327 ギルドマスターは楽を奏でます
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犬が舌を出して、はっはっはっはっ……と息を切らせているのを見掛けるけれど、わたしはあれを喉が渇いているのかと思っていた。
でも実は体温調節なのね。
知らなかった
ルゥはいつもフンフンフンフン……と臭いを嗅いでまわって実に楽しそうにしている。
どんなに走り回っても息切れするところなんて見ないなと思っていたら、まぁ本体はAIだからね。
しかも超高STRを誇る 【幻獣】 だし。
でもよく舌は出している。
いわゆるあれかしら?
てへぺろ
可愛すぎる! ……じゃなくて、あざといワンコよね。
正しくは狼だけど。
もちろん狙ってるとは思わないけれど、超絶可愛すぎて、しかもよだれを垂らすわけじゃないからしまいなさいとは言わないけれど、わたしは言われた。
「気持ちはわかるけど、しまって」
特に語気が強いのが恭平さん。
少しでも口の中の苦さが薄らがないかと思って、大きく口を開けて深呼吸を繰り返していたわたしは、邪魔な舌をちょっと外に出してただけなのに。
舌も空気にさらしたら、ひょっとしたら苦みが消えるかもしれないじゃない。
とにかく口の中が苦いのよ!
もちろん原因は、弘徽殿の女御様が持っていたあの悪臭を放つ香炉。
ちゃんとエリアの境界が機能していて、あの悪臭が境界を越えることはなかった。
だから部屋を出れば臭いはないんだけれど、それでもまだこの悪臭を感じているのは味覚よ。
だからその味覚を感じる舌も乾かして……
「いいからしまって」
「引っこ抜けばいいんじゃない?」
もう臭わないのに、まだクロエの機嫌が悪い。
そろそろ機嫌直してよ。
しかも舌を引っこ抜くなんて、閻魔大王みたいな末恐ろしいことをサラリといっちゃって。
とりあえず引っこ抜かれなくても、撃たれたら嫌だからしまうわ。
さっき本当にカニやんのお尻を撃ったし。
「僕だって口の中が苦い!」
……つまり、それでまだ機嫌が悪いのね。
わかったわよ、舌をしまえばいいんでしょ!
なぜかカニやんには 「ちょっと違うけど」 と突っ込まれたけれど、ちょっと強引に 「さっさと次に行きましょう!」 ……と言ったら、弘徽殿を出ると通路が二手に分かれている。
真っ直ぐに進む道と、左手に曲がる道。
マップウィンドウを開いてみれば、自ずと選択するべき道は決まる。
なのに恭平さんったら……
「この通路、あったっけ?」
恭平さんが指さすのは真っ直ぐに進む廊下のほうなんだけれど、どういう意味?
マップにちゃんと表示されてるじゃない。
でも恭平さんの記憶ではこの廊下は実在せず、通路の先にある飛香舎と凝花舎には、清涼殿を経由しなければ渡れない構造になっている。
しかも塀があって視界すら通らないとか。
それをあえてつなげているってことはそういうことだと思う。
つまりこの先にあと二人、女御様がいるってことだと思う。
ちなみにその塀の向こう側には、飛香舎と凝花舎の他にも建物があるらしいんだけれど、このゲームではその二つの建物だけ。
そして残る二人の女御様を倒さなくても……そういえば昭陽舎の向こうにも淑景舎があったけれど、わたしたちは自主的に無視してきたっけ。
今回は最短ルートで攻略って決めたからね。
実際、飛香舎と凝花舎に寄らなくても清涼殿に行けるようになっているってことは、倒さなくても大丈夫ってことだと思う。
もちろん引っ掛けって可能性もあるんだけれど、駄目な時は戻るしかないわけだけど、戻るのは一番最初の昭陽舎。
女房たちに碁石を投げつけられたところね。
そこから先にある淑景舎に行かなきゃね。
面倒臭い
もちろんアイテム 【女御の文】 を全て揃えたらどうなるのかは気になるところだけれど、それはまたの機会に。
とりあえず集めたのは三通。
これで清涼殿に入れるかどうか。
挑戦
information 【女御の文 × 3】 を使用しますか?
