319 ギルドマスターは碁を打ちます
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クロウはほぼ直撃を食らわないから、トッププレイヤーのVITがどの程度のものなのかわからない。
もちろんステータス画面は見放題なんだけれど……代わりにわたしのステータス画面も見られ放題なんだけれど、でも数値じゃ実感が伴わない。
自分のアバターならともかく、人のアバターじゃ体感出来ないしね。
まして職が違うからまったく感覚がわからない。
想像もつかないんだけれど、そのクロウが押され気味の相手は女房……つまり女の人なんだけど、このダンジョン 【ゴショ】 は男の人より女の人のほうが強い設定なのかしら。
「いつの時代も、男より女のほうが強いんだって」
また女嫌いを思わせるカニやんの発言。
しかもうんざりした顔までしちゃって。
「異論なし」
恭平さんまで、どんな風の吹き回し?
しかもわたしのほうを見ながらの同意って、なにか意味がある? ……という問い掛けに答える余裕はないか。
わたしたちが御簾を上げて入ったのは誰かの部屋らしく、そこでは女の人ばかりが……これは囲碁かしら?
たぶんね
碁盤を挟んで向かい合ってすわり碁を打つ、それこそ平安絵巻の華やかな世界を思わせる、煌びやかな十二単をまとった女の人が二人。
わたしたちの行く手を塞いでいた。
そもそも先程まで左右の大臣と戦っていた紫宸殿から、わたしたちが目指そうとしたのは清涼殿。
新たな敵が出てこないことを幸いに、わたしたちはその紫宸殿で作戦会議を開いた。
その結果、この 【ゴショ】 の主であるやんごとなき御方こそがラスボスだろうという意見で一致した。
まぁ疑う余地なんてないわよね。
本来なら、今もわたしたちのすぐそばにある御簾の内にいるはずなんだけど、いなかった場合はどこにいるのか。
そう考えて五人が持つ数少ない平安知識を統合した結果……クロウはほとんど喋ってくれなかったけれど、【ゴショ】 の主は自分の部屋にいるんじゃないかってことになった。
それが清涼殿。
カニやんと恭平さんの記憶では、清涼殿は紫宸殿の右か左にあるはずだっていうの。
ウィンドウを開いてみたマップによれば、内裏はほぼ左右対称に建物が作られている。
もちろん実際とは少し違うかもしれないけれど、このダンジョン 【ゴショ】 はそうなっている。
けれど紫宸殿から左に続く通路はないし、そもそもマップがあっても目的地は表示されていない。
だからわたしたちは自分たちで目的地を清涼殿に絞り、その場所をMAPで探そうとしたんだけどね。
しかもこのダンジョンは、今までのインスタンスダンジョンのように順路が決まっているわけではないらしい。
紫宸殿を右に出れば、あとはプレイヤーの自由にダンジョン内を探索出来るようなシステムっぽい。
「なにかアイテムとか、あるのかな?」
「ドロップ以外に?」
「わからないけど」
ちょっと思案しつつ話す恭平さん。
もちろん根拠はないけれど、そういうゲームもあるわよね。
このゲームも自由に探索出来るエリアダンジョン 【蛇の道】 には、数種類の塊が落ちてるもの。
ああいう素材とかが入手出来るのかもしれない。
わからないけど
「右に清涼殿って可能性は?」
「たぶん、ない」
恭平さんにはあっさり否定されちゃったけれど、普通に考えれば 「ない」 わよね。
うん、わかってる。
だって紫宸殿の右にある建物が清涼殿なら、他の建物は必要ないし、マップも必要ないはず。
でも他にも建物があってマップもあるってことは、右側の建物は清涼殿じゃないってことだと思う。
万が一にも清涼殿だった場合、目的地そのものを間違えてるってことになる。
