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384 ギルドマスターは天国から地獄に墜ちます

PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!

 ひどいひどいひどいひどい課長ったら本当にひどい!

 こんな状態のわたしを一人、資料室に置き去りにするなんて。


 人でなし!!


 …………と言えたらよかったんだけど、言えるはずもなく。

 完全なわたしの敗北です。

 うん、まぁだいぶん前に白旗揚げたけどさ。

 とりあえずこんなところを誰かに見られても一生の恥だし、幸いにして女子トイレがすぐそこにある。

 両手で顔を隠して女子トイレに駆け込むんだけど、み、耳が隠しきれない。


 手があと二本いる!


 いや、もういい。

 とにかく駆け込もう。

 そして……化粧が落ちるから顔は洗えないけれど、手を水で冷やして、その手で耳を冷やそう。

 ずいぶん遠回りなやり方だけど、仕方がない。

 だって年の瀬も迫ったこんな真冬に、ハンディ扇風機なんて持ってる人がいる?

 それこそ汗ふきシートがあったら貸して欲しいくらいよ。

 背中とか、脇の下とか、冷汗でじっとりしてる。


 幸いにして仕事上のミスはなく、年末進行中なので多少の残業は覚悟だけれど、終電には余裕で帰れそうだけれど、それでも仕事が立て込んでいることに変わりはない。

 早く顔を冷やして、ついでに頭も冷やさなくちゃ。

 始業前ならともかく、始業早々にトイレに来る人も少ないと思うけれど、誰かに見つかったら 「暖房でちょっと火照った」 と更年期の振りをしよう……なんて言い訳まで考えていたのに、それは未使用のまま部屋に戻れた。


 ここまでは全然よかったのよ。

 わたしが席に着くところまでは全然問題なかったの。

 しかも目立たないようこっそりと戻ったんだけれど、みんな忙しくてそれどころじゃなかったっていうね。

 チラリと課長を見たら課長もこちらを見ていて、ちょっと笑われてしまった。


 あとで覚えてなさいよ……


「ちょいちょい、安積(あさか)


 席に戻ったわたしが仕事に取りかかろうとした矢先、同期の営業職広瀬君が声を掛けてくる。

 床に手をつくように体を低くしてすぐ横まで来た広瀬君は、そのままの状態でわたしを見上げるように話しかけてくる。


「どこ行ってたんだよ。

 待ってたのに」

「………………なにか用?」


 嫌な予感しかしないわよね。

 口を尖らせるような広瀬君は、まるで待たせたわたしが悪いような言い方をしてくるからさらに質が悪い。

 先に言っておくと、広瀬君を担当するのは水嶋さんというベテラン事務。

 社内ではお局(ファイブ)といわれる一人で、勤続年数だけでわたしよりも給料をも……ゲフゲフ……なんでもありません。

 この忙しい中、始業早々年末のお局様会議でもしているのか、席にその姿はない。

 この事実を横目で確認しながら、やや慎重に言葉を返した。


「なにかって、もう俺さ、仕事がてんこ盛りでテンパっちゃって」


 それは自慢げに話すことじゃないから。

 まさかと思うけれど、同情して欲しいとか言わないでよ。

 もっと言えば、手伝って欲しいなんて言わないでよ。


 お断り


 でもこういう悪い予感は往々にして当たるもの。

 しかも広瀬君は全然反省をしないばかりか、申し訳ないとも思わない。


「とりあえずこれ、片付けてくれる?」


 そう言って、どう見ても私物のUSBをわたしのデスクに置くんだけど……えっと、これはお願いじゃなくて指示?

 この忙しい中、朝っぱらからふざけてるのかしら?


「わたしも忙しいの。

 水嶋さんにお願いして」

「水嶋さん、さっきからいないんだよね。

 俺、ニコチン切れで限界。

 ちょっと一服してくるからさ、そのあいだにまずはこれ、仕上げちゃってよ。

 安積ならちゃちゃっと出来るだろ?

 戻ってきたら次の仕事渡すし、それまでにお願い」

「やりません、お断りです」


 なに朝一から煙草休憩を公言してるの?

 しかも人を働かせて自分は休憩って、頭、沸いてるの? ……といいたいところをぐっと堪える。


「ノリ悪ぃな。

 同期だろ?

 俺さ、今日は大学の同期と打ち上げがあってさ、残業出来ないんだよね」


 どこまでふざけてるのかしら、このお馬鹿さんは。

 広瀬君の悪ふざけ発言によると、今日仕事納めの大学の同期のために打ち上げをして、明日は自分のために同じメンバーで打ち上げをするとか。


 ぶん殴っていい?


 もちろん行くなとは言わないけれど、それは自分の仕事を自力で終わらせてからの話。

 人に仕事を押しつけてまで遊びに行こうとする広瀬君の正気を疑うわ。

 しかも他人にやってもらうところまでが仕事を片付ける算段に入ってるって、社会人としてどうなの?

