437 ギルドマスターはスルースキルを取得します
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酒呑童子の、しつこいほどの付きまとい行為に迷惑千万!
いい加減、目標をカニやんあたりに変えてくれないかしら……と思いつつ、これで何度目かのスパークでノックバックしたわたしは、雪まみれになりながらも即座に起き上がる。
わかっていたことではあるけれど、やっぱり追いかけてきているわよね。
もちろん酒呑童子のことよ。
あ、クロウも来てるけど。
でも雪に足を取られて動きが鈍るプレイヤーと違い、酒呑童子の動きは元々俊敏だけれど、その小柄さを活かすように、横に張り出す梅の木の枝を上手く使ってくる。
ワイヤーとか、ロープとかの代わりに梅の木の枝を使い、勢いを付けて吹っ飛んでくる感じ。
反則だわ
そりゃまぁ運営は、用意したNPCの能力を最大限活かせるように舞台を設定するんだろうけれど、さすがにこれは反則級だと思う。
雪の上を転がったわたしは起き上がったけれど、立ち上がる間もなく眼前に迫ってくる酒呑童子。
振り下ろされる刀を杖で打ち払ったところで、追いついてきたクロウの屍鬼が、背中から酒呑童子を突き刺す。
ひょっとして、これはあれを狙ってる?
さっき串刺しにあった柴さんの敵討ちとか。
向こうで本人が 「まだ死んでねぇぞ」 とか言っているのは無視で。
わたしたちは酒呑童子を、その俊敏さからAGI特化型ではないかと推測しているけれど、あくまでも 【幻獣】 である以上、ステータスはどれも高い。
その中でもAGIが強化されているんじゃないかって推測であって、馬鹿みたいに高いHPは削っても削っても全然落とせる気がしない。
そして同じくらいVITも高く、クロウの高STRをもってしても酒呑童子の胴を屍鬼で貫通させることは出来なかった。
固っ!!
貫通攻撃のほうが、成功すればHPをより多く削れる。
でも成功率は当然斬撃のほうが高い。
特に 【幻獣】 みたいに、はじめから高ステータスだってわかっている相手には、一撃必殺を狙うより手数で攻めるほうが堅実かもしれない。
でもあえて貫通攻撃を仕掛けたクロウの狙いは、たぶん酒呑童子の足を止めること。
被ダメの高さを天秤に掛けたわけじゃない。
なぜならば、わたしの対応が追いついてないからよ。
ごめん!
「起動……演蛇」
手足を失っても、それこそ死亡状態にならなければ詠唱を続けることが出来る魔法使い。
部位欠損は、状況次第ではHP流出過多により死亡状態に陥る可能性もあるけれど、すわったままでも十分に詠唱は出来る。
そういう意味では戦闘三職の中では一番厄介な存在だけれど、本来は中距離攻撃職。
たぶん、魔法使いの大半が接近戦を苦手としているはず。
もちろんわたしもね。
どうやら酒呑童子は魔法スキルを持たないらしく、接近戦の物理攻撃のみ。
おかげですぐ近づいてくるから対応が間に合わないというか、反応が遅いというか。
それこそ一瞬とはいえ、クロウの仕掛ける攻撃に対応するため酒呑童子の視線がわたしから逸れる。
その隙をついて発動させた演蛇で酒呑童子の動きを封じるものの、さすがに 【幻獣】 とあって、自身の持つSTRとVITの高さで効果時間を短縮してくる。
でもこのゲーム最強のNPCであり、最凶の 【幻獣】 スザクに比べてやや長く感じたから、AGIを強化する分、気持ちSTRやVITが低いのかもしれない。
でもプレイヤーに対して、【幻獣】 の威厳みたいなものを守るためにも、あくまで気持ち程度にしか下げていないと思うけど。
【演蛇】 によって身動きのとれない状態から解放された酒呑童子は、囲むように攻撃を仕掛けていた 【素敵なお茶会】 が誇る筋肉たちを斥けてすぐさまわたしを追ってくる。
そんな終わりの見えない鬼ごっこ……って、そのまんま過ぎて怖い。
鬼の中の鬼、鬼神に追いかけ回されるなんて、どんな因果よ。
そこまで日頃の行いに悪さを感じていないのはわたしだけで、実はかなりの極悪非道ってこと?
それとも厄年とか。
「今年24だっけ?
