408 ギルドマスターは凧揚げをします
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散々ナゴヤドーム内に置かれたお茄子での記念撮影をしたJBが、今度は牛を撮りたいと言い出し、そこにマメが情報提供。
もちろん公式サイトの掲示板にあった情報を漁ってね。
その情報を元に大捜索をした結果、JBは 【関西エリア】 で巨大牛の群れを発見したらしい。
そこで一緒に撮影をして遊ばないかと誘ってきた。
すでに一緒に捜索をしていたアキヒトさんたちは向かっているらしいんだけれど、わたしはお断りいたします。
no thank youよ
「よし、行くか」
JBのお誘いに乗り気なカニやんは、手早くインベントリを開いて猫じゃらしを格納し、まだ興奮冷めやらぬタマちゃんを素早くキャッチ。
不思議そうな顔をしているタマちゃんを片腕に抱きながらスマートに立ち上がると、カニやんの顔を見上げ、尋ねるように 「にゃ~ん」 と鳴くその頭を撫でてやる。
相も変わらず、その……こ……恋人同士っていうの?
そんな感じに仲睦まじい様子はもちろんだけれど、どうしてそんなスマートに立ち上がれるの?
ちょっと羨ましいというか、妬ましいというか。
違いが出る理由を教えて欲しい。
だってわたしが立ち上がる時って、どうしてもどっこいしょ感満載になるんだもの。
「知らねぇよ。
なぁタマ」
カニやんに声を掛けられたタマちゃんは、やっぱりカニやんを仰ぎ見て 「にゃ~ん」 と可愛い鳴き声で応える。
その艶やかな毛並みとは対照的に、わたしの腕の中ではルゥがしおしおにしおれている。
やぁねぇ、ルゥったら。
でもこのすがりついてくる感じも超絶可愛い。
『カニやんたちも行くのか。
だったらあと……1分待って』
インカムから聞こえてくる恭平さんの声。
少し焦っているようにも聞こえるけれど、どうかした? ……と思っていたら、ギルドルームと続き間に作られた、ハルさんの作業部屋の扉が慌ただしく開かれ、恭平さんが姿を見せる。
あら、そこにいたのね。
「あ、ハル、それ」
「大丈夫。
作業時間経過分は、自動的にそこで止まるから」
ハルさんの作業部屋から慌てて出てこようとした恭平さんは、なにかを思い出したように足を止め、室内を振り返る。
その話しかけに答えたと思ったら、恭平さんに続いてハルさんも出てくる。
そういえば恭平さん、よくハルさんの作業部屋にいるような?
恭平さんに生産スキルはないはずだけれど、なにかお手伝い出来ることがあるのかしら。
「生産は出来ないけど、成功率から在庫と必要素材の割り出しとか出来るし。
ギルド倉庫も枠に限りがあるから、同じ素材ばかり入れても仕方ないだろ」
真面目な倉庫番ね。
お任せ甲斐があるわ。
で、そんなに慌ててどうかした?
ハルさんまで出て来て。
「一緒に行こうと思って」
ああ、牛を見に行くのね。
いってらっしゃぁ~い!
行く気のないわたしは笑顔でお見送り……と思ったら、クロウに抱えられてギルドルームから連れ出されてしまった。
ちょっと待って。
わたし、あのドナドナでもう牛はこりごりだから。
「大丈夫でしょ、大きいってJBも言ってるし」
『無茶苦茶デカいっすよ』
お茄子を撮影している時もそうだったけれど、巨大牛で記念撮影中とおぼしきJBもすこぶる超ご機嫌。
学生組と楽しそうにはしゃいでいる声がインカムから聞こえてくる。
うん、みんなで楽しんで。
わたしはいいから……と足掻くんだけれど鉄筋に勝てるはずもなく、放してくれない。
ルゥごとクロウに抱えられ、マップに表示されるメンバーの位置情報を元に、【関西エリア】 の一画で合流してみれば、本当に巨大な牛が群れていた。
プレイヤーの1・5倍くらい?
