400 ギルドマスターは紅組の健闘を称えます
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
祝400話です!
掲載開始から約1年、お付き合いくださいましてありがとうございます。
そしてこれからもどうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。 藤瀬京祥
『一刀両断』
剣士には珍しい詠唱スキル 【一刀両断】 は、詠唱後、その刃に触れる最初のものを両断するスキルで、物理攻撃ではあるけれど一定値のMPを必要とするらしい。
でもそれ以上に……というか、かなりのSTRも必要とするらしく、間違いなく魔法使いには取得出来ないこのスキルを唱えたのはクロウ。
ハーピー・紅の攻略に参加する重火力剣士たちはほぼ全員が持っているらしいスキル……だったと思う。
た、確かね、以前にそんな話を聞いたような気がするんだけど、もちろん別に持っていなくてもいい。
この時だってクロウが唱えたのは、たまたまいい位置にいたから。
プレイヤーの攻撃を受けるハーピーの抵抗は激しく、たまたま大きく首を振ったそこにクロウがいて、チャンスを逃さなかっただけ。
このゲームでは、運営の良心というか、倫理というか、自主規制というか……もちろん普通に首が落ちるゲームもあるんだけれど、むしろほとんどのゲームはそうだと思うんだけれど、ここの運営は首から上の部位欠損はしないと規定している。
そしてそれはプレイヤーだけでなくNPCも対象で、クロウの放つ 【一刀両断】 で首を断たれたはずのハーピーは当然のように首から上を失うこともなく。
クロウが振るう大剣・砂鉄の通った痕が光の筋となって残り、その部分から、まるで噴き出すようにHPが流出。
切断部分から始まった分解はハーピーの全身に広がり、ほどなく消失した。
そして上がる歓声。
いやいやいや、まだ終ってないから。
まだ 【白】 が残ってるから……というわたしも、ルゥのピコピコと動くお耳に頬をもっふりと癒され、危うく骨抜きにされるところだったんだけどね。
めっ!
あとで一杯一杯もっふりするつもりだから、今はお預けで。
もちろんお預けをされるのは、ルゥではなく飼い主。
最近よくあるわよね、この逆転現象。
どこかで挽回しておかないと、そのうち飼い主の立場を失いそうです。
次は 【白】!
そう意気込むわたしはルゥを抱えたままウィンドウを操作して、【鷹の目】 を中心とした銃士を指揮するセブン君と連絡を取る。
いつもならコールするところだけれど、今はセブン君も手が離せないと思うからダイレクトでいきます。
『お疲れ様』
もちろん 【白】 の対となる 【紅】 が落ちたことはセブン君も知っている。
だからこの言葉から始まったんだけれど、当然わたしが連絡をした目的はわかっている。
無駄話もほどほどに、本題に入る。
『どうやって 【白】 を墜とす?
確か前にグレイさん、低空飛行のところを強引に落とさなかったっけ?』
うん、その方法には身に覚えがあります。
でも見ていたら、前よりハーピーの高度が下がらないような気がするのよね。
二度ほど 【かまいたち】 を見たような気がするんだけれど、前の時はもっと低い位置に滞空していたような気がする。
これは運営が対応してきたとみるべきか。
あるいは搭載するAIが学習したとみるべきか。
いずれにせよプレイヤーが不利に変わりはないからどちらでもいい。
今はね
この先、ハーピーがエリアダンジョン 【富士・樹海】 固定NPCになるならちゃんと考える必要があるけれど、まだ分からないし、運営もそんな発表をしていない。
だから今はそこを考える必要はなくて、現状打破の方法を最優先にします。
どうやって墜とす?
んーっと、一つ提案があるんだけど。
『なんです?
