324 ギルドマスターはビタミンを摂取します
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alert 女御レイケイデン / 種族・妖魔
手こずったわけでもないけれど、そもそも女御様のVITが高すぎてなかなか削れず。
しかも手にした武器は筆なんだけれど、それを棍のように豪快に振り回し、筆先からは猛毒を振りまくという勇ましさというか、多角的攻撃というか……どちらか一つにして欲しい。
でもプレイヤーも、恭平さんのように剣士なのに魔法を使ったりするわけだし、反則とは言えなくて。
STRはそれほど高くはないくせに積極的に攻めてきて、毒を広範囲に散らしたくないクロウを少し手こずらせた。
おかげで真っ黒
わたしじゃないわよ、対戦終了後のクロウがね。
小学生のお習字じゃあるまいし、顔にまで飛ばしちゃってなにしてるんだか。
スキルでの回復は、クロウの馬鹿高いHPを回復したあと、わたしとカニやんがMPを回復しなければならないという二度手間になるからポーションを使うことにしたんだけれど、インベントリから取り出したポーション瓶を握るわたしの手を、クロエが止める。
「ちょっと待って、グレイさん」
またお預け?
わたし、ワンコじゃないんだけど?
しかもクロエのペットでもないんだけど?
「僕もこんな扱いにくいペットなんて飼った覚えはないよ」
あぁ言えばこう言う!
本当に口が減らないんだから。
もちろんわかってるわよ、クロエから毒をとったらただの美少年だってね。
それはそれで面白くないんだけどさ。
とりあえずクロウの回復を急がないと。
「どうして邪魔するのよっ?」
「待って待ってグレイさん。
クロウさんには悪いけど、実験させてもらうよ」
わたしとクロエ、モヤシなSTR同士で力比べをしていると、もう一人のモヤシが慌てて割り込んでくる。
悪いと思ってるなら実験なんてしないでよ。
しかもよりによって人体実験とか、すっごく外聞が悪いんだけど?
「人体実験なしに医学の進歩はなかったでしょ。
医薬品の開発だって治験なしじゃ承認されないし、そもそも治験なんて体よく人体実験をうわべだけ取り繕ったようなもんじゃん」
仮想現実の世界で、よりによって現実世界の暗黒面を語らないで欲しい。
カニやんのいってることももちろんわかるわよ。
わたしだって理想だけで現実が支えられるわけじゃないってわかってるし、それこそいい歳した大人なんだから。
しかもマメの話じゃ、未だこの新ダンジョン 【ゴショ】 はクリアされておらず、ここまで到達したパーティもソリストもいない。
ここで得た情報を広く公開するかどうかはさておき、【素敵なお茶会】 のメンバーがこれから挑戦することを考えれば、可能な限り攻略情報は集めておきたい。
特に問題の解決をアイテムに依存するなら、必要数を攻略前に確保する必要もあるし。
わたしだってわかってるんだけど、カニやんが露骨に 「実験」 なんて言葉を使うから。
「はいはい、ごめんなさい。
俺の言い方が悪うございました」
ああ、なんか腹が立つ!
もういいからさっさとして。
クロウが落ちたらどうするのよっ?
とりあえずクロウはHPゲージを表示して! ……というわたしの要求に異論はないらしいクロウは、どうでもいいことのように非公開を公開に変更してくれたんだけれど……
うっそ!
クロウのHPがゲージの半分以下になって警戒領域に入ってるっ!!
墨を飛ばすなんて地味な攻撃なのに、それこそ下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。
シミの広がる様のようにじわじわと削られたってことみたい。
これにはわたしばかりでなく、他の三人もちょっと呆気にとられる。
ゲージそのものは全プレイヤー同じ幅だけれど、その最大値は個々で違う。
そしてゲージの半分あたりが警戒領域になるのも、最大値に対する割合だから全プレイヤー同じ。
でもクロウのゲージが半分になるのと、わたしのゲージが半分になるのとでは全然数値が違う。
例えばクロウのHP最大値を300として、わたしのHP最大値が100とする。
クロウは半分の150近くまで減れば警戒領域に入るけれど、それはまだわたしの最大値より全然高いのよね。
だから見せてもらったクロウのHPゲージが警戒領域に入っていても、たぶん落ちる心配はないと思う。
でも見ているあいだにもどんどんゲージが減っていく。
最大値が五桁くらいありそうな鉄筋だから、本当に微々たる変動なんだけれど。
「五桁超えた?」
何気なく訊いてみたんだけど、教えてくれない。
ちょっと笑って誤魔化された!
