417 ギルドマスターは聖女になります
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「国分の奴、覚えてろよ」
クロウが吐き出す物騒な呪い。
もちろん呪う相手は国分先輩なんだけれど、今日の飲み会でなにかあったのかしら?
結局他の営業たちと一緒に飲んでいた二人は、国分先輩の分も会川さんが支払うという形で奢りが成立したんだけれど、短い時間とはいえそこに都実課長も同席していた。
やっぱりなにかあったと考えるべきよね。
なにか余計なことでも言ったのかしら?
最低な二股クズ野郎に振ら……じゃなくて、クズ野郎を振ってフリーになったとはいえ、理由が浮気だもんね。
課長の 「今、気になる女がいるんですよ」 発言に対し、別れたばかりの歳下彼氏改め二股彼氏の愚痴をぶちまけたとか。
お酒に酔うと愚痴を吐き出す人って多いもんね。
しかもその浮気相手の女の子が、謎の斜め上目線で本妻宣言。
自分こそが、彼女がいると知っていてクズ野郎に告白したお二号さんのくせにさ。
言っておきますが、わたしだってお二号さんくらいわかるし、言えるわよ。
わ、わい……は難しいけど。
ダメだ……
JBの例えが生々しくて思い出したくない。
恥ずかしくて顔を覆ってしまったら、前を歩いていたルゥに蹴躓いてしまった。
「きゅ?」
ご、ごめんね、ルゥ。
毎度毎度絶妙なタイミングで絶好の位置に立ち止まるんだから。
もちろん 【幻獣】 の高VIT相手に魔法使いのSTRが役に立つはずもなく、ルゥは無傷。
わたしに蹴躓かれたという認識すらないらしく、感じた衝撃に、不思議そうな顔をして周囲を見回しているだけ。
でもそれもすぐに飽きたというか、忘れたというか。
クロウに助け起こされているわたしを見つけ、嬉しそうな鳴き声を上げたから飛びついてくるかと身構えたら、くるりと踵を返し、再びフンフンフンフンフンフン……と楽しく散歩を再開する。
うん、まぁルゥだからね。
ただ、受け止めようとして広げたこの両腕をどうすればいいのか、誰か教えて欲しい。
淋しい……
「前見て歩かないのが悪いんだろ。
自分でなんとかしろよ」
絶対にルゥは悪くないとカニやんに主張されるまでもなく、そんなことは当たり前。
それこそ 「モフは正義!」 よ。
言うまでもなくそこは合致するわたしたちなんだけど、このゲームでは通用しないローカルルールだったらしい。
だって、ルゥが負けたのよ!
今回のイベントでわたしが応募した、ルゥを被写体にしたSSが!
プレイヤー投票を四日に終えた今回のイベント 【お正月を写そう♪】 の結果発表は、集計を終えた七日に行われた。
当然 「モフは正義!」 と信じて疑わないわたしの目に飛び込んできたのは、初日の出に吠える勇ましくも可愛らしいルゥの姿が、初日の出部門第二位という結果。
信じられない!!
悪夢よ。
これはハーピー襲撃以上の悪夢。
三位とは圧倒的な差をつけた堂々たる第二位なんだけど、それこそモフの魅力に取り憑かれた見知らぬプレイヤーたちが沢山いて、沢山投票してくれたというのは当然のこととして、二位ということは上に一位がいる。
つまりルゥが負けたってことよね。
どうしてモフが負けるのよ?
絶対的正義
どうしてモフが負けるのよ!
あり得ないじゃない。
ルゥを負かすなんてどんな被写体よ?
とくと拝んでやろうじゃない……と憎しみと恨みを込めて意気込むわたしに、カニやんがあっさりと教えてくれる。
「アールグレイ」
それはわたしのアバターの正式名称です。
今のわたしが知りたいのはイベントの結果発表のこと。
その中でもルゥを負かして優勝した、怖い物知らずな被写体が知りたいのよ。
応募者とね。
「だからアールグレイ」
百聞は一見にしかず
もう一度繰り返すも納得しないわたしの様子に、少し苛立ったカニやんは口で説明するより早いとばかりに自分のウィンドウを開き、ルゥを負かして優勝したにっくきSSをウィンドウ一杯に映し出す。
そこには、初日の出に向かって手を合わせて拝むわたしが立っている。
わたし……?
