391 ギルドマスターはまずお茄子を据えます
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こんなところで年始早々兄弟喧嘩……じゃなくて、斬り合いを始めそうなノギ兄弟。
結局いってしまっているという事実を放り出したわたしは、周囲の迷惑を考えて、止めなくていいのかと真田さんに尋ねてみるんだけれど……。
「え? どうして俺が止めるの?」
その意味を取り違えたわたしは不破さんに訊いてみるんだけれど、不破さんは真田さんにお伺いを立てる。
「あれ、止めるんですか?」
「なんで?」
「だそうです、グレイさん」
この会話のやりとりはなに? ……という疑問とともに、真田さんにラスボス感を感じる。
ソリストのノギさんはともかく、【特許庁】 の中で真田さんは比較的まともな人だと思っていたんだけど、実はわたしの大いなる勘違い?
そんな疑問を不破さんにぶつけてみる。
「そうですね。
この人、一番強いというか、怖いというか」
本人を真横にして平然と言える不破さんも、結構な心臓の持ち主だと思う。
それこそクロエ並みに剛毛の生えた鋼鉄の心臓じゃないかしら。
「誰が強いって?」
「ちょいちょいグレェ~イ、最強はこの俺様!」
「下戸は黙れ」
「吐くぞ、てめぇ!」
ちょっとちょっとノーキーさん、ここで吐くのはやめて。
絶対にわたし、もらいゲ……ッフゲフ……なんでもありません!
でもでもでも、ここで吐くのは絶対にやめて。
そもそも吐けるの?
あ、現実で吐くのかしら。
だったらいいけど、ここで 「うぇっ」 とかやらないでよ。
割り込んできたノギさんとノーキーさんのやりとりに、慌てるわたしをとことん無視した四人は顔をつきあわせて凄み合う。
まぁようするに四人がいいたいのは 「最強は自分」 ってことらしいんだけれど、最強はクロウじゃなかったっけ? ……というわたしの呟きは、やっぱり誰も聞いてくれない。
あ、トール君は聞いてくれてる。
そして苦笑いを浮かべている。
うん、この四人の争いに巻き込まれるのは絶対に避けるべき。
そのトール君の沈黙は大正解です。
自分最強!
それを口で言うだけなら誰でも言えるという結論を出した四人は……この四人にしてはずいぶんとまともな結論だと思うのは、決してわたしだけじゃないはず。
だったら実際に確かめようということになって、周囲で成り行きを見守っていたプレイヤーまで引き連れてナゴヤドームへと大移動を開始。
もちろん行き先は地下闘技場よ。
その大移動さえも誰が一番速く辿り着くか! ……なんて競い合っちゃって。
前に脳筋コンビがいっていたけれど、男の人って結構子どもよね。
こういうところを見るとつくづく思ってしまうわ。
このあと用事があってログアウトするわたしは当然行きません。
そもそも地下闘技場なんて、魔法使いはただの斬られ役よ。
それこそ試し斬りに使われるカカシみたいな物なんだから、誘われたって行くもんですか。
「俺も二度寝してきます」
昨日も遅くまで遊んでいて今朝が早かったトール君は、さすがに眠いらしい。
じゃあ一緒にギルドルームまで戻りましょう……と声を掛ける。
「はい!」
いつもながらいい返事ね。
クロウはどうする?
「久々にあいつらを斬ってくる」
珍しく斬りたい気分らしい。
うん、まぁ年末のあれがあったからね。
表情こそほとんど変えないクロウだけれど、相当にストレスは溜まっていると思う。
思わず苦笑いを浮かべてしまうわたしにトール君は心配するんだけど、さすがに話すことは出来ない。
だからここは年長者として 「大丈夫よ」 と笑っておく。
なるべくなんでもないことのように振る舞ったつもりだったんだけど、上手く笑えたかどうかは自信がない。
じゃあナゴヤドームまで三人で戻って、クロウはそのまま地下闘技場へ……と思ったらギルドルームまで付いてきた。
戸惑いながらも眠気に勝てず先にログアウトするトール君を見送り、危険防止のため、まずはルゥを腕輪に格納。
それからログアウトするわたしは、見送るクロウに一つのお願い……いや、お願いの予告っていうのかしら?
「その、今度ね、ちょっとお願いしたいことがあるの。
聞いてくれる?」
これだけをいうのに十分くらいかかるって……自分の情けなさに嫌になってくる。
でもそれを辛抱強く待ってくれたクロウ。
「今じゃなくていいのか?」
「あ、うん、いいの、いいの、今度で。
まだ、その、タイミングというか、その……ちょっと」
しまった!
