396 ギルドマスターは歌を歌います
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
お正月イベントでサブタイトルを考えたのですが、紅白から歌ときたら年末に戻っちゃうじゃん!!(汗 ・・・と思ったのですが、そのまま行きます。
「待ちなさい!」
地面に横たわったまま動かないルゥに駆け付けようとするわたしを、すかさず蝶々夫人が抑え付ける。
お互いに魔法使いだからSTRはモヤシなのに、安定感抜群のホールド態勢をとられるとまったく身動きがとれない。
なに、これ?
「ここであんたが飛び出してどうするの!」
わかってる、わかってるわ。
ここでわたしが動いたら、ちゅるんさんやタマちゃんまでが位置を変えなければならなくなる。
もちろん蝶々夫人もね。
言ってることはちゃんとわかってるの。
でもルゥが……ルゥが動かない!
呼んでも戻ってきてくれない!
わたしがこんなに必死に呼んでるのに、返事もしてくれないのよ!
こんなことあり得ないもの。
えっと、その、たまにいうことを聞いてくれないことはあるけれど……というか、あまりいうことは聞いてくれないけれど、でも返事はしてくれるのよ。
いつもちゃんと返事だけはね。
楽しく遊んでいる時でも可愛らしく 「きゅ!」 と返事だけをして、わたしに期待だけさせてそのままスルーとかはあるけれど、返事もしないなんてあり得ない!
だから迎えに行ってあげなきゃ。
あそこでいつまでも寝転んでいたらガルムに食べられちゃうじゃない。
「それでも駄目!」
実際ガルムが、そろりそろりとルゥに近づいていく。
早く、早く助けなきゃルゥが……放してよ!
「絶対放さないわよ」
蝶々夫人の手を振りほどこうと足掻いているあいだにも、数匹のガルムがルゥのすぐそばに……と思ったら、おもむろに頭を上げたルゥが野太い声で 「ウォン!」 とひと吠え。
その威嚇にガルムは飛び退く。
でもガルムはあきらめが悪い。
吠えてすぐ、またがくっと頭を落としてグッタリと横たわってしまうルゥに、隙あらば……と狙うように、上目遣いにルゥを見ている。
放して!
ルゥはガルムが嫌いなのよ。
わたしも大嫌いだけど、ルゥはもっと嫌いなの。
だから助けてあげなきゃ。
でもここからじゃわたしの術は届かない。
もう少しだけ近づかないと……。
「もう一度言うわ。
絶対に放さないから」
宣言する蝶々夫人の真っ赤な唇が、その意志の強さを示すように強く引き結ばれる。
わたしと彼女は同じ魔法使いでレベル差もたいしてないはずなのに、どうしてわたしが腕力負けしてるの?
これ、どんな絡繰り?
ひょっとしてわたし、最弱の魔法使いなの?
この絡繰りを解かないと蝶々夫人の腕も解けないとか、どんな仕掛け?
そんな仕掛け、いつ出来たのよ?
それもわたしに断りなく。
でもルゥが心配で心配でたまらないわたしに解法を考える余裕はなくて、ただただ力任せに足掻いていると、軽い足取りで駆けていったタマちゃんが、猫特有のしなやかさでするりとルゥとガルムのあいだに入り、ガルムをシャーッと威嚇。
すると数体のガルムが一斉に吹っ飛んでいく。
タマちゃんの威嚇には、プレイヤーが使う術 【スパーク】 に似た効果があるからね。
しかも同じ 【妖獣】 とはいえ、たぶんガルムよりタマちゃんのほうが格上だと思う。
すぐさまガルムも体勢を立て直すんだけど、タマちゃんも黙ってそれを待つことはしない。
地面に横たわったままのルゥの首根っこを咥えて持ち上げ、のっそりと歩き出す。
いつものルゥなら怒るところだけれど、もうその気力もないのか、まるでボロ雑巾のように大人しくタマちゃんに咥えられたまま。
尻尾の先を引き摺るように、こちらへと運ばれてくる。
お願いタマちゃん、そのままここまで連れてきて! ……というわたしのお願いを邪魔するのはもちろんガルム。
ルゥ諸共タマちゃんに襲いかかろうとして、ルゥを地面に落としたタマちゃんに再びシャーッと威嚇されて吹っ飛ばされる。
地面に落とされたルゥは、ちょっと頭を上げてわたしを見ると、ゆっくりと体を起こしてこちらへとよろよろ歩いてくる。
いつもの軽快さなんて面影も残っていない弱々しいルゥの足取りに、今にも崩れ落ちそうなほど弱ってしまったルゥの有様に、わたしは泣いてしまった。
ごめんね、ルゥ
タマちゃん、ありがとうね。
そこまでルゥを運んでくれて。
あとはわたしがやるわ。
だってもうそこはわたしの攻撃範囲よ、ガルムの馬鹿!
バカバカバカバカバカバカ!!
まとめてカバ焼きの刑よ!
「起動……業火!」
所々で喉の奥からヒュッとかいう音が出て、わたしを焦らせつつもなんとか詠唱は成功。
放たれた業火の中、それでも勇ましく攻撃体勢をとり続けるガルムたちが次々に電子分解を始める。
激しく燃えさかる焔から弱ったルゥを守るように、焔とルゥのあいだに入ってくれるタマちゃんはチラリと背後を見て、流れ出るHPをキラキラとふりまきつつ焔の中から飛び出してくるガルムに、ユラユラと揺れる尻尾の一本でビンタをお見舞い。
焔の中に叩き返して始末を付けると、また低く 「ニャ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"」 と鳴き声を一つ。
これはひょっとして、あれ?
その……いわゆるざまぁ的な?
