38 ギルドマスターは美人が好きです
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
しばらくは更新時間が不定期になりそうですが、どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。
本日も末尾に資料整理の 「おまけ」 を付けてみました。
そちらもお楽しみいただけたらと思います。
「俺、強い女って好き」
ローズにととどめを刺そうとしたわたしは、直前に背後から抱きすくめられて、そいつに耳元で囁かれて悲鳴を上げた。
『グレイさん?』
『なに、この悲鳴?』
『誰だよ、耳痛ぇんだけど?』
『なに、グレイさん?』
「……ノー……キー……」
わたしは耐えがたい悪寒に耐えながら、声がした右側を、視線だけを動かしてちらりと見る。
うん、間違いない、このにやけた横顔は……。
インカムでわたしの悲鳴を聞いたメンバーたちは、すぐに状況を察してくれた。
『よりによって一人の時に……』
『またあいつか』
『ちょうど終わったからそっち行く。
ちょっと我慢しててくれる?』
出来ない出来ない、カニやん早く来て!
なんか、なんか、背中とかぴったりくっついてるー!
『じゃ、僕は蝶々夫人に回収依頼を出すよ』
早くしてクロエ!
即行こいつ、回収してもらって!
ってか野放しにないでよー!
がっちりホールドされちゃって、足掻いても足掻いても動けないとか……これ、どんなプレイ?
もうね、STRとVITの塊……いやいやいや、今、それどころじゃないの!
すっかり忘れてたけど、前、前!
クロウを真似た両手剣をちょっと持て余し気味のローズは、わたしに足を引っかけられて崩したバランスをとっくに取り戻していた。
「ギルマス、そのまま押さえててください!」
「ちょっとー!?」
二対一とか、卑怯の極みじゃない?
いや、イベントの時は複数でノギさんを落としたけど、あれはそもそも団体戦だったわけで、そういうルールだったんだけど、でもこれは不意打ちなわけで、さらに二対一とか、卑怯打ちの卑怯打ちじゃない?
……でもローズだもんね、気にするわけないか。
そんでもってこっちも気にする性格じゃないんだよね……クソがぁ……。
そのニヤケ面を見たくなくてそっぽを向いていたんだけど、わざわざ顎掴んで自分の方を向かせるとか……か、顔、近い!
いーやー!
「あ~? ローズ、お前、ここでなにしてんだ?」
「そのクソ女を滅多斬りにしているところです!」
いやいやいや、一度も斬られてないから。
勝手に斬ったことにしないでくれる?
「クソ女じゃねぇーだろ?
だいたいお前にグレイが斬れるかってんだ」
「じゃあ見ててください!」
「いい女、斬ってんじゃねーよ。
この絶壁が」
ローズの胸を絶壁呼ばわりするのはいいけど、わたしの胸を触らないでくれるっ?
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……公衆の面前でなにしてくれてんのよー!
マジくず!
しかもこのクズは、わたしに斬りかかってきたローズをこともなげに足蹴にするの。
加減の 「か」 の字もないくらい、容赦なく蹴り飛ばしちゃったのよ。
凄い音を立てて後ろにあったベンチに叩きつけられたローズは、すぐに起き上がってくるかと思ったのにピクリともしない。
なんか、ちょっと痙攣とかしてるんだけど……えっと……完全に伸びてる?