俺に話すということは、銃士の仕事ってことでいいんですよね?』
うん、銃士にしか出来ないと思う。
さっきハーピーが低空に降りた時、一斉射撃を食らってバランスを崩したわよね。
あれでさらに高度を落としたところならなんとか届くかも。
『なるほど』
少し笑いを含んだようなセブン君の声。
これはわたしを馬鹿にしているのではなく、たぶんインカムの向こうで苦笑いを浮かべているんだと思う。
だって難しいもの
そもそも低空に降りてきたハーピーも、その攻撃方法で高度が違う。
【かまいたち】 を放つために地上近くで滞空する時より、滑空してその爪で地面をえぐる時の方が当然低い。
しかも滑空の時、その進路で待ち構えるのはかなりの勇気がいるのよね。
銃士の一斉射撃でバランスを崩させ、そこを狙うこの作戦だと、射撃の角度や火力によっては思ったほどバランスを崩さないかもしれないし、タイミングを外すと、ほぼ間違いなくあの巨大な爪に体のどこかをえぐられるか、持って行かれるか。
いずれにしても鉄筋の剣士ならともかく、貧弱な魔法使いは落ちると思う。
さっきわたしが助かったのはほぼほぼ奇跡で、それでもあの一撃で、あの一瞬で三分の二以上のHPを持っていかれたもの。
というわけで失敗してわたしが落ちたら、あとはカニやんよろしくね。
よろしくね!
ねぇ! よろしくね!! ……と何度も言っているのに、カニやんったら全然応えてくれない。
代わりに……と言ってはなんだけれど、恭平さんと一緒にガルムを捌いているJBの声がする。
『それ、ギルマスがする必要ないんじゃないっすか?』
それこそ他の魔法使いがすればいいと言ってくれるんだけれど、そうもいかない事情があるのよね。
『なんすか?』
『俺たちじゃ届かないよ』
わたしが答えるより早く……ちょっと喉がいがらっぽくて、むせ返ったら出遅れました。
インカムを通してその咳をみんなにお聞かせするという見苦しい醜態を演じる脇で、の~りんが代わりに答えてくれる。
『届かない?』
『そう、届かない。
剣士もさ、STRとVIT で与ダメと被ダメが変わるでしょ。
あれと同じ。
魔法使いも、ステータスでスキルの威力が変わるんだ。
与ダメはもちろんだけれど、スキルの飛距離とか、範囲魔法だとその範囲とか。
今、このゲームで最強の攻撃型魔法使いはグレイさんだからね。
そのグレイさんが、銃士の手を借りて高度を落とさないと届かないっていってるのなら、俺たちには届かないよ』
あえての~りんがわたしのことを攻撃型魔法使いと言ったのは、ここに最強の回復系魔法使いがいるからね。
もちろん 【特許庁】 のギルドチャットがわたしに聞こえないように、【素敵なお茶会】 のギルドチャットは彼女に聞こえないけれど。
しかもの~りんてば、最後に少し笑いを含んだ声でこう付け足す。
『カニやんはわからないけど』
あら、飛び火した。
「やりますよ、俺が」
カニやんの声がインカムからではなく直に聞こえた……と思ったら、いつの間にかすぐそこまで来ていて、ガルム退治に忙しいタマちゃんの胴体にガップリ組み付いた……いや、ただしがみついているだけか、これは。
一応 【紅】 が落ちて、【白】 が降下さえしてこなければなんとか平穏は保てる状態とはいえ、ここぞとばかりに愛猫にしがみつき、そのモフモフの毛並みですりすりしているカニやん。
一方のタマちゃんはカニやんにしがみつかれているためにその場を動けないけれど、威嚇でガルムを追い払いつつも飼い主を鬱陶しがり、二本ある尻尾で、まるで鞭のようにカニやんを殴っている。
でもそれさえ嬉しいカニやんって、ほんと、どんなMよ?
これじゃあ飼い主と愛猫の関係じゃなくて、ドMとドSの関係じゃない。
カニやん大好き脳筋コンビが一緒に来ていて、タマちゃんの負担を軽くすべく、易々とガルムを薙ぎ払っている。
『え? カニやんがするの?』
ちょっとの~りん、自分で話を振っておいて驚くっていうのはどういうこと?
さすがにちょっとカニやんに失礼じゃない?
「やりますよぉ~」
その前にちょっと充電……なんてカニやんはいうんだけれど、難しい狙撃タイミング。
いつまでも銃士組に 【白】 を抑えていてもらうのは酷だと思う。
だからわたしがするわ。
あ、でも失敗して落ちたらあとはよろしくね……というのには、やっぱり返事をしてくれないのよね。
これってつまり、さっきも返事をしてくれなかったのはわざとってことよね。
どういうつもり?
『カニやんってそんなに強いんすかっ?』
露骨に意外そうな声を出すJBに、さっきは自分も同じような声を出したの~りんが応える。
『強いよ。
たぶん、グレイさんの次くらいに。
グレイさんが桁外れに強いからわかりづらいけど』
ちょっとの~りん、わたしを化け物みたいにいわないで。
『あの全身黒ずくめの魔女より?』
『それってシシリーさんのことだよね。
比べものにならないと思う』
JBは人の名前を覚えるのが苦手なのかしら?
