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ギルドマスターは今日もギルドを運営します! ~今日のお仕事はなんですか?  作者: 藤瀬京祥


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412/808

412 ギルドマスターは新年の挨拶をします

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!


今話も長いです・・・が、よろしくお付き合い下さいませ(汗

                          藤瀬京祥

 例えば 「彼女がいるから出来ない」 とか 「面倒は嫌い」 とか、理由はなんでもいい。

 ただはっきり言ってくれればいいの。

 それこそ 「断る」 の一言だっていいのに、返ってきたのはまさかまさかのお預け。


「……この話の続きは明日にしよう」


 クロウにしては珍しい長考の末に出した結論がお預けだなんて、予想していなかったわたしは力が抜けてその場に座りこんでしまう。

 だって返事はyesかnoしかないと思っていたから。

 保留なんて考えもしなかったというか、この状況にそんな言葉が存在するとは思いもしなくて、急に全身の力が抜けてしまった。


「大丈夫か?」

「ちょっと……腰が、抜けた……」


 あはは……と、高いところから見下ろしてくるクロウを見上げ、頑張って笑ってみる。

 だってクロウは全然悪くないのに、ここでわたしが泣き出しでもしたら絶対に罪悪感を感じるじゃない。


 ………………


 ん? わたし、泣きたいの?

 た、たぶん、悲しいとかじゃなくて、緊張が解けたからじゃないかな。

 それできっと、あっちこっちが弛んでしまったのだと思う。

 だって、別に振られたわけじゃないもの。

 そもそもわたしはクロウにそういう告白をしたわけじゃなくて、お願い事をして返事を保留されただけ。


 わかってる


 うん、ちゃんとわかってる。

 だからこの感じは悲しいとかじゃないと思う。

 気が抜けただけよ、きっと。

 わたしのさっきまでの緊張っぷりはクロウも見ていたから、みっともなく腰を抜かしている様子に少しだけ苦笑い。

 手を貸して立たせてくれる。


「出よう。

 次が待っている」


 忘れてた


 このI(インスタンス)D(ダンジョン) 【富士・火口】 は入場に一時間という制限がある以外に、一組ずつしか入れないという特殊ダンジョン。

 だからいつも順番待ちの列が出来ている。

 とっくにわたしたちの攻略が終わっていることは 【富士・火口】 の噴火で、外にいる順番待ちのプレイヤーたちにもわかっていたはず。

 その噴火からずいぶん経ってダンジョンを出てくるわたしたちに、順番待ちをしていたプレイヤーは誰一人文句を言わなかった。

 もちろんちゃんと、お待たせしてごめんなさいと謝っておいたけどね。

 【富士・火口】 の攻略は一日一回と決まっていて、その攻略を終えたわたしとクロウがインカムを入れると、早速メンバーたちのお誘いがあったけれど、わたしはそれを断って今日はログアウトすることを決めた。


『珍しい』

『悪いものでも食って腹壊したか?』

『ムーさんとは違うと思いますけど……』


 わたしのことをどんな悪食だと思ってるのよ、まったく。

 からかってくる脳筋コンビに、遠慮しつつもビシッと言い返してくれるトール君にお礼を言い、ルゥを散歩させながらナゴヤドームへ戻る。


「明日から仕事だし、今日は早めに寝るだけ」

『仕事始めから居眠りはまずいよな』


 みんなと一緒にナゴヤジョー攻略中のカニやんの顔は見えないけれど、きっといつものようににひっと笑ってるに違いない。

 寝ません! ……と文句を言いながら、ギルドルーム内を逃げ回るルゥを追いかける。

 ルゥったら鬼ごっこでもしているつもりなのか、楽しそうに全力で逃げ回るからなかなか捕まえられなくて。

 ようやくのことで捕まえ、腕輪に格納したところでログアウトの挨拶をする。

 いつものようにギルドルームまで送ってくれたクロウは、てっきりこのあとみんなと合流すると思っていたのに、どうやら一緒にログアウトするつもりらしい。


 どうかした?