「……ロ、ズ……?」
死亡状態にはならないんだけど、対人戦エリアじゃなくても失神くらいはするのね。
うん、するか。
HPやMPに変動がないだけで痛みはあるもんね、衝撃もあるはずだわ。
凄い音がしたこともあって呆気にとられちゃったんだけど……
「ひっさしぶりじゃん、グレイ。
今日もナイスバディ~」
ノギさんの社交辞令の方がどれほどよかったか……STRとVITに物を言わせてキスを迫ってくるこの変態は、金髪に七色のメッシュっていう派手な頭に、派手な髪型をした 【特許庁】 の主催者ノーキーさん。
わたしもマメをシャチ……の振りをした鯉に食わせたりするけど、ここまでメンバーを酷い目に遭わせたことはない……と思う。
情け容赦ないって、こういうことをいうのね。
正直、ちょっとビックリしちゃった。
で、油断しちゃったのよ。
「殺すぞ」
危うくノーキーさんと唇が触れそうになった瞬間、ノーキーさんとは違う意味でぞっとする声が聞こえた。
直後……何が起こったのかわからなかった。
わからなかったんだけど、とりあえずノーキーさんに放り出されて……放り投げられての間違いね。
勢いよく、集まった野次馬の誰かにぶつかった。
「すいません!」
「ギリセーフ?」
見ず知らずの野次馬にぶつかったと思って慌てて謝ったら、ちょっと息を切らせたカニやんだったの。
わたしがホッと息を吐いたら、釣られるようにカニやんもホッと息を吐く。
すぐになにがどうなったのかと思って振り返ったら、たぶん放り投げられたんだと思う。
ノーキーさんが仰向けに転がった状態で、クロウにねじ伏せられていた。
「お前、いい加減にしろよ」
「グレイが美人なのが悪い」
「次にやったら殺すといったはずだ」
「忘れた」
……脳筋だもんね。
ノーキーさんこそ元祖脳筋剣士なのよ、本家脳筋剣士なのよ。
しかもこの二人の会話、繋がってるの???
「マジギレ寸前のクロウさんを前にして、あの人もよくやるね。
立てる?」
「ありがと」
大きな杖を片手に持ったカニやんは、もう一方の手をわたしに差し伸べる。
その手を借りてなんとか立ち上がったところで、もう一つ溜息を吐いちゃった。
とりあえず助かったわ。
もちろんこれで一段落ってわけでも無かったんだけどね。
「だったら思い出させてあげるわよ。
クロウ、そのまま押さえていなさい」
人垣を割って登場したのは、今日も麗しく悩殺ポーズを決めている蝶々夫人ことマダム・バタフライ。
その姿を見たノーキーさんはぎょっとして慌てて逃げようとしたんだけど、押さえ込んでるのがクロウだからね。
一瞬で最大出力に達する剣士同士の力勝負。
このあいだのノギさんの時も凄かったけど、この二人でも凄いのね。
でもあっさりと勝負はついたわ。
クロウとノーキーさん、力勝負で固まっちゃったから。
そこに物凄い形相で、それでも悩殺ポーズを決めながらズカズカと歩いてきた蝶々夫人が、地面に押さえつけられているノーキーさんの股○をね、踏んだのよ、ハイヒールの踵で。
「○▽※★×〒ーっ!!」
突然言葉にならない悲鳴を上げたノーキーさんが、股○を押さえてのたうちだした。
なに言ってるのかさっぱりわからないんだけど、とりあえず凄く痛いみたい。
お役御免とばかりに手を放したクロウは、まるで他人事って感じで冷ややかにそんなノーキーさんの惨状を見てるんだけど、カニやんは、自分まで痛そうな顔をしちゃって。
「……蝶々夫人、おっかね……」
とりあえず男の人には有効な攻撃手段みたいだから、わたしも真似できないかと思って自分のパンプスを見たんだけど、残念ながらピンヒールじゃなかったわ。
ちょっと無理かな? ……なんて思っていたら、やっぱりカニやんが顔を強ばらせてわたしを見てるの。
「しないわよ!
ノーキーさん対策!」
「絶対やめてくれ、死ぬから」
「その前に俺が殺してやるから心配するな」
えーっとクロウ、それはどこに繋がってるの?
殺してくれるのはノーキーさん?
それともカニやん?
カニやんもわたしと同じ疑問を持ったらしく、空恐ろしそうな顔をしてクロウを見てる。
で、クロウはカニやんを見ているから……うん、そういうことね。
「介錯は武士の情けだっけ?
