29 ギルドマスターはリバティ島に向かいます
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「これ、どう攻略する?」
【鷹の目】 【特許庁】 を中心とした、複数のパーティーが入り乱れる混戦状態。
ここを抜けて転送門をくぐらないと、不自由の女神と会うことは出来ない。
クロエの問い掛けに、わたしはウィンドウを開いてイベントの残り時間を確認する。
戦ってみないとわからないけれど、たぶん不自由の女神の属性は 【幻獣】。
一筋縄じゃ落とせないだろうから、一時間は猶予が欲しい。
すでにイベント開始から一時間近くが過ぎているとはいえ、まだ三〇分以上余裕がある。
少し状況を見守りたいっていうのが本音だったけれど……
「二手に分かれましょう。
クロエはわたしと一緒に来て。
トール君はクロウと一緒に下を任せるわ」
早速二手に分かれて走り出そうとした矢先、わたしはトール君を呼び止める。
「さっきも言ったけど、落ちないでね。
最終ステージまで付き合ってもらうわ」
「はい!」
うん、いいお返事。
わたしは気分よく廃ビルを、クロエと一緒に駆け上がる。
もちろん 【鷹の目】 も接近戦に備え、剣士が待ち構えている。
剣士は動きが速いから近寄られる前に仕留めるのが鉄則。
銃士も魔法使いも接近戦は圧倒的に不利だからね。
「起動」
こっちは素手も同然。
あのごつい剣をどうやって受け止めるのよ?
足下に展開される魔法陣を確認し、詠唱を続ける。
「モルゲンステイン」
水場でなくても水魔法が使えるように、こんな廃墟でも落石が起こる。
二人いた剣士の一人は、自分の剣で受けようとしたけれど、受けきられる数じゃないのよね。
打撃ダメージを受ける中、落石の間を縫うようにクロエの射線が通る。
ま、それなりに硬さもあるから一撃じゃ倒せないんだけれど、MP制限なしだもの。
前に味方がいない状態なら、大きな範囲魔法を遠慮なく使える。
「業火」
留めとばかりに溶かしてあげる。
けれど次は 【鷹の目】 のターンよね。
業火の焔が消える前に崩れかかった柱の陰に逃げ込んだんだけれど、大正解。
直後、さっきまでわたしの立っていた場所に銃弾が撃ち込まれる。
「ご挨拶ね」
でも外したってことはセブン君じゃない。
彼らは、リバティ島に渡るための転送門に面した場所、下のひらけた場所を狙える位置に陣取っている。
背後は剣士が守っていたとはいえ、万が一に備えて盾になる柱を背後に置いていた銃士はともかく、背中が丸見えなのは……あ、撃たれた。
やっぱり銃士にとって位置取りは重要よね。
挨拶に挨拶を返したクロエに倣い、わたしも止めの焔獄を見舞いしておく。
MP制限なしって、本当に楽で好いわ。
残量を気にせずに大技を連発できるんだもの。
再起動準備はあるけどね
「あと何人かな?」
「さぁ?
でも早く片付けないと下が大変かもね」
「あー……トール君……」
「まだ生きてるでしょ?」
『生きてます!』
返事があったからまだ落ちてないけれど、ちょっと息が上がってる。
うん、ごめんね、早く片付けるわ。
「セブン君みっけ。
人数が残ってるうちに仕掛けてくるだろうから、このまま攻めるよ」
「了解。
起動」
とりあえず足止めかな。
ひとかたまりになっていたら一撃でやられちゃうってわかってるから、何人かいるメンバーを左右に展開させているのはさすがセブン君。
さっきから単発の射撃を左右から浴びせられているんだけれど、角度の都合上、ギリギリわたしにもクロエにも当たらない。
射線から予想して右手に二人、左手に四人。
じゃ、まずは右手側の二人を足止めしますか。
「クロノスハンマー」
これは再起動準備が長いからあまり使わないんだけど、重力波で対象を地面や床に押さえつけて一時的に行動不可にするスキル。
半端ないMPの消費量はまさにごっそり持って行かれる感じで、詠唱直後の虚脱感が辛い。
でも休んでる時間はない。
「起動……モルゲンステイン」
右手の射手二人は、クロノスハンマーが作用しているあいだは動けない。
そのあいだに左手の四人をクロエと一緒に叩く。
わたしも大技ぶっ放してるけれど、クロエも徹甲弾とか、被ダメの大きなスキルばっかりぶっ放してる。
弾速のあるスキルのほうが射程は長いけれど、この距離じゃね。