それが一番嫌な可能性かな。
可能性ばかりを論じていても始まらない……ということで紫宸殿を右に出て、遠回りしつつも清涼殿を目指すことにした。
途中で通過した建物にはもちろん平安貴族に随身がいて、外に面している通路では弓使いに遭遇する。
たぶん弓使いとの遭遇は確率ね。
でも中距離攻撃型とあって、敵の認識距離が結構ある。
だからうっかりしていると、プレイヤーが弓使いの接近に気づく前に弓を射かけられる。
しかも出現は前方からとは限らず。
油断出来ない
レベル30台後半とはいえ、恭平さんは剣士。
戦闘三職の中では一番VITを持っている職だから耐えているけれど、同じレベル30台後半でも、銃士や魔法使いのVITでは厳しいかも。
しかも最初からそうだったけれど、弓使いは一体じゃ現われない。
数体で群れて現われる。
一矢射ると、次の矢をつがえるまでの装填時間がある。
それを補うため、射るタイミングをずらして仕掛けてくる。
「全体的にAIのレベルが上がってるな」
やっぱりカニやんもそう思うわよね。
しかも建物外に出現する敵NPCは無限湧きで、一定時間が過ぎると庭には弓使いが現われ、通路には平安貴族と随身が連れ立って歩いてくる。
いちいち相手をしていられないから、弓使いは適当に人数を減らして放置。
通路を歩く平安貴族と随身は、躱せるものは躱して通過。
そうして進んできたら、誰かの部屋に押し入っちゃったっていうね。
「位置的に昭陽舎か?」
「承香殿の可能性は?」
「真っ直ぐ来たから違うと思う。
それ、紫宸殿の並びだったろ?」
「あ……」
うん、難しくて二人の会話がまったくわかりません。
もちろん梨壺くらいはわかるけど。
ほら、源氏物語よ。
だから名前くらいはわかる。
ついでに女御様のお住まいだってこともね。
ここがカニやんの予測どおり昭陽舎だったとして、その主はどこにいるのか。
またしてもわたしたちの正面にある御簾。
今度はその内に、それらしい姿がうっすらと透けて見えている。
でもまだ動きはないし、今度も御簾がクロエの銃撃を吸収して無効にする。
女房を先に倒さないと動かないってことよね。
い、たたたたっ!
碁石は碁盤に打つものであって、人に投げる物じゃないでしょっ!
わたしたちが部屋に飛び込んだ時は碁を打ち合う女房二人だったのに、気がつくと人数が増えて、手に手に碁石を握って、節分の豆まきよろしくわたしたちに投げつけてくる。
さすがに小さいし、数が多くてクロウでも全てを打ち払うことが出来ない。
しかも碁石なんて小さいくせに、一つ一つが結構な被ダメを計上する。
現状、このゲームに投擲は攻撃手段にない。
だから打撃に分類されるか、あるいは完全な固有スキル扱いか。
いずれにせよ、通常弾に対する 【徹甲弾】みたいな感じ。
通常の打撃じゃなくて、より重い打撃。
これは碁石に破壊力があるのか、それとも女房の腕力の為せる業か。
だってこの人たちって、毎朝水を入れた角盥を運んだりするんでしょ?
腕力あるわよね。
その豪腕で投げつけてくる碁石は、物理攻撃だから剣で打ち払うことが出来るけれど、数が多すぎて……いたたたたた!
痛いっていってるでしょ!
まさかこんな、子どもの喧嘩……でも今時しないか、石を投げつけるなんて。
いや、でも幼児なんかは物を投げつけたりするわよね。
まぁこんなそのまんまの攻撃を食らうとは思わず、部屋に飛び込んだ瞬間、状況判断に困ってわたしたちが動きを止めたら向こうが動き出して、もろに碁石攻撃を食らってしまった。
ほんとに痛いんだから!
「俺、妹にハサミ投げつけられたことがある」
カニやんの妹って、例のミッキーさんよね? ……ってか、兄妹げんかでもハサミは駄目でしょっ?
刃物を投げるなんて駄目よ、刃物は!
