33 ギルドマスターは不自由の女神を殴ります
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
「さがりなさい、トール君!」
若さで青春ごっこするのはいいけれど、落ちないでって何度も言ったわよね?
まさか忘れたとは言わせないわよ。
わたしのいう最終ステージはリバティ島に辿り着くことじゃないの。
女神の顔を拝んで終わりじゃないの。
このゲームをクリアするところまでだからね!
『女王の命令は絶対だよ、トール君。
言ったでしょ?』
少し笑いを含んだクロエの声。
激しくクロウと斬り結ぶノギさんを、危なげもなく射撃する。
距離があるから音速かな?
徹甲弾ほどの威力はないみたい。
隙あらばトール君を狙おうとするノギさんを、その足下や鼻先に弾丸を撃ち込んで牽制し続ける。
クロウも珍しく、トール君を気にしてか攻めあぐねてる感じ。
らしくないじゃない!
「終わらせるわ、ノギさん。
起動……焔獄」
二発目の焔獄、さすがにこれは厳しかったみたい。
結局クロウの登場で解毒剤を使えず、被毒によるHPドレイン現象は続いていたし、トール君の一撃もあった。
再び焔獄の焔をまとったノギさんは、わずかな隙を衝かれてクロウに胴を断たれる。
「これだからお茶会は……」
だからなによ?
ノギさんが何を言いたかったのかは知らないけど、そこまでを言って通常エリアに戻されちゃった。
「クロウ、無理言ってごめん。
被弾は?
トール君も、HPゲージ表示して」
「俺はいい」
それ、返事になってないから。
あれだけ激しくノギさんと斬り結べばそれなりに被ダメもあったけれど、これはあれね。
剣豪二人だと、元々HPが馬鹿高だから、マメとは反対の意味で被ダメと与ダメの我慢大会。
そもそもあれだけ削られても落ちないノギさんとタメを張るんだから、クロウだってちょっとやそっとで落ちるはずがないのよ。
でもトール君はそうはいかない。
無理矢理表示させたHPゲージは五分の一以下。
元々レベル的にHPは高くないけれど、完全にレッドゾーンに入ってる。
これで女神攻略に参加したら落ちるのは時間の問題なのに……。
『元気だね、トール君。
好きにさせていいの?』
「あれ、やらせていいの?」
クロエとカニやんに、ほぼ同時に同じようなことを言われた。
もちろんいいわけないでしょ。
丁度脳筋コンビもいることだし、お仕置き代わりに二人に鍛え直してもらうのはあとにして、とりあえずあとちょっとだけ保ってね。
でもその前にやっておかなきゃならないことがあるのよ。
「クロウ、女神の手枷足枷を全部破壊して!
ベリンダ、猿ぐつわも外しちゃっていいわ!」
わたしの言いたいことがわかっているのかいないのか、わからないんだけど、クロウは言われるままに女神の、まずは手枷を狙う。
他のメンバーは、わたしが狂ったとでも思ったのかしら?
それこそ信じられないものでも見るような目をするの。
ちゃんと考えてるわよ
今回のイベントは 【不自由の女神を解放せよ】 なのよ。
あの暴れん坊の目隠し、猿ぐつわ、手枷足枷から解放するのが目的なんじゃない?
もちろんそれで倒れてくれるのかはわからない。
自由を取り戻した女神が自由の象徴に戻ってくれるのか、それとも 【幻獣】 としての本性を顕わすのか。
たぶん後者だとは思うんだけどね。
でもすべての枷を外さないと、たぶんHPが一定以上減らない仕掛けがされているはず。
あの枷は一つの「自由度」ってことかな?
女神の解放がHPゲージの解放じゃないかと思ったのよ。
ベリンダが猿ぐつわを外すのを待って、剣士たちが全ての枷を外すあいだにも、後方支援職は解放された領域分のHPを削っていく。
制限時間があるのよ
もちろんイベントの終了時間もだけれど、トール君が落ちちゃう!
早く仕留めないと落ちちゃうのよ!!