すぐ楽にしてあげるわ」
「いや、俺、魔法使いだから。
武士じゃないからやめて」
『カニやん、間に合った?』
インカムからクロエが割り込んでくる。
そ、蝶々夫人とフレンドのクロエが連絡してくれたのよね。
で、連絡を受けた蝶々夫人が 【特許庁】 のメンバーを何人か引き連れて登場したってわけ。
蝶々夫人の指示で、未だわけのわからない戯言を言ってるノーキーさんを、メンバーたちが引き摺って退場させる。
最近の 【特許庁】 ってこんな感じが多いような気がするんだけど……。
しかも個人主義のメンバーが、慣れた調子であっという間に主催者を問答無用で連れて行っちゃうっていうね。
「まったく、あの馬鹿は」
お粗末様といわんばかりに手を払う蝶々夫人は、落としたわたしの杖を拾ってくれたんだけど、手渡しながらもわたしにまでお説教を……
「グレイちゃんもグレイちゃんよ。
ダメじゃない、ノーキーに見つかるなんて」
なんか理不尽じゃない?
わたしは差し出された杖を受け取りながら、一応助けてくれたことにお礼をいいつつ、そもそもの切っ掛けを説明する。
「ローズ?」
「そ、ローズが喧嘩をふっかけてきて騒ぎになっちゃったの。
で、運悪くノーキーさんに見つかっちゃったのよ」
ノーキーさんに蹴り飛ばされて未だ伸びてるローズを指さすと、さすがの蝶々夫人も呆れたみたい。
これ以上話がややこしくなるのは嫌だったから、ノーキーさんが伸したこともちゃんと話しておく。
わたしの仕業にされちゃたまらないもの。
「まったく、あいつは……」
ほとほと呆れきった感じの蝶々夫人だったけれど、一緒に来た 【特許庁】 のメンバーも一緒に呆れてた感じだったけど、苦笑いでローズを回収していった。
どこに連れて行くのかは知らないけど、こんな往来で寝かせておくよりはいいわよね。
「あの子、まだクロウを諦めてないの?」
蝶々夫人はちらりとクロウを見たけれど、当のクロウは我関せず。
回収されていくローズにも一瞥もくれなかったわ。
冷たいとか、そういうことじゃないと思うんだけど、そういう意味ではちょっとローズも不憫だけど、どうしてクロウを選ぶのか?
そこがわからない。
だってVRだけど、【the edge of twilight online】 には他にもいい男が一杯いるじゃない。
クロエとかカニやんとか、あとセブン君……は中性的か。
見た目だけならノーキーさんだって格好いいのよ、派手だし、変態だし、全然わたしの好みじゃないけど。
あ、そこはいいか
この騒ぎの後日談なんだけど、どうやら野次馬の誰かが運営に通報していたらしい。
で、ノーキーさんは 「公序良俗に反する」 とか 「不適切な行為」 とか、ま、それらしい言葉が一杯並んだ運営からのお堅いメッセージを受け取り、一週間のアカウント停止処分を食らったらしい。
いわゆる停職処分みたいな感じ?
学生だと停学相当ね。
ノーキーさんが学生ってことはないだろうけれど……ほら、顔つきとかね。
このゲーム、顔はいじれないから。
永久凍結じゃないのが残念だけど、一週間ほど真面目に社会人してなさい。
そんでもってわたしは、その報告を含めた謝罪文を蝶々夫人から受け取ったの。
文字数制限に阻まれたメッセージは七通にも及ぶとか……どんだけ長文っ?
読むのにどんだけ苦労したと思う?
