360 ギルドマスターはサンタを飾り付けます
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「グレイ、大丈夫か?」
うん? 大丈夫とは?
「いや、なんともなければいいんだ」
わたしが棒立ちで動かなかったのは、抱えたルゥが掌を舐めるのをやめてくれないからだったんだけれど、それを高い位置から見ているクロウには、気分でも悪くなって動けなくなっているように見えたらしい。
大丈夫です
たぶん大丈夫じゃないのはルゥだから。
そもそも大丈夫とは? ……ああ、ひょっとして血痕?
それともさっきのNPCの喀血?
それなら大丈夫よ。
あの程度なら毎月ぃ………………………………死んだ。
一生の不覚!!
よりによって……わたし、こんなところでなに言ってんのよ、もう!
口が滑ったにもほどがあるってもんでしょ。
どんだけ滑ってんのよ、わたしの口。
穴っ!!
ねぇ、どこかに穴開いてないっ?
超特大級の穴で、地球の裏側まで開いてるやつ!
もう埋まるなんてまどろっこしいことはしない。
一気に裏側まで逃亡したい!
「あるわけないでしょ」
それこそルゥと一緒に自分で掘ればとか言われた。
カニやんの意地悪。
どうせルゥが掘り出したらカニやんだって手伝ってくれるくせに。
「はいはい、一緒に掘ればいいんでしょ。
ここ掘れワンワンね」
それ、違うから。
「とりあえず行くよ」
わかった
動かなくなったNPCをそのままに、わたしたちは場を確保するように脳筋コンビが待つ隠し扉へと向かう。
合流したところで、殿を務めるべく恭平さんとJBがそこで足を止め、脳筋コンビを先頭に扉をくぐる。
そこから見える景色は薄暗く、文字通り地の底へと階段が続いている。
念のためにカニやんがイベントウィンドウを開いてみたんだけれど、マップはまだ空白。
中央に、たまに見る文字列が表示されるだけ。
unknown
これは前にもあったパターンかな。
確か第二回のバトルロワイヤルで、自分の視覚でマップを作成していくやつ。
もちろん自分でウィンドウに書き込んでいく必要はない。
そこは自動筆記だけど、一度そこに行くか視覚に捉えなければマップに書き込まれないってパターン。
面倒ね
今回はギルド戦だから人数はいるけれど、マップがわからない状態で分散するのは得策じゃないと思う。
だってただのギルド戦じゃなくて対ギルド戦でもあるから、単騎になったところを狙われたら一溜まりもない。
実際、階段の下に広がる暗闇の、さらに底の方から剣戟や銃撃の音、それに爆音がかすかに聞こえてくる。
血気に逸って突っ込んだギルドが遭遇したんだと思う。
確か公式の発表で、第二ラウンドに進めたギルドは八つだったかな?
そのうちの一つが 【素敵なお茶会】 であり、セブン君率いる 【鷹の目】。
ああ、あとライカさん率いる 【暴虐の徒】 とロクローさん率いる 【アタッカーズ】 もあったわね。
残る四つは名前も知らないギルド。
そういえばミッキーさんのいる 【3年B組ドンパチ戦線】 はなかった。
「あそこは戦闘より命懸けてるものがあるから」
「コスプレ命」
「撮影会は大事」
「次の原稿の締め切りが……」
んーっと、カニやん、柴さん、ムーさん、カニやんの順番によるぼやきなんだけれど、変なポーズを決めている脳筋コンビはともかく、カニやんはうんざりした様子。
そんなに大変なの?
そもそも原稿ってなに?
「なんでもない。
それよりどうする?」
そうねぇ……とりあえず階段を下りましょう。
ちょっと暗いから、みんな、気をつけてね……といった先からわたし自身が足を滑らせるっていうね。
珍しくクロウがわたしの前を歩いていたのは、どうやらこういう事態に備えてのことだったらしい。
ありがと
さすがにお仕事の出来る上司様は部下の欠点もよくおわかりで、先回りをしてミスを防ぐっていうね。
しかもそのまま手を取って階段を下りてくれるのは、過保護と思われます。
ちょっとお姫様っぽい扱いで恥ずかしいんだけど、そう言ってみたんだけれど、結局地下に辿り着くまで手を離してくれなかった。
さて、ここからどうするか?
かなりの段数を下りたそこは石造りの地下で、冷え冷えとした感じ。
もちろんわたしたちのこの体はアバターでありデータだから寒さは感じないんだけれど、冷え冷えとした感じの演出なのか、冷気のような白いモヤがうっすらと漂っている。
所々に松明の明かりがあって真っ暗ではないけれど、それほど明るくもなく、視界も通らない。
通路自体の幅は場所によりけりみたいだから、とくに剣士は狭い通路に気をつけて。
あとは……
「マップだな」
「対ギルド戦が出来るってことは、結構広いと思う」
改めてイベントウィンドウを開いてみるカニやんと、その隣に立ってウィンドウをのぞき込む恭平さん。
案の定、マップの作成自体は自動筆記だけれど、わたしたちの現在位置と、それを中心にした周囲だけがウィンドウに描かれている。
たぶん地上の礼拝堂はシナリオの導入部分で、音が聞こえていたということは、あの階段からすでに同一マップになってるんじゃないかな。
だから油断は出来ないんだけれど、周囲に気を配りながらトール君とマコト君、ジャック君の学生トリオが、試しにわたしたちと少し離れてみる。
すると彼らの視界に入った部分だけマップが自動的に追加される。
難儀ね
わたしたちが目指すべきは、この地下のどこかにある礼拝堂。
あの死んだNPCがいっていた場所ね。
でも気になることもあるのよね。
「みんな地下礼拝堂に……聖女様が……がはっ!」
運営の過剰演出もあるとは思うけれど、信徒の一人もいなかった礼拝堂と残されていた多数の血痕。
そしていなくなった銭ゲ……じゃなくて、聖女。
あのNPCが残した言葉って意味があると思う?