そのクソカッコイイ顔に誤魔化されるわたしもわたしだけど、仕方ないじゃない!!
レベル上限値解放からクロウのステータスを見てなかったから、あとで覗いて確かめる。
まずは解毒とHPの回復。
カニやんが最初に試したのは、これまでにもあった 【通常】 の解毒ポーション。
調合士によるスキル調合だけでなく、NPC薬局にも売っているポピュラーな解毒剤。
これで解毒出来て、かつ 【浸食】 の呪いみたいに伝染しなければまったく問題はない。
被毒を恐れず、パーティで女御様を袋だ……ゲフゲフ……なんでもありません。
問題なのは 【通常】 で解毒出来ない、あるいは伝染する、またあるいはその両方だった場合。
三つ目のパターンだと 【浸食】 の次くらいに厄介だわ。
カニやんがクロウに 【通常】 の解毒ポーションを掛けても、公開されたHPゲージの減少は止まらない。
じわりじわりと微減を続ける。
やばい、【通常】 じゃ駄目なんだ。
あまりにもクロウのHPは、最大値が高すぎてゲージ表示は全然危険領域に近づかないんだけれど、でも減り続けているという状態にちょっと焦りを覚える。
次に試すのは恭平さん。
管理を任されているギルド倉庫から、内蔵されている 【中級】 の解毒ポーションを取り出す。
レベル上限値解放からナゴヤジョーでレベリングをしていることが多い 【素敵なお茶会】 のメンバーだけれど、脳筋コンビあたりが、気分転換に 【毒素】 の収集を続けてくれているらしい。
他のプレイヤーもレベリングをしていることが多いようだけれど、普段から懐具合に余裕のあまりないソリストを中心に、まだまだ需要の高い 【毒素】 を集めるため、【関東エリア】 にある 【東京砂漠】 の地下巨大ダンジョンは賑わっているらしい。
まぁそんなところに頻繁に潜っていたら、さすがの脳筋コンビも落ちる確率が高くなるわよね。
それであまりレベルも上げてないんだけれど、ありがとう。
だから素材自体は倉庫に結構な在庫があるらしいんだけれど、ハルさんが、スキルを使った調合は成功させる方がスキルレベルが上がりやすく、素材の無駄も少なくて済む。
そう考えて、今は調合よりアバターのレベル上げを中心にしているから 【中級】 の在庫は少ない。
いつもなら在庫がそこそこ揃うまで待つところだけれど、今は期間限定イベントの真っ最中。
ハルさんにはハルさんの遊び方というか、育成方針があるし……うーん、悩む。
高額にはなると思うけれど、いま使った分は無人バザーで販売される物で補填するとして、全員が期間中にイベントをクリアするために必要数を確保しなきゃ。
幾ついるだろ?
「その考え事、今じゃなきゃ駄目?」
声を掛けられてハッとするわたしに、カニやんはにひっと笑う。
【中級】 の解毒ポーションで被毒状態から回復したクロウは、続いてポーションを使ってHPを回復。
それも終わったらしい。
すっかりシミの消えた鎧を見て安堵した。
落ちなかったらどうしようかと思って。
その時はあれかしら?
「ビタミンC。
いや、Dだっけ?
A?」
「それはシミ違いな」
「ログアウトしてから自分で試しなよ。
若い内からちゃんと手入れしてないと、年取ってからシミって浮いてくるんだって」
カニやんの突っ込みはいいとして、どうしてこうクロエの毒は強いのかしら。
しかも痛いところを衝いてくるし。
ちなみにわたしは、健康のためマルチビタミンを愛飲してます。
「サプリとか、なんか不健康じゃない?」
もう!!
