393 ギルドマスターは最後に鷹(?)を飛ばします
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ギャァァァァァァー!!
攻略し終えた 【富士・火口】 から出たわたしは、突然頭上から聞こえてきた耳障りな音というか鳴き声に驚き、腕輪から出したルゥを受け止め損ねてしまう。
まるでタイミングを合わせたかのように奇声を轟かせ、ルゥの可愛らしい 「きゅ!」 という鳴き声をかき消してくれた。
そして頭上を横切る巨大な影に気づいた刹那、反射的に空を見上げてしまい、ポテッと尻餅をつく可愛らしいルゥを見損ねるところまでがワンセット。
ごめん!!
何が起こったのかわからずキョトンとした顔をしているルゥを慌てて拾い上げると、周囲を警戒するように見回すクロウに呼ばれる。
「グレイ、インカムを入れろ」
あ、そうか、まだ切ったままだった。
だから静かだったのね……などと思いつつ言われるままにインカムをオンにすると、メンバーたちの慌ただしいやりとりが聞こえてくる。
『グレイさんたちは?』
『まだ返事はありません』
『でも噴火してるから終わっているはずなんですが……』
『とにかくトール君は退避。
ガルムに気をつけろ』
『俺とぽぽはグレイさんたちの離脱を支援します』
『確実に合流するなら火口に向かった方がいい』
『俺たちもすぐ行く。
無理するな』
『俺も残ります。
くるくるさんたちの壁くらい出来ます!』
『わかった。
火口へ向かってくれ』
なに、これ?
わたしとクロウが 【富士・火口】 を攻略しているあいだに……会話から推測して、【富士・樹海】 でなにかあったらしい。
離脱とか退避とか……こういう騒ぎは以前にもあったような気がする。
このエリアダンジョン 【富士・樹海】 でね。
インカムの中で主に喋っているのはカニやんと恭平さん。
それにわたしたちと一緒にこの樹海に入ったトール君とくるくる。
ぽぽもいるけれど、たぶん彼はくるくるの指示に従うはずだからこれを黙って聞いているはず。
今はクロエがいないからね。
そして騒ぎの主というか原因は、おそらく先程わたしたちのはるか頭上から影を落として飛んでいった巨大な物体。
あれって……あれよね?
alert 怪鳥ハーピー / 種族・幻獣
午前中も話していたけれど、ここの運営は巨獣が大好きなの。
それで巨大牛と、その対極にある仔牛サイズ……といっても大人の牛を小さくしただけなんだけれど、普通サイズと合わせて大中小の縁起物を用意。
わたしたちが遭遇し、わたしをドナドナしていったのは一番人気の低い普通サイズで、巨大サイズが一番人気……ということは、実はプレイヤーも巨獣好きっ?!
今も多くのプレイヤーたちが、エリア内を探し回っているらしい……という話は、ひとまず横に置いておく。
またなのっ?!
いつかの不具合以来、この樹海はまるでハーピーの襲来地。
しかも毎回毎回急襲してプレイヤーたちを大パニックに陥れる。
そもそも飛ぶことの出来ないプレイヤーにとって、飛行型のNPCはちょっとした脅威なのかもしれない。
なにしろあっちは自由自在に空を飛び回り、勝手気ままに地上を強襲。
あの急降下に対処が間に合わないプレイヤーは、いつもただただ逃げ惑うしかできず。
ハーピーが出現するたびに多大な被害が出る。
しかも今回も、トール君のように富士の撮影に来ていたプレイヤーが結構いたらしい。
まぁね、イベントもあるし、だいたい考えることはみんな同じというか似たり寄ったり。
でもだからってそこを狙うとか……どんな運営よ?
ここの運営はお客をなんだと思ってるのかしら?
『いいストレス発散になってるんじゃね?