「なんかの衣装作ってたらしくて、タイミング悪かったわ」
よくわからないんだけれど衣装を作っていたってことは、たまたま裁ちばさみを持っているところだったのね。
それは確かにタイミングが悪かったというか、運が悪かったというか。
「やっぱ腐の生態、理解してないか」
うん、わかりません。
今は腐女子さんの生態はいいから、女房を焼き払うわよ。
痛すぎるし、ちょっとHPが……厳しいってほどじゃないけれど、回復しておきたい。
HPゲージはまだまだ安全領域だけど、減りすぎると回復に時間が掛かるからこまめにしておきたいのよね。
やっぱり早く 【上級】 HPポーションが欲しい。
「OK。
起動…………氷雪乱舞」
「起動……業火」
さりげなくハルさんに期待という名の圧を掛けつつ、カニやんと二人範囲魔法で仕掛ける。
このゲームでは、属性の違いによる反発や相殺はないからいいけれど、もしあれば、火焔属性を得意とするわたしと、氷水属性を得意とするカニやんは組めない。
こういう重火力パーティが必要な時に困るのよね。
投げる碁石こそ無限だけれど、建物内の固定NPCは無限湧きじゃない。
業火の焔に包まれ、氷の礫に撃ち抜かれて動きを止める女房たちを、クロウと恭平さんが一体ずつ片付けてゆく。
その最後の一体を落とした直後、またしてもアラートが出る。
alert 女御ナシツボ / 種族・妖魔
カニやん、ビンゴ!
「当たっても嬉しくねぇわ」
そうね
アラートが出るのとほぼ同時に御簾がシュッと音を立てて上がり、女房たち以上に煌びやかな十二単をまとった梨壺の女御様が登場する。
長い長い艶やかな黒髪に瀟洒な冠飾りを付け、やっぱり陶磁のように滑らかで不自然な無表情の顔。
その麗しい姿とは裏腹に、朱の袴の裾を勇ましく捌いて御簾の外に出て来たと思ったら、手には閉じた巨大な扇が……あれ、扇で合ってる?
鉄扇
いかにも重そうな感じはまさに鉄扇なんだけれど、それを優雅さとは無縁なほど勇ましく持ち上げた女御様に向かって斬り掛かる恭平さん。
というか、逆ね。
恭平さんが斬り掛かったから、女御様は鉄扇を持ち上げ、振り下ろされる恭平さんの剣を受ける。
金属同士が打ち合うと、耳障りで甲高い剣戟が響く。
でも女房たち以上に豪腕の女御様は、そのまま鉄扇を振り切って恭平さんを吹っ飛ばす。
ホームラン!
……じゃなくて、あれは間違いなく鉄扇よ。
一見雅な小道具に見えるんだけれど……そう見るには大きさがすでに可愛げを失ってるんだけれど、正体はとんでもなく破壊的な凶器。
さらなる本性は魔法道具っていうか、あの鉄扇に風魔法を付与してるってこと?
吹っ飛ばした恭平さんに追い打ちを掛けるべく、女御様はその豪腕で扇子を開いて扇ぐ。
そうして起こる巨大な風の刃が、恭平さんの胴を両断する。
ヤバい!
「ヒール!」
「起動……リカーム」
胴を断たれた瞬間に流出する大量のHP。
とっさに回復しようとしたカニやんだけれど、もうヒール程度じゃ間に合わなかった。
恭平さんには悪いけれど、なんとなく予感のあったわたしは、とっさに死亡状態の回復スキルを詠唱。
発動と同時に恭平さんを回復。
けれど恭平さんは一度死亡状態に陥ったから、女御様の目標が外れる。
攻撃目標を失った女御様が狙うのは、この状況でスキルを発動させたわたしかカニやん。
それを決めるのは対象との距離だったり、使われたスキルのより上位。
二人とも使ったのは回復魔法だけれど、詠唱魔法の 【リカーム】 と 無詠唱の 【ヒール】。
どちらが上位魔法かなんでいうまでもない。
そしてこの立ち位置……ってことはわたしね。
でも死亡状態の回復なんて高位魔法はMPの消費量も半端なくて……
ヤバい!
決して恭平が弱いわけではありません。
【ゴショ】 攻略に入ってから貧乏くじばかり引いておりますが、決して弱いわけじゃないんです。
【ゴショ】 が高火力ダンジョンなのです。
だからそのうちクロウやグレイが斬られる可能性も・・・(汗