315 ギルドマスターは廊下で滑ります
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上る段数は多くない。
せいぜい五段ほどの階段を上ると、近代建築でいうところの玄関ホールに当たるのかしら?
清水の舞台みたいに三方が外に面した空間があり、屋根を支える、あまり太くない柱だけが数本、整然と並んでいる。
そして階段からの直線上に、奥へ向かう廊下が続く。
床はずいぶん綺麗な板張りで……これ、土足で上がっても大丈夫?
「そこ気にする?」
「気にならない?」
だって埃一つ落ちていないピカピカの廊下なのよ。
「脱いでもいいけど、滑りそうだね」
うん、そのくらいピカピカよね。
緊張気味のカニやんに対し、余裕のクロエがわたしに話を合わせてくれる。
わたしが廊下を汚すことに躊躇していたら……本当に汚れるわけじゃないけど、やっぱり気になるじゃない。
それで階段を上ったところで足を止めてしまったら、気にせずどんどん進んでいくカニやんと、その少し前を、カニやんを庇うように剣を構えて歩く恭平さん。
ちょっと待って!
前衛の恭平さんはともかく、カニやんってば後衛職の魔法使いなのに前を行くってどうなの?
そしてわたしの後ろから来るクロエはともかく、一緒に後ろを歩く前衛のクロウもどうなの?
「来るぞ」
そう呟く恭平さんが見るのは、このひらけた場所から奥へと続く廊下の先。
所々に蝋燭の明かりが灯っているが薄暗く、先の方は暗くて見えない。
でも闇の中で確かに何かが動くのがわかる。
ようやく薄闇に捉えたのは束帯姿の男が二人。
少し位置をずらした並びで、わたしたちに向かって歩いてくる。
前を歩く男が邪魔で後ろから来る男の姿はよく見えないけれど、見える範囲だけで予想して、随身と呼ばれる護衛の武官。
武官ということは帯刀してるはず。
前を歩く男はいわゆる平安貴族を模しているのか、手に持った笏で口元を隠すように歩いている。
ひょっとして隠してるのはおちょぼ口?
こちらも帯刀しているけれど、あれは模造刀といわれていて抜刀出来ない。
本来はね
でもきっと抜けると思う。
そして斬れると思うし、斬り掛かってくると思う。
わたしたちが見ているあいだにも、二人は滑らかな足取りでどんどん近づいてくる。
最初に火ぶたを切ったのはクロエ。
さすが攻撃行動が一番早い銃士。
カニやんと恭平さんのあいだを抜いて風を切る銃弾が、白く塗りつぶされた平安貴族の眉間を撃ち抜く。
次の瞬間、ひらけた場所を囲む三方の外に束帯姿の武官が大量に湧く。
え? こっちっ?
てっきり前から来る二人が攻撃を仕掛けてくると思ったのに、二人は湧きの切っ掛けだけ?
湧いた武官たちは即座に抜刀し、正面にしかない階段に回り込んで建物に上がってくる。
でもこの三方の吹きさらしが曲者で、抜刀せずその場に留まる武官が数体。
構えた弓で矢を射かけてくる。
やばっ!!
飛び道具って弓っ?!
しかも弓使いって、実装されてない職じゃない。
「二人とも、通路に入れ!」
わたしとクロエを、奥へと続く通路に押し込んだクロウは、狭くなる通路の入り口で襲いかかってくる武官たちを迎え撃つ。
そうすると刀を振るう武官に囲まれるのは防げるけれど、外側から射かけてくる弓使いには攻撃出来ない。
でも向こうは攻撃し放題だから、三方から放たれる半端ない数の矢を、クロウはHPとVITの高さで耐える。
そのクロウの脇からクロエが弓使いに狙いを絞るけれど、少しばかりクロエのほうが後ろに立っているため、通路の両側にある壁で死角が出来てしまう。
その死角から狙ってくる弓使いの攻撃だけは止めることが出来ず、少しずつクロウのHPが流出し続ける。
弓矢って威力軽そうだけど、実は結構刺さるのね。
「かったいよ、こいつら」
装填時間と距離、与ダメを考えて通常弾での攻撃を続けるクロエ。
徹甲弾でも十分の距離だけど、装填時間と敵の数を考えれば通常弾がいいのかもしれない。
でもクロエが五、六発撃ちこまないと落とせないって、結構な固さよね。
文句を言いたくなるのもわかるかも。
ちなみに恭平さんの話では、クロエが撃たなくても先頭を歩いていた恭平さんが、笏を持った平安貴族と接触したタイミングでこの大量湧きが起こるらしい。
その恭平さんは、前を歩いていた平安貴族ではなく、後ろから来ていた随身と斬り結んでいる。
どうやらこの通路はこの随身が主体らしく恭平さんは圧され気味なんだけれど、カニやんはその支援どころではない状況に陥っていた。
わたしもモヤシだからカニやんのことは言えないけれど、よりによって平安貴族に押し倒されちゃって、抜いた刀で首を斬られそうになっていた。
やっぱりあの刀、模擬刀じゃなかった……じゃなくて
大ピンチ!
いつもの大杖でなんとか堪えているけれど、仰向けに横たわったカニやんは胸のあたりを平安貴族に踏みつけられ、完全にSTR負け。
押しのけることも出来なければ起き上がることも出来ず、よりによって歯を食いしばって堪えているから詠唱が出来ないとか……だから静かだったのね。
ちょっとカニやんっ?
