやん。
お、大人ね。
わたしなんてクロエの声を聞いた瞬間、なぜか肝が冷えたもの。
だってぶっ刺されたから落とす権利があるって言うのなら、わたしだってぶっ刺されたわよ。
弓使いじゃなく、本家本元の槍使いにだけど。
でも同じ槍よ!
しかも 【素敵なお茶会】 では一番最初に! ……とまぁ強く言い返せればいいんだけれど、言えなかった。
もちろんクロエが悪いんじゃなくて、わたしがただの小心者で、典型的な事勿れ日本人なだけなんだけどね。
「なに邪魔してるのさ?」
いやいやいや、邪魔って何?
だって接近戦職に近づかれれば落とされるのが、後方支援職の運命じゃない。
あの速さで接近されちゃ、いくらクロエでも削りきる前にもう一回ザックリやられて終わりよ。
しかも弓使いには回復能力があり、たぶん削っても削っても無駄だと思う。
まぁ蝶々夫人がいるからクロエも大丈夫っちゃ大丈夫だけど、そこまでお世話になってまで落としたい? ……とは思っても訊かないでおく。
回復能力を持ったNPCを相手に我慢大会をしても、時間切れでプレイヤーの負けが見えてるもの。
そこはクロエもわかっていて、すでに頭を切り換えている。
落とされた弓使いに執着するのを止め、残った剣士に狙いを定めている。
相変わらず凄い命中率というか、射撃センスというか、全然外さない。
プレイヤーと同じサイズだからそれなりに的が大きく外さないのはわかるけれど、ずっと眉間一択なのよね。
戦闘三職の中で一番攻撃行動の速い銃士だけど、一発撃ったら改めて照準を絞るもの。
普通のプレイヤーはね。
でもクロエの場合……たぶんセブン君もだろうけれど、ほとんど息継ぎなし。
ダメージ硬直で動けないあいだに、次弾を剣士の眉間に撃ちこみ続ける。
ガンガン削ってる
それでも高HPの高VITと高STRを誇る 【幻獣】 だからね。
槍使いや弓使いみたいなチート能力を持たない剣士だけど、基本能力はちゃんと持っていてそれなりに手強い。
でも回復能力を持つ弓使いは落ちた。
もう剣士のHPが回復されることはないから、制限時間内に削り落とせばプレイヤーの勝ち。
でもあれね。
チート能力とか使って派手に暴れた槍使いや弓使いより、【幻獣】 の優位だけで堅実に戦った剣士が最後まで残るとか、結構皮肉よね。
これはひょっとしてひょっとするけれど、いつも派手に暴れる目立つの大好き 【特許庁】 の戦績にも言えるかもしれない。
もちろんそんな余計なこと、当事者たちには言わないけどね。
絶対に言わない。
でもそんなことを考えながらクロエが剣士を落とすのを見ていた。
もちろんクロエ一人じゃちょっと難しくて、時々横手からの~りんの支援も入ったんだけど、それにはクロエも文句は言わなかった。
まぁそこでの~りんにまで文句を言ったら、さすがにカニやんや恭平さんあたりに怒られそうだけど。
脳筋コンビも鬼退治での~りん保護にまわってクロエの意思を尊重したんだけど、最後はノーキーさんが首斬っちゃうんだけどね。
「とろくせぇんだよ!」
とか言っちゃって。
わたしは燃費の悪い 【避雷針】 を使用し、一瞬で大量のMPを失った。
その脱力感で雪の上にへたり込んでそれを見ていたんだけれど、終わりを見越したのか、ルゥが、雪の上をひょっこひょっこと楽しそうに飛び跳ねながら戻ってくる。
口角の上がったにっこにこの笑顔でね。
かわいい
もうルゥったら、可愛い上に強いんだから大好きよ。
ご褒美をおねだりするように、わたしの前にお行儀よくおすわりをするからもっふりと抱き上げる。
はぁ~最高……
その癖っ毛に顔を埋めてスリスリしていたら、ルゥも嬉しそうにきゅう~きゅう~と鳴き声を上げる。
その傍らでインフォメーションが出た。
information Congratulations, you won the game!
