30 ギルドマスターは女神に手を焼きます
pv&ブクマ&評価、ありがとうございます!
「あれが不自由の女神?」
「みたいね」
みんな、ちょっと呆気にとられた感じ。
無理もないかも……だって、四方を工事用の防護柵っていうの?
あれに囲まれて、それらしきシルエットが中に見えるだけなの。
確かに不自由してるわね……
「あれ落とすのか?」
「木こりだな、こりゃ」
余裕たっぷりに舐めてかかってるのは、ムーさんと柴さんの脳筋コンビ。
建築物の耐久を削るだけだから木こりなんていってるけれど、本当にあれ、それだけで倒せるの?
四方を防護柵に囲まれた不自由の女神は、柵の上から頭と冠っていうのかな。
あれと、トーチを掲げる腕が見えているんだけれど……なんか、腕に余計な物が付いているような気がする。
カニやんも気がついたみたい。
「不自由の女神のあれ、腕輪か?」
よく見えないと目を眇めるカニやんは、物事を遠回しにソフトな言葉表現をするんだけれど、イベントキャラに気を遣う必要はないんじゃない?
わたしもよく見えないんだけれど、あれ、腕輪なんていいもんじゃないと思う。
だってどう見たって装飾品じゃないもの。
一番目のいいクロエにははっきり見えるみたい。
「あれ、手枷でしょ?
手錠っていうの?
結構鎖が長いみたいだけど、左手に繋がってるよ」
これが装備 【鷹の目】 の性能ってことかしら。
それにしても防護柵に囲まれて、両手首を手枷で繋がれてるってどんなプレイよ?
「自由の女神、正式名称は世界を照らす自由。
右手に純金の松明、左手に独立記念日を彫った銘板持って、足下に引き千切られた足枷と鎖がある。
頭の冠にある七つの突起は、七つの大陸と七つの海に自由があるっていう意味なんだってさ。
一応世界遺産」
あら、カニやん勤勉ね。
イベント開催が公表されてから簡単に調べておいたんだって。
本場の自由の女神が世界遺産なら、あの不自由の女神は、さしずめ異世界遺産ってところかしら?
あの分じゃ、引きちぎれた足枷も健在かもね。
でもそれだと身動きがとれないし、どう攻めるかっていうより、あれがどう攻めてくるかってことのほうが疑問なんだけど、まずはあの囲いからね。
「どう攻めるよ、ギルマス」
可能性を考えるわたしに、ムーさんがせっついてくる。
気持ちはわかるんだけれど、まだ時間はたっぷりある。
もちろん不測の事態に備えてなるべく早く取りかかりたいのはわたしも同じなんだけど、その前に一仕事してもらおうかしら。
「とりあえず、あれを片付けるわ」
わたしが指さす方には先行するパーティーが、少なくとも2パーティー以上。
わたしたちがセブン君たち 【鷹の目】 を落としたあと、地上の乱戦を掃討しているあいだに転送門をこっそりと抜けたパーティーがあったみたい。
それがラスボス 【不自由の女神】 との交戦を前に、まずは邪魔な他のパーティーを排除すべく対人戦を展開していた。
十人ちょいかな?
二十人はいない感じ。
でも結構な数が擦り抜けていたなんて迂闊だったわ。
「さて皆の衆、女王のご命令だ」
ムーさんの、少し茶化すような掛け声に全員が反応する。
「あー……忘れてた。
せっかくパーティー断ったのに、合流した時点でお茶会強制参加か」
カニやん、不服そうね。
何がそんなに不服なの?
そもそもわたしはお茶会なんて開いてません。
なんなのよ、毎回毎回お茶会お茶会って!