 そもそもこの忙しい中、どうしてわたしがわざわざ他の人の仕事まで背負い込まなきゃならないのよ。

 しかも  「そうそう、これも」 とかいって経費の領収書まで取り出して。

 これを提出書類に起こして、わたしに経理部まで届けて来いってこと?


 絶対にお断り!


「今日中に経理に出しても、もう振り込みは年明けよ。

 これ()年明けに自分で申請して」

「え? マジ?

 やべぇな。

 年内振り込み当てにしてて、これ入金されないと飲み代が足りないんだよなぁ」


 わたしの知ったことじゃありません。

 12月に入ってすぐ、経理から通達が来てたじゃない。

 12月末は、必要経費の週振り込みの締め切りが変わるって。

 ギリギリどころか、もうとっくにアウト。

 経理部に知り合いがいたってねじ込む時間もないわよ。

 もっとも経理部(あそこ)はそんな融通、絶対に利かせてくれないけどね。

 そもそもお給料、入ったばかりよね。

 今月はボーナスだって入ってるのに、広瀬君のお財布はどうなってるわけ?

 穴でも開いてるのかしら。


「安積、ちょっと貸してくれない?」

「無理」

「じゃあ経理に頭下げてよ。

 安積美人だし、一人くらい落とせそうじゃん」

「こらこら広瀬ぇ、それは言っちゃいかんぞ」


 わたしを挟んだ向こう側から国分(こくぶ)先輩が、聞き捨てならぬと口を挟んでくる。

 そもそも、どうしてわたしが広瀬君のために経理部に頭を下げなきゃならないの?

 まったく以て意味不明で仕事が手につかない。


「ちょっとちょっと国分先輩、仕事の話してるんですから邪魔しないでくださいよ」

「不正は聞き逃せんだろうが。

 だいたいどうしてあんたのために安積が頭下げるんだ?」

「そこは同期なんで普通っしょ。

 先輩が口を挟むところじゃないですよ」

「挟むところなんだよ」


 椅子にすわったまま反対側に移動してきた国分先輩は、床にしゃがみ込んだままの広瀬君に背を丸めて顔を近づける。


「国分さん、近いですって」

「あんたね、同期同期って、都合のいい時だけ安積を利用するんじゃない」

「都合がいいもなにも、普通は同期でコンビを組むもんでしょ。

 だから同期のカップルとか出来やすいのに、どうして俺が水嶋さんと組まなきゃならないんだよ。

 絶対課長のやり方がおかしいって」


 本当に広瀬君は学生のノリが抜けない。

 ちなみに絶賛彼氏募集中のわたしですが、絶対に広瀬君だけはお断りです。

 理由なんて言うまでもない。

 しかもただでさえみんな忙しくて気が立っているのに、平気で地雷を踏み抜いていることに気づきもしない。

 そして忙しくて気が立っているのは国分先輩も例外ではなくて。

 さらに広瀬君に顔を近づけて 「はぁ~?」 と凄む。


「おかしいのはあんたの頭だろうが!

 あんた、どんだけ課長に迷惑かけてると思ってるの?」


 ん~……これはあれよね?

 例の出張の件以降も色々とやらかした広瀬君。

 他の担当でもやっちゃって、それこそ契約を切られるんじゃないかって話にまで拗れちゃって。

 でも時期的に契約を切ると先方にとって都合が悪くて……代わりの取引先を探すのにも時間がかかるし、新たな契約や内容の詰めまでやっている時間的猶予もない状況で、しかもその状況を作り出したのも広瀬君。

 やむなく先方から担当者とその上司がわざわざこちらに出向いてきて、担当を代えてくれとサトミ課長に頭を下げる問題事案が発生。

 当然すぐに担当を代えたんだけれど、話が話だけに部長のお耳にまで入って部長室に呼び出された課長が大目玉を食らった。

 そこまで話が拗れるまで隠しに隠した広瀬君のせいで、突然先方の訪問を受けたサトミ課長がどれだけ驚いたか。

 当然このことは他の営業たちも知っていて、以来広瀬君に冷たいどころか塩対応。


 自業自得よね


 自分が巻き込まれるのはみんな嫌だけれど、それ以上に広瀬君の態度が問題で。


「上司なんて、部下のために頭下げるのが仕事じゃないですか。

 そんなの当然でしょ」


 あの時も同じことを言ったのよね。

 今また同じことを言う広瀬君に、わたしたちと背中合わせにすわる営業たちの殺意というか、敵意のようなものを背中に感じるのは気のせいかしら。

 当然それ以来課長も広瀬君の監視をかなり厳しくしているんだけれど……どうやらまたやったらしい。


「広瀬」

「はい!」


 不意に呼びかけてくる課長に、慌てて立ち上がる広瀬君。


「ちょっといいか?」

「なんですか?

 いま忙しいんですけど」

「先週に提出されたタスクから三つ、案件が報告なく消えている。

 理由は?」


 忙しいなんて、用事を断る時に使われる常套句。

 だからそんな軽い言葉に課長は引き下がることなく、その用件も、事と次第によっては引き下がれない内容で、案の定というか、問われた広瀬君の顔色が変わる。


 ん? ちょっと待って


 営業たちのスケジュールは、当然上司として課長が全て把握している。

 これまでの経緯が原因で、特に広瀬君のスケジュールはマークされていたんだろうけれど、そのスケジュールをタスクの終了報告なしに消したっていうのはどういうこと?