うん? これは表示される選択肢の一つ、【キャンセル】 を選んでも清涼殿に入れるのかしら?
試しに 【キャンセル】 を選ぶと何も起こらず、そのまま清涼殿に近づくと改めてインフォメーションが出る。
information 【女御の文 × 3】 を使用しますか?
これはつまり、使用しないと入れないってことよね。
一応……一応ね、もう一回だけ 【キャンセル】 を選んでみたんだけれど、やっぱり選んだ直後は何も起こらず、でもそのまま進むと同じインフォメーションが出る。
「いい加減諦めたら?
そこ、意地を張るところじゃないでしょ」
四回目のインフォメーションを見て、カニやんに突っ込まれた。
「三度目の正直って言葉もあるじゃない」
「そんなことをする意味があるとは思えないけど」
「うん、わかってる」
ちょっと拳を握りしめちゃった。
まだ口の中が苦いけれど、さすがに四回目のインフォメーションは 【OK】 を選択。
するとあとはどれだけ進んでも、もうインフォメーションは出ない。
当然といえば当然だけれど、何も起こらないまま清涼殿に到着。
そこには今までに通過してきた建物より広い空間があった。
三方に御簾が下ろされた広い空間はひっそりとしていて薄暗く、まるで誰もいない、なにもない空間。
でもよくよく見ると、左右の御簾の内に光るものがある。
それはずいぶん低い位置で光っているんだけれど、たぶんあれ、【女御の文】 だと思う。
取得した時と同じく、茵の上に置いてあるんじゃないかな。
「ここはどういう趣旨?」
「まさかやり直し?」
「文に反応してたし、あの光、そうだろ?」
なにも起こらない状態に、口々に意見を言い合う三人。
もちろんカニやんが言うのは、左右の御簾の中にあるぼんやりとした光のこと。
右に一つ、左に二つ。
位置が……
不意に高坏灯台の灯りが一つ、右の御簾の中で一つ灯る。
その薄ぼんやりとした灯りが人魂を彷彿させ、わずかな揺らめきでも飛び回っているように見える。
御簾の向こうではっきりとその正体が見えないため、余計にね。
思わずびくっとしちゃって、ガッツリクロウにしがみつく。
さらには鼓の音が、ポンッと一つ。
ひぃ~
「さすがにちょっとホラーじみてきたな」
『だから言っただろう!』
「チキンは黙れ」
この状況でようやく薄ら寒いものを感じたらしい恭平さんだけれど、インカムの向こうで喚くアキヒトさんとの温度差は相変わらず。
そして変わらずアキヒトさんを鶏肉呼ばわりする。
よくわからないリズム? 調子?
こういうのをどう言葉で表現するのかわからないんだけれど、不規則な鼓の音が数回、聞こえたと思ったら、また別の御簾の内に灯りが灯る。
今度は左。
そして聞こえてくる笛の音。
雅楽?
普段何気なく耳にしているJポップとはまったく違う、独特な……なんて表現したらいいのかしら?
リズムというか、調子というか……それに音の振れ幅とかがまったく違う独特な音楽。
しかもこれ、ちょっとタイミングがずれているような気がするんだけれど、そういう曲なのかもしれない。
百物語
ねぇ、これからここで怪談話でもするの?