もちろんイベントシナリオとして、参加プレイヤーを地下の礼拝堂へ導くためという以外にね。
「あるかも」
カニやんの口ぶりとか、恭平さんの表情とか、なにかわかってる感じ?
「わかってる感じ」
「そこは行ってみればはっきりすると思う」
まぁNPC長官の号令も 【聖女を救出せよ!】 ……いや、【聖女を助けよ!】 だったかしら?
まぁ些末な違いは気にしないとして、とにかく地下礼拝堂とやらに行ってみるしかないわね。
そこに聖女がいなければ面倒だけれど、いてくれるのを祈りながら。
わたしたちが話しているあいだにもみんながちょこちょこ動いて、少しずつマップが広がっていく……んだけど、誰か一人、戻らずにずんずん進んでるのがいるじゃないっ?
誰よ、これ!!
「ワンコだろ」
「ほかにいねーべ」
「飼い主、しっかりしろや」
嗚呼……
ちょっとみんな待ってて、捕まえてくるから! ……と走り出そうとしたら、当たり前のようにクロウが付いてくるんだけど、そのままみんなも付いてくる。
「この状況じゃどこに行けばいいのかわからないし、ばらけるほうがヤバそうだから一緒に行く」
そ、そうね、それが正解かも。
幸いにしてほどなくルゥは捕まったというか、待っていたというか……なにしてるの?
ほら、よくファンタジーの冒険ものとかであるじゃない。
こういうダンジョン内にお宝の入った宝箱。
いかにもって感じのソレがあって、ルゥはその前でお行儀よくおすわりをしてわたしたちの到着を待っていた。
開けろってこと?
もちろん開けないという選択もある。
ここの運営の過剰演出やおふざけっぷりを考えると、開けないほうがいいとすら思うんだけれど、無理!
ルゥのその、期待に満ちたキラキラのお目々で見つめられたら、これをスルーして先に進むなんて出来ない。
でも……でも今度こそビックリ箱でグーパンが跳んできそうな気もするの。
そして顎にアッパーを食らって顎が割れて、吹っ飛ばされて、天井に頭がめり込む感じ?
そのままぶら~んとぶら下がったら、またルゥにじゃれつかれるところまでがデフォってことで。
開けていい?
「あんた、ほんとそのうち変死するから」
そうよね、それって立派な変死体よね。
ほら、あれよ、八つ○村……は落ち武者だっけ?
あ、犬○家!
あれは海か何かに頭から突っ込んで逆立ちしてるから、天井に突っ込むのは逆バージョンだけど。
あんな感じの変死体。
風が吹いたらユラユラ揺れて……想像したら怖くなってきた。
幸いなことに落ちたプレイヤーは通常エリアに転送されるため、変死体のままイベント終了時刻まで晒されることはない。
運がよければ他のギルドに見られずに済むわ。
じゃ、早速……と開けようとしたら、クロウに首根っこを掴まれた。
そしてそのまま引き戻される。
「もうクロウさん、そのまま捕まえといてよ」
「すまん」
どうしてここでクロウがクロエに謝るのよっ?
これももう何度言ったかわからないけれど、あんたはわたしの保護者か!
わたしは成人女子として自立するって言ってるのに、どうして邪魔するのよ。
「グレイ、大人しくしていろ」
いったぁ~!!
久々に拳骨を落とされた。
そしてHPが減る……減るっ?!
あ! ちょっとクロウ、ここはPKエリアなんだからやめてよ!
なぜかみんな大爆笑をしているんだけれど、わたしだけは笑えない。
今回のイベントは死亡回復は出来ないけれど、HP及びMPの回復は出来るから、HPを自然回復してくれる常時発動スキル 【守護者の祈り】 が仕事をしてくれてほどなく全回復したけど。
拳で戦う拳闘士みたいな職はないけれど、スキルとしての打撃はあるんだからやめてよね。
「悪い、うっかりしていた」
お仕事の出来る上司様には珍しいうっかり……といいたいところだけれど、笑ってるってことはわかっててやったでしょ。
あとで覚えてなさい……と言ったら、いつものわたしのセリフを返された。
「忘れる」
返すのはいいけど、わざわざ耳元で言わないでよ。
クロウの声がよすぎて一瞬腰が抜けそうになったのは内緒です。
「じゃれてるあいだに開けちゃって」
クロエに急かされるように宝箱を開けるのは、当然といえば当然の脳筋コンビ。
礼拝堂の扉を開けたのが柴さんだったから、今度はムーさんが。
ちょっと重そうな感じで蓋を開いてみれば中には……服?
えっと、その鮮やかな発色をする赤白ツートンカラーの服って、どこをどう見てもサンタの衣装よね?
どうしてそんなものが宝箱の中に入っているのかと思ったら、わたしたちの疑問に答えるべくインフォメーションが出た。
information 運営からのクリスマスプレゼント!
さぁあなたもこれを着て、クリスマス気分を味わおう♪
………………この…………この、遣り場のない気持ちをどこにぶつけたらいいのっ?
ここはあれ?
あれを叫べばいいのっ?
メリークリスマス!!