350 ギルドマスターはもっふりと盛り付けます
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うん、わかってる。
一応わかってるの、ルゥは悪くないってね。
わたしに 「ヨーイ、ドン!」 と言われたらダッシュしちゃうわよね。
わかってる
どうしてあの短い足であれだけの速さを出せるのかがとにかく謎なんだけれど……ひょっとしたらこのゲームで一番の謎かも知れないわね、ルゥが。
でもね、その凄い脚力を全開にして飼い主を置いていくってどういうことよ?
ルゥったら全力で飼い主を置いていくのよ。
悲しすぎる……
悲しすぎて涙が出てくる。
涙で視界がにじんでルゥの可愛いお尻が見えない……のは、あっと言う間に行ってしまったからか。
わたしが持ちかけた駆けっこを楽しんでいるだけなんだと思う、ルゥは。
遊んでるのよね、そこは一応わかってるの、わたしも。
ルゥが楽しいのならいいんだけれど、やっぱり置いてけぼりを食らわされるのは淋しくて悲しい。
だってあっと言う間にルゥの可愛いお尻フリフリとか、尻尾ブンブンが見えなくなっちゃったんだもの。
ルゥ~!!
……呼んでも戻ってきてくれない。
なにが一番悲しいかって言われれば、全然振り向いてくれないこと。
それって、わたしのことなんてちっとも気にしてないってことよね。
きっと走り出した瞬間に、わたしのことなんて忘れちゃうんだわ。
ルゥにとって飼い主の存在価値って、どんだけ薄っぺらいのっ?
「悲劇のヒロイン気取ってないでさっさと走れよ、そこの美人」
愛猫に連行されながらなに言ってるのかしら、この変態は。
大型化したタマちゃんは、愛され女子に擬態している時とはちょっと顔つきが変わっていて、精悍っていうのかしら?
家猫というより、TVや動画で見る野生のチーターや豹を思わせる顔つきに変わって、しかも鳴き声も可愛らしいニャ~ンじゃなくて、こう……低くニャァ~ゴォって、ちょっと怨霊というか、化け猫じみているというか。
猫又
そうね、一応化け猫なのね、タマちゃんってば。
そのタマちゃんの二本ある尻尾の一本は、バランスでもとっているのか、ふにょふにょと揺れているんだけれど、もう一本を器用に操って、本来ならば飼い主であるカニやんの手首に巻き付けて連行している。
これ、本当にどっちが飼い主かわからないんだけど?
「もちろん俺」
嬉しそうに引き摺られながら言わないでくれる?
全然説得力が無いわ。
もう!
脳筋コンビに次いで、新たな変態が増えちゃったじゃない。
どうしてくれるのよっ?
「あいつらと一緒にしないでくれる?」
そう言ってカニやんが見るのは、隊列の先陣を走る脳筋コンビ。
うん、大正解よ。
大丈夫、だってカニやんは、あの二人とはカテゴリー違いの変態だから。
一緒にはしてないわ。
ちゃんと分けてるから安心して。
「安心の場所が違うから。
ワンコに置き去りにされた八つ当たりをするな」
なんだ、わかってるのね。
でもやっぱり不思議。
あのすんごい短そ……ゲフゲフ……なんでもありません。
とっても可愛い短いあんよです。
しかも肉球がプニプニしてて触り心地も抜群なんだから。
その短い足であのダッシュって、どうなってるの?
「どうって、あれ、STRのチートだろ?」
そのカニやんの説明もわかんない。
「足の回転じゃ間に合わないから、脚力活かして、走ってるというより跳んでるに近いんじゃね?」
そういう説明ならなんとかわかります。
なんとなく納得出来るような出来ないような……なんて考えていたらルゥを完全に見失ってしまった。
嘘っ?!
どこ行っちゃったのっ?
「最悪、腕輪に召還して呼び戻すしかないけど……」
カニやんの言葉が不自然に途切れ、その視線が周囲に走る。
すでに長く伸びた隊列の先頭は足を止め、交戦に入っている相手は 【特許庁】。
だってあの集団だもの、見間違えるはずがない。
あちゃー
どうしてこの状況で面倒な人たちと当たっちゃうかな。
「やっほーグレイちゃん!
楽しんでる?」
今の今まで楽しんでたわ……嘘だけど。
登場と同時に、陽気に挨拶なんてしながらも大きく踏み込んでくる真田さん。
その容赦ない一撃を、クロウの砂鉄が受ける。
刹那、耳に痛いほど剣戟が響く。
腕力勝負を避けた真田さんは、一瞬だけ押し返し、その反動でクロウの剣を振り切って後退する。
そしてわたしに向かって声を掛けてくる。
「行ったぞ、るん!」
真田さんの呼び掛けに応えるように、威勢よく鳴り出すサンバホイッスル。
その音が聞こえるのはわたしのすぐ後ろ。
え? これって……
「起動」
詠唱をしながらも振り返ったわたしの視界には、派手派手しいサンバ衣装を着て元気よく踊るランカーのちゅるんさんが入る。
う~ん、やっぱり今日もその衣装というか、装備なのね。
耐久が削れると修理が難しそうだけれど、そこはカジさんの分野。
気にもしない様子のちゅるんさんは口にサンバホイッスルをくわえ、陽気なリズムに合わせて踊っているんだけれどその手にはしっかりと剣を握っている。
さすがにこの距離は厳しい。
ちゅるんさんの狙いだってはずしようもない距離じゃない。
黄色や赤、緑といった原色で彩られた衣装に合わせた独創的な化粧を施した目元が、まるでわたしの焦燥を見透かすようにニヤリと笑う。
うん、ちゅるんさんも結構な美人よね。
その化粧がちょっと曲者だけど……じゃなくて、首よ、首。
いや、この距離じゃ直撃は避けられない。
駄目かも……
なにしろわたしは紙のようなVITしか持たない魔法使い。
対する相手は、直接対峙するのは初めてのような気もするんだけれど、ランカーのちゅるんさん。
保つわけないわよね、魔法使いの霞のようなVITなんて。
それこそ首じゃなくても一撃で落とされる。
初!!