射程が必要ないなら、一撃で少しでも多くHPを削らないと、時間が掛かれば掛かるほど数の差が大きく影響してくる。
左手の四人を片付けたところで、クロノスハンマーから右手の二人が解放される。
タイミング、ぎりぎり……
「起動……演蛇」
三つある焔蛇のスキルの中で一番強力というか、一番汎用性があるスキル演蛇。
巨大な蛇を象った焔が、柱の陰からわたしたちを狙う二人の射手の一人、セブン君を捉える。
もちろんセブン君だってわかってて狙ったんだけどね。
「束縛」
「うわーグレイさん、セブン君でSMプレイ?」
クロエ……この状況でよくそんな冗談が言えるわね。
わたしはさっきから大技の使いっぱなしで虚脱感が半端ないんだけど、あんた、全然余裕よね。
被ダメがないのはお互い様。
だからHPゲージはほぼフルのままだけど、MPゲージの振れ幅が半端ないのよ、わたしは。
とぐろを巻く焔の蛇に捉えられたセブン君は身動きがとれず、被毒と被弾による酷いHPドレイン現象を起こしている。
演蛇は他の二つのスキルと同じく火焔属性だけど、追加効果で被毒が付いてくる。
前にも言ったけれど、セブン君は硬いし火力も半端ない。
だから真正面から正々堂々となんて戦わない。
確実な手段を使えるだけ使って、少しでも早くHPを削らせてもらうわ。
演蛇でセブン君が拘束されているあいだにもう一人の銃士を落とす。
二対一で悪いけれど、対人戦はこのゲームの公式ルール。
恨みっこなしよ。
「……グレイさんの射程に入っちゃったのが、僕らの運の尽きだね」
「ごめんね。
起動」
わたしたちの到着前にここを放棄していたら、メンバーの何人かは逃げ切られたかもね。
セブン君の恨み言を聞きながらもう一つ大技をぶっ放す。
「避雷針」
雷撃系の大技、避雷針。
もちろん攻撃対象を避雷針に見立てて思いっきり雷撃を落とすっていうね。
大音響の直後、生木を裂くような衝撃音がセブン君を撃つ。
直後にクロエの徹甲弾にとどめを刺され、セブン君が落ちる。
落ちたプレイヤーは通常エリアに戻され、不参加者と一緒に観戦者になる。
わたしたちはここからが正念場だけどね。
「じゃ、しばらく休んでてよ、グレイさんは」
「お願い」
さすがにちょっと疲れた。
MP制限なしなのに、なんでゲージが振れるのよ。
大技の五発や六発連発したところでMPが切れることはないんだけれど、あのごっそり持って行かれる時の虚脱感は辛い。
いつものことなんだけど慣れないのよね。
今回はMP制限すらないのに、どうしてあの感覚だけは残ってるのよ!
クロエの背後を警戒をしつつ、わたしはちょっと休憩。
でもクロエはもう一仕事残っている。
そもそもどうして後方支援職二人で組んだかっていうと、【鷹の目】 を落としたあと、代わりにここを乗っ取って下の混戦を狙うっていう目的があったから。
セブン君と同じくらい厄介なのを片付けたかったのよね。
「とりあえず、ノーキーさんは確実に落としてね」
「クロウさんとやり合ってるよ。
クロウさん、援護するから気をつけて」
『わかった』
あ、わたしには返事しないくせに、クロウってば、どうしてクロエには素直に応えるのよ!
腹が立つ! ……あら? あらら?
「ねぇクロエ、被弾した?」
「した」
うん、腕に一発、食らった跡がある。
だから訊いたんだけどね。
まぁここはVRだから、被弾した瞬間HPドレイン現象が起こるだけで、傷が残ったり腕が動かなくなったりはしない。
もちろん瞬間的な痛みとか、HPの減少量によっては一時的な脱力とかはあるんだけど、今も下の乱戦に向かって銃弾を撃ち込みながら喋ってる。
さっき、わたしが右側にいたセブン君ともう一人をクロノスハンマーで足止めしているあいだね、たぶん。
戦略的下準備の最中もゲームはノンストップ。
右側の足止めが完了するまでも、クロエは一人で左側の四人を相手にしていた。
銃士同士とはいえ、さすがに四対一じゃ厳しいわよね。
それでも落ちなかったところがクロエだけれど。
「HP、大丈夫?」
「うん、全然。
見る?」
わたしが見るとも見ないとも言っていないのに、クロエは自分のHPゲージの表示をオンにする。
……全然減ってないし……。
「あいつらさ、射程要らないのに音速のまま撃ってやんの。
おかげで避けられなかったんだけど、音速って、一定の射程がないと被ダメ出ないんだよね。
こんな近距離じゃ加速距離が足りないっていうか……ま、そんな感じのスキル?