言いたいことだけ言ってさっさとログアウトしてしまえばよかった。
下手に長居をしてしまったというか、それこそログアウトするタイミングを逃してしまってばつが悪い。
そんな焦るわたしの内心を読んだかのようにクロウが言ってくれる。
「初詣に行くんだろう?
ご家族が待ってるんじゃないのか?」
まだまだ出掛ける時間には余裕があるんだけれど、それを言ったらまたタイミングを逃してしまう。
ここはクロウの厚意に甘えて話に乗っておく。
というわけで、またあとでね。
「ああ、ゆっくりしてこい」
手を振ってログアウトしたんだけど手遅れだった。
見事なまでに本体まで真っ赤になっていたっていうね。
しかも急いでVR機材を外して顔を洗いに行ったんだけど、全然戻らない!
おかげで兄たちはもちろん、両親にまで心配されてしまう始末。
年始早々、どうしてこうなるのよ……。
ちなみに不破さんが撮って真田さんが応募したノギ兄弟の写真は 【太陽に挑む男】 と題され、自由部門で特別賞を受賞していた。
こう……どう評価していいかわからない内容なんだけど、結局こういうコンテストってお遊び要素満載で、人気投票みたいなものなのよね。
日頃地下闘技場に出入りしているプレイヤーたちの冷やかし票に、なんと女性票が多数を占めたって……うん、まぁ二人とも爽やかなイケメンよ。
とっても爽やかなイケメンだと思う、SSでは背中しか写ってないけど。
あ、ちょっとだけ爽やかに、意地の悪い顔で笑ってるノギさんの横顔が写ってるわ。
でも内容というか、ノーキーさんのポーズが完全にお笑い芸人だけど。
それでも女性票を集められるって、二人ともどんな爽やかイケメンよ?
「男は背中で語る」
なんて珍しくムーさんが文学的なことをいっていたのは、結果発表が出たあとのことだけど。
『旦那置いてログアウトとか、どんな嫁?』
ログアウトしたあと、予定どおり赤い顔のまま家族と初詣に行ったわたしは、予定どおり家族でランチをして帰宅。
夕食にお節をつついたあと、これまた予定どおりにログインしたところで柴さんに文句を言われる。
ん? それはどういう意味?
『さぁな』
柴さんどころかムーさんまで。
インカムから声が聞こえるだけあって二人ともギルドルームにはいないんだけど、聞いてみた現在地はナゴヤジョー。
んーっと、この二人がいつも言う 「旦那」 はクロウのことで、たぶんここで出て来た 「旦那」 もクロウのことであっていると思うんだけど、わたしがログインするタイミングとほぼ入れ替わりにログアウトしてしまい、本人は不在です。
そのクロウが何かしたの?
「あの……俺とグレイさんがログアウトしたあと、大変だったそうです」
いつもはログインするとさっさと遊び出すトール君が、珍しくギルドルームで待機。
どうやらカニやんと一緒にわたしを待っていたらしい。
珍しいというか、なにか用があるのかしら?
そんなことを思いつつ、いつものように遠慮がちなトール君の話を聞く。
「さっき聞いたんですけど、あのあとクロウさんが地下闘技場で無茶苦茶暴れてたって」
『へいへい、トール!』
『余計なお喋りしてんじゃねーぞ』
『あとで合流した俺らまで斬られまくったって、バラすつもりじゃねぇーだろうな?』
「いえ、全部自分たちで喋ってますから俺は……」
さすが脳筋コンビ。
トール君が話すより早く自分たちで喋っちゃうから、「自己申告ありがとう」 とお礼を言っておく。
まったくクロウったら、全然顔にも態度にも出さないからわからないんだけど、どんだけストレスを溜めていたんだか。
しかもそれを知っていて、さらに面倒なお願いをしようと企んでいるわたしって最低?
………………
いやいやいや、もう決心したんだからあとは実行あるのみ。
もう後戻りは出来ません……ということにしないと、わたしはいつまでも前進しないのよね。
前進とか成長するするって口先だけ詐欺を続けて23年って、クロエにも言われちゃったし。
だから今年は 【するする詐欺】 をまず卒業します。
頑張ろう!
