359 ギルドマスターは味見をします
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なにがどうしてこうなったのか?
うちの上司様がちょっと壊れた感じなんだけれど、うちのペットもちょっと壊れた感じで、さっきからずっとわたしの掌を舐めているのはなぜ?
それも美味しそうにじゃなくて、必死な感じで。
どうしたのっ?
なにか悪いものでも食べたのかしら?
お腹下したり……はないわね、NPCだもの。
「一番壊れてるのは部下で飼い主な」
引っかかりを覚えるカニやんの言葉。
それは両方ともわたしを指している言葉なのでは?
「正解。
とりあえずワンコに舐めさせるのやめろよ。
なんでこれ、クロウさんは怒らないかな」
どうしてクロウが怒るのよ?
「上書きだろ、ワンコが舐めてるのって。
前にドラキュラの時もやってた気がするけど」
???
別にカニやんは怒っているわけじゃない。
怒っているわけじゃなくて、どちらかというと呆れている感じ。
それはつまりわたしに呆れてるってことよね。
どうして?
「わからないところが生涯喪女」
それは嫌です!
何度も言いますが、彼氏大絶賛募集中です。
大大大大募集中です。
お願いだから誰か彼氏になってください。
お嫁には行けなくても、せめて彼氏は欲しい……。
「泣きながら言わないでくれる?
それと、俺にすがりつかれても困るから」
そう言ってクロウを振り返る。
ん? クロウに彼氏になってもらえと?
その視線はそういうこと?
でもね、クロウは敷居が高いの。
会社でもモテモテで、高嶺の花も高嶺の花よ。
158㎝に届くところじゃないの、192㎝は。
「身長なんて屈んでもらえばいいだろうが。
俺に絡むなよ」
なに言ってるのよ。
わたしがお嫁に行けなくなったのはカニやんのせいじゃない。
「俺じゃなくて海希のせい」
「だからあの時言ったんだよ、もっと舌を噛みそうな複雑怪奇な名前にしろって」
うん、確かにアキヒトさんは言ってた。
カニやんの命名 【タマ】 に対して、複雑怪奇とは言わなかったけれど……そもそも複雑怪奇な名前ってどんな名前よ?
それをペットに付けてどうするの?
でも舌を噛みそうな名前がよかったとは言っていた。
じゃあ訊くけれど、具体的にはどんな?
「アレキサンドロス大王とか……」
はい、そこまで!
もういいです。
思案げなアキヒトさんは、まだこれからなのに……なんて不満げなんだけれど、既視感があるのよ。
ルゥの名付けの時。
だってアレキサンドロス大王とアレキサンダー大王って同じ人でしょ。
それでアーサー王とか、クィーン・エリザベスとかマザー・テレサとか言い出すのよ。
そもそもこれのどこが、舌を噛みそうな複雑怪奇な名前なの?
アーサー王はともかく、エリザベス女王とかマザー・テレサなんて実在の人物じゃない。
舌を噛むかどうかはともかく、複雑怪奇呼ばわりは失礼よ。
そのうちに大時代が諸葛亮孔明とかチンギス・ハーンとか別のゲームになっちゃって、最後は聖徳太子から冠位十二階が出て来て人名じゃなくなるんでしょ。
応仁の乱とか壬申の乱とか……わかってるから皆まで言わないでいいです。
歴史は繰り返す
そんな言葉を聞いたことがあるけれど、ギルドの歴史も繰り返すのね。
タマちゃんのギルド加入は大歓迎だけど、まさかこんなところで同じ過ちを繰り返すことになるとは思わなかった。
でも過去を振り返るのはここまで。
ここから先は前進あるのみ! ……というわけでクリスマスイベント第二回攻略、行くわよ。
『いつも 【the edge of twilight online】 をご利用いただき、誠にありがとうございます』
開始時間数分前に始まる、運営のテンプレ音声アナウンス。
もちろん始まるのは期間限定イベント 【聖夜の攻防】、二回目。
今回は、第一ラウンドをクリア出来たギルドと出来なかったギルドでは転送エリアが違い、イベント時間も二時間と三時間と違う。
わたしたちはルゥの大活躍のおかげで、草原エリアで行われた第一ラウンドをギリギリでクリア。
教会で行われる第二ラウンドに進めること出来た。
カニやんの予測では、第二ラウンドもIDではなく同一マップ上による対ギルド戦。
射線が通り放題だった分、隠れる場所もないひらけた草原エリアだった第一ラウンドとは正反対の、隠れ放題な分、射線がまったく通らない屋内エリアの可能性が濃厚。
どうだろう?