日頃営業事務として単調な業務連絡くらいしか読まないもんだから、読み慣れない超長文謝罪なんて、ほんと、苦労したんだから。
二度と送らないで欲しいから、そうならないためにも二度とノーキーさんとは会わないでおきたい。
ついでにローズともね。
「相変わらず人騒がせな人だな、ノーキーさん……っていうか 【特許庁】?」
「そうね」
「賑やかっていうか、派手だし。
俺、あの装備は無理だわ」
わたしだって無理よ、なにが楽しくてビキニアーマーとか着てるわけ?
あれ、機能的にどうなの?
そりゃここはゲームだし、寒さとかはないんだろうけど、あれ、スタイルに自信ないと着られないと思う、絶対。
「グレイさん、スタイルなら大丈夫でしょ。
美人だし」
うん? どうしてそこで顔が関係してくるのかが理解出来ないんだけど、スタイルって、細いだけでしょ。
いわゆる凹凸なしの……落ち込んできた……
「この程度の顔ならどこにでもいるでしょ」
『グレイさんはさ、自分の顔を見慣れてるから基準が自分なんだよね』
インカムから聞こえてくるクロエの声が、凄く楽しそうに笑ってるのはなぜ?
しかもカニやんまで……
「あーなるほど、美人の基準じゃなくて、自分の顔が基準なんだ」
『そそ』
この二人がなにを言いたいのかよくわからないんだけど、せっかくなのでわたしからも逆に質問をしてみる。
「じゃあなに? クロエは自分が美少年って自覚があるわけ?」
『僕さ、リアルは髪染めてないんだよね。
この顔、黒髪だと全然地味』
……リアルはともかく、VRでの 「美少年」 は否定しないのね……さすがクロエ。
そこはカニやんも苦笑いしてたわ。
「とにかく助かったわ、カニやん。
フレと遊んでたんでしょ、ごめんね」
「いや、ちょうど解散って空気だったから」
フレンドばかりで集まってパーティーを組んでいたらしいんだけど、二人ほど、入浴でログアウトするってことになったんだって。
それでパーティーを解散しようかって話していたところでわたしの悲鳴が響いた、と。
わたしに気を遣わせないための嘘だったとしても、この場合、真偽はどうでもいい。
助かったのは事実だもの。
ほんと、ありがと。
「クロウも、ありがと」
「大丈夫か?」
蝶々夫人も、先に退散したメンバーたちを追っていっちゃって……これからノーキーさんの吊し上げをするらしいんだけど……集まっていた野次馬もそろそろと退散。
やっと静かに……っていっても広場だから人通りはあるし、それなりに賑やかなんだけど、いわゆる平常運転に戻りつつある。
ノーキーさんにベタベタ触られたところが気持ち悪かったんだけど、あんまり心配掛けちゃ悪いと思って大丈夫ってことにしておく。
それより三日ぶりのクロウの声。
もっと聞きたいんだけど、なにか喋ってくれないかな?
そう思ってクロウを見上げたら、わたしを無視するようにウィンドウを開くの。
しかもそのウィンドウの開いた位置がわたしの顔の前って……これって、邪魔ってこと?
わたし邪魔なの?
「グレイさん、顔」
カニやんに指摘されて慌てて笑顔を作ってみたんだけど、上手く笑えなくて……引き攣る……。
しかもすぐにインフォメーションが出たと思ったら……
information クロウ からアイテムが届きました
これはあれね。
うん、見なくてもわかってる、HPポーションでしょ!
いつまで続けるのよ、あんたは!!
人物紹介:クロエ / 男性型・銃士 / 金髪 瞳は緑
ギルド 【素敵なお茶会】 のサブマスターの一人。
ステータスDEX特化装備 【鷹の目】 を装備するトップクラスの銃士。
アールグレイには美少年といわれ本人も否定していないが、現実の黒髪では地味な顔つきらしい。
悪戯好きな性格で気まぐれだが、無責任ではない。
超近距離射撃 【ラピッドマスター】 や遠距離射撃 【音速】 に、魔法属性射撃 【魔弾の射手】 まで、幅広く使いこなす。