ところでその声は何?』
あ~……気にしないで。
わたしの、今から縊られる鶏の悲鳴のような声にカニやんが突っ込んでくる。
喉を絞められたようなガスガスの声だからね。
でもまだ出るから大丈夫よ。
『全然大丈夫じゃねぇよ。
そっちはクロウさんに任せるから、グレイさんは黙ってて』
それでクロウが喋るならね。
『とにかく、くるくるたちが向かってるから、火口前で大人しくしていて』
わたしとしてもね、大人しくしていられるならそうしていたいけれど、そうもいかないみたい。
【富士・火口】 前の少しひらけた場所にピンポイントで降下してきたハーピーが、かなりの低空でホバリングしながら大きな翼を羽ばたかせる。
その羽ばたきに大きく揺らめく空気が、羽ばたきの回数が増すたびに幾つもの波となってそれぞれがぶつかり合い、やがて荒れ狂う風の中となり、その中でぶつかり合う風と風が生み出す鋭い刃が広範囲にいるプレイヤーに襲いかかる。
スキル 【かまいたち】
これ、痛いのよ。
バッチリ攻撃範囲に入ってしまったわたしは、ルゥをぎゅっと抱きしめて身構える。
とっさにクロウが庇ってくれるけれど、相手は風。
隙間があれば忍び込み、容赦なく切り刻む。
いたたたたた……ぁ~い!!
わたしとクロウに押し潰されるような形になっているルゥには文句を言われるし、クロウのHPは容赦なく削られて渦巻く風にキラキラと流されていくし、散々だわ!
吹き荒れる風が収束する数秒後には、攻撃範囲に入っていたプレイヤーの何人かが死亡状態に陥っていた。
でもこれを回復させている余裕はない。
耐え切れたプレイヤーたちもやばい感じだと思う。
慌ててポーションを取り出して回復してるんだけど、回復しながら逃げなさいよ!
立ち止まっていたら、せっかく回復してもまた狙われるじゃない。
方向がわからなくなる仕組みのエリアダンジョン 【富士・樹海】 だけど、今はすぐそこにID 【富士・火口】 の入り口がある。
あの入り口がこのエリアのほぼ中央だから、背を向けて走り出せばいい。
ここからなら、どの方向に走り出しても中央から離れることが出来るから。
「ヒール」
クロウのHPを回復をしつつハーピーの位置を確認しようと、遥か上空を見上げようとしたわたしの視界を、再び降下してきたらしいハーピーの影に遮られる……んだけど、違和感を覚える。
一度上空に戻って旋回し、方向を変えて再度急降下するにしては早すぎない?
「グレイ、こっちだ」
そんなことを考えていたわたしは、クロウにルゥごと抱えられるように森へ引っ張られる。
さっきより低く降りてきたハーピーは、その巨大な爪で地面をえぐりつつ滑空。
幸いにして死亡状態にあるプレイヤーがその進路上にいても、すでに死亡状態にあるため、ダメージはもちろん痛みを感じることもない。
おそらくHPが0だと被ダメが計上されないだけでなく、感覚センサーも反応しないんだと思……う? ちょっとあのプレイヤー……動いたっ?
落ちてない!!
死亡状態にある他のプレイヤーたちと同じように地面に横たわっていたから、てっきりその女性プレイヤーも死亡状態にあるのかと思ったら、まるでゾンビのようにむっくりと上体を起こす。
さっきの 【かまいたち】 で大量のHPを一気に失い、脱力状態に陥っていたのかもしれない。
それで今まで横たわっていて、回復したからむっくりと起き上がった……まではいいけれど、その場所は間違いなくハーピーの滑空進路。
せっかく助かったのに……と考えるわたしは、続きを考えるより早く体を動かしていた。
抱えていたルゥをクロウに押しつけ、ハーピーの進路上で上体を起こした女性プレイヤーの許に駆け付ける。
「グレイ!!」
当然クロウは止めようとするんだけれど、あいだにルゥを挟んでいるのよ。
わたしに押しつけられたルゥを片腕に抱えるクロウは、もう一方の手でわたしを捕まえようとしたんだけど……もう一度言います、わたしとクロウのあいだにルゥがいるのよ。
わたしを捕まえようとして伸ばしたクロウの腕をバックリとやっちゃって、【幻獣】 の妨害に遭ったクロウの手は届かなかった。
でもわたしはギリギリ間に合った。
「頭を下げて!」
ようやくのことで迫るハーピーの巨大な爪に気づいた女性プレイヤーは、その鋭さに目を見張る。