「まさかカニやん、なんにも仕事しないうちに落ちるつもり?」
「ちょ……クロ、エ……鬼かー!」
叫んでる余裕があるなら詠唱しなさいよ。
「起動…………氷雪乱舞!」
詠唱とともに、カニやんが背にした床に展開される魔法陣。
その完成をもって発動させるのは、カニやんお得意の氷水系魔法 【氷雪乱舞】。
結構な威力を持つ範囲魔法だけれど、やっぱり大量湧きした武官より前から来た二体のほうが強いのか、たいしてHPは削れずぴんぴんしている……というか、ちょっとカニやん!
違うじゃない!!
そこはノックバックで押し返しなさいよ。
どうしてほとんどノックバックがない貫通攻撃を使うのよっ?
それこそ即発動のスパークでもいいでしょ?
「間違えたー!
起どぉ……ぶ!」
余計なことを叫んでるから、顔を斬られちゃって詠唱が中断される。
ねぇほんと、なにしてるの?
「スパーク!」
気を取り直してスパークで平安貴族を押しのけ、ようやくのことでその足の下から這い出してきた。
スパークくらいなら恭平さんも使えるけれど、カニやんを支援している余裕はない。
どうやら両側の壁が邪魔で、いつものように剣を振れないらしい。
クロウはいつもの大剣・砂鉄を装備しているけれど、左右の壁を盾代わりに上手く使いつつ、少しだけ前に出ることで妨げられることはないらしい。
派手な剣戟を響かせて敵の刀を打ち払い、ほぼ一撃で確実にその首を落としていく。
でも矢までは躱せない。
だから確実にHPを削られている。
効果時間と再起動時間かぁ。
とりあえず支援するわ。
「起動……業火!
起動……クロノスハンマー!」
業火を大量沸きした武官たちに向けて放ち、クロウを支援。
そして時間を稼ぐため、クロノスハンマーで随身と平安貴族の動きを止める。
大量湧きにびっくりしちゃって、前方の二人がどうしてそういう形になったのかはわからないんだけれど……背中を向けていて見てなかったからね。
とりあえず二体の足を止めているあいだに恭平さんは下がって。
通路の狭さを利用して、カニやんと二人で一体ずつ相手をしましょう。
「OK」
「了解」
一方のクロウは……わたしが指示を出す必要なんてないわよね。
業火の焔に包まれた瞬間、動きを止める大量湧きした武官たち。
その焔の中に飛び込んで、並んだ首をこう……まとめて狩る感じ?
大剣の大きさと、自身のスピードを活かして効率よく大量に素早く狩っていく。
ちょっと首狩りみたいで絵面が凶悪なんだけど……見ないことにする。
クロウが向かって右側の敵から狩り始めたのに合わせ、すでに正面の弓使いを片付け終えていたクロエは左側の弓使いを片付け始める。
進行方向ではすでに二人とも体勢を立て直し、後方から来る随身の前進を押さえつつ、平安貴族と斬り結ぶ恭平さんを回復をするカニやん。
ようやくいつもの調子を取り戻してきたかな?
「マジごめん。
うっかり振り返ったら、おちょぼ口がすぐ前にいてビビったわ。
しかも男に押し倒されるとか、マジねぇわ」
それはつまり、あの大量湧きの瞬間によそ見をしてしまい、前を向き直ったらもうそこに平安貴族がいたってことね。
ん? やっぱりおちょぼ口なの?
「麻呂眉のおちょぼ口」
うわー、まんま平安貴族なのね。
「ってかあいつらの顔、よーく見ろよ」
ん? どういうこと?
大量沸きしたほうはほとんどクロウが片付けちゃって、弓使いはちょっと遠い。
ということで、恭平さんと斬り結んでいる平安貴族の顔を見たんだけれど……
人形!
蝋燭の明かりでも白く見える面長は磁器を思わせる質感で、こう……のっぺりんとした感じ?
頬や額の曲線は凄く滑らかで、墨で眉を描き、唇には紅をさしているんだけれど、目は閉じられたままで表情が全くないの。
そしてダメージを受けると、その顔がまるでお面のようにひび割れてゆく。
落ち着いて観察してみれば、滑らかに動いているようで、時々操り人形のようにカクッカクッと不自然な動きをする。
首がいきなり、カクッと真横を向いたのにはさすがにビビったわ。
90°
これで眼を見開かれたらちょっと失神するかも。
そっかぁ、アキヒトさんはこういう系が駄目なんだ。
『怖ぇって!』
期間限定イベントとはいえ、いつものように大型スクリーンで攻略の様子を見ることは出来ない。
だからダンジョンの外で待つメンバーたちは皆、インカムから聞こえてくるわたしたちの様子に耳を澄ましていたらしい。
『人形って、祟るじゃん!
髪とか伸びるし、勝手に動くし!』
やめて、どんどん怖くなってきた。
「髪は伸びてなさそうだけど、確かに勝手に動いてるな」
『恭平ー!!』
その勝手に動いている人形の平安貴族と斬り結ぶ恭平さんは相変わらず冷静で、悲鳴じみた声を上げるアキヒトさんとの温度差がどんどん広がっている感じ。
まぁいいけどね
ちなみに声を上げて怖がるアキヒトさんは、このあと腕力で黙らされたみたい。
もちろん脳筋コンビにね。
『うるせーぞ、チキン』
『黙れ、チキン野郎』
『ちょ、や……っ!』
ああ、鶏肉にされちゃった……
華やかな平安絵巻は盛大なお出迎えから・・・