……なんだかいつもとは違う文章のような気がするけれど、まぁいいわ。
つまりプレイヤーの勝ちってことでしょ。
剣士のとどめをノーキーさんが刺したことでまたクロエが怒っていたけれど、聞かないことにしておく。
文句を言われているのはノーキーさんだしね、わざわざ庇う必要もないし。
最後にクロエの我が儘をきいたのは 【素敵なお茶会】 で、【特許庁】 のノーキーさんには関係ないっていうのもあるし。
三々五々に散っているメンバーは、終了を知らせるインフォメーションを見てそれぞれに反応を見せる。
やっと終わったみたいな感じで息を吐いていたり、健闘を讃えあったり……はしないか。
ちなみにわたしは、すわったままルゥを吸って回復中。
一際大きく吸って咽せかけたところで……ルゥの腹毛に顔を埋めていて気づかなかったんだけれど、どうやら蝶々夫人がこっちに来ていたみたい。
「何してるの?」
「蝶々夫人はモフを吸ったことはない?」
「……ないわ」
変な間が気になってルゥをベリッと剥がしてみたら、蝶々夫人がわたしの前に立ち、なんとも言えない不思議な物でも見るようにわたしを見ている。
そんなに不思議?
「……あ……まぁいい、気にしないで」
「凄く気になる言い回しなんだけど?」
「そう?」
気にしないでと繰り返す蝶々夫人は、いきなりスカートをめくって足を出したと思ったら……その振りが必要なのかどうかは甚だしく疑問なんだけれど、どうやら蝶々夫人には必要だったみたい。
ようするにスカートが邪魔だったのね。
うん、そう思うことにする。
スカートをまくって足を出したと思ったらしゃがみ込み、わたしに目の高さを合わせてくる蝶々夫人。
どうしたのかと思ったら、いきなり両肩を掴まれた。
なに、これ?
嫌な予感が……
「実は前々から疑問に思ってたんだけど、イベント終了後もイベントエリアにいられるじゃない」
「そうね」
うん、今の状況よね。
ここの運営は、イベント中に落とされたら即時エリア外に追放するけれど、終了時の生存者にはそんな塩対応はしない。
ゲーム終了の余韻を味わうくらいの時間、イベントエリアに留まることを許してくれる。
うん? それがどうかした?
「まだPKって出来るの?」
「PK?」
意味がよくわからないんだけれど……あ、いや、PKの意味はわかるわよ。
player killの略ね、大丈夫よ、ちゃんとわかってるから。
わたしが理解出来なかったのは蝶々夫人が、わざわざそんなことをこのタイミングで訊いてきたってこと。
でも嫌な予感はしたのよ。
その内心を探るように上目遣いに蝶々夫人を見たら、その真っ赤な口紅に彩られた唇が艶っぽい笑みを浮かべ、ある言葉を紡ごうとする。
「しん……」
やっぱり!
これは間違いなく呪いスキル 【浸食】。
厄介この上ないスキルにして、蝶々夫人の切り札。
わたしも持ってるけれど、スキルの影響範囲を考えたら呪い返すわけにはいかない。
だからといって逃げようにも、ガッツリ両肩を押さえられている。
…………ん?
いやいやいや、この状態で 【浸食】 を発動させたら、呪われたわたしから感染するわよ。
【浸食】 がどれだけ強力な呪いか、知らない蝶々夫人じゃないでしょ?
術者であっても瞬時に感染するわよ。
呪いは術者が相手でも忖度しないからね。
あ、でも今は蝶々夫人の心配じゃなく自分の心配をしなきゃ……と思ったら、蝶々夫人が吹っ飛んでいった。
…………………………なにがあったのかしら?
幸いにして詠唱を終えていなかったから 【浸食】 は発動しなかったけれど、代わりに壮絶な悲鳴を上げながら雪の上を、雪塗れになりながら……その、パ○ツも全開にして吹っ飛んでいった。
「あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ーっ!!」
どこから絞り出しているのか、わからないほど低く野太い悲鳴。
蝶々夫人が美人なだけに悲鳴の下品さが際立つ気がする。
梅の木にぶつかってようやく止まった蝶々夫人は、髪を振り乱したまま、雪まみれのまま、それこそ全開になったパ○ツを隠すことも忘れてこちらを見る。
「ワンコ!!」
あ、そっか。
そういえばわたし、ルゥを抱っこしていたんだっけ。
それを思い出せばなにが起こったのか、だいたいの見当はつく。
つまり蝶々夫人は、ルゥの可愛い可愛い必殺肉球パンチを食らって吹っ飛ばされたわけだ。
でも一つ言わせてもらうなら、ルゥはワンコではありません。
もちろん犬でもないわよ。
狼よ
「ありがと、ルゥ」
そのもっふりとした頭の上に顎を乗せてお礼を言うと、ルゥは嬉しそうに 「きゅ!」 と鳴く。
ご機嫌に揺れる尻尾がお腹のあたりにあたってくすぐったい。
大量にHPを流出させる蝶々夫人は……まぁ 【幻獣】 の打撃を食らったんだから、当然ダメージは出るわよね。
同じ魔法使いなのに、直撃で落ちなかったのは凄いと思う。
しかも即座に自己回復してるし。
これは回復系魔法使いの特権よね。
攻撃型魔法使いには出来ないもの。
そんなわけでギリギリ落ちなかった蝶々夫人だけど、まぁやっちゃったものというか、尻尾を出しちゃったら後には引けないって感じ?