「えっと…………これはなに?」
「なにって、自分だろ。
鏡も見たことないのか?」
少し馬鹿にするようなカニやんの口調や表情に、思わずムッとしつつもぐっと堪える。
自分の顔は毎朝見てます。
会社に着いてからも、時間があれば始業前におトイレで化粧を直すし、お昼休みの終わりもおトイレに寄るし、退社前にもおトイレに行くし、数えればキリがないくらい毎日見てるわよ。
だからそこに写っているのが自分のアバターだということはわかっている。
被写体の正体はわかったんだけれど、どうしてそんなSSがあるのかがわからないのよ。
わたしが最初に結果発表を見たのはお昼休み。
会社の食堂でね。
いつものように国分先輩と一緒だったんだけど、先輩もTL巡回で忙しくしていたから問題なし。
よもや課長と同じゲームをしているとか、同じギルドで遊んでいるなんてことはもちろん内緒だけれど、ゲームをしていることは話してあるし。
だからTL巡回でスマホの画面から目を離さない先輩の向かいで、同じようにスマホの画面を見ていた。
こういうイベントは下から順番に見ていくのが楽しいと思わない?
イベントの表彰式だって下の順位からするじゃない。
ああいう感じ
「わかるか」
カニやんにはそう突っ込まれたけれど、ルゥの優勝を信じて疑わないわたしは、ドキドキ感とわくわく感を堪能するために順位の下から見ていて、思いがけず二位となったルゥのところで目を留めてしまい、そのショックで肝心の優勝作品をまだ見ていなかった。
その優勝作品をようやくのことで見てみれば自分が写っているって、これはなんの冗談よ?
「冗談でもなんでもなく、グレイさんが優勝です」
だから自分が写っているのはわかっている。
昇り始めた初日の出を見て、崖の上で柏手を打って拝んだことも覚えている。
優勝したSSはその時のものだと思うんだけれど、誰がこんなのを撮っていたの? ……と思いつつ投稿者を見れば……
「ちょっとクロウ!」
勢いよく振り返ったわたしはクロウの胸ぐらを掴み 「なんてことしてくれるのよ!」 と喚く。
そりゃ優勝賞金で美味しいドッグフードを一杯買ってあげるとか、そういうご褒美的なことはルゥにしてあげられない。
データに過ぎないルゥはご飯を食べる必要がないし、そもそも犬じゃないしね。
狼よ
それこそ可能なら、ルゥのために美味しい生肉とかを用意出来ればよかったのに、出来ないのよね。
でもわたしは、ルゥの可愛いさを多くのプレイヤーに認知してもらいたかったの。
SNSにおける 「いいね」 は共感。
あれと一緒よ。
「いいね」 のボタンを押す代わりに一票を投じてもらい、ルゥの可愛さを多くのプレイヤーに共有して欲しかった。
それだけなのにまんまとクロウに邪魔をされるなんて。
さすがにクロウにはちょっとうるさそうな顔をされたけれど、すぐにしれっとしちゃって。
「当然の結果だ」
なにのどこが当然の結果っ?
だってトール君も似たような構図で撮影したものを応募したのに、そっちは五位入賞よ。
ルゥを膝に抱いて跪き、両手を組んで初日の出に祈る……そんな感じの構図と、これのどこが違うのよ?
そもそもどうしてこんなSSがあるのっ?
