332 ギルドマスターは能ある鷹ではないので爪を隠しません
PV&ブクマ&評価&感想&誤字報告、ありがとうございます!!
久々に後書きに休閑小話を置いておきます。
よろしければそちらもお楽しみくださいませ。
わたしのうっかりから始まった、新ダンジョン 【ゴショ】 の初見攻略二周目。
もちろんわざとじゃないのよ、ついうっかりね。
だって知らなかったんだもの。
まさかあれでそのまま二周目に突入するなんて、思わなかったし。
ちょっと目の前に門があったから触っただけ、それだけで二周目がスタートするなんてどんな仕掛けよ?
確かに 【ゴショ】 は入場のためのアイテムが不要。
でも同じアイテム不要の 【トチョウ】 や 【フチョウ】 は、クリアするとダンジョンの外に転送されるからてっきり同じだと思ってたの。
まぁ実際に 【ゴショ】 もダンジョンの外に転送されるんだけど。
やるからにはもちろんクリアしますってことで、当然二周目も、誰一人欠けることなくクリア。
しかも一周目で少し要領というか、攻略方法がわかったから少し早く進めたと思う。
でも最短コースを辿る都合上、どうしても二周目も避けられない弘徽殿の女御様。
口の苦さに、文句だらだらのクロエに二周目クリアの巻物を献上し、改めてスタート地点の門前に戻ってくる。
ここで門に背を向けて離れれば、やっといつものインフォメーションが出る。
information ダンジョン 【ゴショ】 を出ますか?
ダンジョンから転送で通常エリアに戻ってきたわたしたちは、入場前以上のプレイヤーに大喝采で出迎えられわたしは失神寸前。
これはなにっ?
「なにって、盛大なお迎えだな」
クロウにしがみついて目を白黒させているのはわたしだけ。
意外なくらい……いや、いつもそうだっけ?
平然としたカニやん。
「まさか初見で二周するとは思わなかった」
「わたしだってあんなことになるとは思わなかったわよ」
「さすがにちょっと休憩したい」
「だよなー。
あ、クロエ、わかってるだろうけど、他のメンバーのクリアに付き合えよ」
「僕がもらい逃げするとでも?」
「念のため」
実際には巻物のもらい逃げというか、自分はクリアしたから他の人のことなんて知りませーん! ……なんてことはしないと思う。
でもクロエの性格は、そういうずるさが見え隠れする。
だからやらないってわかってるけれど、ついつい念押ししたくなるカニやんの気持ちはわからないでもない。
小心なわたしには、実際に口に出しては言えないけれど……ごめん、カニやん。
ここで思い出したように恭平さんがいう。
「言い忘れてたけど、俺、まだクエストここまで来てないから」
「え? そうなの?」
そういえば恭平さんは、アキヒトさんみたいに長い休止期間こそなかったけれど、転職でアバターの育成し直したんだっけ。
それで時間を掛けたから、ちょっとエピソードクエストの進行はお休みしてたんだ。
慎重派の恭平さんらしいというか。
じゃあ、追いついたら言ってね。
いつでもお手伝いするから。
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
「俺もー!」
「お前、全然進んでないだろ。
ってかお前、休止前から全然進めてなかったくせに、なに言ってやがる」
「えー、今ちょっとずつ進めてるって」
「俺も、俺も!
とりあえずイベントはクリアしたいっす!」
大丈夫、【素敵なお茶会】 はメンバー全員クリア、目指します! ……と宣言したら、また周囲のプレイヤーたちが沸く。
わたし、なにか変なこと言った?
わたしはただメンバーに伝えただけで、他の人はそれを偶然聞いちゃっただけで……どうしてわたしがこんな、言い訳みたいなことを言わなきゃいけないのよ?
「泣きそうな顔して強気な開き直りだな」
「クリア、おめ」
「お疲れ、おめ」
変態コンビ……じゃなくて、変態脳筋コンビが労ってくれる。
その二人の話では、どこからかわたしたちが攻略に挑んだという噂が流れ、その噂を聞きつけてどんどんプレイヤーが集まってきたんだって。
もちろん目的はクリア出来るかどうか。
これ、もしクリア出来なかった場合はどうなるわけ?
わたしたち、公開処刑になるとか?
「さすがにそれはないだろ?」
「【ゴショ】 がクリア不可ってなるだけじゃね?」
そんな単純なものなの?
もちろんそんな単純なものならいいんだけれど……とりあえず落ち着くためにルゥを出します。
これもいちいち宣言しなくてもいいんだけれど、いきなり出したら驚かれるかと思って。
しかもルゥはバックリしちゃうから、ちょっとだけみんなにも用心してもらいたいしね。
きゅ! と短く一声鳴いて、ポンッと腕輪から出てくるルゥ。
今夜ももっふりと、超絶可愛いポーズを中空で決めてくれる。
でもうっかりね……このあいだもやったばかりなんだけど、クロウにしがみついているのを忘れてルゥを受け止め損ねちゃった。
あは!