わたしはその頭を無理矢理抑え付けて彼女に覆い被さる。
直後、すぐ上を通過するハーピーの爪に、容赦なく背中をえぐられた。
い…………ぁ…………
もうね、声にならないぐらい痛い。
声を出せないぐらい痛い。
これ、喉が枯れてなくても悲鳴も出ない。
そのぐらい痛い。
しかも視界の隅に、わたしにだけ見えるHPゲージが一瞬で真っ赤っか。
えぐられたのが首じゃなくて背中だったのが不幸中の幸いなんだけど、一撃でHPの三分の二を失った衝撃は半端じゃない。
ひどい脱力で、こ、腰が抜けた。
しかもさっき感じた違和感は、やっぱり気のせいじゃなかった。
わたしの背中をえぐって上空へと舞い戻ったはずのハーピーが、また位置を変え、もう急降下してきていたの。
逃げられません……
「早く逃げて!」
でもね、わたしは逃げられないけれど彼女は動ける。
だから痛む喉で出せる精一杯の声で彼女を怒鳴りつける。
もちろんわざとじゃない。
でももう力一杯喉を振り絞らないと声を出せなくて、やむなく怒鳴りつけることになっただけ。
そんなわたしの極めて個人的な事情を彼女がわかっているとは思わないけれど、わかって欲しいとも思わないし、逃げてくれればそれでいい。
だってあのハーピー、またここを通るわよ。
降下してくる方向こそ違うけれど、絶対にここを通る。
狙ってやっているのかどうかはわからないけれど、間違いなくわたしは進路上で腰を抜かしてるわけで、すでにHPの残量は耐えられるほど残っていない。
また滑空で地面をえぐってくるか、低空でホバリングして 【かまいたち】 を発動するか。
どちらの攻撃にしても、遮るもの一つないこの状況で直撃は避けられず、HPは直撃に耐えられるほど残っていない。
祝・死亡回数1
まぁこういう形ならいいか。
ただ痛いのは嫌だなぁ……と考えていたら不意に体が宙に浮いて、何事かと思ったらクロウに担ぎ上げられていた。
ちょ! なにしてるのよっ?
「こっちの科白だ!」
怒鳴り声をあげるクロウは乱暴にわたしを担ぐと、急いでハーピーの進路を外れようとするけれど、これ、絶対に間に合わない。
だって相手は 【幻獣】 で、しかも飛行型のNPCは速度がある。
だから一番長い射程と一番の攻撃速度を持つ銃士が、飛行型の相手を得意とするんだけどね。
迫るハーピーにクロウ諸共吹っ飛ばされる覚悟をしたら、クロウを放り出したらしいルゥがハーピーに向かって走って行くのが見えた。
しかもただ走っているのではなく、走りながらその小さな体が一杯に空気を吸い込み、見る見る巨大化。
あっと言う間に本性の 【幻獣】 フェンリルに戻ったルゥは、滑空してきたハーピーとわたしたちのあいだに割り込みハーピーに頭突きを食らわす。
刹那、ハーピーの凶暴なくちばしに眉間を刺されたルゥの額から大量のHPが流出。
ハーピーも、ルゥの強烈な頭突きを食らった頭頂部分から大量のHPを流出させる。
巨獣大戦、再び
しかもどちらも 【幻獣】 だからノックバックせず。
ルゥはがっしりとした四肢を踏ん張り、ハーピーは巨大な翼を忙しく羽ばたかせ、双方頭部を押しつけた状態で膠着する。
でもこれはルゥに分が悪い。
だってルゥの頭突きはおそらく打撃に分類され、衝撃を受けたその瞬間だけのダメージ。
でもハーピーのくちばしは今もルゥの眉間に刺さったまま、HPの流出も続いている。
やだ、ルゥが落ちちゃう!
腰が抜けたままのわたしは立ち上がれない。
それでもクロウの肩に手を着いてその腕を抜け出そうとするけれど、クロウの腕が鉄筋STRで押さえ込む。
「落ち着けグレイ。
まずは自分を回復しろ」
二頭の巨獣が睨み合う隙にクロウはわたしを少し離れた森の入り口まで運び、下ろしてポーション瓶を割り始める。
一本、二本と続けて割り、三本目をインベントリから取り出そうとしたところで、わたしの背後、森の中から声が聞こえる。
「ヒール!」
あら? この声は……
「回復はあたしの仕事!
クロウはあっち!」
豪華な金色の髪に真っ赤なチャイナドレスを着て、この足場の悪い森の中を高いピンヒールで平然と歩く体幹と脚力の持ち主は、わたしとクロウの前で久々に妖艶な悩殺ポーズを決めて見せてくれた。
リサイクル率も高く自然に優しいけれど、プレイヤーには全然優しくない運営(笑
というわけで、巨獣大戦・再び・・・です。