「なにかあったわけ?」
いないクロウの代わりにギルドルームで待っていたカニやんが、タマちゃんと遊びながら……というか、タマちゃんに遊んでもらいながら訊いてくる。
それこそサラッとなんでもないことのように訊いてくるんだけど、話すと長くなるし、そもそも話せる内容でもない。
でもわたしが浮かべる苦笑いと沈黙で、カニやんは察してくれたらしい。
「……あー……仕事上のトラブルね。
はいはい、じゃ、訊かない」
そういってタマちゃんを抱き上げると、タマちゃんが可愛らしく 「にゃ~ん」 と鳴く。
それを見て無性に羨ましくなったわたしはすぐにルゥを呼び出し、いつものようにフンフンを始めようとするルゥをもっふりと抱き上げる。
すでに今日の鼻チューご挨拶は終わっているけれど、その催促と思ったらしいルゥは自分から鼻をブチュッとぶつけてわたしの鼻を潰し、「はい、終わり!」 とばかりにわたしの腕の中から抜け出していつもどおりフンフンフンフン……もう少しかまって欲しいというわたしのお願いなんて気づいてもくれない。
「ま、そこがワンコの残念さだな」
そういって腕の中のタマちゃんを、ゆっくり撫でるカニやんににひっと笑われた。
三人と二匹で連れ立ってギルドルームを出ると、ナゴヤドーム内のほぼ中央に位置する中央広場まで来たところでトール君がどちらにともなく尋ねてくる。
「朝も気になったんですけど、あの茄子って……」
そうなの
わたしも朝見たけれど、艶っとした紫色のお茄子が三本、なぜか広場に置いてあるの。
色といい、艶といい、フォルムといい、どこからどう見てもお茄子。
正真正銘のお茄子が三本、なぜか置いてあるの。
これ、昨日まではなかったから、今朝、設置されたのよね。
しかも凄く巨大で結構邪魔。
それが三本も置いてあるって……なんの嫌がらせ?
いつものようにわたしたちの前をフンフンしながら歩いていたルゥは、前をよく見ていなくてお茄子にごっつんこして怒り出すし。
でもこのお茄子は置物で、驚異的破壊力を持つ 【幻獣】 ですら破壊不可。
短い前足に小っちゃな爪をシャキーンと出して肉球パンチを食らわすけれど、その艶を曇らすことも出来ないっていうね。
「それ、あれだろ?
縁起物。
一富士二鷹三茄子ってやつ」
「それ、聞いたことがあります。
でもどういう意味なんですか?」
「初夢に見ると縁起がいいものベストスリー」
ちょっとカニやん、ベストスリーって……言い得て妙だわ。
思わず噴き出しちゃったじゃない。
どうやらこのお茄子は三が日限定の置物で、「撮影スポットにどうぞ」 っていう運営からの提供品らしい。
少し離れたところのお茄子の上に乗って遊んでいたJBが、わたしたちを呼んで手を振っている。
とりあえず一枚撮っておくわ。
JBもだけど、もちろんお茄子と喧嘩するルゥもね。
思いついたタイトルは 【不毛】。
モッフモフのルゥの対局に掛けてみたんだけど、たぶん運営は気がつかないと思う。
「あの、グレイさん」
いま思いついたのか、それとも前から考えていたのか。
不意にトール君が言い出す。
なに?
「明日、【富士・火口】 に行ったりしますか?」
【富士・火口】?
行ってもいいけど、トール君も一緒に行く?
飛行型のNPCは剣士には不利なんだけど、ただ見たいというだけでももちろんかまわない。
でも聞けば、トール君は富士の噴火を撮りたいんだって。
なるほど
それならもう夜時間だし、確かに明日ね。
あ、でも夜時間だと噴火がどう見えるのか気になる。
言われるまで全然気がつかなかったというか、興味もなかったんだけれど、気がついちゃうと無性に確認したくなる。
明日のトール君の撮影にも付き合うから、今から付き合ってくれない?
【富士・火口】 は一日一回という入場制限があるけれど、今日はまだ潜ってないから大丈夫だし。
もちろんトール君は火口には入らず、外から動画を撮ってくれればいいから。
「そういうことでしたら……」
「俺も行く。
もちろんトール君と一緒に出待ち組だけど、クロウさんが来るまで待って」
現在このゲーム最強の火力ダンジョン 【富士・火口】 は、ちょっと厄介な性質を持つエリアダンジョン 【富士・樹海】 の中にあって、その 【富士・樹海】 はガルムなどの厄介なNPCの宝庫。
一緒に行ってくれるというカニやんの提言を受け入れ、クロウを待って四人で夜の樹海に入った。
そして翌日の午後、わたしたちはトール君の要望どおり改めて富士の噴火を撮りに 【富士・樹海】 に入ったんだけれど、まさかあんな大惨事になるなんて誰が予想した?
でもね、運営の言いたいことはわかるの。
あくまでも演出したいのよね?
一富士二鷹三茄子を
このあとグレイとルゥが大ピンチで、久々にあの方のご登場ですw