お尻からポテッと着地したルゥは、何が起こったのかわからず、着地した姿勢のままでキョトンとした顔。
大きな目をさらに見開いちゃって、可愛いんだから。
でもすぐに目の前にいるわたしに気づいて飛びついてくるかと思ったら、ちょっと見ているものがわたしからズレているような?
しかも怒ってる?
ねぇルゥ、その顔は怒ってるわよね?
え? なになに、どういうことっ?
どうして怒ってるの? ……と考えているうちに突進してきたルゥが向かった……というか、襲いかかったのはクロウだったっていうね。
「それ、女王のせいだろ」
「また旦那に迷惑掛けて」
体当たりを避けたクロウは……でもクロウの鉄筋をもってしても 【幻獣】 のSTRには勝てないから、拳を握りしめた腕を突き出してバックリの犠牲にする。
そうして見事なルゥの一本釣りが完成したのを見て、みんなに呆れられた。
もちろんわたしがね。
飼い主失格!!
とりあえずね、そろそろ何かがキレそうだからルゥを嗅がせて。
そのモフを……モフをモフモフ……。
「女王、意味がわからん」
「それ、日本語か?」
「俺、わかるけど?」
それこそ不思議そうな顔をするカニやんは、呆れ顔の脳筋コンビに、どうしてこの程度がわからない? とでもいわんばかり。
「お前もモフ中毒だからな」
「所詮獣の下僕の分際で、偉そうな顔すんじゃねぇ」
「モフは正義!」
ごめんカニやん、わたしもそこまではわからない。
クロウが、拳にぶら下がったままのルゥを差し出してくるから両手に受け取り、まずは鼻チューでご挨拶。
きゅっと短くご機嫌な鳴き声を上げるルゥ。
その腹目掛けて顔を突っ込めば、もっふりとした極楽に包まれ深呼吸。
はぁ~
この極楽をどう表現すればいいのかしら?
「ド変態」
「いつ見てもおかしな図だな」
「俺もやりてぇ」
ルゥの短い足に頭をガッツリホールドされてるんだけれど、だから手を放しても全然平気なんだけれど、耳も普通に聞こえてるのよ。
恭平さんはともかく、ムーさんは許さん。
そしてカニやんにはやらせない。
絶対にルゥは渡さないから……っていってるのに、わたしの両目が塞がっているのをいいことに、ルゥの尻尾で遊んでる。
もちろんルゥも怒って短い尻尾で、からかうようにいじってくるカニやんの指をバシバシ叩いてるんだけれど、カニやんのモフ中毒は変態の域に入ってるからこの程度じゃ動じず。
むしろ喜んでいる
そんなにルゥにかまって欲しいのなら、必殺の肉球パンチを受けて見よ! ……ということでルゥを頭からベリッとはがしたわたしは、カニやんのほうに向けて抱えてみる。
クロウほどじゃないけれどカニやんも背が高いから、その顔の高さまでルゥを抱き上げるのはちょっと大変なんだけれど……これ、ちょっと腕がプルプルしてくる。
プルプルさせながらも必死にルゥを抱え上げていたら、いつもは飼い主の内心なんて我関せずのルゥだけれど、珍しく意図を汲んでくれたの! ……と一瞬は喜んだんだけど、落ち着いて考えたら、ルゥはどこまでいってもルゥで、たぶん自分がそうしたかったからそうしただけなんだと思う。
ぎゅっ! と不機嫌そうな声で鳴いたかと思ったら、本当にカニやんの額に向かって肉球パンチを繰り出す。
その肉球がカニやんの額に触れた瞬間、カニやんが悲鳴を上げるのと吹っ飛ぶのとが同時に起こった。
だって 【幻獣】 だもの
さっき柴さんかムーさんが言っていたけれど、ルゥはこんなにちっこくても 【幻獣】 で、手足も凄く短いもっふりボディをしているけれど、魔法使い程度のVITじゃどうにもならないような高STRの持ち主。
加減をされても、剣士の鉄筋ですら耐えられないと思う。
ここは一般エリアだからPKは出来ないし、しかもルゥは超残念なAI搭載のNPCだからPKには当てはまらないけれど、攻撃を食らったカニやんは痛みとともに吹っ飛ぶだけで、HPの流出もなければ死亡状態に陥ることもない。
吹っ飛んだけど
でもルゥってば、カニやんに肉球パンチを放つ寸前にその小っちゃな爪をシャキーンと全開にしていたらしい。
多くの目撃者が、パンチが放たれる寸前にその爪がギラーンと輝くのを見たって証言していた。
それで吹っ飛ばされたカニやんが、おでこを両手で押さえて悶えてるのね。
わたしは最初、嬉しさのあまりおでこを押さえて転がりまわってるのかと思ったわ。
「その思考が理解出来ん」
「モフ中毒の為せる業か」
「中毒患者は思考に妄想入るから」
「妄想入ったら喪じゃなくて腐?」
「それ、線引きが難しいな」
「いずれにしても本人は幸せ思考中」
「ついでに、ああ見えてカニもな」
「カニやんってM入ってる?」
カニやんが突っ込みを入れられる状態じゃないからか……まだ痛みに地面を転がりまわってて、たぶん脳筋コンビの話も聞いてないと思う。
代わりに恭平さんが突っ込みというか、話を盛り上げてるというか……これは何をしてるのかしら?