「いや。

 明日、話そう。

 わかったな?」

「はい」


 よくわかっていないけれど、ここで駄々をこねても意味がない。

 クロウを困らせるだけだもんね。

 だからわかった振りをして大人しく返事をしておく。

 ついでに頑張って笑おうともしたんだけど、なぜか涙が出てきてしまった。

 たぶん、顔は笑えていたと思う。

 でも泣いていた。

 なんとなくね、この最後のだめ押しをされた瞬間にわかったというか、悟ったというか。

 ああ、断られるんだなぁ~……と思っちゃったのよね。

 そうしたら勝手に涙が出て来てしまった。


「グレイ……」

「大丈夫。

 明日はちゃんと遅刻せずに出勤します。

 お仕事もちゃんとするから。

 お休みなさい」

「……お休み」


 今日一番深いクロウの溜息に見送られてログアウトしたわたしは、しばらくベッドの上に寝転がったまま。

 機器を外す気にもなれず、ぼんやりとしていた。

 なにがそんなに悲しいのか、自分でもよくわからない。

 だって、お願い事をして断られただけよ。

 それだけのことで泣く必要がどこにあるの?

 それともわたし、自分のお願い事は聞いてもらえて当たり前と思っていて、断られたことが泣くほどショックだったとか。

 それってどんな我が儘よ?

 凄く嫌な奴じゃない……と考えると、クロウの前で泣いてしまったのは大失敗。

 きっと我が儘がすぎると呆れられてしまったに違いない。

 そう考えると余計に落ち込んできて眠れなくなってしまった。

 せっかくいつもより早くログアウトして仕事始めに備えたのに台無し。

 寝不足で目は赤いし目蓋は腫れてるし、空気の乾燥で喉は痛いし。

 とりあえず前髪で目を隠し気味にしてマスクを着用。

 買ったばかりのスーツと鞄なのに、ファンデーションまでが粉っぽくなってノリが悪く、全然気分が上がらないまま家を出る。


 でもこういう運気の悪い時は悪いことが続くもので、満員電車の中、真新しい鞄に傷を付けられてしまってさらに気分がダウン。

 箱なんかで角を補強する金具が付いているものがあるじゃない。

 ああいう感じの金具が底の角に付いたリュックを背負っているOL……なのかしら?

 まだ学校が始まるには早いから学生じゃない気もするんだけれど、ちょっとOLにも見えない女の子。

 そんな危ないリュックを背負ったまま満員電車に乗り込み、下りる時に、そのリュックを振り回す感じで強引に道を切り開き、近くにいたわたしは鞄と手の甲をその金具で引っ掻かれてしまった。


 痛い……


 会社に着いて改めて鞄を見たら、底に近いあたりにうっすらと傷が入っている。

 通勤鞄だから毎日の満員電車でもみくちゃにされ、普段使いの鞄より傷みが早いのはもちろんわかっている。

 それでもそれなりに気に入ったものだし、なによりも下ろしたその日に傷を付けてしまうなんてやっぱりショックで、しばらく机の上に置いた鞄を見て呆然と立ち尽くしてしまう。


「おめでと、安積。

 どうしたの?」


 今日も今日とてTLの巡回警備に忙しいお隣の席の国分(こくぶ)先輩は、付いた傷を指でなぞって、あわよくば消えてくれないかしら……なんて無駄な努力をしているわたしに声を掛けるも、もちろんその目はスマホの画面を見たまま。

 諦めたわたしは席に着きつつ、電車でのことをかいつまんで話す。


「なに、それ?

 そんな危ない鞄持って満員電車って、傷害罪だろう。

 あれよあれ、武器準備なんとか罪ってやつ」


 ひょっとして、国分先輩がいいたいのは凶器準備集合罪、あるいは凶器準備結集罪のことかしら。

 でもそれはもっと凶悪というか、団体様を取り締まるための法律だったような気がする。

 ほら、あの反社会的な勢力の人たちとか。

 もちろん先輩の言いたいことはわかるんだけど。

 電車の彼女にしてみても、たまたま気に入ったリュックだったんだと思う。

 気持ちはわかるんだけど、あれ、普段使いにしてもちょっと危ない気もするわ。

 いつどこで誰にどんな怪我を負わせるかわからないもの。

 手の甲の傷はうっすらと血が滲む程度だったけれど、そこらへんに血を付けて汚すわけにもいかないし、念のために絆創膏を貼っておく。

 机の下に置いたゴミ箱に剥がした絆創膏の残り物を捨てたところで、出社してきた営業の会川(あいかわ)さんが、鞄だけを自分の机に置いて、課長の席に挨拶に向かうのが見えたから慌ててそのあとを追いかける。