ルゥは何も意図してなかったと思うんだけど、運悪く蝶々夫人が吹っ飛ばされたところにいたカニやん。
さっきまですぐそこにいたのに、通常エリアに戻る前にタマちゃんを雪の上で遊ばせたかったみたい。
飼い主の思惑に反し、ありがた迷惑だったらしいタマちゃんと二人……いや、一匹と一人、凄い勢いで雪煙を上げながら転がってきた蝶々夫人にビックリ。
「パ○ツ見せんじゃねぇー!!」
あんまりにもビックリし過ぎて、カニやんにしては頓珍漢なこと言ってるし。
だってあの状況って、男の人にはラッキースケベっていうんだっけ?
えっと、なんか、そういうのがあるのよね?
嬉しくないの?
わたしには意外な反応だったんだけど、まぁそこで恥ずかしがるような蝶々夫人じゃないのは予想通り。
だっていつも見えてるようなものというか、見られてもなんとも思ってないというか、もう見せちゃってるというか。
そもそも 【特許庁】 のメンバーは、見せてナンボみたいな感じだから。
蝶々夫人もそういうところは例外じゃないし。
だから蝶々夫人が恥ずかしがらないのはいいんだけれど、転んでもただじゃ起きないところも計算高い蝶々夫人。
ルゥのおかげでわたしは難を逃れたけれど、状況的にカニやんは難しいかな。
一応何かは察したらしい。
「またあんたなのね」
「また入れ墨かよ!」
以前にも蝶々夫人の 【浸食】 で呪われ、その感染の証である謎の文様を全身に描かれたカニやん。
ここでスパークを使って蝶々夫人を吹っ飛ばすという回避方法もあったけれど、残念なくらいモフの下僕レベル度MAX。
自分よりタマちゃんの安全を取るのは当然のことよね。
「タマ、近寄るな!」
うん、そう来ると思った。
攻撃スキルを詠唱してもいいけれど、それこそ首を一撃で落としでもしなければ蝶々夫人は回復系魔法使い。
ダメージを受けた硬直状態でも即座に自己修復を始めてしまう。
でもね、蝶々夫人も甘い。
わたしを狙った時みたいに問答無用で詠唱しなきゃ。
だって周囲には他にも両ギルドのメンバーがいて、一撃で首を落とせる剣士もいる。
しかもSTRの高い剣士は魔法使いと違い、足場の悪い雪の上でもダッシュとか出来るし。
そうして辿り着いたクロウが、屍鬼をその首元に突きつける。
「あとで覚えてろよ」
突きつけた屍鬼を、一度離して振りかぶったりしない。
いつものいい声で低く呟いたと思ったら、まるで道に落ちていた石ころを、剣先で道端に払いのけるような軽さで蝶々夫人の首を落とす。
「このむっつ……」
続きはたぶんスケベよね。
蝶々夫人ってば、いつもクロウのことをそう言ってるし。
でも言い終える間も無く落ちたのは、ルゥの必殺肉球パンチでHPを流出させていたからだと思う。
いくら蝶々夫人でも、この短時間で全回復は無理だろうし。
はじめからそういう打ち合わせだったのか?
わからないけれど、剣士を落としに行ったノーキーさんも脳筋コンビに仕掛けて……見ていなかったからわからないけれど、蝶々夫人を見て脳筋コンビのほうから仕掛けたのかもしれないけれど、まぁ二人がかりに襲われちゃって。
「卑怯者っ!!」
そんな的外れなことを叫びながら落とされていた。
【休閑小話】サブマスの内緒話
「お帰りなさい。
あんた、なにやってるんですか?」
クロウに落とされて一般エリアに戻った蝶々夫人は、とっくの昔に落ちて待ちくたびれていた不破に出迎えられるも、その剣呑な表情に 「お前もかっ!」 と声を上げる。
「素が出てますよ。
そのアバター……」
「うるせぇ!
いやいやいや、今はお前の相手なんてしてる時じゃねぇ。
どこかで急いでアバター入れ替えないと、クロウが来る」
「あそこでグレイさん狙うから、自業自得じゃないですか」
「うるせぇ!」
「どうせクロウさんが来るんだったら地下闘技場に行きませんか?」
蝶々夫人の慌て振りとは裏腹に、名案を思いついたとばかりに急に楽しそうになる不破。
どさくさに紛れて一緒に遊ぼうと企んでいるらしいのだが、落ち着きなく周囲を見回して適当な場所を探す蝶々夫人はそれどころではなかった。