でもすかさず代役を務められるのはさすが恭平さんね。
「そこは褒めるところじゃない」
珍しくクロウに突っ込まれた。
「報告に行くか?」
それはつまり、このあとはどうするかって訊いてるのよね?
とりあえず腕が限界なのでルゥを抱っこし直します。
もっふりとしたボディを改めて抱きしめたら、ルゥも嬉しそうにきゅう~きゅう~と鳴き声を上げながら頬ずりとかしてくれて、可愛すぎる! ……じゃなくて、このあとをどうするかね。
はい、忘れてません!
ちゃんと覚えてたわよ……っていうのにクロエに突っ込まれた。
「一瞬忘れたよね」
だから忘れてないって言ってるじゃない!
予想外に初見ダンジョン攻略に時間が掛かってしまった上、わたしのうっかりで連続して攻略する羽目になっちゃったのも想定外。
NPC長官への報告は、カニやんとクロウの分も巻物を手に入れてからにするからいいわ。
カニやんは柴さんたちと一緒に行くだろうから、わたしはクロウと一緒に行く。
「いいでしょ?」
「ああ」
「そっちは二人で行けばいいけど、俺はカニとは行かない」
「わざわざ一緒に行くか」
二人とも、カニやんはもちろん、互いも一緒に行かないって言うの。
そうなの? どうして?
「野郎同士でつるむ理由がわからん」
「ガキの使いじゃあるまいし」
「ガキの使いは一人で行くんだよ!」
ようやくのことで復活した……してないか、まだ痛そうにおでこ押さえてるわ。
でもようやく起き上がったカニやんが突っ込んでくる。
突っ込みながらも 「いってー」 とかぼやいているから、よほど痛かったんだと思う。
でもわたしの胸にしがみついて、ご機嫌に尻尾を振っているルゥには怒らないのは、さすがモフの下僕ね。
ちなみに一人で行く子どものお遣いは初めてね。
そういうTV番組がなかったかしら?
とりあえず 【富士・火口】 が残ってるから、スザクを落としてからログアウトかな? ……っていったらみんなに呆気にとられてしまった。
なんなのよ、もう!!
休閑小話 運営の人々~小林君の繁忙期
前回のハロウィンイベントで、うちのボケくんがヘボって24時間制を勘違いしたのは確かに悪かった。
それについてはちゃんと謝ったのに……
「新ダンジョン、実装当日にクリアしてんじゃねぇよ!!」
俺たちがどんだけ苦労してると思ってるんだよ、あの美人は!
「なんとなくやるだろうとは思ってましたけどね、俺は」
偶然俺の席の近くを通りかかった鰐口が、知ったかぶったことを言い出す。
「うるせぇよ、ワニ。
勘違いした張本人が偉そうになに言ってやがる」
「だからそのことは謝ったじゃないですか!
もうしません」
「当たり前だ。
あんな初歩的なミス、二度も三度もされてたまるか」
「それより小林さん、例の猫はどうなったんですか?」
鰐口を庇うつもりなのか、隣の席の古賀が話しかけてきた。
例の猫?
ああ、あのヌコな。
ぬかりはない、準備は出来た。
非の打ち所のない超絶美人に完成した。
ただモデリングがちょっと気に入らなくて、いま手直し中。
「この忙しい時に余裕ですね。
納期、間に合うんですか?」
「ちゃんと約束の日には引き渡す」
「外見、手直し中なんですよね?」
「そこはそれ。
間に合わなけりゃ今のを渡して、あとでコッソリすり替えりゃいい」
「偽物とすげ替えるコソ泥みたいなことを公言しないでくれます?
それと、絶対に気づかれますからやめてください」
別に気づかれてもいいんじゃね?
え? 駄目なの? なんで? どうして?
ちょっと古賀の言うことが俺にはよくわからないんだが、さっさと自分の席に戻ればいいのに、まだいた鰐口が余計なことを言う。
「そうですよ、誘拐とか言われますよ」
大丈夫、すげ替えにはお前を行かせるから安心しろ。
いつものクマの着ぐるみ着てな。
「絶対嫌ですよ!」
まぁそうならないことを祈ってろ。
お前に拒否権があると思うなよ!
着ぐるみはお情けってわかってるのか?
なんだったらその顔晒して直接謝ってこいや!!