なんだかそんな空気に満ち満ちているというか、そんな気配がするというか。
なぜかこの不穏な空気に、琵琶法師を思い出したわたしは馬鹿だと思う。
耳なし芳一
あれは完全な怪談よね。
ここで芳一氏が出てくるってことはまずないと思うんだけれど、それでも三つ目の灯りが灯り、不意にびぃ~んという弦を爪弾く音が聞こえた瞬間にはさっき以上に体がびくっとなった。
ひぃ~
当然のことながら琵琶の音を生で聞いたことなんてなくて、これがそうかどうかなんて音だけでわかるはずもなく。
でも御簾の内のほうが、わたしたちのいる場所よりわずかに明るいこともあって、うっすらと透けて見える姿は前屈みにすわっていて、前に置いた琴をつけ爪で弾いている……と思う。
さすがにそこまではっきりとは見えないんだけれど、そんな感じ。
しかも琴の音も、先に聞こえてきた鼓や笛とは拍子がズレるというか、合わないというか。
でもよくよく聞いてみると、独自のメロディーを奏でているというわけではなくて、調律っぽい感じ。
だからいくつかの音が鳴ったと思ったら不意に途絶えて、また鳴り出す、そんな感じにそれぞれが音を奏でている。
たぶん、本来はあそこに六通の文がそれぞれの茵に置かれ、六人の女御様が三人ずつ並ぶんだと思う。
現われた三人の女御様の座っている位置から推測して、右側にはあと二人、左側にはあと一人分の空きがある。
これはつまり、女御様が六人揃えばきちんとした雅楽が聴けるってこと?
三人しかいない今回は音合わせで終わり?
それはちょっとしょぼくないっ?!
だってあんなに頑張って倒したのよ。
なのに六人揃わないと聴けないって、どういうことっ? ……というのはわたしの早とちりだった。
alert アメノシタシロシメス帝 / 種族・幻獣
来たわ、御大が。
三人の女御様が出揃い、ぼちぼち手慣らしというか音慣らしというか、そういうことを始めたと思ったらようやくのことでご登場したのが、この新ダンジョン 【ゴショ】 の主にしてラスボスの帝。
【幻獣】 なのは想定内だけれど、まさかこの場に倒した女御様までが再登場するとは思わなかった。
あの文は女御様の召喚状みたいなものだったのかしら?
よくわからないけれど、一通も取得しなかった場合とか、誰か検証してくれないかしら。
そのうちね
アラートが出た次の瞬間、シュルシュルと音を立てて巻き上がる正面の御簾。
そこには茵ではなく椅子が置かれていて……あれが高御座?
時代時代によってそういう小道具って変わるだろうし、よくわからないんだけれど、意外なくらい質素で、造りが華奢な椅子が置かれていて、そこに金色の直衣をまとった帝が座っていた。
ここまでに出会った何体もの平安貴族は皆厳めしい束帯姿だったのに、ラスボスでありこの御殿の主は意表を衝いて、普段着といってもいい直衣姿に烏帽子でのご登場と来た。
それも金色って、どんな趣味?
ちょっと眩しい……
その眩しい直衣をさらにキラキラさせながらゆっくりと立ち上がった帝は、被る烏帽子の先端が巻き上がった御簾に当たらないよう少し腰を屈め、体を斜めにして御簾の内を出てくる。
と不意に、それまでバラバラだった三人の女御たちによる演奏が揃い、不思議な楽を奏で始める。
その音に合わせるように、不思議な歩みを始める帝。
手には開いた扇を構え、ゆったりとした動きで手首を返す。
その刹那、放たれる白い刃。
衝撃波っ!
「避けて!」
狙われたのは恭平さん。
あれが普通の魔法攻撃なら、常時発動スキル 【震える鏡】 を持つ恭平さんには効かないけれど、衝撃波は反射しない。
わたしも最初は風属性になるのかと思っていたけれど、同じく常時発動スキル 【愚者の籠】 でも吸収出来ないから重力波みたいな扱い?
闇属性か、特殊スキルの扱いか。
いずれにせよ刃で受けることも出来ないから、避ける以外に回避する方法はない。
筋力、運動神経ともに劣化著しいOLと違い、幸いにして恭平さんにはちゃんとした運動神経が健在。
軽々と躱し、改めて剣を構える。
「ねぇあれ、踊ってない?」
「俺にもそう見える」
あれって、帝の動き?
つまり女御様たちの合奏に合わせて舞っているってこと?
まさか女御様たちって、そのためにこの場に召喚されたってこと?
いよいよ新ダンジョン 【ゴショ】 もラスト!
最後こそ雅やかに・・・(大嘘