本当にああ言えばこう言うんだから!
そしてまたカニやんには 「どうどう」 と馬のように宥められるし。
さっきからワンコ扱いだったり馬扱いだったり。
みんな、わたしをなんだと思ってるの?
もちろん誰も答えてくれないまま次の場所へ……の前に、やっぱり御簾の内に光るものがある。
麗景殿の女御様が座っていた茵の上に、梨壺の女御様が残したのと同じ文のような物がある。
はいはい、わかってます。
わたしが取得すればいいんでしょ。
さっきと同じ要領で手紙を取得すると、やっぱりみんなのマップウィンドウの片隅の表示が 『女御の文 × 2』 と、所持数が増える。
これ、幾つ取得出来るんだろう?
そもそも幾つあるんだろう?
沢山取得したほうがいいのか……といっても女御の人数に限りがあり、それ以上は取得出来ないけれど、まさかラスボスと会うのに全員分が必要ってことはないわよね?
だとしたら厄介よ。
だって他に、さっきカニやんと恭平さんの話に出た淑景舎や飛香舎とか、まさに源氏物語の世界よ。
あんな沢山の女御様を倒すなんて、ちょっと無理。
今日は平日だし、明日も出勤。
だから今夜は最短ルートで最低限の検証のみ。
そしてクリアすること。
それが目標
他のルートや、今回お会い出来なかった女御様へのご挨拶は、次の休みにでもするわ。
ついでにこのアイテム 【女御の文】 についての検証もね。
あと 【中級】 の解毒ポーションの在庫確保も必要だし……やらなきゃならないことが山積み。
しかも次の女御様もなかなか個性的な方で……やられたわ。
alert 女御コキデン / 種族・妖魔
「待って、グレイさん!」
前をゆくカニやんと恭平さんが先に御簾をくぐったんだけれど……直後に出るアラート。
ここまでは今までどおり……じゃないっ?!
だって初っ端から中ボスの登場よ。
これまでとパターンが違うじゃない。
まずは女房の攻撃でしょ?
女房がいなくて、いきなり女御様のご登場なの?
しかも先に部屋に入った恭平さんの制止がかかる。
「なに?」
とりあえず下りた御簾を少しだけ上げて、腰を屈めるようにのぞき込んでみる。
直後に鼻をつく臭いがある。
臭い!
な、なんなのよ、この悪臭は?
あまりの臭さに両手で口と鼻を覆い、改めて室内の様子を見る。
すでに上座にある御簾は巻き上げられ女御様が出て来ている。
整然と居並ぶ女房たちに傅かれる弘徽殿の女御様は、先に会った梨壺の女御様や麗景殿の女御様よりさらにきらぎらしい十二単をまとい、冠飾りを付ける頭を上げ、凜々しい立ち姿で真っ直ぐにわたしたちプレイヤーを見る。
問題なのはその両手に捧げ持った香炉……で合ってるわよね?
「合ってると思うけど、臭すぎ」
「そうね」
綺麗な……といっても顔は陶器みたいに滑らかな無表情で目も閉じてるんだけれど、まぁ綺麗な女御様だと思う。
その両手に、大事そうに捧げ持った香炉は猛煙を上げ、放つ悪臭とともに部屋中をかすませるほどに立ちこめる。
たぶんこれはわたしたちプレイヤーに害がある。
それこそHPを削るか、MPを削るか。
幸いにして金縛りなどの状態異常にはならないんだけれど、とにかく臭い。
魔法使いのわたしやカニやんはともかく、銃床を肩近くに当てて銃を構えるクロエは両手が塞がっていて、臭さのあまりオカンムリ。
気持ちはわかる
片手に剣を持った恭平さんも、空いたもう一方の手で鼻を押さえてるんだけれど、クロウはなにもせず。
んーっと、ちょっとクロウ、大丈夫?
まさかと思うけど、この悪臭がわからないとか。
鼻づまり?
実はクロウは鼻炎です(大嘘