 危うく新年のご挨拶を忘れるところだった。

 仮想現実(ゲームの中)では元旦に挨拶を交わしているけれど、会社は会社だから。


「課長、明けましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」


 営業らしく、会川さんの口からは明るく快活に挨拶の言葉が出てくる。

 まぁね、挨拶すら営業にとってはセールストークの一環だし、そりゃ言い慣れてもいるでしょうとも。

 そんな会川さんに便乗するわたしは、後ろで頭を下げながらもゴニョゴニョ言うだけ。

 どうしても昨日のことを思い出してしまい、ばつが悪くて課長の顔をまともに見られません。

 幸いにして、定型文のような挨拶が終わったところで課長の席にある電話機が、内線のお呼び出しをし始めたのでそそくさと自分の席に戻る。

 そして思い出す。


「そういえばあのメッセージ……」

「あ、あれね。

 昼休みに話すわ」


 国分先輩から送られてきていたメッセージには、会社で話すとあったはず。

 そのことを訊こうと思ったら、まだ終わらないTLの巡回警備に忙しい国分先輩に軽くあしらわれてしまった。

 ひょっとしたらここでは話しにくいのかもしれない。

 だって部署のみんなに筒抜けだもの。

 それこそ渡辺係長や水嶋さんにも。

 もっとも水嶋さんはまだ出勤してないけど。

 あの人、お仕事人間を自称するわりにいつも遅刻ギリギリなのよね。

 もう一人、水嶋さんとギリギリを競い合う人物が、今日は少しだけ余裕をもって出勤してきた。


「ちぃーっす」


 相も変わらず学生のノリが抜けない広瀬君は、まるで年末のことなど綺麗さっぱり忘れてしまったかのように清々しく、そしてチャラい。

 その挨拶はみんなに聞こえていたはずなのに、一人として返さないことに口を尖らせながらも自分の席に着き、早速PCの電源を入れる。

 しばらく……といってもものの数分程度、マウスをしきりにかちかち鳴らしていたと思ったら顔を上げ、先輩営業越しにわたしを呼びつける。


「安積ー、安積やーい。

 ちょっとこれ、どうなってんだよ?」

「どうって?」


 君子危うきに近寄らず


 広瀬君はしきりに 「これだよ、これ」 とかいって自分の席に呼び寄せようとするんだけれど、わたしは返事こそするけれど席を立たず。

 そもそもわたし、広瀬君のPCがどうなっているのかなんて知らないもの。

 見ても仕方がないじゃない。


「これ、あれから仕上げておいてくれたんじゃないの?