前厄?」
「それは男な。
女の人は違うんじゃなかったっけ?」
違うのね、よかった。
でも状況は全然よくないけどね。
とりあえず下がります……と、立ち上がったわたしは後方を確認すべく振り返るんだけれど、いつからそこにいたのか、男の人が一人でポツンと立っていた。
真後ろではなく、わたしから見て四時ぐらいの方向、10mくらいの距離かな。
姿を確認するとほぼ同時に、わたしはその男の人をプレイヤーだと思ってしまった。
本能的というか、自動的というか。
今回のイベントはギルド単位での参加登録方式で、ソロプレイヤーの個人参加はもちろん、野良パーティでの参加も出来ない。
つまりソリストは参加しておらず、ここに 【素敵なお茶会】 のメンバー以外のプレイヤーがいるということは、後方に本隊が潜んでいるのか、あるいはどこかのギルドの生き残りか。
本隊が潜んでいるのなら、当然狙っているのは横殴りの機会。
全滅寸前のギルドの生き残りの場合はちょっとわからないけど。
もちろん横殴りを狙っている可能性が高いけれど、偶然この状況に出くわしてしまい、どうしようか迷っている可能性もなきにしもあらず。
普通に姿を見せているところがちょっと……ううん、かなり不気味。
身長はちょっと高めかな。
体型的には太っても痩せてもいない感じで、変わった装備を着けている。
日本書紀とか古事記とか、ああいう時代の資料にあるようなデザインの装備で、髪型も角髪。
見たところ武器は装備しておらず素手に裸足なんだけれど、手の甲までを覆う手っ甲や脚絆が金属っぽい質感でちょっと怪しい感じがする。
なによりも一番怖いのが、この人がここにいることを銃士三人がまだ気づいていないってこと。
でもこれには少々わけがあって……
「グレイさん?」
思わぬ発見に動きを止めるわたしに、気づいたカニやんが声を掛けてくる。
すぐさまポツリと立っているプレイヤーにも気づく。
「ソリスト……なわけないか」
『ごめん、いま気づいた』
謝罪とともに銃声が轟く。
たぶんね、三人が見落としたわけじゃないと思う。
たぶんだけど、たった今、出現したんだと思う。
クロエの銃撃を受けてアラートが出たから間違いないと思う。
alert 鬼神・土蜘蛛 / 種族・幻獣
えっと、待って。
これはどういうこと?
【幻獣】 が二体?
酒呑童子から逃げ回るのに忙しくてちょっと考えがまとまらないんだけれど、ボスが二体いるってこと?
いやいやいや、そういやルゥと初めて会ったイベント 【フェンリルの森にようこそ】 でも二体出たっけ。
あの時はあくまでも狼がラスボスだったけれど……ん? あの時のハーピーって妖獣だった?
あ、あれ?
ちょっと待って。
体を動かすのに忙しくて、そっちにエネルギー取られちゃって、頭が上手く働かない。
「はじめからあの馬鹿鳥は 【幻獣】」
やっぱりそうよね。
でももちろん 【幻獣】 が二体出現することは珍しくない。
イベント 【フェンリルの森にようこそ】 もそうだったし、ID 【富士・火口】 もそう。
【フェンリルの森にようこそ】 ではラスボスがフェンリルで、ハーピーは中ボスみたいなものだった。
ID 【富士・火口】も大本命はスザクで、焔蛇はその前説みたいな存在だから、今回もそうなのかと思ったらカニやんは違うという。
「最初にいったじゃん、【大江山】 には鬼伝説が三つあるって」
言ってたわね。
えーっと、そうなると中ボスとか前説とかじゃなくて、この土蜘蛛も、酒呑童子と遜色ない 【幻獣】 ということ?
若干ステータスにコピーミスのある 【幻獣】 じゃなくて、ハイクオリティの 【幻獣】 そのもの?
確かこの二体は、土蜘蛛のほうが遙か昔の伝説っぽかったわよね。
ミイラ化してちょっと耐久力が減少しているとか、そういうのはない?
「ないと思う。
その例え、必要?」
うん、自分でもちょっとわかりにくい例えだと思う。
カニやんどころか、横手からクロエにも 『ちょっとどころじゃないよ』 と突っ込まれたけれど、そこは忙しくて頭が回っていないってことにしてよ。
ほんと、しつこいんだから!