「グレイさん、ちょっと落ち着いたら?」
『意外にトール君のほうが冷静だよな』
大技をガンガン撃ち込むわたしに、釣られるようにカニやんもクロエも盛大に大技をぶっ放してる。
クロエは知っていたけれど、やっぱりカニやんも結構な重火力。
それでも削れないのが 【幻獣】 なんだけどね……。
「急げ急げ」
「トール、落ちるなよ。
お前が落ちると俺らの首が飛ぶ!」
うるさいわよ、そこの脳筋オッサンコンビ。
ここまで聞こえてるんだけど?
しかもそれを聞いてパパしゃんまで苦笑いとか……誰かフォロー入れてよ……。
「大丈夫ですよ、たぶん」
「たぶんってなんだ、たぶんって」
「そんな根拠のない言葉、誰が信じるか阿呆!」
やっぱりトール君はいい子よね。
ナイスフォローなんだけど、あとでその脳筋オッサンコンビとお仕置きは修正なしで。
「でもグレイさんは魔法使いだし、首は落とせないでしょ?」
うん? トール君、それはフォローのつもり?
わたしが魔法使いじゃなかったら落とすとでも?
たしかにわたしのSTRじゃ、そこの脳筋コンビの首は刎ねられないわよ。
でもね、魔法で溶かすことは出来るのよ。
それこそクロウやノギさん並みの硬さを持たない二人だもの、確実に溶かしてあげるわ。
絶対逃がさない
女神のすねに強烈な一発を打ち込んだムーさんは、痛みに……感じてるのかどうかはわからないけれど、反射的に蹴り返そうとする女神の足を避けて後ろにひとっ飛び。
さすがの運動神経なんだけど、枷を外された女神はすっかり自由を取り戻しちゃって、それこそ理性の箍も一緒に外れたように暴れまくり。
かなりの速さと力で、方々から仕掛ける剣士たちを足癖悪く蹴散らしている。
屈むのはやっぱり腰が痛いわよね。
しかも質の悪いことに、火の入ったトーチから魔法まで飛ばしてくるとか。
さっきからくるくるがダメージを食らってる。
前方と後方、同時に仕掛けるのはさすがに 【幻獣】 ……っていうか、反則じゃない?
女神の蹴りを避けたムーさんはすぐさま体勢を立て直すと、もう一方の足のふくらはぎに大剣・砂鉄を振るうクロウを見る。
「ギルマスじゃなくて、そっちの旦那に刎ねられるんだよ」
「ギルマスには溶かされる」
うん、さすが柴さん、よくわかってるじゃない。
でも気を散らすと……ほら、蹴られた。
すぐにパパしゃんのカバーが入る。
大楯を使ったパワーアタックで、その脚力を出せるとは思えないほど華奢な女神の足を押し返す……けど 【幻獣】 はノックバックしない。
「パパしゃん、ノックバック!」
思わず叫んだけど間に合わなかった。
そ、ノックバックしたのはパパしゃん。
柴さんのカバーは上手くいったけれど、パパしゃんが派手に吹っ飛ばされる。
「パパしゃん、すまん!」
「パパ、生きてっか?」
女神の足音ならぬ地響きの中、剣士たちが声を掛け合う。
「起動……スパイラルウィンド」
フォローをしようと思ったんだけどね……うっかりしてたわ、ごめん。
術の中心は女神なんだけど、これ、範囲魔法なのよね。
言葉どおり高く渦巻く暴風が、中心にあるものにダメージを与えつつも周囲のものも巻き込んでいくっていうね。
ちょっと狡いけれど、クロウはわたしの詠唱をインカムで聞くことが出来る。
だから一足早く女神から離れ、低い姿勢でスパイラルウィンドの脅威に耐えている。
それを見て気づいたパパしゃんが近くにいたベリンダを、柴さんも近くにいたトール君をそれぞれカバーしてなんとか持ちこたえたんだけれど、ムーさんがね……引き摺られてる、引き摺られてる……あ……堪えたか、残念。
あら、残念って……わたしったら、ふふふ……溶かし損ねちゃった。