 これがないと困るんだよ、俺。

 今すぐにでも取りかかってよ。

 出来なかったら安積が先方に謝れよな。

 俺のせいじゃ……」

「広瀬」


 それまで自分の席にすわって素知らぬ顔をしていた都実(さとみ)課長が、広瀬君の言葉を遮ったのは始業時間ジャスト。

 年末の騒ぎで広瀬君が言い放った労災とか暴行で訴えるとか、あんな面倒な揚げ足をとらせないため、就業時間外の指示を避けたんだと思う。


「なんすか、うるさいなぁ。

 いま忙しいんですよ」

「部長がお呼びだ。

 すぐ部長室に行くように」

「え?」


 課長を見て表情を一変させた広瀬君は、まるで助けを求めるようにゆっくりとその視線をわたしに向ける。

 いやいやいや、無理だから。

 部長相手に、事務のわたしが出来ることなんてないわよ。


「早く行けば?」


 せいぜいこのくらいしか言えることもないし。

 まぁでも、部長のお呼び出しと聞いて顔色を変えるということは、少しはまずいことをしたという自覚はあるみたい。

 反省しているかどうかは別だけど。

 なにか言いたそうな表情で都実課長を見た広瀬君は、重い足取りで部屋を出て行く。

 その姿が完全に見えなくなるのを待って、都実課長がゆっくりと立ち上がる。

 そして室内を見回し、いつものいい声で話し出す。


「みんな、そのままで聞いて欲しい。

 本日付で広瀬が異動となる。

 異動先などについては人事から発表があると思うので、各自、そちらを確認してくれ。

 欠員の補充は現在検討中だ。

 したがって当面はこの人員で賄うことになる。

 大変だとは思うが協力し合って欲しい。

 以上だ」


 課長が着席した瞬間に静寂が破られ、部署内がざわつき出す。

 さすがにみんな大人だから、奇声を上げて喜んだりはしないけれど。

 でもだいたいは 「ザマァミロ」 とか 「やれやれ」 といった、広瀬君の異動を歓迎する声。

 まぁあれだけの悪行を働いたんだもの、無理もないわよね。

 散々だったもの。

 しばらくして部長室から戻ってきた広瀬君は、これといった私物はないのか、机に置いたばかりだった鞄だけを持って出ていった。


「あ、安積ー、あとで話があるんだ。

 昼休みにな」


 出ていく間際、出入り口で足を止めた広瀬君はわたしを振り返るんだけど、嫌な予感しかないわよね。

 だからどうやって断ろうかと考えるんだけど、隣の席にすわる国分先輩が先に口を開く。


「わたしが先約だから」


 そうでした


 例のメッセージの話をお昼休みに聞くと、広瀬君が出勤してくる直前に約束していたのをすっかり忘れていたわたしは、ホッとするとともに少し背筋がひやっとする。

 最近色々ありすぎるせいか、ちょっと物忘れが酷いような気がして。


 広瀬君の異動先は、社内ではあるんだけれど、わたしはその場所を知らない。

 なぜならば正式な部署ではないから。

 会社では今、古い紙媒体の資料をデータベース化する作業が進められている。

 総務あたりから計画書が出されていたと思うけれど、そこにかかる年数なんかの予定が書かれていたと思うけれど、直接の関係がないからわたしは覚えていない。

 でもこの作業はいずれ終わる。

 つまり新しい部署を作ってもいずれは不要になるわけで、そのために社員を増やしても、部署が解散になったあと人手が余るかもしれない。

 そこで会社は、社外秘など一部を除いた古い資料のデータベース化を、社外に業務委託。

 社内にその作業部屋を設置し、委託先の社員が常駐して作業を行なっている。

 広瀬君はそこに、出向という形で異動となっていた。

 人事から出された例の一件の処分は、広瀬君の他に都実課長や会川さんたち営業数人に、ついでとばかりに渡辺係長までが減給という形で落着。


 でもこれって……


「広瀬、やばいわね」


 お昼休みに賑わう食堂で、空いた席に着いたとたん国分先輩が口を開く。


「やっぱりそうですよね」

「だってこの部署って、いずれなくなるんでしょ?

 五年だっけ。

 総務の計画書にそんなことが書いてあった気がするんだけど、五年後に広瀬が戻ってくる場所があると思う?」


 例えあったとしてもそれは営業ではないと思う。

 しかも計画はあくまでも計画であって、延長されればされるほど広瀬君に戻ってくる場所はなくなるんじゃないかな。

 今回の出向は、理由が理由だし。

 そもそもあの広瀬君が出向先だからといって大人しくしているとは限らないわけで、案外、会社の狙いはそこらへんにあるのかもしれない。

 いずれにせよ、これでしばらくは平和になるかしら?

 あ、でも人手が足りないから無理か。

 今日も課長を筆頭に、営業職は昼休みまで移動時間に充てて挨拶回りに忙しくしてるもの。

 ノー残業デーだから終業時間には戻ってくるはずだけど。


「ところで先輩のお話ってなんですか?」

「ああ、それね。

 実は年末に、一緒に初詣に行こうって彼氏から連絡があったの」


 年始早々、のろけですか?

年末の顛末です。

このあと新たなサイコパス登場!(嘘

でも世の中、本当に色んな人がいるものですね。

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― 新着の感想 ―
[一言] またグレイちゃん、先走りというか変な方向に思考いっちゃってない? あのクロウが、グレイちゃんのお願いを断るとか、ないでしょう。 …あ、いや、グレイちゃんは仮のつもりなんだっけ?練習というか。…
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