そもそも教会って、礼拝堂しかイメージがないんだけど。
第一ラウンドの草原から見えていた尖塔も礼拝堂の屋根のイメージだったんだけど、それだと即大決戦よね。
ボス戦
複数のギルドが第二ラウンドに同時進出してるんだから、その場合はIDにならない?
う~ん、想像がつかない。
「付かなくてもいいけど、七大天使はあと五種類。
そこんとこ油断しないで」
それもあったか。
でも未確認が五種類ってことで、七種類全部が出現する可能性もあるのよね。
すでに遭遇したウリエルとカマエルの特性が違っていたから、他の五種類も違う可能性が……というより、ほぼ確実に違うと思われる。
一番の注意は天使長のミカエルだっけ。
「大変よく出来ました」
カニやんってば、わたしの脳みそをスポンジかなにかだと思ってるわね。
脳筋コンビじゃないんだから、ちゃんと機能してます。
でもイベント開始と同時に転送されたイベントエリアでは、またしても運営の過剰演出にやられちゃったけど。
「ここ、さっきの続きじゃね?」
「それっぽいな」
カニやんの言葉に、周囲を見渡しながら応える恭平さん。
森の中、ひらけた場所にたたずむ教会の建物というシチュエーションは、確かにそれっぽい。
第一ラウンドでここまで来たのはルゥだけだからわたしたちメンバーは初めて見るけれど、イベント前に想像していた礼拝堂ぽい建物よね。
そしてあの正面に見える扉を開けて入れば……やっぱりいきなりボス戦?
「さぁ、それはどうだろう?」
思案げに応えてくれるカニやんを、恭平さんも黙って見ている。
じゃあここはギルドの代表として、僭越ながらわたしが……と扉を開けようと建物に近づいたら、取っ手に手を掛ける寸前、いきなりクロウにホールドされた。
ぐぇ!!
ちょ?! いきなりなにするのっ?
一瞬息が止まったじゃない!
「一生じゃないからいいじゃない。
相変わらず迂闊なんだから」
「マジ迂闊。
柴やんかムーさん、頼める?」
口の悪いクロエを肯定したカニやんが振り返ると、すでに脳筋コンビは 「最初はグー」 と始めていた。
扉を開けた瞬間、それこそバネ式の悪戯……びっくり箱みたいなやつね。
あんな仕掛けがあれば、わたしは一瞬で吹っ飛ばされて御陀仏。
避けるなんて超高級な反射神経があるわけもなく、かといって直撃に耐えられるVITがあるわけもない。
そこで超高性能危機管理センサー内蔵の脳筋コンビにお任せすることにしたらしい。
適材適所
さすがにね、さすがにわたしも記念すべき 【死亡回数 1】 がびっくり箱は嫌。
そんな惨めな落ち方はしたくない。
できたらこう、もっと格好良く……具体的なイメージがわかないんだけど、でもそんな末代までの笑い種になりそうな落ち方は絶対に嫌。
ギルドの歴史に新たな恥の上塗り……駄目だ、考えただけで落ち込んでくる。
結局負けた柴さんが開けることになった。
これが 【特許庁】 なら勝ったほうが開けるのよね。
面白そうだから
まぁじゃんけんなんてする前に、張り切ってノーキーさんが開けるんでしょうけれど。
それこそバネ式のグーパンが跳んできたって、避けるか斬り落とすか。
俺様流を華麗に決めてくれるから腹が立つ。
性格は残念すぎるけど顔だけはいいからね、顔だけは。
あ、あと、剣士としての腕もね。
今頃は草原エリアでさぞかし暴れてると思う。
「開けるぞ、開けるぞ」
まるでダチョウ○楽部のノリで扉に手を掛ける柴さんだけれど、なにも起こらなくて白けました。
やはり建物の中は礼拝堂になっていて、ずらりと並んだベンチ椅子の向こうに祭壇っていうのかしら?
