386 ギルドマスターは睡眠不足です
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「あーちゃん、ちょっとだけ起きようか」
「おうちに入ったらすぐ寝ていいからね」
「明日も仕事だから風呂に入らないと」
「だったら久々に一緒に入る?」
「いいね、俺も一緒に入ろうかな」
…………この人たちはなにを言ってるの?
この人たちというのは兄の泰輝と琉輝のことなんだけど、この歳になって兄とお風呂になんて入れるわけないじゃない。
わたしはそんなイカれた痴女じゃありません!
そもそもここはどこ……と考えてハッとする。
「あ、起きた」
「起こしちゃってごめんね」
泰輝は運転席にすわったまま振り返っていて、開いた後部席の扉からのぞき込むようにしている琉輝がわたしの体を揺すっていた。
まだ寝ぼけ眼のわたしを半ば強引に車から引きずり出した琉輝が扉を閉めると、泰輝はそのまま車を動かして車庫へ。
暖房の効いた車内から外に出て、一瞬で変わる空気の冷たさにようやく目が覚める。
どうやらわたしは途中で眠っていたらしく、車を降りたそこは自宅門扉前だった。
いくら暗くてもね、そこは間違えないわよ。
生まれてから二十年以上も住んでいるんだもの。
……え? 家?
ちょっと待って。
どういうこと?
「どうしたの、あーちゃん。
早く入らないと、本当に風邪を引いてしまうよ」
「んーっとですね、兄さん、課長はどうしたのでしょう?」
「どうって、もちろんご自宅まで送ったに決まってるだろう。
その辺に放り出したりしないよ。
どうでもいい馬の骨ならともかく、仮にも妹の上司なんだし」
なるべく平静を装って課長の行方を聞いてみたら、なにか危なそうなことをサラッと、それこそなんでもないことのように言われたような気もするんだけれど、本当に寒いので、わたしもそこはサラッと聞き逃しておく。
でも課長の取り扱いはサラッと聞き逃せない。
「どうして起こしてくれなかったの?」
「あーちゃんよく眠ってたから起こさなくていいって、都実さんがいったんだよ」
「それでも起こしてよ!」
寝顔を見られた恥ずかしさはもちろんだけど、よだれを垂らしてないか、念のため口元を拭っておく。
うん、大丈夫そう。
「代わりに二人でご挨拶しておいたから大丈夫。
ついでに名刺ももらっておいたから」
ん? 課長の名刺なんてもらってどうするの?
だって、絶対に仕事で使わないでしょ?
全然業種が違うじゃない。
「その名刺、どうするの?」
「中に入って話そう。
ご近所迷惑だし、本当に風邪を引いてしまうよ」
悪用はしないだろうけれど、あえて答えてくれないところに何かしら含みを感じて凄く気になるんだけど、琉輝は気にすることなくわたしを抱えるようにして家に連れ込む。
そういえば今は異業種交流とかやってるんだっけ?
ん? でもあれって一種の合コンじゃなかったっけ?
兄たちはともかく、課長ってそういう場所に行くの?
どうにも兄たちの考えることが理解出来なくて、思考に集中するあまり人としてポンコツ状態になっているわたしは、兄に靴を脱がしてもらい、スリッパまで履かせてもらって自分の部屋に放り込まれる。
玄関で追いついた泰輝にも訊いてみたんだけど、やっぱり課長と名刺交換したって……どういうこと?
「どうって、あーちゃんが気にするようなことじゃないだろう。
名刺交換なんて、挨拶みたいなもんなんだから」
そう言われてしまえばそれまでなんだけれど、何か引っかかりを覚えるのよね。
でもうっかりどこかで眠ってしまったらしいわたしは、気がつくとお蒲団の中でぬくぬくしていたっていうね。
本当にいつ眠ってしまったのか記憶がないんだけれど、いつもより少し早く起こしてもらってシャワーだけを浴びる。
そして昨日仕事納めを迎えた家族の中、一人だけ淋しく出勤した。
「おはよ、聞いた?」
今日もわたしより早く出勤していた国分先輩は、挨拶もそこそこに話を切り出してくる。
席に着きつつ聞いてみれば……。
「広瀬、病欠だって」
「それは昨日の怪我で?」
「怪我ぁ? あんなのたいしたことないじゃん。
会川の方が凄いことになってるわよ」
一晩寝たら、思ったより怪我がひどかったなんてよくある話。
それで休みと聞いてさすがに広瀬君のことが心配になったんだけれど、国分先輩は笑い飛ばすというか、蔑むというか。
その両方を含めた声を上げ、すでに出勤している営業の会川さんを見る。
会川さんというのは国分先輩と同期の営業で、彼女が担当する一人。
うちの班の営業は、わたしたち事務とは背中合わせにすわっているんだけれど、通路を挟んですぐのところだからわたしたちの話も聞こえていて、会川さんはタイミングを合わせて振り返ってくれる。
ひぃぃぃぃ~
な、なに、その顔っ?
