376 ギルドマスターは全てを癒します
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ルゥがなにを思ってどう行動するのか。
それは飼い主であるわたしにもさっぱり分からない。
理由は残念すぎるAIだから。
しかもそのプログラミングをしたのが、ここの運営の人たちだからね。
理解不能
そんなルゥと聖女の、【幻獣】 対決は決着がつかず、【妖獣】 の割り込みで聖女が攻撃目標を変更。
【幻獣】 を武器にぶら下げたまま、打撃と貫通の攻撃をリズミカルに繰り広げる。
【幻獣】 と 【妖獣】 の差に苦戦を強いられるタマちゃんにしてみれば、紙一重で躱すのがやっとのところにルゥが邪魔をして、さぞかしやりづらかったに違いない。
どんだけぇ~
もちろんルゥがタマちゃんの苦戦に気づき、自ら身を引いたとは到底思えないんだけどね。
むしろ間違って口を開いちゃったに賭けるわ。
そうして聖女が力一杯槍を振ったタイミングで、遠心力によって吹っ飛ばされていったルゥ。
でもね、戦闘能力と運動神経は抜群にいいの。
ずんぐりむっくりした魅惑的なもっふりボディをしているけれど、あれは癖毛のせいでそう見えるだけで、実はガッツリ筋肉質。
ガチムチよ。
だから飛んでいった勢いそのままに、中空でくるりと余裕の一回転。
そしていつもの謎のポーズで、華麗なる着地を決めてみせた。
可愛すぎる
すぐにもルゥの許に駆け付けてもっふりと抱きしめたいところだけれど、この状況でわたしが動く……それこそ立ち上がりでもすれば、カニやんを巻き込んでの死亡案件となるのは必至。
だから聖女の気を引かないよう、可能な限り息を潜めて状況を見守るしかなくて。
もちろん二人とも物陰などに身を隠しているわけじゃないから聖女にもバッチリ見えているわけで、でも攻撃の意志がないことを示すため……もちろん攻撃の意志はあるけれど、それを悟られないように隠し、置物のようになるべく動かず、静かに状況を見守る。
「チビ助が戻ってくる」
うん、知ってる。
カニやんはタマちゃんが心配で、そっちを見ながらもルゥを見ていたようだけれど、わたしはルゥしか見てなかったから。
ごめん
もちろんタマちゃんが心配じゃないわけじゃないんだけれど、やっぱりわたしはルゥの飼い主だからルゥが心配なの。
今も嬉しそうな顔をして息を弾ませて走ってくるんだけれど、その姿がとっても可愛いんだけれど、どこに向かっているかが心配。
だって絶対にわたしには向かってないもの。
どう見てもそのコースは聖女の許に一直線でしょ。
まっしぐらでしょ、お猫様じゃなくてワンコのくせに。
案の定、タマちゃんとの戦闘に忙しい聖女に近づいたと思ったら、走って来た勢いそのままに、聖女の腰にお得意の頭突きをお見舞いする。
「ぐえっ!!」
腰はヒト族の弱点の一つよね。
うん、わかってる。
だから聖女はその衝撃に下品な声を上げ、体を逆くの字にしならせる。
ルゥの頭突きの威力は、それこそ飼い主相手でも背骨がポッキリ逝きそうなほどだもの。
聖女の腰に向かって、ダンッと力強く床を蹴った時のルゥの顔は、鼻に深い皺を幾重にも寄せ、小っちゃな牙を剥いていた。
つまり怒っていたというか、本気だったというか。
戦闘モード
姿だけはいつもの可愛いチビフェンリルのままだったけどね。
「タマ、チビ、戻れ!」
衝撃の大きさに、まるで痛みを堪えるように動きを止める聖女。
その隙をついて立ち上がったカニやんが、二匹を呼び戻しつつわたしの腕をとって立ち上がらせる。
そして引き摺るように聖女から離れるのと入れ替わりに、聖女の背後から迫るクロウの一撃が、槍を握る彼女の腕を肘のあたりから切断する。
首じゃない
もちろんクロウだって首を狙ったわよ。
でもね、一瞬早く気がついた聖女が体勢を変えて攻撃を仕掛けてきた。
ここで防御じゃなく攻撃なのが、今の聖女の心情を表わしているのかしら。
結果として聖女は片腕の肘から先を失い、クロウは肩を貫かれた。
もちろん部位欠損の方が損害は大きいけれど、そもそも 【幻獣】 は高HPの高VIT。
あの程度じゃ、まだまだ落ちないはず。
でも片腕を失えば、今までのように華麗で多彩な槍術は出来ないはず。
それならあとは時間の問題……と思ったのはわたしの早計だった。
クロウの肩から槍を引き抜いた彼女は、ムーさんの追撃を片腕でかわしつつ体勢を変え、天井に向かって声を上げる。
「ガブリエル、来なさい!」
ここで登場っ?!
今の今まで一度も姿を見ることのなかった七大天使の最後の一体、ガブリエルが、聖女の呼び掛けに応じて姿を現したのは彼女の背後。
一際大きな翼で彼女を包むように現われた天使は、両手に水晶のような球体を捧げ持っている。
ひょっとして、あれがガブリエルの武器?
「このグズ!