そういえばトール君に終わらない狂気のお茶会のこととか、わたしの二つ名を教えたのはカニやんだったわね。
危うく忘れるところだったわ。
双子には教えないよう、くれぐれも言っておかないと。
「クロエ、まだ女神は狙うなよ。
あれ、なんかおかしい」
「わかってるよ、見ればわかるじゃん」
たぶん、この距離でもクロエの射程は届くのよね。
しかも悪戯好きだから、カニやんが釘を刺しておきたい気持ちもわかる。
わたしも、不自由の女神に手を出す前に足下を整えておきたい。
「今日はここが三月兎の庭だね」
「んじゃ、まずはお茶会準備だな」
「あたしが先行して攪乱しようか?」
銃を構えるクロエと、いかにも魔法使いらしい大杖を持ったカニやんは乱戦場を眺めながら話す。
そこにベリンダが割って入る。
「いや、お前の剣は軽いし、もう俺たちのことは気づかれてる。
今更攪乱なんて小細工は要らないだろ?」
「じゃ、サブマスからの指示は女神後回しだけだな」
ベリンダの提案を却下したカニやんに、戦いたくて戦いたくてウズウズしている柴さん。
もちろん手にした片手剣は、いつでも振るえる状態になっている。
確かに、いつまでも喋ってても仕方ないわよね。
「行くわ。
起動」
「終わらない狂気のお茶会の始まりだ。
女王に首を刎ねられたくなけりゃ、さっさと仕事しな」
攻撃範囲に戦場を捉えたわたしが詠唱を始めると、カニやんが最後の減らず口をたたく。
そしてわたしがぶっ放す業火を合図に、クロウたち剣士が、業火から逃れたプレイヤーたちの始末に掛かる。
幸いにして先行パーティーに共闘の意志はなく、数の有利でわたしたちの圧勝。
もちろん3パーティーの合同戦線に批難はあったけれど、そんなこと知ったことじゃないわ。
こういうのは勝てば官軍っていうのよ。
負けても賊にならなくていいけどね。
「とりあえずご開帳かな」
「任せるわ」
「OK!
くるりん」
ちょっと気になることがあって……うん、ちょっとじゃなくて色々ね。
気になることが多すぎて、不自由の女神との距離を取ったまま、とりあえず銃士二人にあの囲いを取り除いてもらう。
不自由の女神の全身を見たいと思ったの。
ムーさんと柴さんの脳筋コンビを筆頭に、剣士はすぐにでも斬りかかりたかったみたいだけれど、お預け。
言うことをきかないとまとめて溶かしちゃうわよって、もちろん冗談半分だったんだけど……言ったら珍しく大人しくなったわ。
特に脳筋コンビニには苦笑いとかされたんだけど、それ、どういう意味?
クロエが出した指示でくるくると二人、目星を付けて囲いに何発か撃ち込む。
「……通らないね」
「手応え皆無」
「実弾じゃなくて魔弾でいってみる?」
「変わらないんじゃないかな?」
台座の上に台座を載せて、その上に立っている不自由の女神。
つまりかなり高いところに立っているの。
そしてそれを網みたいなもので囲ってあるわけなんだけれど、クロエはもちろんくるくるの銃撃も囲いを通らない。
なにしろ的が大きいからどう狙っても、それこそ射程さえ届けば当たるんだけれど、完全に吸収されてる。
魔法吸収は珍しくないけれど、物理攻撃吸収っていうは珍しいかな。
たぶん 【幻獣】 の特権ね、ずっるい。
でも吸収ってことは……きっとあの囲いも難ありね。
「んじゃ俺も」
そう言ってカニやんも……なんでファイアーボールなのよ?
ここはこう、もっと大技で攻めてよ。
思いっきり脱力したじゃない!
案の定、全然効いてないし……。
「いや、あのさ、たぶんあの囲い、遠距離攻撃は通らないと思う」
「じゃ、剣士の仕事だな」
「木こりしてくるわー」
ちょっと柴さん、なんでそんな面倒臭そうなの?
ムーさんと二人、大股に女神の足下まで近づくと、片手剣をまるで斧でも構えるように持って……本当に木こりをするのね……。
これはあれよね、装備の変更が可能なら、インベントリから斧でも取り出しそうな感じ。
この脳筋コンビはコミカルなのよ、オッサンだけど。
うちのギルドのお笑い担当って感じ?
でも決して火力がへなちょこってわけじゃないんだけれど、二人が言うには 「水を斬ってるみたい」 だって。
つまり手応えなし。
ピクリとも動かない女神からの攻撃はないけれど、このままじゃわたしたちからも攻撃できない。
ノブナガもそうだけど、たぶんこの不自由の女神も、プレイヤーからの攻撃を受けないと攻撃してこないんだと思う。
でもこれが 【幻獣】 の特徴かっていうと、そうでもない。
マサカドなんてとっても積極的で、自分から仕掛けてくるの。
いわゆる肉食系男子。
それもアラートが出る距離にいたら、あっという間に食いつかれるくらい貪欲。
最近は草食系がモテるのに、知らないのかしら?