2倍はないような気もするけれど、男性プレイヤーが隣に立っても、その背に手が届かないくらい大きな牛が……数えようとしたんだけれど、一頭が大きすぎて視界を塞ぎ、近づきすぎると群れ全体を見ることすら出来ない。
というわけで数はわからないんだけれど、軽く十頭以上はいると思う。
ほんと、ここの運営は巨獣好きよね。
ルゥを抱いたままのわたしは草を食む牛の一頭に近づき、牛のドアップをルゥに見せてあげる。
「ぎゆ?」
一昨日にも見てるんだけれど、大きさが違うと同じ物に見えないのかしら?
元々大きな赤い目をさらに大きく見開いたルゥは、驚きや不思議さなんかがない混じった顔で牛を見、その小さな手で叩いたりするんだけれど相手は置物だからね。
【幻獣】 のSTRをもってしてもビクともせず。
それどころかゆっくりと頭を上げて……あげ……え? ちょっと待って?!
不意に何かに引っ張られたと思ったら、角! 角に装備が引っ掛かった!
わたしが着ているのは、勝手に 【チャイナシリーズ】 と名付けた……まぁその名の通りチャイナドレス。
色や形の違う三種類があって、同じシリーズの赤を着ているのが 【特許庁】 の蝶々夫人なんだけれど、これは運営からのCBTのお礼アイテムで一般販売はされておらず。
たぶん蝶々夫人が着ている赤と、わたしがいま着ている青、そしてインベントリに仕舞っている白、それぞれ一枚ずつしかないと思われる結構稀少な装備。
派手派手しい色同様、体のラインが恥ずかしいくらいはっきり出る赤と違い、わたしが持っている青と白はいわゆるアオザイで、下にズボンを穿ける仕様になっている。
だからわたしはズボンを穿いていて少しくらいスカートがめくれても大丈夫なんだけれど、でも、脇に入っているスリットの位置がいつも鬼門になる。
絶対鬼門よ!!
ルゥと初めて会った時もスリットのところからスカートの中に潜り込まれてしまい、今回もそのスリットに巨大牛の角が引っ掛かってしまうという鬼門。
絶対スリットのある方角から災厄がやってくるんだわ。
そうしてわたしに降りかかるのよ。
しかもただ引っ掛かっただけなら外せばいいんだけれど、不器用なわたしが外すのに手間取っているあいだに牛が頭を上げてしまったものだから、わたしは不自然な状態で吊り上げられ、そのまま角からぶら下がる羽目になってしまった。
なに、これ?
仰向けっていうか、斜め?
え? ごめん、わかんない。
わたし、今どんな状態?
とっさのことだったとはいえ、またしても落っことしてしまったルゥが、すぐそこで逆さになりしきりに首を傾げている。
可愛らしいおすわり姿が顎下から……あ! ひょっとしてこれ、わたしが逆さ?
「どんなって……脇腹引っ掛けられて、後ろに二つ折り状態?」
ちょっとカニやん、それじゃわかりません。
あ、でも不自然な体勢だってことはわかる。
ちょっと苦しいというか、しんどいというか……辛い。
人間の体って、普通の人の場合、前には折り曲がるけれど後ろには折り曲げられないように出来てるのよ。
でも仰向けの状態になって……重力が……。
「なに言ってるかわかんねぇよ。
大人しくしてろ」
自分の手元も見えない状態のわたしはやたら滅多にそのへんを掴もうとするんだけれど、左手はなにをどう掴んでいるのかわからない状態だし、右手は完全に空を掴んでる。
置物といえば表面が固い印象だけれど、この牛はちゃんと毛が生えていて、たぶんわたしの左手はその毛を掴もうとしているんだと思う。
無理
手の角度が合っていないらしく、空振りばかりを繰り返している。
「グレイ、動くな。
柴、ムー、手を貸してくれ」
牛の頭にぶら下がるわたしの下に回り込むように、片手を伸ばして背を支えてくれるクロウの声が耳元で聞こえます。
今の状態でわたしがなにかを言える立場にはないんだけれど、でも言わせて下さい。
そこで喋るのはやめて
そのクロウの要請を受け、背の高い柴さんやムーさんもそばに来てくれるんだけれど、わたしはそれを逆さに見ているだけ。
装備が破れることはないけれど、何かの拍子に外れたら背中から落ちるか、頭から落ちるかって感じの状態であることがわかる。
そもそもどうして牛が頭を上げたのかと思ったら、どうやら移動を始めようとしていたらしい。
ゆっくりと折っていた四肢を伸ばしてのっそりと立ち上がり、わたしをぶら下げたまま歩き始める。
何度も言うけれどこの牛は置物で、NPCでもなければAIも積んでいない。
だから決められたとおりに動くだけで、自身にプレイヤーが引っ掛かっていようと気に留める……というか、引っ掛かっていることを感知するセンサーすらなく、規定どおりにしか動かない。
「旦那、やばい」
「ちょい下がろうぜ」
牛の前に立っていたら、一緒に引き摺られるか押し潰されるか。
脳筋コンビに促され、牛に進路を譲るように脇に避けるクロウ。
そしてわたしの背を支えながら、のんびりとした牛の歩みに合わせて動く。
でもでもちょっと待って、これ、結構振動がある。
落ちそう!