演壇ね、きっと。
祭壇はその後ろにあるやつじゃないかしら?
そして壁には当たり前のように大きな十字架と……仏様なら光背に当たる部分にステンドグラスがある。
宗教も思想も育まれた環境もまったく違うけれど、人の感覚的なものはやっぱり共通なのか、どちらも神々しさ、神格を表現してるのよね。
でも圧倒的な違いはこれ!
音楽
わたしたちが礼拝堂内に踏み込むと、まるで戻ることを許さないかのように扉が勝手に閉じられる。
そして周囲を観察するようにゆっくり進むとパイプオルガンが鳴り出し、その音色が堂内に響き渡る。
この曲は知ってる。
もろび○こぞりて
すでにクリスマスは終わっているけれど、イベントタイトルが 【聖夜の攻防】 だもんね。
仮想現実ではまだクリスマスなのよ。
だから礼拝堂で賛美歌が奏でられる。
けれど礼拝堂に信徒は一人もいない。
NPCの一人でも立っているかと思ったけれど、人を模した置物すらないの。
どういうこと?
「グレイさん、床……いや、見ないほうがいい」
どうして恭平さんが途中で言葉を変えたのかと思ったら、気を遣ってくれたらしい。
でもそんなせっかくの気遣いも、うっかり者のわたしは台無しにしてしまった。
見ちゃったの、足下を。
血痕
わたしを含めてメンバーほぼ全員が、壮麗なステンドグラスを中心に上を見がちで気づかなかったんだけれど、敷かれた厚そうな絨毯のそこら中に血痕が残っていたの。
見れば並んだベンチにも。
とくに床の血痕は引き摺ったような跡がいくつもある。
「これ、辿ってみるか?」
その一つを指さしてカニやんが言った矢先、祭壇の脇にあった……それまでわたしたちがそこに扉があることに気づかなかったのは、おそらく隠し扉。
一見にしてそれとわからないようになっていて、まるでカニやんの言葉に合わせるように開くまで、誰一人気づいていなかった扉が開き、転げるようにプレイヤーが出てくる。
初期装備
でもその手に握る片手剣は刃が途中でポッキリと折れていて、全身に負傷とおぼしき出血の痕が残る。
そして助けを求めてわたしたちの許に、転げるように駆けてくる。
「た、たすけてくれ!」
「こいつ……」
うん、プレイヤーじゃないわね。
一見プレイヤーっぽく見えるけれど、ある意味プレイヤーではあるけれど、NPCだわ。
つまりこれは導入部分で、このNPCがイベント開始の切っ掛けになるってことかな?
「みんな地下礼拝堂に……聖女様が……がはっ!」
あ、あら?
そんなひどい傷に見えなかったのに、そこまでを言っていきなり口から血を吐いて死んじゃった……と思ったら、倒れた背中には槍のようなものが突き刺さっていた。
確かに、これは致命傷だわ。
わたしがちょっと感傷に浸りかけているあいだにも、脳筋コンビがこのNPCが出て来た隠し扉を調べ、恭平さんたちが周囲に気を配る。
NPCが役目を果たした。
それはつまりイベントシナリオが始まったことを意味し、ここにもいつ敵が出現してもおかしくはない。
でも、わざわざ向こうから出向いてくれるのを待つ必要はないわけで、地下に下りられるとおぼしき隠し扉もわかってる。
だったら当然行くわよね。
とりあえずルゥ、そろそろ掌を舐めるのをやめてくれない?
まだ飽きないなんて珍しい
とっくに正月も明けておりますが、まだまだクリスマスは続きます!(汗
そしてもうすぐ連載一年!