336 ギルドマスターは獣に一喜一憂します
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
わたしは雅楽というものをちゃんと聴いたことがないから、そういうものだと思っていた。
妙なところに間があったり、音が抜けているように聞こえたり。
結論を言えばそれらは気のせいではなくて、間違いなく変な間であり、音が抜けていた。
新ダンジョン 【ゴショ】 のラスボスである対帝戦の時、左右それぞれに三席ずつある御簾の内。
そこにすわるのは梨壺の女御様、桐壺の女御様、麗景殿の女御様、弘徽殿の女御様、藤壺の女御様、梅壺の女御様の六名の内、倒して 【女御の文】 を入手した女御様だけ。
聞こえる楽の音に妙な間があったり、音が抜けているように聞こえるのは、召喚出来なかった女御様が担う楽器の音が欠けているためだったっていうね。
そしてどうしてそれがわかったのかといえば……
揃えたからよ!
珍しく朝早くからログインし、【ゴショ】 の前で足りないメンバー三人を野良で探していた 【特許庁】 の真田さんと串カツさん。
そしてあと二人、メンバーを探していたわたしたち。
足せば丁度五人だし、職もいい感じにばらけている……のはわたしたち三人のほうだけれど、最低限必要な中距離範囲攻撃と、遠距離攻撃も揃う。
火力の高さにはお互い信用もあってパーティを組んだんだけれど、よかったのはそこまで。
えっと、確かに二人とも重火力のランカーよ。
本当に鉄筋で強い。
でもね、あくまで 【特許庁】 なのよ。
楽しければ無駄な労働も厭わず、クリアという目的は二の次。
クリア後にもらえる巻物の件は早々に話を付けたけれど、それ以上に付けておかなければならない重要な話があったなんて思いもしなかった。
なんたる迂闊
そうして倒す必要のない淑景舎や飛香舎、凝華舎にまで寄ってそれぞれの女御様まで倒し……そのくせ文の回収を忘れて行こうとするとか、目的がわからない!
いや、わかるかも。
だって真田さんも串カツさんも 【特許庁】 だもの。
楽しければそれでいい。
そして楽しむためだけに三人の女御様に会いに行ったというか、倒しに行ったというか。
何度か危うく落とされそうになっていたけれどね。
「そこはご愛敬でしょう」
真田さんったら自分で言ってたわね。
そんな感じで全ての文を揃えたわたしたちは、初めてフルコーラスというか、フルヴァージョンというか、正しい演奏を聴くことが出来た。
これは感謝するべき?
そりゃ一回くらいは聴いておくのもいいけれど、それは今じゃなくてもいいんじゃない?
攻略中の時点でくるくると真田さん、串カツさんはまだ期間限定イベントをクリアしてなかったわけだし。
ここはクリアを最優先事項にするべき……というのはわたしの考えで、二人は違っていて、何度か危ないところにヒヤリとさせながらも付き合わされた……と。
まぁ二人のおかげで帝戦はわりと楽に落とせたけどね。
うん、そこは頼もしい鉄筋剣士なのよ。
だからクリア出来て、約束どおりくるくるは巻物をもらい、期間限定クエストとエピソードクエストの両方を無事クリア。
あ、報告に行くのを忘れないでね
でもくるくるはこのあとに用事があり、予定外にダンジョンクリアに時間が掛かったからすぐログアウト。
夜に再ログインしてからNPC長官のところに行くと言っていた。
本当に報告に行ったかどうかは確認していないけれど、くるくるは子どもじゃないしね、さすがにそこまでのお節介はしません。
このあとで二人と潜ったシャチ金も結構な波乱があったけれど、楽しかったわ。
うん、思った以上に楽しかった。
無茶苦茶だったけれど、計算どおりレベルも上がったしね。
それぞれのギルドメンバーがログインを始めたところで、そんな楽しいパーティも解散。
そのあとの二人のことは知らないけれど、わたしとクロウは 【素敵なお茶会】 のメンバーたちと 【ゴショ】 の攻略に明け暮れて。
それでもメンバー全員クリアとはならず。
イベントが終了する、次のメンテナンスが行われる前の日の夜までかかって、ようやく生産職の二人もクリアすることが出来た。
よっしゃー!!