クロウや脳筋コンビのおかげで、少しだけ酒呑童子との距離をとれているとはいっても、油断すれば一瞬で眼前にまで迫ってくるから気が抜けない。
そうして距離を詰められるたびに場所を変えていたら、いつの間にか土蜘蛛の出現範囲に入ってしまったのかもしれない。
これが通常エリアのIDだと目標が外れ、対象のNPCは初期位置に戻るんだけど、酒呑童子の狙いは相変わらずわたしのまま。
初期位置に帰るつもりはないらしい。
それどころかわたしの首を取る気満々で、強気の攻めを続けている。
ここに土蜘蛛が参加したら手に負えなくなるんだけれど、すでに遭遇してしまったから土蜘蛛の参加は不可避となりました。
ちなみにこの土蜘蛛というのは個人名ではない。
伝説によると、崇神天皇の弟・日子坐王が討った鬼は陸耳御笠という名前で、どうやら土蜘蛛というのは一族の名前みたいなものらしい。
ほら、犬○家の一族とか、ポ○の一族とか、華麗な○一族とか、そんな感じ?
当時だと氏族とか、そういう感じになるのかしら?
少なくとも個人名ではないけれど、このゲームでは 【土蜘蛛】 という名前で登場した新手の鬼神は、角髪という変わった髪型で、服装も古代の装束といった感じ。
これを見た瞬間、すぐにでもおかしいと感じるべきだった。
うん
なのにわたしったらプレイヤーと勘違いしちゃったし。
しかもカニやんまで。
武器を持っていないところが奇妙なんだけれど、勾玉を連ねた首飾りとか下げているのを見ると、呪術師的な感じもしないでもない。
つまり魔法使い?
日本の呪術師といえば、西洋では魔法使いよね、たぶん。
ということは攻撃手段は魔法かな?
それにしては手足や胴を守る、いかにも硬そうな防具が気になる。
案の定というか、早速斬り掛かるJBの金棒を手っ甲で受け止めちゃったし。
ん? JB?
ちょっと、JBは回復系魔法使いの護衛でしょっ?
どうしてそんな前に出ているのよ?
クロウたち剣豪三人が酒呑童子の足止めで忙しいというか、足止めされているというか……まぁそんなんで動けないのを、これ幸いとばかりに飛び出してきた。
そして土蜘蛛に飛びかかっていき、その勢いのままに吹っ飛ばされた。
なんだかちょっとコントを見ているみたい……じゃなくて、JB!
「キョンと交代したー!」
その無鉄砲さに呆れたというか、無責任さを責めるというか、まぁそのへんをない交ぜにした感情丸出しの声で問うと、勢いよく雪の上を転がったJBは、わたし以上に雪まみれの顔をこちらに向けて答える。
恭平さんと交代って……そんな勝手なことをして。
状況に応じた臨機応変は大事だけれど、付き合わされる恭平さんは当然オカンムリ。
交代したなんていって、その実は勝手に飛び出しただけ。
気がついた恭平さんが、慌ててカバーに入っただけじゃない。
そしてそれに、この状況で単体になることを嫌ったアキヒトさんが、マメの入った枡を大事そうに抱えて恭平さんについていったという感じ。
もちろんアラートが出た時点で土蜘蛛は 【素敵なお茶会】 を認識しているけれど、これで完全に交戦状態に入りました。
お陰様でね。
「JB、あとでお仕置き」
わざわざ杖でJBを指して宣言するカニやんに、その肩でくつろぐタマちゃんも 「にゃ~ん」 と可愛らしい声で同意。
モフにお仕置きされるなら、わたしもちょっとされてみたいと思ったことは内緒です。
「攻撃系魔法使いが四人しかいないのに、アキヒトが下がったらあかんやろ。
この阿呆」
「それはアッキーに言ってよ」
立ち上がったJBは適当に雪を払い、改めて土蜘蛛に斬り掛かろうとするんだけれど、金棒を構えた……と思ったら、土蜘蛛が走り出す。
やっぱり酒呑童子はAGI特化型なのか、その速さに慣れつつあったわたしたちには少し遅く感じる土蜘蛛の足。
目標を定めて一直線に目指した土蜘蛛が、固く握った拳を力強く突き出した先にはクロウがいた。
ん? クロウ?
どうしてクロウなのかといえば……そこはわからないんだけれど、とりあえず土蜘蛛の一番近くにいたのはわたしで、最初の一撃を食らわせたのはJB。
そしてわたしのそばにはカニやんがいる。
つまりわたしたち三人は華麗にスルーされたというわけ。
三人だけでなく、そのあとにすれ違うメンバー全員を土蜘蛛はスルー。
酒呑童子と斬り結ぶクロウだけを目指し、その拳で殴りかかった。
ふぅ~