「あの……そういえばあの時、クロウさん、ウィンドウ開いてましたよね?」
パーティを組んで、一緒にシャチ銀に潜っていたトール君が、いつものように申し訳なさそうな顔で会話に入ってくる。
それを聞いてわたしも思い出す。
あの時、初日の出を拝み終えたわたしが振り返ったらウィンドウを開いていたわね。
すっかり忘れていたけれど、たったいま思い出しました。
わたしが見せてってお願いしたら、ウィンドウの位置を高くして見えなくするという意地悪をし、すぐに閉じてしまった。
あの時ね
でも、違うとも違わないとも言わないクロウはいつもの無。
シャチ銀連続三周を終えて一休みしていたところだったのに、話を逸らすように次のダンジョンを生成しようとする。
だってクロウの応募が 「当然の結果」 なら、トール君の応募はどうなのよ?
そりゃリクエストされてとったポーズだけれど、運営のみならず、投票したプレイヤーからも 「あざとい」 とか 「狙いすぎ」 とか、あまりいい印象を受けないコメントをつけられている。
「それでも投票するところ、男って馬鹿だよなぁ~って思うわ」
『それでも五位かよ』
『さすが女王』
別のパーティに入っている脳筋コンビが、カニやんに合わせて突っ込んでくる。
この三人も相変わらず仲良しよね。
そこに、こちらも相変わらずギルドルームにお籠もりしているか、無人バザーの巡回に忙しくしているのか。
わからないけれど、一緒に遊ぼうとしないマメが割り込んでくる。
『違いまーす。
今は女王陛下ではなく、聖女様でーす』
それを聞いてみんなは 『ああ』 とか 『そういえば』 とか納得した感じの相槌を打つんだけれど、わたしだけは納得しません。
なぜそうなるのかとマメに訊いてみれば……
『題名でーす。
クロウさんがつけたSSのー』
題名?
クロウがダンジョンを生成してしまったから、シャチ銀を攻略しつつも今度は自分でウィンドウを開く。
カニやんには怒られたけれど、気になるじゃない。
でも慌てていると操作を間違えてしまい、なかなか思う画面が出てこない。
イライラしつつも目的のSSを見つけ、付けられた題名を確認したんだけれど、どう反応したらいいのかわからない。
【祈り】
…………うん、まぁそうよね、そのまんまよね。
で、でもね、どうしてこの題名から、新たなわたしの通称が 【聖女】 になるの?
どう考えても反応に困るわよね、これは。
「そのまんまじゃね?」
『清らかな印象?』
『聖人的な?』
いつもいつも三人で楽しいリプをありがとう。
いっておきますがわたしは全然清らかでもなく、聖人でもありません。
むしろ煩悩の塊です。
大絶賛彼氏募集中で……と言いかけて、いつものように、気持ちいいくらいシャチや金魚、それにシャチの振りをして隙あらばプレイヤーをバックリしようとしている鯉を、ばっさばっさと斬り落としていくクロウの背中を見てしまう。
そういえばわたし、クロウに返事をしていないし、クロウの返事ももらっていないような気がする。
あ、でもでもでも、わたしの返事はいつでもいいって言ってたわよね。
いや、いつでもとは言ってないか。
うん、言ってない。
待つとは言ってくれたけれど、いつでもいいとは言ってないわね。
でもでもでも、わたしは早く返事を頂戴って言ってるのに、そっちはどうなのよ。
だ、だったらこうしようかしら。
クロウの返事をもらうまではわたしも返事をしない。
ちょっと駆け引きみたいで、こう……大人の女の人っぽくて格好良くない?
そんなことを考えてにやけそうになったけれど、クロウの反撃に遭ってあっさりと撤回する羽目になる。
「その返事なら今すぐにでも出来るぞ」
待って待って、そっちの返事は今すぐにでも欲しいけれど、わたしの返事と交換という話は撤回します。
だから返事はまだご用意出来ませんというか、出来ていませんが、そっちの返事は下さい。
「そのうちにな」
やっぱり駆け引きとか、恋愛レベル0の初心者には無理でした。
どう頑張ってもグレイがクロウに勝てるはずもなく。
そもそもそんな日が来るのか・・・(遠い目