さっさと治せ!」
乱暴な言葉で命令を出す聖女に、柔らかな表情……に見えたけれど、よくよく見てみると無表情なガブリエルは、低く何事か呟く。
それは呪文のようなものだったのか、薄い唇がいくつかの言葉を紡いだように見えたけれど、その声は聞こえなかった。
でも何かが発動したように水晶が光を帯び、次の瞬間、その光が一瞬で転移したのが聖女の肘。
クロウに斬られた腕の断面部分で、やがて光が失われたはずの聖女の肘から先を形成したと思ったら、光が消えたそこには斬られたはずの腕が復元していた。
欠損回復
「やってくれるな」
せっかく斬り落としたのに……と悔しそうな顔をするカニやん。
見れば他のみんなも同じように悔しそうな顔をしていたけれど、ガブリエルの術はそれだけじゃなかった。
「次、回復!
遅いわよ!」
苛立たしげに命令する聖女に、ガブリエルは再び呪文のようなものを唱えるけれど、やっぱり声は聞こえず、その唇が言葉を紡ぐように動くだけ。
そして再び水晶に光が宿り、今度はその光が聖女を包み込む。
HP回復
いよいよ進退窮まった感じ。
だってこれ、今までに削ったHPを全回復されたってことでしょ。
部位欠損なんてHPの大量流出だったのに、無かったことにされたってことでしょ。
そしてこれからも、削っても削ってもそこにガブリエルがいる限り、即座に回復されるってことじゃない。
「ガブリエル、どうか……」
ミカエルが今際の際に残したあの言葉の意味って、聖女を助けるように、あるいは守るようガブリエルに頼んだってこと?
余計なことをしてくれちゃって。
ちょっとでも同情した自分が馬鹿みたいじゃない。
腹が立つ!
ガブリエルもガブリエルよ。
あんな横柄な態度で命令してくる女王様に大人しく従っちゃって、七大天使の名が泣くわよ。
しかもガブリエルが回復しなければ、あのまま攻められれば女王は落とせてた。
そうしたらガブリエルだって女王から解放されたのに、どうして邪魔するのよ。
そもそも七大天使は、どうしてこんな横暴な女王に従ってるわけ?
「そこは聖女を倒してみなきゃわからんけど、ここで問題。
とっくに制限時間を過ぎてるって、知ってた?」
ん?
…………え? イベント終了してるのっ?
うっそ?!
「マジ。
というかさ、時計が止まってる」
止まるタイミングでウィンドウを確認出来なかったため、現状がどうなっているかはカニやんにもわからないらしい。
でもそういえば、聖女登場あたりで残り時間20分とか言ってたわよね。
確かに、だったらとっくに過ぎているはず。
でもまだわたしたちの戦闘は続いているから、不具合でなければ、ボス部屋に限っては制限時間が適用されないってこと?
そういうルールってちょっとアウトローっぽいけど、あり?
「ありかどうかはわからないけど、不具合でないことを祈る」
イベントルールにも書いてなかった?
「どうだろ?
気づかなかったけど。
運営にしても、そろそろどこかがクリアしてくれないと、最終戦に向けて盛り上がらないってことかも」
このイベントも、残すところあと一戦しかないもんね。
そして、まだイベントエリアにいるわたしたちにはこの第三戦の結果がわからないんだけど、どこもクリアしていないとなれば、第三戦までで第一ラウンドをクリアした全てのギルドが、最終戦をこの地下迷宮で戦うことになる。
いやいやいや、それはそれで盛り上がるでしょう。
楽しそう
たぶんどこに向かってもどこかのギルドと当たるから、そこら中で対ギルド戦が展開されて賑やかになるわ。
そしてみんな本来の目的を忘れて、ミカエルと聖女がここで待ちぼうけ……ほら、楽しそうじゃない。
あ、ガブリエルもね。
「運営の悔しがる顔が想像出来て、ちょっと楽しいな」
でしょ?
しかもカニやんが想像する運営の顔って、小林さんのあのマッチョなアバターよね、きっと。
わたしもあの顔で想像したわ。
でもそれは次の最終戦でのお楽しみってことで、わたしたちは続けましょう。
終了を告げるインフォメーションも出ないし、聖女も退場しない。
それどころか手下まで呼びつけちゃったわよ。
つまりこれは続けてもいいってことでしょ。
「やっぱそうなるよな」
はい、なります。
でもこのあとの戦いが、決して楽じゃなかったことは想像に難くないと思う。
聖女を回復したガブリエルはまた姿を消してしまい、どこにいるのかわからない。
でも聖女が被弾すると……もちろん 【幻獣】 だから少々のことは平気だけれど、それこそ部位欠損なんて、聖女が呼ばずともガブリエルが自主的に現われてすぐさま回復。
ついでにそこまで削ったHPも回復してまた消える。
つまりなに?
ガブリエルは聖女の回復係ってこと?
しかも回復の時にしか姿を現わさず、用が済むとすぐさま姿をくらませてしまう。
そして聖女も回復係を召還して開き直ったのか、それまで以上に大胆に攻め込んでくるようになった。
「たぶんガブリエルには攻撃手段がない。
だから戦闘には参加しない」
そういうことよね。
だったらこうしましょう。
剣士たちに少し無理をしてもらって、ガブリエルが回復のために姿を現わすほどのダメージを聖女に与えてもらう。
ちょっと時間は掛かったけれど、上手く目標をとったベリンダが速さ勝負で聖女を振り回し、その隙をついて脳筋コンビが袈裟懸けに二撃。
思っていた以上に深く切り込めた分、HPの流出量も多い。
そして想定位置にガブリエルが姿を現わす。
「起動……演蛇」
音もなく現われたガブリエルの唇が、やはり音もなく術を紡ぐ前に、わたしの詠唱によって召還された焔の蛇がガブリエルを捕らえた。
またもやシリアス展開?
でもここまで来たら終わりが見えた・・・かも・・・(汗