 予定が変更になったのならなったで当然それも報告事案で、忘れていただけならこの場で報告すればいい。

 もちろん変更の経緯に関する報告なんかを求められるけれど、そんな面倒さも自業自得。

 今までのあれやこれやがあるからね。


 でもこの広瀬君の反応は、ひょっとして説明出来ないってこと?

 そもそもタスクは終了も記録として残す決まりだし、変更になった場合も、一度入力されたものは消してはいけない決まり。

 それを違反して消したってことは、まさかと思うけど、残業をしたくなくて仕事をなかったことにした?

 え? ちょっと待って、それってダメっていうか、ダメで済むレベルじゃないんじゃない?


 うわー!!


 頭を抱えたくなった。

 もちろんわたしには関係ないことなんだけど、こんなのとこれから先も 「同期」 といわれてお仲間扱いされるなんて、はっきりいって嫌!

 一瞬……本当に一瞬だけれど、会社を辞めたくなった。

 こんなことで会社を辞めるなんて幼稚な考えだって思うけれど、でも思っちゃったのよ。

 だって仕事を三つも消して、さらに残った仕事をわたしに押しつけようとしたって……待って……待ってよ、ひょっとしてこれってやばくない?

 背筋にぞわりとした悪寒を感じつつ、わたしはパソコンの右下に表示される時刻を確認する。

 まだこの時点ではなにも組み立てられないけれど、とりあえず現在時刻を確認。

 それから……出過ぎた行為だと思う。

 でも躊躇ってる時間がもったいない。

 なんのタスクを消したのか、急いで確認しなくちゃ。


「課長、一時的でいいので記録(ログ)へのアクセス権限を下さい」

「手元のデータを保存して送る。

 そのほうが早い」


 なるほど、課長は今、その画面を開いてるんだ。

 だったら権限を渡すなんて危険な真似をしなくてもいいわね。

 すぐさま広瀬君を見ていた課長の視線が手元のキーボードに落ちる。

 それから数秒後、わたしは自分のパソコンでデータの受信を確認。

 開いたデータを見て、すぐそこにある広瀬君のケツを蹴り飛ばしてやりたくなった。


 なによ、これ!!


 とりあえず広瀬君がこっそりとわたしの机に置いたUSBを、無理矢理広瀬君の手に握らせる。


「これは自分で片付けて!」


 そう怒鳴りつけ、もう一度現在時刻を確認。

 今日すべき自分の仕事と、目の前にあるデータの内容を組み込みもう一度手順を組み直す。


「いつものルーティン、幾つかこっちでもらうわ」


 椅子にすわったまま自分の席に戻った国分先輩の心強い言葉。

 わたしの担当している仕事のいくつかは、元々先輩が担当していたもので、やり方も先輩の方法を引き継いでいるからそれをお願いします。


「課長、資料の揃った物から送信しますので、少し時間を下さい」

「わかった。

 優先タスクはこちらで指示する」

「お願いします」


 話しながらも課長のパソコンから次々に指示が送られてくる。

 それらの内容を確認しつつ、もう一度時刻を見る。

 これ、絶対終電に間に合わない。

 あとで家族LI○Eで泰輝(たいき)琉輝(りゅうき)をキープしよう。

 事務の安月給でタクシーは厳し過ぎるもの。

 そんなことを考えて作業に取りかかったんだけど、やむなく自分の席に戻る広瀬君の捨て科白(セリフ)に殺意がわいた。


記録(ログ)と比較するとか、どんな粘着だよ。

 そんな暇あんなら、最初から黙ってやってくれっての。

 わざわざみんなの前で言ってんじゃねーよ」


 殺していい?


 わたしがそう思った刹那、わたしや国分先輩と背中合わせに座っていた営業の数人が広瀬君に殴りかかっていた。

前話から一転、地獄モードへ突入です。

次話では天国はともかく、現世には戻りたいと思っております。

もちろん仮想現実にも。

あくまでも予定ですが・・・(汗

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― 新着の感想 ―
[一言] 首だな まぁ、自業自得 退職理由が会社に損害をあたえたためだと、失業保険も直ぐには貰えないし、退職金も1年目だと損害との相殺も出来ないし ざまぁ(//∇//) と、言っとこ♪…
[一言] グレイちゃん、やっちまえ!! 広瀬、ナニサマ? 捨てぜりふがまたムカつくったら。 サトミ氏がはやく昇進して正真正銘の課長になったら、いらんやつポイできるのかしら。いや、部長クラスでないと…
[気になる点] 前話では気付かなかったけど、サトミさんって「課長代理」では? ちょくちょく「課長」ってなっていますが誤字ではありませんか? [一言] 広瀬君がどんどんひどくなっていく。 ※クビ確定案…
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