先輩に対して失礼とは思ったけれど、反射的な反応は制御出来なくて。
だって、冬だからとこれ幸いにマスクで顔の下半分を隠していた会川さんは、振り返りつつそのマスクを外してくれたんだけれど、顔の半分がどす黒く腫れ上がり、目蓋のあたりまでその腫れが広がっていて目も上手く開けられないみたい。
しかも口の中を切っているため痛みで喋りたくないのか、無言で挨拶代わりに軽く手を挙げてみせる。
「だ、いじょぶなんですか?」
たぶんわたし、化け物でも見るような顔をしていると思う。
本当に申し訳ございません。
でも顔が強ばってしまい、上辺を取り繕うことすら出来ない。
わたしの問い掛けに、喋りたくない会川さんは無言のまま何度も頷いてみせると、「じゃ」 と身振りで示し、マスクを付け直しつつ椅子を反転させて仕事に戻る。
「ま、少なくとも広瀬はここまでにはなってない。
さっき総務の子が……あ、ほら、安積と同期の子。
あの子が来てて課長と話してたんだけど、広瀬が病欠届けと、それに有休使うって、なんでか総務に直電かけてて」
まぁ昨日の経緯を考えれば課長には連絡しづらいかな。
でも手続きの都合上、ルール違反は間違いの元で面倒が増えるばっかりなのよね。
実際今日の件も、階の違う総務からわざわざ確認しに人が走ってるし。
でも総務も内線で済ませればいいものを、わざわざどうして? ……と思ったら、その理由はお昼休みにわかった。
「あ! いたいた、安積ちゃん!」
仕事納めの今日を豪勢に締めるつもりらしい彼女は、食堂のメニューで一番高いAランチをトレイに乗せ、混み合う昼時の食堂でわたしを探していた。
彼女の名前は仙川さん。
下の名前は忘れてしまったんだけど、わたしや広瀬君の同期で総務に配属されている。
「お、仙川じゃん。
お疲れ」
「お疲れ様でーす。
ここ、すわっていいですか?」
わたしつながりですっかり顔見知りになった国分先輩の了承を得た彼女は、席にすわるが否やしゃべり出す。
「広瀬の件、聞きましたよぉ~。
あいつ、マジ馬鹿じゃね? って感じですよね。
しかもさっき確認したんですけど……というか都実課長さんに言われて確認したんですけど、あいつ、とっくに有休使い切ってんですよ」
軽快にしゃべり出す彼女の話を聞いてわたしも思い出す。
あ~……そういえば先月だっけ?
朝から当日の有給申請を電話でしてきて……その時はもちろん課長宛に電話があったらしいんだけれど、その場で課長から有休は使い切っているっていわれて撃破されていたはず。
あれから一ヶ月しか経っていないのに、もう忘れてるんだ。
そもそも自分の有給の残り日数を把握してないって、どんなザル勘定?
「とことん地雷だな。
何発踏み抜けば吹っ飛ぶんだ、あいつは」
「それこそあいつのことですから、有給がないって知ったら欠勤してないとか言い出しそうですけど」
いやいや、さすがに小学生の水掛け論じゃないんだから。
そこで言った言わないで駄々をこねても無理じゃない?
タイムカードもあるんだし……いや、そこも押し忘れで押し通すってこと?
うん、広瀬君ならやりそう。
「あ、もちろん通話は録音されてますから。
受信記録も取ってますし、逃がしませんけど」
広瀬君包囲網が着々と狭められているような気がする。
彼女の話では、昨日の一件で怪我をしたから労災を申請するとか、他にも色々言っていたらしい。
もちろんしてもいいけど、喧嘩の経緯とかを明らかにしたら広瀬君の立場の方が危うくない?