だからHP、ぜぇ~ん然減らなかった」
さすがのクロエも被弾の瞬間はひやりとしたらしいんだけれど、漏れたHPの量を見てすぐに理由がわかったって。
この距離で徹甲弾とか食らったら、さすがにクロエもかなりのHPを失ってたと思う。
うん? 【鷹の目】 の連中は知らなかった?
いや、あそこは銃士が多いからそれはなさそうだけれど、予想外の襲撃で切り替え忘れたのかな。
「……ノーキーさん、落ちた。
とどめ、クロウさんに刺されたから怒ってるだろうな」
「トール君、ちゃんと生きてる?」
『生きてます!』
えらい、えらい。
ちょっとここは高すぎて、わたしの目じゃ下にいるプレイヤーを判別できないんだけれど、クロエは、装備した片眼のゴーグル 【鷹の目】 で見ることが出来る。
結構希少な装備でDEX補正値が半端ないんだって。
クロエとセブン君の半端ない命中率を支えているらしいんだけれど、わたしが付けても意味がない。
だって射撃スキルなんて持ってないし。
だから性能がわからないのよね。
とりあえず、あの中で一番面倒なノーキーさんはクロウとクロエで落としてくれたし、そろそろわたしたちも下りますか。
「クロエ、内緒よ」
「バレてると思うけど?」
「いいから」
「クロウさん、過保護だしね」
小さく溜息を吐かれちゃった。
わたしってそんなに頼りない?
そりゃクロウやクロエみたいに、トップスキルなしの火力任せの魔法使いだけどさ。
【鷹の目】 と同じことを考えそうな銃士は、一応クロエが上から片付けてくれた。
でも新たな後続パーティーに銃士がいないとも限らないから、その前にあらかた片付けて転送門をくぐってしまいましょ。
そう思ってクロウたちと下で同流したんだけど……あれ、新手?
わたしが気づくほんの一瞬前、クロエが銃を構えて撃鉄を上げる音がした。
「撃つなよ、クロエー!」
物凄い声を上げるのはカニやん。
こういう時、やっぱりギルドチャットが使えないのは不便よね。
ただカニやんがいつになく必死な声を上げたのは、相手がクロエだからだと思う。
だってほら、冗談で撃っちゃうかもしれないでしょ。
「あーやっぱり揃ってるよ」
なにかしら、ムーさん。
なにがそんなに残念なのかしら?
「じゃ、賭けは俺の勝ち」
うん? 何を賭けたのかしら、柴さん。
とりあえずカニやん班とミンムー班が一緒にいることより、先にそっちについて説明してくれる?
「いや、トールが無事かどうか」
「あとで覚えてらっしゃい。
とりあえず点呼を取るわ」
カニやん班とムーさん班はゲーム開始直後の転送位置が近かったらしく、ここまで共闘できたらしい。
それでも案の定というか、ココちゃんは真っ先に落ちちゃった。
まぁこれは仕方がないかな。
ココちゃんには悪いけれど想定内。
そういえば 【特許庁】 も蝶々夫人が見当たらなかったような?
元々不参加なのか、ここに着くまでに落ちちゃったのか。
どっちだろ?
ムーさん班はココちゃんの他にの~りんも。
カニやん班はぽぽ一人かと思ったら、少し前にマコト君も落ちちゃったんだって。
辿り着いていればトール君と一緒に戦えたんだけど、残念だわ。
「……え? 俺のせい?」
ついつい恨みがましい目でカニやんを見ちゃった。
「久々でちょっと腕が鈍ってたのかもね、マコト君は。
ぽぽっちが落ちちゃったから、銃士は僕とくるりんだけかー」
魔法使いもわたしとカニやんだけ。
イレギュラーは短剣使いのベリンダ。
あとは全員剣士……っていっても五人ね。
前衛職五人に後衛職四人で合計十人。
一四人での参加だったから、ほぼ1パーティが落ちちゃった計算ね。
後続のパーティーと集まってきたゾンビを蹴散らし、わたしたちは転送門をくぐってリバティ島に渡ることにしたんだけど……
「カニやん、ファイアボム、持ってるわよね?」
「……え? 設置するの?」
「うん」
転送門を入る前と門をくぐってすぐのところに、カニやんと二人で結構な数の設置型火焔魔法ファイアーボムを設置しておいた。
もちろん後続の足止めが目的。
たぶんゲーム終了後にわたしたちがここを通ることはないだろうし、転送直後の一歩目に設置されてちゃ被弾は避けられないと思う。
というわけで、いよいよラストステージへGO!