273 ギルドマスターは浮気します
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『実は俺、回復系魔法使いになろうと思うんです』
そもそもの始まりは、キンキーが言い出したことである。
相談したいことがあるとは前から言われていたんだけれど、色々と脱線しまくってようやく話が聞けたと思ったらそういうことだった。
もちろん問題はない。
nothing
だってどの職を選ぼうと本人の自由だもの。
もちろん本人の性格や職によって難易度も違うから、悩むなら相談に乗ります。
でもキンキーは自分で回復系魔法使いになると決めた。
それなら問題はない。
今までにも色々とお世話をしてくれていたゆりこさんに改めて師事し、すでに色々と教えてもらっているらしい。
なかなか行動力もあるわね。
うんうん、いい感じ。
その行動力なら攻撃系魔法使いも十分出来ると思うけれど、本人が回復系魔法使いを選ぶのならそれでいい。
誰にも文句は言わせません。
『それでですね、このあいだの 【特許庁】 の回復系魔法使いを見て、あれ、いいなと思ったんです』
問題はこのキンキーの科白。
この意味を巡って始まったわたしの妄想は、どこでどう間違えたのか、不破さんや串カツさんの 『裸エプロン的装備』 に行き着いた。
どうしてこうなったのか……。
「ああ、あれね」
『カジのやつ、そんな面白いこと言うのか』
『いいっすね、その人』
カニやんは呆れているんだけれど、柴さんやJBは笑っている。
絶対に面白がってるでしょ?
よくない、よくない。
全然よくないわよ。
だってキンキーがあんな装備になった姿を想像してみてよ! ……と言っておいて申し訳ないんだけれど、ごめんなさい。
想像できません。
全然想像できません。
やばい、一瞬頭が真っ白になっちゃった。
『俺もちょっと無理です、あれは』
よかったわ、キンキーとはセンスが合いそうで。
『あれだったらいっそ、海パン装備でいいんじゃねっすか?』
『俺もそう思った。
ビキニアーマーの対は海パンアーマー』
JBとアキヒトさんは黙っていて頂戴。
そんな提案して、本当にキンキーがそんなものを作ったらどうしてくれるのよっ?
『面白いっすよ』
『だよなー』
本当に二人は黙ってて。
私なんて昨日の不破さんを思い出しちゃったんだから。
いっそ脱ごうかとか……無茶苦茶よ。
なんか脇下とか背中とか、変な汗が止まらない。
やだ汗染みが……
もう季節は夏が終わって秋だっていうのに、なに、この汗は?
なんなの? どうしてこんなに汗が止まらないの?
異常気象?
そうね、きっと異常気象のせいね。
「とりあえず、ちょっと落ち着こうか」
そう言ってカニやんが肩をポンポンしてくれるんだけれど、汗染みが気になるから近寄らないで。
思わずそう言っちゃったら、カニやんに肩を握り潰された。
いったぁ~い
「このクソ喪が」
そもそもキンキーの 「あれ」 とは一体何なのか?
うん、とりあえず最初に戻りましょう……汗染みが気になるけれど。
『それでですね、このあいだの 【特許庁】 の回復系魔法使いを見て、あれ、いいなと思ったんです』
蝶々夫人のことを指しているのは間違いないんだけれど、装備のことじゃないとしたら……ないとしたら………………悩殺ポーズ?
「絶対違うから」
間髪を置かないツッコミをありがとう。
でも……でもね、もしそうだとしたら、蝶々夫人は女の人だから、お手本にするなら串カツさんじゃない? ……と私が訊いた直後、返事がないのはともかく、ギルドチャットが静まりかえる。
ん? なに?
「……あんた、本当に覚えてないんだな」
なにが?
「いや、いい。
串カツさんもポーズについては研究中っぽいから、教えるのは無理じゃね?」
『おいカニ、お前まで言うとは思わなかったぞ』
『俺は今、お前を見損なった』
あら、可哀相なカニやん。
仲のいい脳筋コンビから絶交を突きつけられちゃって。
現在のカニやんは、痛恨のミスに絶賛後悔中。
でもそうか、串カツさん自身もまだまだ研究中なのね。
じゃあやっぱり蝶々夫人?
「この人、トール君の装備の時もこんな感じだったけど、新人が入るたんびにこうなるのかよ?」
『いいんじゃない? グレイさんらしくてさ』
ちょっと笑いを堪えるような恭平さんの声に、カニやんは 「まぁそうだけど」 と、ちょっと復活している。
しかもちょっと笑ってるし……。
『えっと、その、スキルです』
ようやくのことでキンキー自身の口から 「あれ」 の正体が明かされる。
なんだ、スキルのことね! ……ん? でもスキルってなに?
先に言っておくけれど 【浸食】 はダメよ。
あれは自身も対策を練っておかないと共倒れスキルなんだから。
あのスキルを選択する蝶々夫人も蝶々夫人だけれど、蝶々夫人だから蝶々夫人なのよ。
『グレイさん、早口言葉みたいですね』
そうね、ちょっと舌を噛みそうになったわ。
でもキンキーの言いたいことはなんとかわかった。
つまり火力のない回復系魔法使いでも、何かしら一撃必殺の攻撃手段が欲しいってことよね?