答えるの~りんの声もちょっと苦笑い。
逆に黒ずくめでシシリーさんを思い出せるなんて、の~りんの記憶力は凄いと思う。
わたしなんてすっかり忘れていたもの。
ふふ
『グレイさん、そっちに 【白】 が向かう。
墜とすよ』
不意にセブン君の直通会話が割り込んでくる。
どこから来るのかと首を巡らせてみれば、【富士・火口】 を背に、こちらに向かって真っ直ぐに飛んでくる 【白】 の姿を見つける。
蝶々夫人はちゅるんさんに任せるわ……と思ったらいつの間にか不破さんが蝶々夫人の隣に、いつものように立っている。
うん? この二人って何かあるの?
ちょっとだけそんなことを考えちゃったんだけれど、今はかまっている余裕がない。
「気をつけて」
そうわたしに言ってくれた不破さんは、隣で呆れている蝶々夫人を連れて退避。
もちろんちゅるんさんもね。
串カツさんはノーキーさんを抑えるのに忙しいらしい。
今から張り切ったって、剣士じゃあの高さには届かないのにね。
カニやんはルゥにお任せ。
カニやんは自分で 【白】 を墜とすつもりでいるから、タマちゃんを退避させるべく離れるんだけれど、わたしはその鼻先に抱えたルゥを持ち上げて突きつける。
これは前にも使った手なのに、カニやんはどこまでも獣の下僕にして奴隷根性MAX。
その眼前にルゥのドアップを見て喜んじゃって。
ルゥはルゥでカニやんが嫌いというか、要注意人物だから、眼前にカニやんの顔を見ると反射的にやってしまうらしい。
必殺肉球パンチ
わかっているのに避けないというか、避けられないカニやんは、まともにおでこに食らい一瞬で吹っ飛んでいく。
それを軽快な足取りで追いかけていくタマちゃんと、まるでわたしとルゥのすることをわかっていたかのように待ち構えていた脳筋コンビが、とんできたカニやんをそのまま回収していく。
やっぱり絶妙なコンビネーションよね。
さぁて、墜とすわよ
でもね、ちょっと怖い。
だってハーピーが真正面から、勢いもさながら、凄い気迫で迫ってくるんだもの。
これをいうのは失礼だって十分わかってるんだけれど、わかっていても言いたくなるくらいハーピーの顔が怖い。
しかもこの高さ。
ハーピーの狙いは 【かまいたち】 かも。
やばいかな
届くといいんだけれど……と不安を抱くわたしをよそに、セブン君の合図で放たれる銃士たちの一斉射撃。
爆撃並みの爆音を轟かせ、受けた大ダメージにハーピーは大量のHPを流出する。
そして狙いどおり体勢を崩すんだけれど、思ったほど落下しない。
このまま墜とすか、確実性を考えて仕切り直すか……わたしは一瞬躊躇した。
「起動……モルゲンステイン」
迷いを振り切るように詠唱するんだけれど、ほとんど声は出ていない。
それでもスキル自体は狙いどおりハーピーの上空から作用し、視覚効果として現われる派手な落石がハーピーを、その背から襲う。
銃撃によって体勢を崩していたハーピーは、上空から襲ってくる地属性スキル 【モルゲンステイン】 によってさらに体勢を崩して高度を落とすんだけれど、地面に叩き落とすには全然足りない。
大事をとってカニやんたちに退避してもらっていたことがここで徒になるなんて、思いもしなかったわ。
それこそ近くにいれば、続けて 【モルゲンステイン】 を撃ちこんで叩き落とせたかもしれない。
ならば自分で……【モルゲンステイン】 は再起動準備だから使えないけれど、無詠唱の 【ロックフォール】 なら使える。
ちょっと威力は落ちるけれど背に腹は変えられないもの……と思った矢先、腕に抱いたまま忘れていたルゥが 「きゅ!」 と鳴き声を上げる。
その、違和感がなくてね、置いてこなきゃいけないこの場面に、ついつい抱っこしたまま連れてきちゃった。
そのルゥが 「きゅ!」 って……可愛い声……じゃなくて、ちょっとルゥ?!
なにするつもりっ?
仕事をしない主人公には、またしてもお仕置きが・・・(笑