ちょっと意外かも。
まさかわたしの 【死亡回数 1】 をつけるのが、ルゥじゃなくて初対戦のちゅるんさんだなんて。
たぶんわたしだけじゃなく、誰も予想しなかったはず……ということはないか。
だってわたしにちゅるんさんを当ててきたのは、どう考えたって真田さんじゃない。
蝉とりの時、わたしに不破さんを当ててきたのは蝶々夫人。
今度は真田さんがちゅるんさんを当ててきた。
この二人の副主催者は考えが似ているのか、それとも相談でもしているのか。
どうあってもわたしを落としたいらしい。
なぜっ?!
言っておきますが、わたしを落としたって 【素敵なお茶会】 が総崩れになることはないし、火力が落ちることもない。
サブマス四人がいれば、そもそもわたしはいらないわけで……あ、自分で考えて落ち込んでくる。
うん、でも四人だって最悪、誰か一人が残ればなんとかなるし、重火力揃いだもの。
火力を削ぎたいのなら、確実に削ってくるトップ剣士三人を狙うべきだと思う。
でもわたしなのね……
「落とせ!」
「はぁ~い」
真田さんの強気の言葉に応えたちゅるんさんは、わたしの正面より少し位置をずらして立ち、横薙ぎに大きく剣を振ってくる。
これは無理!
受け止められない……と思った刹那、ボフッとした衝撃とともに視界が真っ暗になる。
え……っと、これはつまり、落とされたってことよね?
初死亡!
これまでに死亡状態になったことがないからよくわからないんだけれど、こんな感じなのね。
思ったより痛くなくて……というか全然痛くなくてよかったわ。
とりあえず視界が真っ暗。
……へんね
今までに死亡状態になったプレイヤーを何人も見てきたけれど、みんな視界明瞭だったわよ。
死亡位置から移動することは出来ないけれど、立ったり座ったり、姿勢も変えられたし喋ることも出来た。
だから通りかかるプレイヤーに救助を求めることも出来た。
足を掴んだりすることは出来なかったけれど。
なのにわたしの死亡状態は視界が真っ暗で、ちょっと喋るのも難しい感じ。
でも耳だけは鮮明で、あちらこちらから飛ぶ声が聞こえてくる。
「俺の獲物!」
「女王っ?!」
「マジかっ!」
「え? なに、それ?」
「グレイさん!」
「るん、下がれ!」
最初の声はノーキーさん……っていうか、わたしはノーキーさんの獲物ではありません。
勝手に決めないでよね。
あとは脳筋コンビとかみんなの声っぽいんだけれど、みんなビックリした感じ。
ただ最後の、真田さんの指示だけがよくわからない。
ちゅるんさんに出してる指示よね?
あ、そうか
わたしを落としたから目的を果たしたし、でも近くにクロウがいて危ないから後退しろってことね……と思ったけれど、クロウの相手は真田さん自身がしているから違うか。
しかもちゅるんさん自身ランカーだし、クロウが相手でも危ないってことはないか。
ん? んん? やっぱり意味がわからない。
「こいつ、剣を離さなくて!」
これはちゅるんさんの声かな?
さっき真田さんの呼び掛けに応えた可愛らしい声とは一転、苦しげというか、必死というか……こう、力んだ感じがするんだけれど、どうかした?
そもそもこいつって誰よ?
まさかと思うけれど、わたし?
わたしがなにを離さないの?
なにも掴んでないわよ?
ん? んん?
ますますわからなくなった。
とりあえず未だに視界が復帰しないのは、明らかな不具合よね……っていうかわたしのアバター、不具合が多くない?
不具合を起こしやすいアバターとかがあるわけ?
わたしのアバターはその不具合を起こしやすいアバターってこと?
小林さん!!
イベントが終わったらまた抗議しなきゃ! ……と思ったら、なにかが胸元あたりをくすぐる。
まさか視界が利かない上に動けない状態なのをいいことに、脳筋コンビあたりが悪戯とかしているとか……そんな恐ろしいことを考えていたら、クロウの声が聞こえる。
「グレイ、反撃しろ!」
反撃って……だってわたし、死亡状態よ。
攻撃参加なんて出来ないわよ。
「グレイ!」
え~ん、そんな大声出さないでよ。
出来ないものは出来ないんだから仕方ないじゃない。
「グレイ、チビが落とされる!」
えっ? ルゥがっ?
え? ちょっと待ってちょっと待って、どういうことっ?
ルゥがって…………あら? ひょっとしてわたしの視界を塞いでるものって…………最初にあったモフッとした衝撃といい、ひょっとしてルゥのお尻?
その、何があったのかさっぱりわからないんだけれど、見えないところで何が起こっているのかもわからないんだけれど、でもこのモフッと感には確かに覚えがある。
だってルゥには、前にもお尻で顔に乗られたことがあるもの。
あの時と同じ感触。
それってつまり……
まだ生きてるっ?!
今年もよろしくお願いいたします!! 2021/01/01 藤瀬京祥