うん、初志貫徹よ。
もちろん凄く苦労したけれどね。
そして新たなメンテナンスが行われ、今回の大型アップデートも関連イベントも全て終了。
次は一年を締めくくるクリスマスイベント。
今日のメンテナンス終了とともに公式発表があったんだけれど、今年のクリスマスは25日が辛うじて金曜日。
だからイベントは26日土曜日と27日日曜日に行われることになった。
その詳細は改めて説明するとして、今日のわたしには一つの重要なミッションがある。
まずはそのミッションをこなさなければならないんだけれど、仕事を終えてログインしたのはいつものギルドルーム。
「アールグレイ、ログインしました」
わたしの視界には誰一人メンバーはいないけれど、どこかにいるであろうメンバーに向かって挨拶をすると、どこからともなく挨拶が返ってくる。
『グレイさん、こん』
『こんー』
『女王陛下、万歳』
まぁ挨拶の仕方は人それぞれ。
インカムから聞こえる声は被っていて、全員の声は聞き取れないけれど気にしない。
でもムーさんの声はちゃんと聞き取れたし、なんと言ったかもわかったから。
後で溶かしに行ってあげる。
『なんでやねーん!』
自分の胸に手を当ててよく考えなさい!
『俺にもむほどの胸はない』
誰がもめって言ったのよっ?
手を当てるだけでいいの!
そして考えて!!
最近はうっかり格納し忘れてログアウトしてしまうルゥは、昨夜も格納し忘れたからわたしのログインとともにギルドルームに出現。
その場所は毎回違うから、今日はどこかしら? ……と周囲を探してみたら、いつもの挨拶もそこそこに、すでにフンフンフンフンフン……と臭いを嗅いでギルドルームの探索を始めているルゥのお尻を見つける。
鼻チューは?
ねぇルゥ、いつものご挨拶は?
今日はしてくれないの?
ちょっと寂しさを感じたわたしは四つん這いで床を這い、うしろからルゥに近づく。
そのまま捕獲しようとしたら、丁度ルゥの尻尾がわたしの顔に当たりそうになる。
視界を塞ぐから手でちょいちょいと払ってみたら、ちょいちょいと短い尻尾を振って返すルゥ。
ひょっとして、遊んでると思ってる?
違うから
この尻尾がちょっとだけ邪魔なの……と、掌で尻尾を押してお尻にくっつけようとしたら、バシッと弾き返された。
もちろん加減してくれてるから全然痛くないんだけれど、【幻獣】 のSTRに魔法使いが勝てるはずもなく。
そしてそのまま尻尾の先でわたしの鼻をくすぐるとか、やるじゃな……ぁ……くしゅ!
不可抗力で出るくしゃみに驚いたルゥは、大きな目をさらに見開いてわたしを振り返っている。
ひょっとしてくしゃみを見るのは初めてだったのかしら?
そう思わせるくらい驚いちゃって、可愛いんだから。
「なかなかいい眺めだな」
不意に聞こえるクロウの声に振り返れば、すぐ後ろで腕組みをしたクロウが仁王立ちしていた。
しかもわたしが低い位置から見上げているから、いつも以上に大きく見えるというか、迫力があるというか。
いつログインしたの?
「いま」
そっか、びっくりした。
でもいい眺めというのはどういう眺め?