だってタマちゃんは飼い主がカニやんだからね、飼い主の悪いところを真似ちゃったとか。
女の子なのに……
「タマが雌か雄かなんて知るか!」
詠唱の合間にカニやんが突っ込んでくる。
まぁこれには賛否両論があって、次々にメンバーからの突っ込みが入る。
『え? 雌だからタマにしたんじゃないのっ?』
『普通、タマは女の子だろ?』
『だからタマはダメだっていったのに』
『別に雄でもいいんじゃね?』
『ダメなのかっ?!』
そもそもタマちゃんを 【タマ】 と名付けることに大反対だったアキヒトさんはともかく、タマちゃんとルゥに性別があるのかどうかって話なんだけど、あえて今は突っ込まないでおく。
ようやくのことで辿り着いたルゥをもっふりと抱き上げると、それまでうなだれていたルゥはゆっくりとわたしを見上げて、今までに聞いたことがないほど弱々しい声で 「きゅ」 と鳴く。
すぐそこまで付き添ってくれたタマちゃんの頭を撫でつつ 「ありがとう」 とお礼を言うと、タマちゃんはやっぱり 「ニ"ャ"ァ"ァ"ァ」 と短く一鳴き。
ひらりと身をひるがえし、わたしたちに近づこうとするガルムに飛びかかっていく。
わたしがタマちゃんにかまうといつも怒るというかいじけるルゥだけど、さすがにもうその元気も残っていない。
いつもキラキラしている赤い目はどんよりとしちゃって、大粒の涙がボロボロとこぼれてくる。
張りのないお髭も、まるで火で炙ったように縮れてしまっている。
これ、縮毛矯正で直せるのかしら?
あ、でも直せるならお髭より先に全身の毛よね。
ルゥったらビックリするくらいの癖毛だもの。
………………
無理ね。
うん、絶対に無理。
それにやっぱりルゥはこのもっふり感がなくちゃ。
というわけで縮毛矯正はもちろん、全身脱毛なんて以ての外です。
辛そうに 「きゅ~きゅ~」 鳴きながらしがみついてくるルゥをぎゅっと抱きしめてあげる。
ごめんね、ルゥ。
痛かったね。
よく頑張ったね。
強かったよ。
凄く格好良かったんだから。
ありがとう
ルゥを慰めたり褒めてあげたりと声を掛けていたわたしは、ふと気づく。
うん、蝶々夫人も気づいていて、その視線がわたしと同じところを見ている。
それはどこかといえばルゥの尻尾。
ついさっきまでしおしおにしおれちゃって、タマちゃんに運んでもらっていた時なんて地面を引き摺っていたはずなのに、気がつくとご機嫌にブンブン振れてるって……
どういうこと?
「仮病? ……じゃないわね、この場合。
演技?」
蝶々夫人は、ルゥが弱っている振りをしてわたしに甘えている……と言いたいのかしら?
それはいったいなんのために?
わたしには蝶々夫人の考えの方が理解不能なんだけど?
「なにって、ご主人様に甘えたくて?
いや、この場合は褒められたくて?
その両方?」
今さら?
だってわたし、いつだってルゥには甘いわよ。
さすがに悪さをした時は褒めないけど、それ以外はなんだって褒めちゃうし。
このもっふり感だって、可愛すぎて可愛すぎて褒める以外にどうしたらいいのかわからないんだけど?
もう一つわからないのは蝶々夫人の視線。
最初はご機嫌にブンブン振れるルゥの尻尾を見ていたんだけれど、話しているうちにルゥの顔に移って、今は……その、えっと……ひ、非常に言いにくいんだけど、その……わたしの胸?
ねぇ蝶々夫人、ひょっとしてだけれど、その、わたしの胸、見てる?
「グレイちゃんの胸、大きいわね。
あたしも触っていい?」
ひぃぃぃぃ~!!
さ、さすがに同じ女の人でもそれは無理!
無理です。
絶対無理です!
思わず自分の胸をガードすべく、ルゥを抱きしめちゃった。
「あら、残念。
でもこのワンコ、男の子よね?」
またルゥたちの性別問題に戻るの?
その話は終わったような気がするんだけど、終わっていないのなら正答を返してあげます。
ルゥもタマちゃんも、今、そこでみんなに叩きに叩かれまくっているハーピーも、運営がステータスを公開するまで謎のままです。
運営しか知らない半永久的な秘密です。
そもそもわたしはルゥが男の子でも女の子でもいいの。
それこそわたし、ルゥにだったら全然騙されてもいいんだから。
むしろ騙されてあげる!
いまはこの熱い決意を熱く語れないんだけれど……喉が痛くて声が出ないからね。
でもこの決意は変わらない。
せめてその意志表明だけでも! ……と意気込むわたしを見て蝶々夫人は深い深い溜息を吐く。
クロウも結構わたしを見て溜息を吐くけれど、これまでに吐かれてきた溜息の中でも特段に深い。
どうかした?
「ダメだわ、この子。
ねぇちょっと!
クロウでも不破でもどっちでもいいから、早くこの子、ものにしなさいよ。
このまま放っておいたら絶対悪い男に騙されるわよ」
?????
それ、どういう意味?
ねぇ蝶々夫人、どういう意味?
わたしのことでしょ?
だったらわたしにわかるように教えてよ。
そもそもクロウでも不破さんでもいいとか、二人に失礼じゃない? ……と返したら、なぜかカニやんに突っ込まれた。
「え? そこ?」
そこですが、なにか?
前書きから続く→ でも内容とは全然関係なかったりしますけどねw
グレイなんて声が枯れちゃって、歌うどころか詠唱も怪しいのに・・・