ここは仮想現実で、落ちても怪我はしないけれど痛みはある。
なによりもこのドナドナ状況が悲しくて、恥ずかしくて……早くなんとかして欲しい。
他力本願で申し訳ないんだけれど、この状況でわたしにどうしろと?
どうにもならなくて、巨大牛に群がっていた見知らぬプレイヤーたちの視線が痛い。
脳筋コンビがすぐそこで、「腹筋だ」 と言ってくれるのは二人なりの励まし方だと思うけれど、そもそも二人はOLの筋力を舐めている。
いや、違うな。
OLの筋力退化を舐めてるの間違いだったわ。
普通の腹筋ですら危ういのに、逆さ吊りの状態でなんて絶対に出来るもんですか。
腹はあっても腹筋はないの!
そうしてわたしは何人もの牛飼いと、放牧犬ならぬ放牧狼と一緒に巨大牛の群れと大移動する羽目になった。
前回は次の休憩地点とでもいえばいいのかしら?
移動先で群れが落ち着き、再び草を食み始めたところでようやく牛の背から下りられたけれど、今回はもっと酷かった。
だってこの牛の群れ、消失するんだもの。
どこからともなく現われて、どこにともなく消えてゆく……希少性を持たせるためなんだろうけれど、ゆっくりと歩きながら群れごとほんの数秒で消えるとか、ちょっとした怪奇現象じゃない?
わたしはその怪奇現象に巻き込まれるような形で、地面に落とされるところをクロウに助けられた。
わたしを角にぶら下げる牛が消えれば、必然的にわたしは地面に落ちる。
このゲーム最強のNPC 【幻獣】 であるルゥですら重力には勝てないんだもの。
どう頑張ったって魔法使いに勝てるはずがない。
それこそ脳筋でもね。
全身筋肉でも無理だから、絶対に。
頭が下がらないよう背中を支えていてくれたクロウが、わたしをぶら下げる牛が消えた瞬間に落下するわたしを受け止めてくれた。
おかげで痛い目には遭わずに済んだけれど、十分すぎるほど恥ずかしい目に遭った。
今も恥ずかしい状況です。
もう絶対に牛の群れには近づかない。
絶対!
このイベントも今日一日で終わりで、この牛の群れが出現するのも今日で終わり。
でも一度あることは二度あるっていうじゃない。
そして二度あることは三度あるともいう。
実際にわたしも一度遭ったことに二度遭って、おあつらえ向きとばかりに牛のサイズはもう一種類ある。
つまりもう一回遭遇する可能性がある。
冗談じゃないわよ、ドナドナを三回もするなんて。
今回のイベントはもう応募を終えたし、今日はナゴヤドームでおとなしくしておきます……と宣言するわたしにカニやんが言う。
「そもそもドナドナって人間が牛を連れ去る歌で、牛が人間を連れ去る歌じゃないから」
だから余計に恥ずかしいんでしょっ!!
サブタイトル→ 今時の子どもが凧揚げをするか、甚だしく疑問ではありますがネタ切れ気味(涙
完全に切れる前にお正月イベントが終わることを願いつつ、とりあえずもう少し牛が大行進します(笑