「さぁな」
腰を屈めたクロウに腕を取られたわたしは、そのまま無理矢理立たされる。
そしてまた、埃なんてないのにスカートを払ってしまうのよね。
ううん、違うわ
今のはうっかり埃を払おうとしてしまったんじゃなくて、しわにならないように払って伸ばしたのよ。
そういうことにしておいて……といってもここにはルゥとクロウしかおらず、どちらも相手にしてくれない。
だからわたしの一人芝居状態になってしまい、余計に虚しさが募る。
ルゥなんて、ちょっと目を離した隙に移動しちゃってるし。
淋しい
あとでガッツリ捕まえて心ゆくまでモフろうと決意していると、クロウがなにか言いたげな表情でギルドルームの扉を視線で示してくる。
どうかした?
無言の圧力に屈して扉を見るんだけれど、誰かが入ってくるわけではなさそうな。
実際、ドアノブがまわる気配は全くなくて、誰かが外にいるわけでもなさそうなんだけれど、よくよく耳を澄ましてみれば物音が聞こえる。
もちろんルゥのフンフンフンフン……ではない音。
でもこの音って、たまにルゥが 「開けて」 と催促するように扉を爪で引っ掻く音じゃない?
同じよね
でもルゥは、偶然だけれど扉とは正反対の壁際をフンフンしている。
そして扉の前には誰もいないしなにもない。
つまり向こう側になにかいるってことよね。
「開けるぞ」
うん、お願い。
たぶん大丈夫よ。
だって今日はお客様というか、新しい仲間が来るはずだもの。
自分で扉を開けて入ってこないということは、たぶんその子だと思う。
クロウがゆっくりと扉を開くと、その隙間がわずかしかないうちにするりと忍び込んでくるしなやかな毛皮……じゃなくて猫。
その尻尾の先までがギルドルームに入るのを待って、クロウは扉を閉める。
すると猫は、チラリと閉まった扉に一瞥をくれるだけで驚きもせず、ちょこんとおすわりをして大きくあくびを一つ。
この毛色は知ってる、茶トラ猫っていうんでしょ。
小林さんから猫をもらえるって聞いて、ネットで色々調べたの。
どんな子が来るのかわからなかったから、とても楽しみにしてたのよね。
だって小林さんたら、何度問い合わせメッセージを送っても絶対に教えてくれなくて。
見てのお楽しみだなんて、勿体ぶられた。
でも想像していた以上に可愛い子が来て嬉しい。
触っても大丈夫かしら?
その艶々な毛並みを触ってみたくなったわたしは、その場にすわりこむ。
そして再び四つん這いで抜き足差し足忍び足……といってもバレバレなんだけどね。
金色をした綺麗な目で、ずっとわたしの動きを追ってるんだもの。
でもそっと手を伸ばして頭を撫でようとしたら、不意に前足を耳のうしろから前へと撫でつけるように毛繕いを始めてしまった。
拒否されたっ?!
うそ……だって今日はルゥにも鼻チューを拒否されたのに、初対面のお猫様にまで拒否されるなんて。
思っても見ない反応に悲しくなってきた。
丸っこいお猫様の頭近くまで伸ばした手をそのままに固まっていたら、耳の後ろを掻いて顔を洗い、それからにゃ~んと一声鳴いて立ち上がり、固まったままのわたしの手に自分から頭をこすりつけてきた。
か、可愛い!
「撫でてやったらどうだ」
クロウの声で我に返ったわたしは、恐る恐るお猫様の頭を撫でてみる。
あら、柔らかい。
それにルゥは酷い癖っ毛だからモッフモッフという感じだけれど、この子は艶やかなストレートだからいかにもモフモフ。
ちょっと病みつきになりそうな滑らかな毛並みに、ついつい調子に乗っちゃって、頭だけじゃなく背中まで撫でてみたりして。
そしてその感触にうっとりしながらも気づく。
だってこのお猫様、普通サイズじゃない。
わたしが猫に化けたらもっと小っちゃくて、手とか足なんて泣きたくなるくらい短かったのに、見てよこのお猫様。
立派な猫じゃない!!
立派なお猫様って・・・(笑
クリスマスイベント前にちょっと寄り道をします。
どうぞ、よろしくお付き合いくださいませ。