ま、昔の人だから最近の流行には疎いのかもね。
一瞬だけウィンドウを開いて残り時間を確認したわたしは、ちらりとカニやんを見る。
「避雷針、撃てる?」
「あんなごついの、撃てるわけないっしょ」
カニやんだって結構な重火力魔法使いなんだけれど、わたしとのレベル差は10以上。
あいだに 「40の壁」 もあって基本パラメーターも随分違うし、使えるスキルに差があるのは仕方がない。
仕方がないけど、うん、頑張って 「40の壁」 を超えてみよう!
「簡単にいってくれる。
自分で撃ってよ、グレイさん」
「再起動準備中」
「撃ったの?
誰に?」
さっきセブン君に使っちゃったのよね、残念でした。
一緒に使った演蛇とともに、再起動準備が終わりそうで終わらない状態。
露骨に驚いたカニやんだったんだけど、すぐに 「あの辺か、あの辺か」 なんて見当を付け始める。
そんじょそこらのプレイヤーに使うのはもったいない大技だから……うん、ま 「その辺」 よ。
でもここでぼんやりしていても時間ばかりが過ぎてしまう。
それはそれで困るのよ、凄くね。
だってこのイベントは制限時間があるから。
女神を倒せても倒せなくても、時間がきたら強制的に終了される仕様なの。
「せっかくここまで来たんだし、倒したいわよね」
状態を確認したくてわたしも女神の側まで行ってみる。
で、やっぱりクロウが付いてくるのよ。
木こりはムーさんと柴さんに任せ、パパしゃんと後衛支援職のわたしたちと一緒にいたんだけれど、わたしが女神に向かって歩き出したら、他の後衛職全員を放ってついて来ちゃうの。
誰かなにか言ったら?
女神が動かないのをいいことに足下に座り込んでいた脳筋コンビも、後方支援職のくせに前に出てくるわたしを見て腰を上げる。
すっごいおっさん臭い動きでね。
しかも……
「ギルマス、なんかする?」
「俺ら、下がってたほうがいいよね?」
うん? あんたらがその重い尻を上げたのは、わたしを警戒して?!
敵は、あんたらが思いっきり背中を向けてた女神でしょっ?
ここPKエリアだし一発ぶっ放してあげようかっ?
マジで!
……ま、そこそこ硬い二人だから、業火一発くらいじゃ、そこそこ溶けても落ちはしないんだけどね。
とりあえず今は女神攻略が先決。
脳筋オッサンコンビのお仕置きを考えるのはあとにして、囲いのすぐそばに立って何気なく網をめくり上げてみる。
「ひゃっ?!」
「グレイ!」
囲いの網を触った瞬間にビリッときたの。
瞬間的に動けなくなるスタンっていうより雷撃系の衝撃。
HPの減少もなかったから間違いない。
そばにいたクロウがすぐ後ろに引っ張ってくれたんだけど、襟首を掴むのはやめてくれない。
首が……
いつも助けてもらってありがたいんだけど、首はほんと、苦しいから……そのうち死ぬと思う、たぶん……。
ちょっと咳き込みながら襟を直していると、すぐそばで脳筋コンビが剣を構えていた。
わたしが悲鳴を上げた瞬間にここまで来るとか、さすがの速さ。
これ以上女神に近づかないのも妥当な判断だと思う。
脳筋だけど、オッサンだけど、剣士としての腕は確かなのよね。
見た目だってそれなりに格好いいんだけどね、ただ……
「スカートめくりとか、ガキか」
「小学生みたいな真似するから女神に怒られんだよ」
ちょっと! 本家脳筋剣士と一緒にしないでくれるっ?
しかも女神のスカートはめくってないから!
めくったのは網よ!
ほんと、失礼ね!
でもやっぱりこの網も、ね。
あんまりにもクロウが勢いよく引っ張るから尻餅をついちゃったわたしは、ゆっくりと立ち上がりながら服の埃を払う。
一応これ、逃げる準備ね。
さっき同じ 【幻獣】 のノブナガを思い出して、ちょっと思いついたのよ。
で、その下準備というか、確認のつもりでここまで来たんだけど、確信に変わったから仕掛けるわ。
「クロエ、女神本体を撃って」
後衛職が待機する場所とはちょっと離れてるんだけれど、クロエとわたしは同じパーティー。
距離があってもインカムを通して会話が出来る。
『さっきの見てた?』
「だから女神本体。
どこでもいいわ」
『あ、そういうこと』
勘の良さはギルド一かな、クロエは。
次の瞬間に銃声が響き、アラートが出る。
alert 不自由の女神 / 属性・幻獣