その部分を隠してなんて絶対無理でしょ。
ついでに言えば、こんなことを部外に漏らしちゃう仙川さんもちょっとヤバいと思うけどね。
この広瀬君の有給問題は年明けに持ち越し。
労災申請も医療機関が発行する診断書が必要だけど、広瀬君のことだから自己診断で申請しそうね。
「総務の無駄な仕事が増えるからやめて」
「でも広瀬君だから」
その広瀬君が起こした昨日の騒動のお沙汰は、たぶん、午後一で席を外した課長に下されたはず。
「安積、少し席を外す。
急用以外は取り次がないように」
「わかりました」
課長はそれしか言わなかったけど、たぶん向かった先は部長室。
みんな忙しくてまるで無関心の振りをしていたけれど、課長が部屋を出て行ったあと会川さんは自分の机を蹴り飛ばし、なにかを堪えるように背を丸めてうつむく。
その背中を国分先輩が、慰めるように軽く叩くのをわたしは見て見ぬ振りをする。
みんなもそうだけど、今日も残業が確定しているからね。
会川さんの気持ちもわかるけれど、今の都実班はもっと切羽詰まった問題を抱えているのよ。
あのあとわかったことだけれど、広瀬君が他にも仕事を隠していたっていう大問題をね。
しかもこれは年明けに判明することだけれど、広瀬君は今日自分が欠勤すればみんなが代わりに仕上げてくれることを予想し、その出来上がりを持っていけしゃあしゃあと取引先に乗り込むつもりだったらしい。
あの時に広瀬君のケツを蹴っておけばよかったと、このことが判明した時につくづく思ったわ。
そもそも年明けにどんな顔して出勤してくるつもりだったのか。
心底呆れた。
あの広瀬君のことだから、きっと何食わぬ顔で出勤してくるんだろうけれど。
一時間ほどして戻ってきた課長は、今度は会川さんを連れて再び離席。
内々で処分が決まったとして、社内で通達が出るのは年明けね。
三十分ほどで戻ってきた時も会川さんは釈然としない様子ではあったけれど、さっきみたいに机を蹴ったりはしなかった。
元々会川さんは国分先輩みたいにサバサバしていて後輩の面倒見もよく、暴力的なことはもちろん声を荒らげるようなこともない人。
その会川さんが広瀬君を殴ったのは、たぶん都実課長が会川さんの新人時代の指導係だったからじゃないかって、国分先輩がいっていた。
かなりひどいことをいっていたもんね、広瀬君。
他の営業さんたちもかなりのご立腹だったもの。
他の人よりつながりが太い分、会川さんは我慢が出来なかったのかもしれない。
その会川さんが、終業間際にこんな提案を課長にしてきた。
「今日出来なかったお疲れ様会の代わりに、年明けに、帰省土産なんかを持ち寄って景気づけをしませんか?」
他の部署は忘年会をしているらしいけれど、うちは営業の直帰なんかも結構多くてなかなか予定を合わせられない。
それで忘年会はしないのが恒例なんだけれど、代わりに仕事納めの日に会議室を借りてノンアルコールで打ち上げをしていた。
でも今年はそれすら出来なくなってしまったから、新年に持ち越しましょうってことらしい。
但しマスクをした会川さんは喋りたくないから、直接課長と話したのは国分先輩だけど。
ちょっとがさつだけど、国分先輩も面倒見がいいからね。
話を聞いた課長は仕事の手を止めて少しばかり考え、それから答える。
「全員が残業なしで終われるのなら許可しよう。
但し終業前の一時間だけ、アルコールはなし」
「さすがに社内でお酒はまずいでしょ」
「総務に連絡して会議室を押さえておく。
当日残業にならないよう、今日中に調整しておくように」
「ありがとうございます!」
ということは、用意してあった紙皿や紙コップは無駄にならないわね。
わたしは帰郷しないから、お土産代わりになるようなものを考えなくちゃ。
さすがに仕事納めのこの日は昨日ほど遅くはならなかったんだけれど、気がつくと泰輝からメッセージが来ていて、今日も迎えに来てくれるらしい。
暇なのかしら?
しかも今日は琉輝の車で、運転手も琉輝だった。
そもそも二人で来る必要もないんだけど?
間違いなく暇をしてるのよね。
大掃除したら?
もっともうちの両親は、お金はあっても暇がない人たちだから毎年業者さんに依頼してるけど。
当然今年もね。
………………
だからすることがないのか!
でもわたしは忙しいのよ。
今日こそログインしなきゃ! ……と意気込んで帰ったんだけど、昨日の疲れが残っていたのかぐっすり寝ちゃった。
課長の話ではイベントのあと体調が悪そうに見えていたらしく、そのあと二日続けてお休みなんてしたら絶対に心配かけちゃうのに。
だからせめて顔だけでも見せなきゃと思っていたのに……。
しかもあの騒動のおかげで、お正月イベントのチェックをすっかり忘れているっていうね。
そのことも思い出したんだけど……思い出したんだけど……
眠気に負けた
広瀬騒動(怒)の完結は年明けに持ち越し、本編はお正月イベントに突入です!
2/6 VRゲーム(SF)部門 日間ランキングで85位に入っておりました。
ひゃほぉ~い♪ ・・・ではなくて、ありがとございます!!
2021/02/07 藤瀬京祥