『あ、そうです!
それでグレイさんのお薦めスキルはないかと思って』
なるほど、それをわたしに訊きたかったのね。
お答えしましょう。
なんといっても一番のお薦めは 【灰燼】 ……というのは冗談だけど……って否定しているのにカニやんとクロエに怒られた。
「あんたね!」
「いい歳した大人が悪ふざけするには限度があるんじゃない?」
だから冗談だってば!
何度も冗談だって言っているのに、二人とも睨むのをやめてくれない。
しかもキンキーまでが……
『【灰燼】 って、あの全部燃やしちゃうスキルですよね?
グレイさんが 【灰色の魔女】 って呼ばれる理由』
うん、そうね。
本当ならそう呼ばれるのも嫌だったんだけれど、最近はもっぱら 【女王陛下万歳! ……じゃなくて 【女王陛下】 って呼ばれてばかりで、そう呼ばれていたことを忘れかけていた。
決して媚びない孤高の一匹狼だけが今もわたしをそう呼ぶんだけれど……そういえばノギさんはどうしているのかしら?
昨日は 【特許庁】 も 【東京砂漠】 にいて、地下闘技場じゃ誰も相手をしてくれなさそうな気がする。
『ノギ?
ノギは琵琶湖にいたみたいだな』
そうなの?
柴さん詳しいの? ……というか、どうしてそんなことを知っているのかしら?
昨日は一緒にいたはずなのに。
『掲示板に出てた』
『誰かがカキコしてたな。
琵琶湖でもノブナガ釣りしてた奴がいたんだよ』
ああ、そういうこと。
もちろんそれはわたしたちも予想はしていたけれど、本当にやったプレイヤーがいたんだ。
元々簡単ではない 【東京砂漠】 はそれなりにレベルの高いプレイヤーが来る場所。
もちろんいわゆる 「高レベルプレイヤー」 と呼ばれるほどじゃなくても、少なくとも初心者やそれに近いレベルでは、まず関東エリアに入った時点でガルムに囲まれて一巻の終わり。
だからエピソードクエストの初期に出てくる 【調査員としての技量を磨こう!】 だったかな?
このシリーズ……じゃないけれど、このクエストには段階があって、その一つに 【大蜘蛛を五匹退治する】 というクエストがあって、初心者は琵琶湖湖畔にある 【大蜘蛛の森】 に入る。
近くでノブナガが沸くからちょっと危険ではあるけれど、しかもいつの間にか修正が入っていて攻撃的になっちゃって面倒度が上がっている。
そのノブナガに気をつけながら大蜘蛛を狩るクエスト。
このクエストで 【大蜘蛛の森】 を訪れた初心者を、釣っていったノブナガに襲わせるという悪質なことをしたプレイヤーがやっぱりいたらしい。
もちろん昨日のことで、ある意味 【東京砂漠】 での悪意ある悪戯より悪質だと思う。
それがどこをどうしてそうなったのかは不明なんだけれど、ノギさんが 【大蜘蛛の森】 付近にいて、悪意のある悪戯をするプレイヤーが釣ってきたノブナガが、大蜘蛛狩り中の初心者に襲いかかるのを阻止していたらしい。
あのノギさんがっ?!
たぶん掲示板の書き込みは、助けてもらったプレイヤーじゃないかな?
以前からノギさんのことを知っていたそのプレイヤーは、何かするわけでもなく暇そうにしているノギさんがただそこにいるだけで十分すぎるくらい落ち着かなかったらしいんだけれど、ノブナガが襲って来た瞬間に走る緊張をよそに、スラリと剣を抜いて颯爽と走り出すその姿に感動したんだって。
浪人風の侍が……ノギさんの装備とアバターがそういう感じなんだけど、たった一人で怪物を相手に挑む。
格好いいわよね!
ノギさんもノーキーさんと一緒で、口さえ開かなければ爽やかなイケメンだもの。
でも相手は 【第六天魔王ノブナガ】 で種族は 【幻獣】。
さすがのノギさんも一太刀で撃退とはいかないし無傷ともいかなくて、多少なりと被弾しながらも一人で倒す。
その怯まない姿と猛然と挑みかかる姿に感動したって、凄い褒めていたらしい。
見たかった
ノギさんってば、案外、今頃その書き込みを見て照れまくってるかも。
そんなノギさんも見てみたい。
「旦那が留守だからって浮気するなよ、この嫁は。
相変わらずひでぇな」
ちょっとカニやん、人を尻軽みたいに言わないでくれる?
大丈夫よ、わたしの一推しはクロウだから。
そこは変わりません。
浮気なんてするわけないでしょ。
「ここは旦那がいなくて良かったというべきか?」
「グレイさんって本当に残酷だよね」
どこが……?
ん? そういえば旦那ってクロウのことで合ってるの?
留守ときいて、勝手に出張中のクロウのことだと思ったけど……ん? んんん?
「そこはもういい。
キンキーのお薦めスキルの話だろ?」
はっ!!
このまま本編を進めるか、【番外】 を挟むか考え中。
あ、でも 【番外】 を挟むとクロウの帰りが遅くなるような・・・(汗